第八話 お泊り会
「マジでかぁ」
頭を抱え、情けない声を出す。
昨晩もエルナの家に泊まったが、その時は全然眠れなかった。おそらく、今回も寝不足気味になるだろう。
おもむろにキッチンへと視線を向ける。
キッチンではエルナがせっせと何かを作っていた。ほのかにいい香りが漂ってくる。俺の腹がくぅと小さく鳴いた。
エルナの料理は絶品だ。他の人の料理を食べたことがないから、というのもあるだろうが、それを差し引いても感動で涙が出るほど美味い。
俺は先ほどから唸ってばかりいる腹を擦りながら、小さくため息を吐いた。
エルナの料理を食べられるのは、この上なく幸せなのだが……それ以上に、本当に泊まっても良いのか、という考えが頭をよぎる。
実際問題、男1人と女1人が1つ屋根の下だなんて、はたから見ればマズイ状況だ。
とはいえ、俺にこの状況を打破することができるとも思えない。
俺は再度ため息をつき、目を閉じる。ふわふわとした感覚と共に、キッチンから漂ってくる香りが、より一層強く感じられるようになった。
なぜだろう。俺の脳裏に、とある光景が浮かび上がる。俺は小さな子供で、椅子に座って絵本を読んでいて……見知らぬ女性が、俺のためにご飯を作ってくれている。そんな光景が、なぜだか思い浮かんだ。
そんな妄想に、思わず苦笑する。
ありえない、だって俺たち神には……母親なんていないじゃないか。子供の時代なんてないじゃないか……
俺は見たこともない母親のぬくもりを手に入れようとするかのように、擦っていたお腹を、ギュッと強く握った。少し、痛かった。
「お待ちどおさま~」
そう言い、エルナがこちらへと歩いてくる。
その手と周りには、お椀が何個か……浮かんでおり、お椀には二人分のお肉、それとシチューのようなものが、湯気を漂わせながら盛り付けられていた。
俺の前にお椀が2つ、優しく置かれる。
俺は目を閉じて、鼻で思い切り香りを吸い込む。肉の香ばしい香りが、俺の鼻孔と食欲を刺激してくる。もう待ちきれないと言わんばかりにお腹が鳴った。
「ハハハ、そんなにお腹すいてたんですか?それじゃあ、さっさといただきましょうか」
「あぁ、そうしよう。そんじゃ、いただきます」
そう言い、フォークで肉を刺し、口に運ぶ。肉は思っていたよりも柔らかく、少し力を入れるだけで簡単に嚙み千切れた。
「やっぱり、お前の料理はうまいなぁ。どうしたらこんなに美味く作れるんだよ」
「そんなに褒めても、何にも出ませんよ?まぁ、嬉しいですけど」
エルナが小さくふふっと笑う。
「それにしても、本当に神楽さんは美味しそうに食べますよね……昨日なんて、ちょっと泣いてましたよね?」
「それくらい美味いってことだよ」
「いやいや、一般魔法使いの作った普通のスープですよ?高級レストランとか行ったらどうなるんですか……」
「行けるほどの財力もないから。大丈夫」
「悲しい現実を突きつけないでくださいよ……」
お互いに肉とスープを口に運びながら、そんな他愛もないことを話し続ける。
美味しいご飯を食べ、他愛もないことを話す。こういうのが”平和”ってやつなんだろう。こんなふうに、全ての人間が、ただただ変わらない普通の日常を過ごせるのであれば、どれほど幸せだろうか。
俺はそんな事を妄想しながら、スープをすするのであった。
そうして、窓から見える空が真っ黒に染まったころ。俺とエルナは眠る準備を進めていた。とはいえ、流石に俺はソファで眠るため、毛布一枚かぶるだけで済むのだが。
「今日は散々でしたね。なんというか、色々と」
準備を終えたエルナがベッドに座りながら、そんなことを話しかけてきた。
「そうだな……正直、もう懲り懲りってやつだよ」
「あはは、そうですね。神楽さんは大怪我までしましたし」
エルナが小さく笑った。
「あの時は本当に死ぬかと思ったからな。上手い事能力が発動してくれて助かったよ」
両手を握ったり開いたりしながら、そう返す。
あの時、あの瞬間。本当に賭けに勝てて良かったと思う。”賭けに勝つことさえも運命で決まってたんだ”と言われればそれまでなのだが。それでも、本当に……本当に良かったと、心の底から思う。
今でも思い出す。あのデカブツに押しつぶされていた時の圧迫感、足が折れた時の吐き気を催すほどの痛み。融合した時もそうだ。なにも喋れなかったのは、精神的に来るものがあった。
想像できるだろうか。言葉を発しようとしても、できないときの絶望感。自分自身が自分じゃないような、当たり前ができない感覚。もしも共鳴を解除できなければ、と思うと恐ろしい。
俺がそんな事を考え、身震いをしていると、エルナが口を開いた。
「それじゃ、そろそろ眠りましょうか。治癒魔法で処置したとはいえ、神楽さんは安静にしなければですから」
「りょーかい。んじゃ、おやすみ」
あくびをしながら、ソファに横になって毛布をかぶる。
疲れからだろうか、俺は思っていたよりも早く眠りに落ちるのだった。
「心配するな。お前は、お前らはきっと、今よりも幸せになれる。そういう”運命”にしてやったから」
真っ白な空間。おそらく夢の中の世界で、そんな声がどこからか聞こえてくる。どこか聞き覚えのあるそんな声に、俺は言葉を返す。
「誰だよ、お前」
だが、返答は返ってこなかった。
俺が返答を待ち続けていると、白い世界にいきなりヒビが入った。そのヒビ――亀裂は、だんだんと空間を蝕んで行き、最終的に、空間は崩壊した。
崩壊した先になにがあったのか、それは覚えていない。夢なんてものはそんなものだ。
ただ……なぜだろうか。とても嫌な気分になった気がする。




