『美琴と葵の旅行』第15話『夏を楽しめるようになったのは君のおかげ』
朝。
今日は、私より先に葵が起きていた。
「美琴、おはよ~!」
「おはよう、葵」
昨日はかなり疲れていたはずなのに、葵はぐっすり眠れたのか、すっかり元気そうだった。
私たちはそれぞれ身支度を済ませ、朝ごはんを食べに向かった。
朝ごはんは、お味噌汁に白ごはん、魚の煮付け、卵焼きなど、旅館らしい和食だった。
量もそれほど多くなかったため、二人ともきれいに食べ終えることができた。
部屋に戻り、着替えを済ませる。
そして、今日の予定を改めて確認することにした。
旅館を出たあとは、しばらく歩きながら夏を感じる。
途中で気になるお店があれば入って、昼ごはんを食べる。
その後、少し歩いた先にある満開のひまわり畑へ向かう。
そして夜には――夏祭り。
それが今日の予定だった。
「今日も楽しみだね!」
「うん。昨日とはまた違った一日になりそう」
話し合いを終えると、私たちは旅館をあとにした。
まずはバス停まで歩いて向かう。
私たちが泊まっていた旅館は山に囲まれた場所にあった。
歩いていると、山の方からたくさんの虫の声が聞こえてくる。
その中には――セミの鳴き声もあった。
昔の私なら、この声を聞くだけで嫌な気持ちになっていたと思う。
だけど。
「……あれ?」
私は足を止めることなく、セミの声を聞いていた。
不思議だった。
嫌いだとは、感じなかった。
あの頃の私は、何が楽しいのかも分からなかった。
生きていて何がしたいのかも分からなかった。
そんな私にとって、生きようと必死に鳴いているセミの声は、ただ眩しく感じていたのだと思う。
でも、今は違う。
葵と出会ってから、私は少しずつ変わった。
楽しい。
嬉しい。
もっと一緒にいたい。
そんな、自分自身の気持ちを感じられるようになった。
だからなのだろう。
今は、セミの声を聞いても嫌だとは思わなかった。
むしろ――。
私は、この声が好きになっていた。
「……私、夏が好きになったんだ」
小さく呟く。
そのことに気づくと、なんだか少し嬉しくなった。
そうしているうちに、バス停へ到着した。
バスが来るまで少し時間があった。
私は葵の方を向く。
「葵」
「ん?」
「改めて言いたかったんだけど……」
少しだけ照れながら、私は言葉を続けた。
「葵のおかげで、自分のことを考えられるようになった。楽しいって思えるようになったし、人って暖かいんだってことも知れた」
そして、
「いろんなことを教えてくれて、ありがとう」
葵は少し驚いた顔をした。
「急に言われたから、びっくりしたよ?」
そして、優しく笑う。
「でも、いいの。お互い様だしね。私も楽しいし、美琴も楽しいなら、それでいいじゃん?」
「……そうだね」
私たちは顔を見合わせて笑った。
すると、ちょうどバスが到着した。
二人でバスに乗り込み、目的地へ向かう。
目的地まではかなり遠かった。
しばらく会話をしていたけれど、二時間ほどかかることもあり、私たちは途中から眠ることにした。
気づけば、私も眠っていた。
しばらくして目を覚ます。
窓の外を見ると、目的地はもうすぐそこだった。
私は隣で眠っている葵を起こす。
「葵、もう着くよ?」
「……ん……」
葵は眠たそうに目をこすった。
「起こしてくれて……ありがとう」
「うん」
バスを降りると、ちょうど昼ごはんの時間だった。
「何食べようか?」
「近くにうどん屋さんがあるみたいだよ」
「冷たいうどんなら食べやすそうじゃない?」
「確かに!」
私たちは近くのうどん屋さんへ入った。
席に座り、冷やしうどんを二つ注文する。
運ばれてきたうどんは、冷たくて、コシもしっかりしていた。
「美味しいね~!」
「うん。暑い日にちょうどいいね」
お腹を満たした私たちは会計を済ませ、お店をあとにした。
目的地のひまわり畑までは、歩いて十分ほどだった。
そして――。
「うわぁ……!」
「綺麗~!」
二人の声が重なった。
目の前いっぱいに広がっていたのは、満開のひまわり畑だった。
一面に咲く黄色い花。
夏の日差しを浴びながら、どのひまわりも空に向かって咲いている。
私たちは、あまりの美しさにしばらくその場から動けなかった。
そして私は、隣にいる葵を見る。
ひまわりに囲まれた葵は、まるでその景色の一部みたいだった。
その笑顔も、ひまわりのように明るく見えた。
「葵」
「なに?」
「一緒に写真撮らない?」
「撮ろう!」
近くにいた人に声をかけ、二人で写真を撮ってもらった。
「ありがとうございました!」
お礼を伝え、カメラを確認する。
そこに映っていた私は、やっぱり自然に笑っていた。
以前の私なら、こんなふうに笑っている自分を想像することすらできなかった。
葵と出会ってから、私は本当に変わったんだ。
「いい写真撮れたね!」
「うん。すごくいい写真」
私たちは写真を眺めながら、ひまわり畑をあとにした。
ひまわり畑の近くに小さなお店があったので、入ってみる。
