4・特進科クラスと崎高の赤い糸の伝説
僕は鼻を軟骨骨折していた。
次の日余りにも顔が腫れ、どうしようもない顔面の痛みがあったが、古賀澤さんがどうなったのか気になっていつもの大きなマスクで顔ごと隠して無理矢理登校した。
学校では男子生徒に突き飛ばされた古賀澤さんが大怪我を負わさせられたと大騒ぎだったが、個人名は晒されておらず、僕がいきなり責められる事はなかった。
古賀澤さんも登校しており(ハイヤーで送迎)大事に至っていなかった様だが、松葉杖をついていたと言う話も聞こえて来た。
その時迄は鼻に大きな絆創膏と湿布されていてもマスクで必死に隠す僕のこと等誰も気にしていなかったが…いずれバレるのではないかと思うとドキドキした。
思っていたより、大事件になっていると周囲の噂を聞いて居で思った。
鼻が疼いた。
周囲の噂は時間が経つにつれてどんどん加速し、「古賀澤さんが駅で学生に扮した暴漢に襲われたが、神武天真流合気柔術で撃退し、しかしながら名誉の負傷をした」とか「野生の熊が出たのを素手で撃退した」とか恐ろしい盛られ方して行って無責任な噂の変貌と普段平和な観音崎高校の一大事件として謎の盛り上がりを見せていた。
昼休み、僕は勇気を出して特進クラスのある棟に向かう。あの後どうなったのか知りたかったからだ。
普段空気な僕にとっては有り得ない行動だが、人間どうしても譲れない事があれば、案外動けるものだなとか自己解釈しながら。
特進科クラスは職員室が入った学校の中央にある。
特に一般生徒が入ってならない決まりはないが、コンプレックスから僕含めて普通科の生徒は近づかない。
意を決して足を踏み入れる。
特進科クラスは1年から3年まで全て3階だ。
更に学年内で理系と文系に分かれている。
実は古賀澤さんが、理系か文系かまでは僕は知らなかった。
冷静に考えて、僕は彼女の事を何も知らない。
特進科クラスの教室が並ぶ長い廊下の前まで来て急に不安に襲われる。
すると、教室が並ぶ廊下に又しても赤い毛糸玉が転がっていた。
最早迷うこともなくその毛糸玉を目指す。
毛糸玉は特に逃げることも無くそこに留まっていたので、難なく拾える。
直後、教室から松葉杖をついた古賀澤さんが現れた。
「「あ…」」
小さな感嘆がハモる。
「良かった。無事でしたのね」
古賀澤さんの美しい声の響きが、又しても僕に向けられて発せられる。
「あ、はい…えっと…古賀澤さんこそ…その…」
「ふふ…全然大丈夫よ。確かに少し捻っちゃっけど、大した事ないの。両親が心配し過ぎなの」
「ほ、本当ですか?…よ、良かったです」
「貴方こそ大丈夫?私を庇ってくれたでしょ…」
「ぼ、ぼぼ僕は全く大丈夫です……も、も、もん、問題ありません!」
「そう?私思っていたより自分が石頭で貴方の鼻をそんなふうにしてしまって……ごめんなさいね」
「と、とんでもありません!こ、こが……古賀崎さんが無事で、良かったです。それが分かれば……し、失礼します!」
僕は毛糸玉を握りしめたまま踵を返す。
ダッシュして立ち去りたいところだったが、目の前を塞がれて思わずぶつかりそうになる。
「君が古賀澤さんに怪我をさせた輩か?」
目の前に立ち塞がったのは、これ又特進科クラスの有名人、生徒会長の…えっと…
「生徒会長の桝村宗一郎だ」自ら名乗ってくれた。
「えっと……?」僕が返答に困っていると「僕は名乗ったぞ君も名乗り給え」戦国武将か?と思いつつも名乗り返す。
「ふ…普通科のく、国木戸健一です」
「ふむ、クニキドとは良い響きの名前だな。結構!制服は…かなりアチコチ綻んでいるな。満身創痍と言うところか…」
