8・桝村宗一郎の視点・古賀澤はるかとは?
世の中には、電撃を受けたような衝撃…と言うものが本当にあるのだと僕は感心している。
「古賀澤はるか」
僕の後輩として観音崎高等学校、特進科クラスに首席合格して入学してきたスーパーエース。素晴らしい!
僕は1年の秋に生徒会長に立候補し、選挙活動を経て投票数一位で生徒会長になった。特進科の他の同級生は、エリート思考ではあったが、リーダー思考で物事に向き合うメンバーは居無い様だ。
残念な考え方だとは思うが、頭のいい悪いに関係なく、他人の思考を変えることの難しさは、父が政治家をやっているのでよく分かっている。
そもそも、一般人は他人に興味は無い。
正確に言うと、他人は自分を測る物差しとしてしか見ていない。
だからこそ、それらを総て統治することが必要だ。
自分の意見は曲げない、だが他人のすることには自分の価値観を押し付ける。そこにハマらなければ非難し、ハマればそれ見たことかと見下したがる。
つまらない。
どうやってこの学校を僕の思想で一つ上のクラスタを全員で目指すような雰囲気を作れるのだろうか…などと、妄想し具体的なプランを立てつつも目立った結果に繋がるには時間がかかる…ということを思い知らされながら一年生が終った。
理想は高く、現実は厳しく…
風紀の乱れから、日々の言動勉学に向き合う姿勢など様々な面に向き合い、どんなにその有効性を力説しても、その効果を実感することなく最初の年度の任期が終わった。
だがそんな中、新入生の古賀澤はるかは違った。
他人と比較してどうのというレベルに無かった。
初めて完全体とかパーフェクト・ヒューマンとか世俗で揶揄される冗談のようなスキのない人間を目の当たりにしたのだ。
彼女の仕草、美しい容姿、無駄のない品行方正が歩くような彼女の佇まいを始めてみた時、新入生挨拶の彼女の凛とした姿に僕は全身に電気が走り、細胞単位で衝撃を受けた。決め手はある日彼女が僕に向けて送った流し目だった。
以後、彼女のことが気になり、ことあるごとに接触の機会をうかがった。品行方正全校生徒の憧れの生徒会長…になった僕は、自分よりさらに高みに居る美しい女生徒に心奪われて、酩酊していた。有体に言って心酔していた。
私が生徒会の二期会長に立候補した際、思い切って副会長になってもらえないかとスカウトした。
「はい、喜んで」
彼女は何の打算も駆け引きものぞかせる野心も見せずに素直に応対してくれた。……僕は有頂天になった。
生徒会室で同じ学校の問題に取り組み、解決するために知恵を絞り合い、共同して同じ高みを目指すを持つ同志として心を通わせ、いずれは将来も一緒に過ごそうという互いを信頼したパーフェクトカップルに…
ならなかった。
古賀澤はるかは、一見完璧で誰彼構わず差別をしない。
だが、誰彼構わず簡単にパーソナルスペースに入れるほど人懐っこい感じではない。クールビューティー、崎高の奇跡…氷の微笑。
そう、付け入るスキなどなかった。
僕の生徒会長としての立場を仄めかして話をしても、ドライに正論を返してくる。彼女の瞳は僕を映しているが、その深淵なる黒い瞳孔の奥で僕の心の奥底を観察しているような鋭い光をたたえている。
彼女は探求者であり、狩猟者であり、守護者であった。
特に生徒一人一人のデータの解析と掌握に対する執念は、いったい何からくるのだろうかと鬼気とした執念を感じた。
親の仇でもいるのだろうか?
だが、古賀澤建設はゼネコン大手の大企業で、両親も健在だと聞いている。古賀澤さんが大企業のご令嬢という事も知って、より孤高な存在に感じてしまうのは僕に限らないだろう。
そんな彼女が学校の生徒会に参加するのはやはり帝王学の一つの手段なのだろう…僕がスカウトせずとも立候補していたに違いない。
二期も僕が会長をさせてもらうが、次期は彼女に譲るべきだろう。
そんなある日、僕は見てしまった。
忘れ物をして一度さようならと言って生徒会室を後にした僕だったが、どうしても家で必要になることが分かっていたスマホをうっかり忘れてしまったのだ。
そこで生徒会室に戻ると、古賀澤さんが何やら必死に調べ物をしていた。
その作業の中で彼女が狂気に憑りつかれているような見たことが無い顔をしているのを見て、間違って悪鬼羅刹の類が彼女に憑りついてしまったのかという非論理的思考に飛んでしまうほど彼女の表情は怖かったのだ。
その顔をチラ見してしまった僕はそろりと扉から後ろに離れて改めていつものように歩いて生徒会室の扉を叩き、中に入る。
「あら、会長…忘れ物ですか?」何事もなかったように完璧に取り繕った古賀澤さんの顔があった。だが、心なしか彼女は体温が上がったような興奮した後のような雰囲気はわずかに残っていた。
鶴の恩返しを覗いてしまった小屋の主のような心境で、何も見ていないよという顔を僕がして居れたのかは、彼女の表情からは分からなかった。
その理由は後日知ることになる。
古賀澤はるかは何か重要な秘密を探るために生徒会に潜入しているスパイ?
