裸の王様
その昔、どこか遠くの国に一人の行商がいました。
行商はその国の若い王様に会いに行き、鞄から服を一着取り出しました。
これがいわゆる「馬鹿には見えない服」だったのです。
王様は大金を出してその服を買い、行商はホクホク顔で城を出ていきました。
しかし、この王様は昔話にあるような愚直な人物ではなく、むしろ賢くユーモアに富んだ人でした。
そんな王様ですから、一種の余興や娯楽品として「馬鹿には見えない服」を買ったのです。
もちろん王様にも行商にもその服は見えません。
さて、王様は早速その服を纏って城下街に繰り出しました。
それはもう金かかったパレードで、国一番のテーマパーク・ネズミーランドのパレード隊をそのまま呼び寄せました。
花火が上がり、馬車隊が列を連ね、楽器隊がにぎやかな音楽を鳴らす中、王様はパレードの先頭で胸を張って更新していました。
そのパレードを一目見ようと、多くの人がどんどん集まって来ました。
人がぎゅうぎゅうに群れているものですから、人の波に押されて一人の男の子が王様の前に転がり出ました。
そしてその男の子は王様に向かって
「可笑しいや、この王様、真っ裸でやんの!」
と言って、ゲラゲラと笑い転げました。
当の王様は怒る様子もなく
「わははは! 面白い子供だ」
と笑って、男の子に金貨の入った小袋を投げ渡したのです。
それを見た人たちは驚きの声を挙げ、そしてみんな男の子と同じように大きな声で笑い転げました。
王様は馬車隊に命令して大量の金貨をバラ撒かせました。
人々は笑いながら金貨に群がります。
それを見て王様は大笑いしながら、城へと戻って行くのでした。
さて、民衆へのパフォーマンスも上手く決まり、王様は上機嫌で自分の椅子に腰かけてにやにやと笑っています。
そこで、王様は何か思いついたように椅子から立ち上がり、大広間に家臣たちを呼び寄せました。
偉い家臣も偉くない家臣もみんな大広間に呼び出されてました。
王様は真面目な顔をして家臣たちの前でこう話します。
「さて、家臣諸君。今、余が着ているのは遥か遠くの国の服だ」
王様は自分の着ているものを家臣たちに見せつける。
と言っても、その王様の格好はほぼ裸同然でそこには服など見えはしなかった。
「世界は広いとは言うが、何とこの服は馬鹿には見えぬ服らしい」
ここで王様の顔がひどくいやらしい笑顔に変わりました。
「さあ、余の賢い家臣たちはもちろん余のこの服が見えているはずだ」
王様が家臣の一人を指差します。
「ならば余が着ている服が一体どんな服なのか教えてほしいのだ、うん」
つまり、これは王様の気まぐれな余興なのです。
家臣たちがどんな面白い返答をするのか、楽しみで楽しみで仕方がないのです。
王様は家臣の一人一人に指差して服の見え方を聞きます。
家臣たちもこれがいつもの王様の気まぐれだと分かっていますから、月並みな感想からちょっと捻ったようなものまで色々と出てきます。
『すごく……カッコいい……です』
『豪華です。セロテープの次に……』
『うえっぷ、雨に濡れた野良犬の臭いがします』
それでも王様は面白くなさそうな顔をしています。
刺激に慣れ過ぎて、ちょっとやそっとじゃ感動なんてしないようです。
「いや、皆つまらんな、実に物足りない。お、どうだ、お前はこの服をどう思う?」
家臣にはあらかた聞いてしまいましたので、王様はたまたま目についた給仕役に聞きました。
給仕役はとっさのことで驚きましたが、やがて落ち着いた声でこう答えました。
「王様の服は美しいです。私はこれほど奇麗なものを今まで見たことがありません」
「ほう、それはどんな感じに美しいのだ?」
「金色の糸を織り込んだ生地にダイヤモンドで作られたボタン。袖に散りばめられた赤や青に輝く宝石、五色の羽飾り。どれをとっても最上級の美しさです」
給仕役はまるでその服が見えているかのように話します。
これには王様も感心して、侍従に命じて金銀玉石を給仕役に与えさせました。
「わははは! 面白い奴だ。ほれ、この金銀は褒美だ、受け取れ」
「あ、ありがとうございます」
「いやいや、お前ほど演技の上手い奴はなかなかいないぞ。まるで本当に服が見えているようだ」
「演技とは何のことですか?」
給仕役は王様の言葉に首を傾げます。
「ははは! もう演技をしなくてもいいぞ。これ以上やっても褒美は出んからな」
「失礼ですが、王様は私をからかっておられるのですか。私はただ眼に映る王様の服のことを話したまでです」
そう言うと給仕役は再び王様の服について話を始めました。
今度はもっと詳しく、生地の縫い方から宝石の大きさまで詳しく話しました。
王様は気味が悪くなりました。
ありもしない服のことを、まるで目の前にあるかのように話す給仕役はどう見ても気が狂っているようにしか見えません。
「おい、お前は本当にこの服が見えるのか?」
「もちろんでございます」
「ふむ、だが余の眼には服なんて少しも見えないのだが」
「え、そんなはずはございません。服は確かにそこにあります!」
「ほう、お前は余が馬鹿だと言いたいのか? 『馬鹿には見えぬ服』が見えない余を」
「そ、そんな。め、滅相もございません!」
「うるさい! おい、こいつを侮辱罪で罰しろ! 百叩きの刑だ!」
王様は給仕役に対する恐怖と怒りで給仕役を罰しました。
痛々しい鞭の音が城中に響き渡ります。
百叩きが終わった後、給仕役は片目を繰り抜かれました。
「見えないものが見えるような眼は繰り抜いた方がいいだろう」
王様はそう言って給仕役の眼を繰り抜き、そのまま城外に追い出しました。
傷ついた給仕役はそのままどこか遠くの方に消えて行ったそうです。
時は流れ、若さを持てあましていた王様の髭ももうすっかり白くなってしまいました。
ある日、行商が王様の下にやって来て一着の服を献上しました。
その服は王様も家臣たちも今まで見たことのない美しさで、その服を目の当たりにした人たちはみんな感動のあまり言葉を失いました。
金色の糸を織り込んだ生地にダイヤモンドで作られたボタン。袖に散りばめられた赤や青に輝く宝石、五色の羽飾り。どれをとっても最上級の美しさでした。
しかし、王様はこの服にどこか覚えがありました。
王様は行商に聞きました。
「おい、行商よ。一体この服をどこで手に入れたのだ?」
「はい、王様。これは国の辺境に住むある男が作ったものでして、何でもこの服を作るために何十年もかけて世界中に材料を探しに行ったとか」
「ある男だと?」
「はい、片目の老人です。もっともこの服が完成したころには残った方の目ももう見えなくなっていたようですが」
その時、王様は思い出しました。
若い頃の自分が恐怖と怒りで城から追い出した給仕役のことを。
「そ、その男は今どこにいるのだ?」
「その、王様。その男はひと月ほど前に死にました」
「何だと」
「その男は死の間際に、この服を王様に渡すようにと行商である私に頼んだのです。何でも若い頃に見た服の美しさを城の人に伝えたかったそうです」
「そ、そうだったのか」
王様はその美しい服を見てじっと黙ってしまいました。
その服は城の宝物庫に大切にしまわれました。
「正しき給仕役」と名付けられたその服は今でも宝物庫の中で輝きを放っているのです。