「はぁ…」どう対応して良いのか分からず困っていると、桝村生徒会長は顔を寄せて「国木戸健一、君はこの学校の不文律である『古賀澤さんには干渉してはならない』と言うルールを破った重罪人として厳しく問い詰めたい」と怖い顔をして聞いたことのない謎ルールを言い出してきた。
「は?」思わず聞き返す。
「何なら君を古賀澤さんを襲って怪我をさせたとして退学処分にする事だって……」とイキる桝村生徒会長だったが…
「会長、彼が萎縮しています。やめてください」と後ろからその古賀崎さんが止めてくれた。
「な、なんだね、古賀澤副会長…私は君のことを思えばこそ…」
「前にも申しましたが、いくら生徒会長でも、そんな勝手なルールの押し付けは容認出来ません」
「古賀澤副会長…いや、古賀澤さん。君の存在はこの観音崎高等学校において、個人の存在としては影響が大きすぎる稀有な立場にある。そんな君を生徒会長として守る立場にあるのは当然だろう!」
「そう言うの要らないので…止めて下さい」
生徒会長は品行方正成績優秀イケメン高身長の全校女子は勿論、男子学生にも一定の支持がある古賀澤さんとの完璧カップルも噂される有名人だったが、こんな変わった人だったのか…と驚きを通り越して感心してしまった。特進科クラスは一般生徒には理解できない思考回路なのかも知れない。
たが、少し古賀澤さんが孤高の存在な理由も少し理解出来た。
「何だね…その、手に持っている物は?」
枡村生徒会長は、僕が持っていた毛糸玉を取り上げると、目を細めた。
「ふふん、面白い。国木戸君、君は我が校に伝わる『赤い糸の伝説』を知っていると見える」と、毛糸玉と僕を見比べながら感心した様に言う。
(え?我が校…って…赤い糸の伝説は都市伝説としては古今問わず全国区なのでは?)とは聞けず…
「知らないですが…」と言うと、舛村生徒会長は意外そうな顔を顔をしてから…得たりと言う顔をした。
「成る程、君は少しは策士のようだ…良いだろう。崎高ではのオリジナル部分について説明しようではないか」
なんか勝手に深読みしてくれた。流石特進科である。
「赤い糸伝説は元々中国唐代の月下老人の話が有名なのは君も知る所だと思うが…」
(いや、知らないけど…)
「この伝統ある崎高にも過去から伝わる赤い糸伝説はあるのだ。校庭に鎮座するあの千年銀杏!そこから垂れる赤い糸を掴むと、その運命の相手が同じ校内の人間だと明確に繋がり、その運命が叶うと言う」
「会長…」声を掛けたのは古賀澤さんだった。
「何かね?」
「その千年銀杏は去年腐食が問題で伐採になりましたよね?」
「その通り」
「毛糸玉とも関係ありません」
「如何にも」
「では何故?」
「この国木戸君は、失伝しそうなその伝説を踏襲し、復活させようとし、本来なら縁もない古賀澤さんとの縁を取り持とうと画策したのではないか!?…と言うのが私の推測だ」
どうなんだ?と僕の顔を見る会長。
僕は少し困ってしまった。
確かにこの毛糸玉が縁で古賀澤さんに近づけたのは事実だ。でも、その為に毛糸玉を上手く仕込んで器用に立ち回るような器量は僕には無い。
「ぼ、ぼ、僕…にはそんな…細工をするような器用さは…」
正直に話しながら悲しい気分になって来た。
「それでその毛糸玉を取り上げて会長は如何なさるのですか?」
落ち込む僕に代わり古賀澤さんが割って入る。
会長から毛糸玉を取り返すと僕に渡してくれる。
昨日から何回こうして古賀澤さんから手渡してくれたのであろうか…なんか不思議な気分だ。
「今度は手放さないでね」
「は、はい…」
会長は何か言いたそうだったが、少し考えたようなポーズを取ると「成る程理解した」と言った。
僕は何も理解できないままだったが、古賀崎さんにも会えて本当に大丈夫そうなので安心して教室に戻ることにした。
放課後いつものルーティンで図書室に居残り、何事もなく過ごすと、閉館とともに自宅に帰る。