僕は少し混乱した。
狙いは誰だ?
高校生として、生徒会に潜入して入手可能な情報は、高校内活動に関してくらいで、成績はもちろん内申書に載る様な情報はここで得られる事はない。
だが、逆に言うと、ここにしか存在しない情報は確かにある。過去に遡っての在籍した生徒の記録だ。
成績などは残らないが、学内活動においてはこの学校は伝統校なので比較的詳細にその活動内容と関わった生徒の記録が戦後にお嬢様学校として健立してからの七十年分の記録は残っている。
彼女の両親の母校がここなのか?
それとも…
はっ!!?
僕の曾祖父、桝村真一郎は内閣総理大臣を三期務めた尊敬すべき政治家で私の父桝村健太郎は現役の大臣だ。
勿論伝統的に崎高を卒業している。いわゆる母校である。
女子校といて始まったこの高校はエリート育成において特進化クラスを設営し、私の祖父は最初の男女共学の生徒だったと聞く。
要は男子比率が極めて女性側に偏っていた時期に通っていて、浮世の私生活だったと聞いたことがある…
有り体に言えばモテまくったと言う自慢だ。
彼女はその半世紀以上前のスキャンダルを発掘しようとしているのではないか?
僕はこの妄想が現実になり得ないという確信を持つまで彼女に確認すべきと考えた。
僕は書記や会計、風紀委員など他メンバーが不在のタイミングを狙って(計画的に古賀澤だけが残る様工作した)声をかけた。
「古賀澤くん、少し良いだろうか?」
古賀澤さんはその状況が仕組まれていて、僕が声を掛けようとするのを当然悟っている様に書類作業の手を止めてスッと立ち上がると美しい目を細めて
「はい、何でしょう?」
と相変わらず凛とした声で僕の次の一言を待っている。
「き、君は崎高の歴史を、生徒の記録を漁っている様だが…何を目的としているのかい?」
古賀澤さんは、少しだけ目を見開いて僕の顔を見て、それから細めた目で柔らかく笑い「学校の歴史の変遷と伝統を調べて受け継ぐのは、生徒会の使命だと思いましたので…生徒個々人に『こうあるべき』と強制しても、居心地が悪くなるだけです。そうではなく、この学校が持つ伝統と格式は私たち生徒会が態度で指し示すことで、模範となり規約となり指針となるべきかと思いましたので」
何と見事な!僕は改めて彼女の偉大さに、その気高き精神に圧倒されていた。
「その意気やよし!…私も見習おうではないか!!」
疑った恥ずかしさから、僕は彼女が閲覧していた学校行事の過去からの記録を持ち寄ると共にその歴史を紐解き伝統と格式がいかに連綿と積み重ねられてきたのかを学ぶことにした。
古賀澤さんは、そんな僕を笑うでもなく、蔑むこともなく黙って自分の調べるべき資料を黙って捲っていく。
そこで、ふとページをめくるのを止めた。
気になった僕はつい「どうかしたのかね?何か興味深い過去でも…」とみると、そこには「観音崎高校の赤い糸の伝説」という校内新聞、日付が昭和の初期の記事が目に入った。
「古賀澤さんも、校内伝説や七不思議とかに興味があるのかい?」思わず聞くと彼女はクスリと笑い「ええ、とても…運命の結びつきが赤い糸とか素敵では無いですか?」と言った。
僕はドキリとして潔癖そうな彼女が、そういった都市伝説系の世迷言に興味を持つのか…という新しく知れた喜びと、素敵と言った彼女の表情の違和感に囚われ乍ら「そ、そうだな…昔はやはり口伝や伝承によって紡がれる信仰にも近い物語というのはあるものだな…昔話には教訓も多く含まれるというが、赤い糸にはどんな意味があるのだろうね?」
僕は彼女がどこに、この話にそこまで執心する理由があるのかが読めなかった。




