『君がくれた夏』第20話 ――あの日、君と出会えた場所で――
時計の針が、午後十一時三十分を指していた。
残された時間は、あと三十分。
葵が、静かに口を開いた。
「最後は……美琴と私が出会った場所に行こうよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が締めつけられた。
私は涙を堪えながら、葵に笑いかける。
「うん……行こう。私たちが出会った、最初の場所に」
私たちは二人で歩き、あの日、私が葵――セミだった葵を拾った場所へ向かった。
そして、あの日と同じアスファルトの上に、二人でしゃがみ込んだ。
「ここで、美琴が私を救ってくれたんだよね……」
葵は涙を浮かべながら、それでも笑っていた。
「そうだったね」
私は、あの日のことを思い出していた。
あの頃の私は、セミの声が苦手だった。
「私ね……あの時、セミの声が嫌いだったんだ」
「うん」
「必死に生きようとしている姿が……私には、まぶしすぎたから」
あの頃の私は、生きることに意味を見つけられなかった。
そんな私にとって、短い命を精一杯生きようとするセミの姿は、あまりにもまぶしかった。
葵は少しだけ笑って、
「美琴、あの時は死んだような顔してたしね~」
「……ひどいなぁ」
思わず、二人で笑った。
でも、葵はすぐに優しい表情になった。
「でも……こんなにも美琴は変われたから、大丈夫だよ」
「……うん」
「きっと、この先も大丈夫」
その言葉を聞いて、私は空を見上げた。
青く澄んだ夏空。
この空を、葵と一緒に見られるのも、これが最後。
私たちは、言葉にしなくても分かっていた。
私たちの夏が、終わろうとしていることを。
そして――
午後十一時五十分。
残り十分。
「最後まで笑って話そうね」
そう約束したはずだった。
だけど、それは簡単なことじゃなかった。
涙が、何度も溢れてくる。
私たちは、あの日出会った公園の木の前で抱きしめ合ったまま、残された時間を惜しむように話し続けた。
葵の声が震えていた。
「もっと……生きたかった」
私は何も言えず、葵を強く抱きしめた。
「美琴と一緒に、この先もずっと……死ぬまで一緒にいたかった……」
「……私もだよ」
最後まで、私たちの気持ちは同じだった。
もっと一緒にいたかった。
もっと話したかった。
もっと笑いたかった。
もっと、普通の日々を過ごしたかった。
だけど、時間は待ってくれない。
私は涙を流しながら、葵に伝えた。
「葵がくれた夏だった」
「……うん」
「この世界に色をくれて……ありがとう」
声が震える。
「本当に……本当にありがとう」
そして、私は最後に、葵の目を見た。
「葵……大好きだよ」
葵は涙を浮かべながら、私のそばへ歩み寄った。
二人で最後の別れを交わす。
それは、言葉では言い表せないほど大切な時間だった。
そして――
葵は、最後に笑った。
「私を救ってくれてありがとう」
少しだけ間を置いて、
「大好きだよ、美琴!」
その声を聞いた瞬間――
私は、目を閉じた。
そして、次に目を開けた時。
さっきまで隣にいたはずの葵は、もういなかった。
「……葵?」
返事はない。
そこに残っていたのは、
僅かに聞こえる――セミの声だけだった。
私はその声を聞きながら、空を見上げた。
あの日まで、嫌いだったセミの声。
だけど今は違う。
その声が、葵が確かに生きていた証のように聞こえた。
――私の夏は、終わった。
でも、
葵がくれた夏は、これからも私の中で続いていく。
そう思った。
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