23・広がる視界・世界
夜なべして赤い毛糸のぬいぐるみを3つ作った。
同じようなものを作ると手が慣れる…とはいえ、大変だ…。
何をそんなにムキになって僕は頑張れているのだろうか?
思えば古賀澤さんの赤い毛糸玉はその彼女の想いが乗った作戦だったが、それ以外に周囲に人が集まり始めたのには別の切っ掛けがあったかもしれない。
まだ暗い外を窓ガラス越しに見る。
LEDライトに照らされた僕の顔が映っている。
そうだ…10年ぶりに再会したわずかな僕の幼少期の少しだけいい思い出のみゆきちゃん…彼女が同じ高校でしかも同じクラスの隣同士と知って少し驚いた。
彼女は母親が美容師やっているから、只で髪の毛を整えてあげるよ…と言ってくれた。嬉しかったが、直ぐにはOK出来なかった。母がその手の無償によるそそのかしに対してとても警戒しているのを知っているからだ。
だが、彼女の説得には打算も無い、貶める理由も無いと思った。
僕の癖っ毛は極端な湿気や乾燥に弱かった。臭くならないように毎日洗うようにしたけど、潤沢にシャンプーとか使えなかったので、保湿と過保湿のバランスを間違えると爆発する…だが、まあ頭髪が目立っても僕自身が興味の対象にならなかったので、それでも良いかと上手く付き合ってきていた。
それがあまり印象が変わらない形でもスッキリして全体のボリュームが減り、何より目に掛っていた部分が開けて良く見えるように。
みゆきちゃんのお母さんは、多分僕のことを知っている。僕に何があったのかも知っているだろう…地元のネットワークは強いし、ましてやみゆきちゃんのお母さんなら噂だけでなくいろいろ知っているに違いない。
でも、何も聞かずに僕が望む形に、そう、理解してくれているとしか思えないように対応してくれた。
夜の帳の降りた外の暗闇の前にガラスに光って反射するライトの明かりが僕を映し出していて、その瞳がこちらを見ている。
僕は僕を肯定できない…見られることが怖いと思っていた。
だけど、髪の毛越しの視界が変わったときから何かが変わり始めている。
古賀澤さんの与えてくれた毛糸玉を僕はキーホルダーに変えている。
何かの切っ掛けが誰かを通して変化しても、繋がる縁があるし、悪いことばかりじゃないんだと言うのを、今実感している。
そうか、僕は変わろうとしているんだ…自分の好き、得意が力になるって気づいたんだ…
「国木戸君おはよう」
朝の電車に乗ったところでいきなり声を掛けられてビックリする。
見ると古賀澤さんが松葉杖一本だけ持って席に座ってこちらに手を振っていた。周囲の視線がいつも寡黙で涼やかにしている崎高のマドンナが、フレンドリーに一学生に声をかけている風景は、それまでにない雰囲気を出す。
自分が変わる前から世界も変わっていく。
ドキドキしながら無視するのも、それはそれで失礼だなと思い。マスクはしたままだが彼女の席の前に歩みを進める。
「お、おはよう…ご、ございます…あ、あの…足、足は大丈夫なんですか?」
「ふふ…本当に大丈夫よ…走ったりは出来ないけど…でも、私みたいな若い人でも松葉杖ついていると、みんな席を譲ってくれるの…親切にされると、私もちゃんと困っている人を助けられる余裕を持ちたいって思えるわ」
それは…古賀澤さんの様な女性に親切したいと思う人は一般の人より圧倒的に多いのでは?…とちょっと思ったのは内緒だ。
「あら、国木戸君少し楽しそう?」
下からのぞき込む古賀澤さんの顔はとても刺激的だ。
「えっ!…ど、どうして…そ、そう思いますか?」
顔に出ているのか?でも、マスクもしているのに…
「目が…」
「め?」…ああ、そうか、僕の目を見て古賀澤さんは…「目は口程に物を言う」という諺もありましたね…
そうか、僕は学校に行くのが楽しくなっているんだ。
こうして古賀澤さんと会話できるのも、みゆきちゃんが話してくれるのも、桝村生徒会長が、千鳥さんが、鹿部君が構ってくれる…しかも、ネガティブでなく。それが嬉しいのだ。
「こ、こうして…通学途中にと、友達…みたいな人と、挨拶しながら登校…で、出来るなんて…こ、これまで考えたこともなかったです」
「あら、私のことを友達と認識してくれているなら嬉しいわ」
電車が学校の最寄り駅に止まる。
ホームに学生が流れ出る。ほぼ全員が崎高の学生だ。
その流れの中で、異質な雰囲気が…これまでも古賀澤さんが電車通学をしていても、誰も彼女に近づかなかった。彼女が表情を崩さずに切れ長の美しい目が何物も寄せ付けないオーラを通して鋭く周囲を気にせず前を向いている姿しか見たことが無かったからだ。
僕だってその一人だった。
だが、今の古賀澤さんはどうだろう…僕が隣を歩いて知識の裏打ちもないくだらない会話も耳を傾けて、話を合わせてくれる。
「桜ももう散り切ってしまいましたね」「桜の花の寿命は一週間。刹那の儚さと美しさを小さな花びらでも一斉に開花して咲き誇るから、美しいのでしょうね」にっこりと笑う古賀澤さんはクールなイメージもよいが、こうして笑顔を見せてくれる姿も最高に美しいと思う。
古賀澤さんはまだ少し松葉杖を使って歩く分少しペースが遅い。
僕は無意識にその歩調に合わせる。
「おーモンチっち!オハロー」後ろから声がする。千鳥さんだ。
当然のように鹿部君も一緒にいる。
「あら、おはよう千鳥さん」「お、オハローはるか!昨日の今日だけど元気してた?」「お陰様で…もう、下の名前で呼ぶんですね」少し澄まして応じる古賀崎さん
「ははっ!?ウチら友達だよな?」千鳥さんは全く動じない。こういうところを見習うべきなんだろうな…
「では、改めておはようございます。アキラ…」
視線を千鳥さんと合わせない古賀澤さんは少し照れているように見える。
「おおっ!!イイネ!嬉しいよはるか!」
「お、おはようご、ございます…あ、そうでした…」
お渡ししたいものが…「お、ナニナニ?!結婚指輪はまだ早いぜ?」
「………」僕が固まると「ギャハハ…冗談に決まってんじゃん!ったくモンチは臆病だな!」いや、常識的な判断をしていると思っていますが!まあ、判断できないから固まるわけですが…
そして、クマのキーホルダーを差し出す。




