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路地裏の神様

挿絵(By みてみん)

ジャンル:ハートフル

 雨が、冷たい雨が降っていた。

 道端でゴミ同然にうずくまる黒い塊は、その冷たい雨を浴びながら自分の最期を感じ取っているようだった。

 もう、一歩も動けなかった。

 何日食事をしていないだろうか。男はもはや空腹感すら忘れてしまうほどに体が麻痺していた。

 眠たくて閉じようとする瞼を残る力で必死に開けて、虚ろな灰色の目は水溜りに落ちる雨粒を無感動に見つめていた。


 どことも知れぬ場所で静かに死ぬのも結構なことかもしれない。

 ふと、これまでの陳腐な生活の情景が自分の目の前で鮮明に流れて行くのが見えた。

 ああ、これが走馬灯というやつか。さあ、名も無き路傍の石としてズタボロの人生に幕を閉じるとするか。


 そのとき、突然雨が止んだ。

 さっきまで容赦なく降っていた横殴りの雨が急に止んだのだった。

 だが、ザアザアという雨音はいまだに聞こえてくる。

 何事かと思い上を見上げると、小さな女の子がいた。

 その女の子はピンク色の可愛らしい傘を男の方に差し出していた。


「オジちゃん、どうしたの。そんなとこに座って、びしょびしょだよ?」

「……オジちゃんはね、帰る家が無くて倒れてたんだよ」

「倒れてたって、お腹空いてるの? あたし、給食の残りのパンならあるよ」


 男は少女が差し出す小さなパンに貪るように喰らいつき、擦れるような声で少女に礼を述べた。

 もちろん、空腹が収まるわけではなかったが、何かを胃の中に入れることで多少は気分が楽になった。


「……お嬢ちゃん、ありがとう」

「オジちゃん、こんなところにいたら風邪ひくよ。あたしの家に来てお風呂でも入りなよ」

「……ありがとう。でもオジちゃんは疲れててね、もう一歩も歩けないんだよ」

「ふうん」


 そう言うと少女は傘を差したまま男の傍の隣ににしゃがみこんだ。


「じゃあ、オジちゃんの元気がでるまであたしが一緒にいてあげる」

「……オジちゃんのことはいいから、お嬢ちゃんは早くお家に帰りなさい」

「嫌。オジちゃんと一緒にいるんだもん」


 男には少女の強引な要求をつき返すほどの元気もなく、そのまま少女の隣で力なく笑うしかなかった。


「オジちゃん、どうしてこんなところで倒れてたの?」

「オジちゃんは独りぼっちだからさ」

「ひとりぼっち?」

「ああ、誰もオジちゃんのことを信じてくれなくてね。みんなオジちゃんのことを鼻で笑うのさ」

「ひどいね」

「まあ、仕方が無いさ。信じてもらえないってことはオジちゃんは誰からも必要とされてないってことなんだよ」

「そんなことないよ」


 少女は脹れっ面になり、男をキッと睨んだ。


「誰からも必要とされてないなんて、そんなこと絶対無い」

「同情はよしてくれ。その証拠にオジちゃんはついさっきまでみんなに見放されて死にかけてたろ」

「でも、あたしが助けてあげたよ。あたしは見放してないってことだよね?」

「それは同情だよ。きっとお嬢ちゃんもオジちゃんのことを信じてくれるはずがないんだから」

「同情なんかじゃないよ! じゃあ、あたしがオジちゃんのことを信じたらいいの? ね?」


 少女の真っ直ぐな瞳に男は気圧された。一体少女は男の何が良くてここまで男の肩を持つのだろうか。


「じゃあ、オジちゃんがこれから言うことを信じられるかい?」

「うん」

「ふう、実はオジちゃんはね、『神様』なんだよ」

「……」


 ふ、やっぱりだ。本当のことを言っても誰も信じてくれやしない。

 おそらく少女の目には男が狂人として映っていることだろう。

 汚い物を見るような目で、みんなと同じく少女もこの場を急いで立ち去ることだろう。


 少女と男は沈黙を守り続けた。その沈黙を破ったのは少女の方だった。


「……やっぱり、神様だったんだ」

「え?」

「最初見たとき、何となくだけど他の人とは違う、そんな感じがしたの」

「で、でも、それは気のせいかもしれないよ」

「うん、そうかもしれない。でもね、オジちゃんが神様だって言うならあたしはそれを信じるよ」


 少女は男の手を強く握り、男の目を見つめてそんなことを言った。

 少女の輝く瞳は決して嘘、偽りを語る者のそれなどではなかった。

 男は泣いていた。嬉しさや色々な感情が胸の中で熱く渦巻いて、涙が流れ出ていた。


「……ありがとう。お嬢ちゃん」

「オジちゃん? どうしたの、オジちゃん?」

「どうやら、お別れの時間が来たようだ。お嬢ちゃん、君に会えて本当によかった……」

「オジ……ちゃん……?」


 男の身体は光に包まれ、そして跡形もなく消え去った。

 男の手を握っていた少女の手にはまだ温もりが残っていて、男は幻などではなかったことが分かる。


「そうか、神様だから天国に帰って行ったんだね。あ、雨が……」


 雨が上がり、雲間から差してきた光が少女の頬の一粒の泪をキラリと輝かせた。

 少女は知らぬ間に目から出ていた泪を拭い取り、傘を畳んで家路へとついた。




【路地裏の神様・完】



 ここは宇宙の中心部。

 天体が行き交い、消滅してはまた生まれる、そんな宇宙。


 

 で、二度目の地球遠征に赴いたは良いが、今度は帰れなくなるぐらいまで信仰エネルギーを使い果たしてしまった、と。

「……はい」


 ……まったく、今回はたまたま特別天然記念物並みに純朴な少女から信仰エネルギーを得られたから良かったものの、こんなこと次は無いんですからね。わかりますか?

「……反省はしている。つまり省エネモードで地球に天罰を落とせばよいということじゃな」


 ああ、やっぱりわかってない! そういうことじゃないですって。

「安心しろ。あの純朴そうな少女に被害が及ばないような配慮はするつもりじゃ! さあ、そうと決まればさっそく次の計画を練らねばの」


 うう、こんなんが神様で本当にいいのだろうか……。

「うるさい! ナレーションが神様にケチをつけるでない」



宇宙は今日も順調に回っている。



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