10・赤いクマ
僕は自分の教室に戻る間に、頭が混乱していた。
よりにもよって、完全完璧紳士と呼び声も高い生徒会長の風紀指導に対して逆らう様な行動を取ってしまった自身の行動とその原理に於いて何故?と言う自問。
これまで共通の話題も持てず、運動も勉学も特出するものも無く、皆から距離を置いて過ごして来た高校生活。
ふと、赤いクマのキーホルダーが自分のカバンの持ち手の付け根で揺れているのを改めて見る。
中に編み込んだ鈴がチリンと鳴った。
教室に着く。
いつも早く来て誰かとすれ違って挨拶をしなくて済む様にしているが、特進科クラスに寄った分既に多くのクラスメイトが登校して来ていて入るのが気まずい。
そう、それが僕の日常。
教室に入るタイミングひとつで余計な事を悩むし、そんな自分を受け入れて上手く一年やって来たつもり。
だけど、あの…いや、「この」赤い毛糸玉が僕の前に転がってから全てが変わってしまった。
クマに変わった毛糸玉は何も言わない。
代わりにチリンと中の鈴が鳴った。
「チョリーッス」僕の横を褐色のオッパイ、いや違った金髪のギャルが横を抜けて、何も教室と廊下に境界など無い様に入って行く。
「おおーアキラ、今日も帰りに寄ってくんだろ?」
クラスのカースト上位の陽キャ達がだらし無く机の上に座ってトグロを巻いている。
ギャハハと騒ぐグループに衆目が集まるのを見計らい、すすすと自分も席に着く。窓際一番後ろ。
授業が始まる前には皆席に着く。このクラスは学級崩壊はしていない。
あれ?僕の隣は確か花鶴さんだったはず。
今は千鳥さんが座っている。席替えなんてあったっけ?
そしたら千鳥さんから話しかけられた。
カースト上位から声が掛かることはない。
僕は常に警戒しながら小さくなって生きている。
「ねぇカレぴ?何でいつも独りなん?」
千鳥さんが声をかけて来た。
金髪と脱色の混ざり合ったウルフヘア、褐色で艶のある肌、派手に見えないけど盛りまくったメイク、アレンジし過ぎて本当にこの崎高の制服?と思う様な着崩したファッション。
特にシャツはボタン絞めず全開でネクタイがこれ見よがしの虎柄の水着?に包まれた豊満なバストの谷間に挟まれて消えている。
その美しいバストを強調する様に胸下でシャツは縛ってある。
スカートは極限まで短く、座っただけで中が見えそうだ。
古賀澤さんが学校の規範の鏡で極北美人なら、千鳥さんは極悪規範違反美人だ。
何でこの人は風紀委員会の指導に引っかからないのだろうか?
そうじゃない、えっと、僕、話しかけられてる?何故独りかって?
「あの…えっと…僕は友達いないので」
僕は目線を胸に合わせないように腫れた鼻を隠すマスクを深く上げて彼女を見上げる。
すっぴんとは言い難いメイクの美しい顔立ちが目に入る。
キラキラ光る瞳は不思議な文様が入ったコンタクトが入っている。
魅入ってしまう…。
漫画のキャラクターみたい。
唐突に「カラオケ行かない?」と聞かれるが…僕には無理だ。僕にはお金がない。…でも勿体ぶらせて付き合い悪いという拒否もしづらい。
そんな時は素直が一番。「お金がないので無理です」
千鳥さんはキョトンとした顔をしてから少し困った顔をした。
その顔はすぐに僕の状況を察した、蔑みや哀れみとは違い理解を示したうえでの悲しみを宿しているように見える。根はやさしいのかもしれない。




