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天使と聖女は足元に転がる【赤い毛糸玉】に導かれる  作者: 黒船雷光


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18・悪魔の子と自覚した過去

 僕の実家はもう無い。

 今は県営住宅に住んでいる。


 僕の父は漁師だった。

 自分船を持っていて、沖合迄漁に出かける。

 沖合漁師は天候や水産の不安定さ(漁獲制限や他国の乱獲)で、苦労は尽きない。


 母と出会いは、彼女が水産観光に来ていた時、偶々案内係を父が一目惚れで口説いたらしい。


 母はその時未だ学生で、あまり深く考えずに父と付き合った。だが直ぐに僕を懐妊してそのまま入籍する事になった。

 この時の大変さは母がよく話してくれた。


 学生だったからだけではない…彼女は交換留学生で日本人ではなかった。


 そのこともあり、親戚からの扱いは酷く辛いものであった。だが父も母も自尊心が強く互いに惹かれ合っていたこともあり、周囲の反対を押し切って漁師として独立してまで周囲から決別し結ばれることを選択した。


 母の両親も本国では激怒で、親子の縁は切られてしまったと言っていた。


 僕は両親が愛し合っていたことを信じたいが、世間からはそれが認められず受け入れて貰えないことを子供心に、成長するごとに思い知らされた。


 父は豪快で、竹を割ったような性格で、表裏がなく気持ちの良い性格だったがそれ故に感情の起伏が激しく、周囲からは煙たがられた。母も気丈でガッツがあり難題にもめげずに取り組む(したた)かな女性だった。


 僕はというと、父の背の低い部分を受け継ぎ、母の柔らかいブラウンの髪の毛と長いまつげ、白い肌を受け継いだ。羨む人がいるのか分からないが、僕にとっては【呪い】だった。


 幼稚園でも小学校でも『女の子っぽい』『媚びてて気持ち悪い…』差別され嫌われた。僕は力もなく父のような心の強さも母のような高貴な心も持ち合わせていなかった。只々おびえて身を縮めて災害が過ぎるのを待つしか術を持たなかった。

 幸いソコからさらに酷い追い打ちや体罰を受けることは無かった。


 そんな世間の辛い当たりにめげそうになっているとき、父の船が遭難した。


 仕事仲間を一緒に乗せた沖合漁業で季節外れの突然の嵐に巻き込まれあっけなく父と父の船が逝った。

 仲間のうちの数名が救助されたが、巻き込まれて亡くなった方も居た。

 保険が下りたはずなのだが、母が外国籍だったからなのかよくは僕にはわからなかったが、大きな借金が残った。


 母は負けずに立ち上がり、ぎりぎりの生活をしながら借金を返し生活している。僕も働いて支えるというと「本当にそう思うなら、きちんと学校を出て社会の貢献度の高い人になりなさい…地方で小さく稼いでも意味はないわ…」と言って勤めに出ている。母は僕を妊娠して学校は休学したが、そのあと苦労して看護師になった。


 今は中央病院で外国人患者の担当もしつつ、通常看護業務も行う。普通に比べればいい給料をもらっているが、すべて借金の返済に消えていく。

 援助を申し出る人もいるようだが、断っているらしい…母の孤独と責務を父以外の他人に依存することを恐れているような気がする。


 家にお金がないことを悲しいと思ったことは無い。父は丘に居る時はいい人で、優しくも厳しい父だった。母も自分に厳しく、僕にも厳しいがそれが優しさだとよくわかる。


 ただ、僕の見た目は他の人とかなり異なることが、辛かった。


【呪い】と言ったが、自分のことが嫌いなわけではない…だが、どうせなら父の様に男らしく居れたらこんなに世間を恐れておびえて生きていなくでも済んだのかもしれない…母の様に芯が強かったら負けずに立ち向かえたのかもしれないと、思うと情けなかった。


 小学校低学年の時、隣の席の女の子と少しだけ仲良くなれた。

 しかし、男子から「女の子か?」と言われ他の女子から「チ〇コついているのに気持ち悪い…悪魔の子」と言われて、ショックを受けた。


 僕は他人と関わるのをやめた。


 珍しく会長と一緒に帰る時にストレートに聞かれた。

「聞きたかったのは古賀澤さんの事だ。君は彼女の事が好きなのかな?」


 僕はそのことに対して、自分の考えがないことに気づいた…古賀澤さんからわざわざ赤い毛糸玉を仕掛けられて今の状況になったことに対する混乱はある。


 好意に近いものを向けられているという自覚もある。だが、僕は愛だの恋だのを信じてはいない。母が父を信じて歯を食いしばって今を生きていることは、周りの心無い人たちのつまらない罵声や安い同情と侮蔑に対する反発と意地で闘っているように思っている。


 僕は過去の差別と自覚しているコンプレックスに向き合いきれずに、だからと言って家にも引き篭もりすることも出来ず、怯えて耳目を塞ぎ耐えてやり過ごしてそれさえもどうにかできないかと葛藤し、次の一歩を踏み出せずにここまで来てしまった。


 だが、高校になって地区関係なく広い学区内で成績と出来るだけ遠方の選択で今の観音崎高等学校を選んだ。

 一年間をこれまでの様に平穏無事に過ごして安心していた。中学みたいな家庭の事情を知ってつるんで干渉してくる同級生も居なかったのはありがたかった。


 そう、僕は好意を向けられることが初めてだったのだ。

 好きになってもらうから好きで返すのか?その感覚は分からない。多分僕の中にこれまでの経験で(はぐく)まれることが無かったのだ。


 だから会長に「君の気持はどうなんだ?」という問いに答えを困窮してしまった。


 毛糸玉をクマに変えてプレゼントしたのは、きっかけに対して自分が何が出来るかを考えた結果だった。

 古賀澤さんは喜んでくれたが、会長には不快だったようだ。そして、今僕の気持ちがどこにあるのかという問いを向き合わせる様にして来たという訳だ…


 会長にキーホルダーを取り上げられたとき、僕は少し怒っていた。でも、その行為は僕への憎しみや嫌がらせではなく、会長の嫉妬心から来ているのだと直感で分かった。なので、理不尽に負けまいととっさに「それは差し上げますので僕たち友達ですね」と反論した。

 会長は大いに僕の反撃に驚いていたが、その後ろで古賀澤さんは嬉しそうにしていた…その意味は僕にはわからなかった。


 とにかく問いに答えなければ…「僕は…」ちょうど電車が来て中断された。

 乗り込んだ際に、電車内はそこそこ混んでいてとても会話を継続できる状況にはなく、それ幸いに僕はその答えを口に出すことは免れたが、結論を考慮してのものではなかった。


 先に会長が下りて発射する電車をホームから見送る目には「次に会った時に答えを聞かせてくれ」という顔をしていると思った。


 僕は初めてのことだらけのここ数日間に脳が対応しきれない気持ちを抱えていたが、不思議と嫌悪感は無かった。ただ、結論を出す難しさを感じていた。

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