第六話 魔物討伐
「……ねっむ」
椅子に深く座り込みながら、俺は一人そう呟いた。昨夜、俺はあまり眠れなかった。
もちろん、エルナと一緒に寝るなんてことはできなかったため、ソファで眠ることになったのだが、それでも女性の家に泊まっているという事実が俺の脳内を支配してきて……
結果的に全然眠ることができなかった。そのせいで、俺は今とてつもない睡魔に襲われているというわけだ。
とはいえ、二度寝をすることはできない。流石に2日連続で泊まっていくわけにはいかない。今日中に最低限稼いで、どこか泊まる場所を見つけるのが安パイってもんだろう。
「はい、どうぞ召し上がれ」
俺がテーブルに突っ伏しながらウトウトしていると、エルナがパンが4つほど入ったお椀を置き、俺とは反対の椅子に座り込んだ。
「ほら、シャキッとしてくださいよ。今日は私の仕事手伝ってもらいたいんですから」
エルナがお椀からパンを掴み取りながらそう言った。俺もぐっと体を伸ばし、パンを手に取りながら口を開く。
「そんなこと言われても、眠いもんは眠いんだ。仕方ないだろ」
手に取ったパンに噛り付きながら、そう言い返す。実際、これに関しては俺にはどうしようもなかった。いやまぁ、自分自身の意志を貫いて野宿をすればよかったのだが……まぁ誰もが自分が一番大事なんだ。これもまた仕方がないだろう。
「それで?聞いてなかったが、どういう仕事なんだ?流石にグレーな仕事はしたくないんだが」
口内のパンを飲み込んだ後、エルナにそう問いかける。
「特に変な仕事ではないので安心してください。まぁ簡単に言ってしまえば、魔物討伐ですよ」
「魔物討伐って……昨日お前がやってたやつか?正直、俺が無事に帰れるとは思えないんだが」
ちぎったパンを口に放り込みながら、そんなことをぼやく。
実際問題、俺は鎧を着ているわけでもなければ、武器を持っているわけでもない。身を守る手段があるとするならば、正体不明の”共鳴”というスキルくらい。死ぬなんてことはないだろうが、負傷する可能性は高いだろう。
「大丈夫ですよ、たかがスライム。できることがあるとすれば肉体の変化や体当たりくらいですし、怪我をしたとしても私の治癒魔法で治せる程度でしょうから」
食べ進めながらそう答えるエルナに、少しばかり心配しつつ、俺も出来る限り力をつけるため、黙々とパンを食べ進めるのだった。
――そうして、俺たちは村の外に来ていた。目的はもちろん、朝に話していた魔物討伐だ。
「先ほども言いましたが、討伐数に応じて報酬が増えますので、出来る限り倒しましょう。渡したその剣があれば、ある程度ダメージは与えられると思いますので……ともかく、頑張りましょう」
あたりを見渡しながらそう囁いてくるエルナに対し、俺はコクリと静かに頷いた。
今回の俺の仕事は、スライムの体力を出来る限り削るだけ。って言っても、これがまた大変で大変で……
「いってぇ!こんにゃろ!!」
1回斬りかかるごとに数発、スライムから伸びた……触手のようなもので殴られる。命に関わるダメージでは無いが、それなりに痛かった。
いくら魔法を使えるとはいえ、エルナはこいつらを何体倒してきたのだろうか?
「あまり無理はしないでください!魔物と普通の人間じゃあ力の差があります!無理は禁物ですよ!」
エルナが俺の削ったスライムに対し、杖先から放たれた電気のようなものを打ち込みながらそう叫んだ。
「わかってるけどよ!生憎と俺は戦闘経験0の旅人なもんでな!ゴリ押ししか知らねぇんだ!」
「せめて避ける努力くらいはして下さい!治癒魔法だって魔力をそれなりに使うんですから!」
そんな会話をしつつも、順調に視界からスライムが減っていく。
天界にいた頃じゃあ、魔法使いと一緒にスライムを狩りまくるだなんて、想像できなかっただろうな……なんて事を考えていると、先ほどまで散り散りだったスライム達が一斉に一個体へと集まっていく。
「おいおい……マジかよ」
冷や汗が頬を伝うのがわかった。
スライム達が身を寄せ合ったかと思えば、一匹、また一匹と融合していっていた。融合が進むと共に、段々とスライムの身体が肥大化していく。
そうして、最終的に俺の2倍ほどの大きさに"それ"はなっていた。
「もはやただのスライムとは言えないな、こいつは……」
ボソリとそう呟いたのとほぼ同時に、目の前のデカブツが思い切りこちらへとタックルをしてきた。
俺はそのタックルをギリギリの所で躱し、地面に尻餅をついた。
「どうすりゃいいんだよ……こんなバケモン……」
俺が持っているのは剣1本。先ほどのようなゴリ押しをすれば、圧倒的な力の差で殺されるのは目に見えている。
かといって、エルナの魔法も効いているようには見えない。きっと、こいつに取っては赤子にデコピンをされているような物なのだろう。
「む、村に戻って他の人を呼んできましょう!私たちじゃあ太刀打ちできません!」
エルナが杖を縮め、胸ポケットにしまいながらそう叫んだ。
「戻るっつっても、こいつが追ってきたらどうするんだ!?村に被害は出せねぇだろ!?確殺魔法的なのはねぇのかよ!禁忌魔法とか!」
大急ぎで体勢を立て直し、巨大スライムから距離を取りながらそう問い――いや、叫び返す。
「っていうか、今までどうしてたんだよ!お前は初めてじゃねぇんだろ!?この仕事をするの!」
「これはスライムの持つスキルでも珍しい”融合”スキルによる巨大化で――要はこんなの中々ないんですよ!あと禁忌魔法を簡単に使わせようとしないでください!消費魔力量どんだけだと思ってるんですか!?」
俺たちがそんな言い合いをしていると、巨大スライムが思い切り跳躍をし、俺のことを踏みつぶそうとしてくる。俺は避けきれず、足が踏みつけられる。
「ぐあああ!」
あまりの痛みに、情けない叫び声が漏れる。俺の足からはミシミシと嫌な音が鳴り響く。おそらく、骨折というやつだろう。
「神楽さん!」
「は、早く助けを……呼んでくれ……!結構……きつい……」
かすれた声で、なおかつできる限り大きな声でエルナにそう叫ぶ。叫んでばかりだからか、鉄の味が口の中に広がった。
「いいから……早く……!」
オドオドとしているエルナに、活を入れるように再度叫ぶ。喉の痛みと足の痛みで、涙が零れる。
「……た、耐えてください!すぐに戻りますから!」
そう言い残し、エルナは村の方へと走り去っていった。俺はエルナの背中を見つめながら……覚悟を決めるのだった。