すると、ひまわりをモチーフにしたアクセサリーが並んでいた。
「これ、可愛いね」
二人で悩んだ末、私たちはひまわりのペンダントを購入することにした。
気づけば、お揃いのものも少しずつ増えている。
「はい、葵」
「え?」
私は買ったばかりのペンダントを葵に渡した。
葵も少し照れながら、自分のペンダントを私に差し出す。
「……交換しよっか」
「うん」
「ありがとう」
「こっちこそ、ありがとう」
お揃いのペンダントを身につけた私たちは、顔を見合わせて笑った。
私たちがひまわり畑を少し早めにあとにしたのには、理由があった。
今日は夜に夏祭りがある。
せっかく夏祭りに行くなら、浴衣を着たい。
そう思っていた。
「葵」
「ん?」
「夏祭り、夜に行くならさ……せっかくだし浴衣着たくない?」
葵の顔がぱっと明るくなった。
「浴衣……私、着たい! せっかく夏祭りに行くなら着たい!」
「じゃあ、今から浴衣を探しに行こう?」
実は、そうなるかもしれないと思って、私はあらかじめ浴衣をレンタルできるお店を調べていた。
幸い、そのお店は夏祭りが行われる場所の近くにある。
バスに乗っている間も、私たちは今日楽しかったことや、夏祭りでやりたいことについて話した。
話していると時間はあっという間に過ぎ、気づけば夏祭りが行われる街に到着していた。
まだ始まっていないというのに、浴衣姿の人もちらほら見える。
スマートフォンで場所を確認しながら歩き、目的の店へ向かった。
店に着くと、店員さんが私たちに似合いそうな浴衣をいくつか選んでくれた。
二人で相談しながら、その中から青色を基調とした浴衣を選ぶ。
店員さんに着付けをしてもらい、しばらくすると二人とも浴衣姿になっていた。
「なんか、もう夏祭り始まってるみたいだね!」
「本当だね」
私は葵の姿を見て、少しだけ照れながら言った。
「葵、浴衣似合ってるよ」
「美琴も似合ってるよ」
お互い少し照れながら、そんなことを言い合う。
着付けが終わり、レンタル代を支払う。
すると、ちょうど夏祭りが始まった。
私たちは顔を見合わせ、手を繋いだ。
そして、そのまま屋台を見て回る。
最初に目に入ったのはチョコバナナだった。
「これ食べたい!」
「私も!」
二人でチョコバナナを買い、一緒に食べる。
「美味しいね~」
「うん!」
その後は射的にも挑戦した。
けれど、なかなか当たらない。
結局、二人とも景品を取ることはできなかった。
「全然当たらなかったね!」
「難しすぎるよ~!」
それでも、二人で顔を見合わせて笑った。
その後はりんご飴を食べ、さらにかき氷も買うことにした。
二人ともブルーハワイ味を選ぶ。
青いかき氷を食べながら、
「なんか、すごく夏って感じするね」
「うん。今日一日ずっと夏だったけど、これは特に夏って感じする!」
そんな話をしているうちに、花火が始まる時間が近づいてきた。
私たちは花火が綺麗に見える場所へ移動した。
そして――。
夜空いっぱいに、花火が広がった。
大規模な夏祭りということもあり、次々と花火が打ち上がっていく。
大きな音が響く。
夜空が明るくなる。
その光に照らされた私たちは、ほとんど同じタイミングで顔を見合わせた。
私は胸の奥にある気持ちを、今度こそ言葉にしようと思った。
「葵」
「うん?」
「葵と出会ってから、私……ずっと楽しいんだ」
少しだけ息を吸う。
「まるで、色のなかった世界に色がついていくみたいに……」
花火が夜空に咲く。
「好きじゃなかった夏も、葵のおかげで好きになれたんだ」
緊張で声が少し震える。
それでも、伝えたかった。
「葵。もし良かったら……これからも私と一緒にいてくれませんか?」
言葉にした瞬間、今まで生きてきた中で一番緊張したような気がした。
恥ずかしくなって、私は少しだけ視線を逸らす。
しばらく返事がなかった。
隣を見ると、葵の頬を一筋の涙が伝っていた。
私はどうしたらいいのか分からなかった。
けれど、自分が泣いたときに葵がしてくれたことを思い出す。
私はそっと葵のそばに寄り添った。
しばらく静かな時間が続いたあと、葵が口を開く。
「美琴……ありがとう。本当に嬉しい」
そして、涙を拭いながら笑った。
「私でよければ……これからもよろしくお願いします」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がいっぱいになった。
夜空には、また大きな花火が咲いていた。
その光を見上げながら、私は思う。
今日という日は、きっと忘れない。
花火が終わる頃、私たちは少し照れながら手を繋いで、夏祭りをあとにした。
これからも、こんな時間が続いてほしい。
そう思いながら、私たちは旅館へ向かった。
この時は、まだ知らなかった。
私たちの夏が、静かに終わりへと近づいていることに。
茶葉と言います‼小説の投稿をしていくので今後ともよろしくお願いします‼
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