『君と過ごす夏』第8話『少しずつ変わる私』
「ねえ、美琴。今日って、このあと何か予定あるの?」
葵にそう聞かれて、私は少し考えた。
「今日……?」
その瞬間、頭の中に何かが引っかかった。
「……あ」
私は慌ててスマートフォンを取り出し、時間を確認した。
画面に表示された時刻を見て、息を呑む。
補修の時間は、とっくに終わっていた。
「……どうしよう」
慌てて通知を確認すると、母からの着信履歴が十件以上も残っていた。
「美琴? どうしたの?」
葵が不安そうに首をかしげる。
私は、葵に心配をかけたくなくて、何も言わずに話を終わらせようとした。
「ううん……なんでもないよ」
そう言いかけて、やめた。
今までの私なら、きっとそうしていた。
相手が心配しないように笑って、何もなかったことにする。
でも――葵には、それができなかった。
初めて私の感情を動かしてくれた人に、嘘をつく気にはなれなかった。
「……実はね」
私はゆっくり口を開いた。
「今日、補修があったんだ。私、高校三年生で……大学受験を控えてるから、夏休みも模試とか授業とかがあって」
「……うん」
「でも、連絡を入れずに行かなかったから、学校と家族から連絡が来てたみたい」
そう話すと、葵は目を丸くした。
そして、少し慌てたように口を開く。
「え……それって、私を助けたせいだよね?」
「葵……?」
「ごめんなさい。どうすればいい? 私のせいで補修に行けなかったんだよね?」
慌てている葵を見て、私まで少し慌ててしまった。
「違うよ。葵のせいじゃない」
「でも……」
「むしろ、私は葵に救われたんだと思う」
自分でも驚くほど、自然に言葉が出てきた。
「もし今日、補修に行ってたら……こうして葵と話すこともなかった。そもそも、葵と出会うこともなかったと思う」
少しだけ間を置いて、私は続けた。
「だから……こうしてお互いのことを知ることができて、私は良かったと思ってる」
葵はしばらく黙っていた。
やがて、ほっとしたような表情を浮かべる。
「……それなら、良かったのかな?」
「うん」
「でも、助けてもらったのはこっちだよ?」
そう言って、葵は笑った。
「それでも、美琴を助けることができたのなら……良かった~」
その姿を見ていると、私の胸にも安堵が広がっていった。
「……うん。私も、そう思う」
ふと、葵の顔を見る。
さっき体調を崩していたことを思い出した。
「ねえ、葵」
「なに?」
「ここで出会ったのも、きっと何かの縁だと思う」
私は少し考えてから、言葉を続けた。
「このまま外にいたら、またさっきみたいに体調を崩すかもしれないし……よかったら、私の家に来て、少し休んでいかない?」
「いいの?」
「うん」
すると葵は、まるで待っていたかのように笑った。
「うん!」
二つ返事だった。
その笑顔につられて、私も笑ってしまう。
こうして私は、葵を自分の家に招くことになった。
昨日までの私なら、こんなことをするなんて考えもしなかった。
でも今は――
少しずつ、何かが変わっている。
そんな気がしていた。
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