14・クマと保健室
「ぎゃはぁ~!!……ゲフンゲフン、いや…あの…ギャハハ!」
図書室の静寂を引き裂く千鳥さんの笑い声。
「ぐひ…ゴメン、大丈夫か?モンチ!…キャハハ」
一体何が起きているのだろうか?
古賀澤さんは顔を手で覆ってしゃがみこんでしまった。
桝村生徒会長も何とも奇妙な顔持ちで腕で口元を覆う。
鹿部君まで顔を赤くして笑いをこらえているように見える。
「く…国木戸君…ほ、保健室に行きましょう…いけないわ…このままだと」
笑いをこらえて古賀澤さんは僕の手を取って立たせようとしてくれる。
「おい、ヒロキ!」ゲラゲラ千鳥さんは笑いながら指示をする。
「まあ、仕方ねぇ!」鹿部君の巨漢が僕を軽々とお姫様抱っこで図書室を出て保健室迄連れて行く。
「おい、鼻…大丈夫か?折れているのか?」
「ふぁ…そうでふ」鼻が詰まって上手くしゃべれない。
「そうか…保健室行く前に…」と鹿部君は男子トイレに僕を連れて行く。
鏡の中の僕が見えた。
マスクの中心に鼻血が垂れて丸いシミを作っていて、そこから垂れて流れる二つの線が「ω」の形になっていて、僕自身がクマのぬいぐるみみたいになっていた。
みんなが、同情しなければならない中であまりのコメディ要素に笑いをこらえられなかったというのは、理解できた。自分でも随分可愛いことになっているぞと思った。
「まあ、お嬢が笑ったのは赦してやってくれ…オレ的にはお嬢の胸を触った分でおつりが必要だから一発殴ってやりたいところだが…可愛いから許す」
え?強面の鹿部君でも可愛いって思うの…?見上げる僕の顔を見てニヤリと笑うと「じゃあ、保健室まで行くぞ」とまた僕を抱っこして運んでいく。
保健室では保険担当医の黒木サキ先生が同じリアクションをした。
「クク…大変だったわね…」ウェーブの掛かった黒髪をぶっきら棒にうしろで纏めて後ろに流して黒ぶち眼鏡の美人さんだ。白衣にニットのセーターはその胸部を誇張して物凄い破壊力のある絵面だ…ただ、黒妃とあだ名され、仮病やナンパ目的の男子生徒には塩対応で有名だ。
勿論僕は重症者なので丁寧に対応してもらった。
「あなた二年三組の国木戸君ね。ここ数日で渦中の人って感じよ〜主に職員室で」
と、何やら物騒な事を言っているが、痛みがぶり返して来てその話は頭の隅に追いやられた。
治療の間僕の前には先生のセーター越しの丸みを極力見ない様僕は恥ずかしく俯きながら、湿布を変えてもらい、マスクを新しくした。
保健室を出ると古賀澤さんと千鳥さんが並んで待っていた。
二人が並んで立つビジュアルは、対極の存在感で圧倒的だ。
メリハリ効いた張りのある褐色ボディをポイント絞って締め付けて、惜しげもなく晒す千鳥さんのカラフルと、規律の塊でも隠しきれない古賀澤の無彩色の美…
その甲乙付け難い女神が僕のために待ってくれているこの異常事態に正直戸惑いを隠せない。
「よ〜す、無事っぽいな。よかったぜ…」千鳥さんは明るく振る舞ってくれるが、少しだけそこに罪悪感見たいな笑えてない表情が見えた…気がする。
だが、その直後本当に意地悪そうな表情に変わると「ヒロキ」と僕の後ろにいる鹿部君に目配せする。
僕は一瞬で彼に拘束される。
「えっと…」と言う間も無く新しいマスクを奪われる。
なんだ一体?…一瞬お詫びのキスでもしてくれるのか?言う妄想が頭を過ぎる。健全男子の単純な思考なんて皆同じでは無いだろうか?
が、彼女は徐ろに僕のマスクに細工を始めて終わるとニヤリと笑ってもう一度僕にマスクを着けた。
「やっぱそれ似合ってる〜」再び爆笑する千鳥さん。
呆れて見ている古賀澤さんも目が笑っている。
流石の僕も何をされたかはなんと無く分かった。
更に千鳥さんは容赦なくカチューシャを何処からともなく取り出して僕にはめる。
その三分の一の部分と三分の二の部分に小ぶりの赤い毛糸玉が着いているのが見える。
破顔して笑い転げる千鳥さんと冷静を装い…きれずに笑い漏らす古賀澤さん。
ようやく鹿部君が開放してくれたので振り向くと、鹿部君は顔を赤くして唇が震えている。
ドカンと保健室の扉が開く。
黒木先生が怖い顔をして廊下を覗き込む。
「お前ら!五月蝿いぞー!騒ぐなら校庭にでも…ブハハ!」文句と説教…の途中から僕の顔を見て爆笑に変わった。
ひとしきり笑った後、僕たちを見廻して「なんだ、問題児のバーゲンセールか?いい加減にして早く帰れよ」と言ってピシャリと保健室の扉を閉め切った。
残された僕たちは多分同じキーワードが頭に残った筈だ「誰が問題児だ?」と。
疲れた僕は日常を取り戻したかった。
「とりあえず、帰りますか?」と言うと、互いに色々言い出した。「また騒ぐと…あの、えっとまた怒られます。僕はカバンを取りに行かないと行けないので図書室に戻ります」
「それもそっだねーウチも荷物置いて来ちゃったし〜」
そう言いながら鹿部君に目配せする。
後ろから大きなため息が漏れて僕はふわっと宙に浮く。またお姫様抱っこされている。
「あ、あの、僕歩けますけど!?」
「いいから気にすんな」と千鳥さんは言う。
僕らは保健室から図書室に戻ることになる。




