第二話 魔法使い
「……お前、なんでこんな所にいるんだ?」
いつの間にか着ていたズボンにこびりついた泥を手で払いながら、目の前で心配そうにこちらを見つめている少女に問いかける。
「それをあなたが言うんですか?草原のど真ん中で座り込んでいたあなたが?」
少女は少し怪訝そうにしながら、俺の問いに対して答えにならない言葉を返してきた。
まぁ、確かにその通りだ。草原のど真ん中で、1人で座り込んでいるなんて、冷静に考えてみればおかしな話だ。せめて斧でも持っていれば木こりだと勘違いされるかもしれないが、何も持っていないのであればなおさら。
「あぁ……じゃあ質問を変えようかな。お前、名前は?」
「名前を聞くときは先に名乗るべきじゃ……はぁ……エルナ・ウィンターズです」
「あれ、名乗ってなかったっけ?俺の名前は神楽だ。よろしく」
ため息交じりに名乗った少女――エルナに、自身の名前を伝える。
「神楽……?私の方じゃあまり聞かない――珍しい名前ですね」
エルナが顎に手を当てながらそう言ってきた。そういえば、俺の名前は結構特殊なんだっけ?何やら別の世界から取ってきたって話を創造神から言われた覚えがあるが……実際のところがどうなのかはよく知らない。
「それにしても……なんの装備も無しにここまで歩いてきたんですか?私が来るときにはスライムが何十匹と襲い掛かってきたんですけど」
エルナがはるか後方を見ながらそう問いかけてきた。
そういえば、現世には魔物とかいうのがいたっけか。神には――少なくとも気象調節部門の神には無縁の存在だったため、忘れていた。
「それで?どうやったんですか?」
「え、あぁ……えーっと……」
これは面倒くさいことになった。スライムとやらがどれ程の強さなのかは知らないが、素手でここまでやって来た……なんて事を言うわけにはいかないだろう。
「……隠れながら……ここまで来たんだ。ステルスってやつだよ、ハハ……ハ……」
頭をポリポリと搔きながら、咄嗟に思い付いた言い訳を口にする。
「ステルス……本当ですか?」
「あぁ!当たり前だろ?俺がその事で嘘をつく理由がどこにあるってんだよ?」
自分自身に暗示をかけるように、平静を装いながらそう答える。
「じゃあ、なんでここで座り込んでいたんですか?」
「まぁ、なんだ。茂みに隠れながらだったから、道に迷っちゃってなぁ……その……助けを待ってたんだよ」
「道に迷った……」
エルナが少し不思議そうにこちらの顔を覗き込みながら、ポツリとそう呟く。なぜだかこいつには全てを見透かされている――そんな気がしてならなかった。
「そ、そういうお前は?そっちだって何も持っちゃいないじゃないか」
これ以上追及されればいずれボロが出るかもしれない。俺はその最悪の未来を避けるため、逆にエルナへと問いかけた。
「私は魔物狩りのバイトですよ。それに、あなたと違って武器である”杖”を持ってます。今は簡単な収縮魔法でしまっているだけ――当たり前でしょう?」
「そ、そうだよな……すまんすまん……」
ハハハ、と誤魔化すように笑みを浮かべる。この数分で、どれだけこいつに怪しまれただろうか。もしかしなくても、俺が普通じゃないことはバレただろう。
「なぁ、そんなことはどうでもいいからさ。さっさと帰ろうぜ?町に――」
「村にですか?まぁ、私もノルマ達成したのでいいですけど……」
「そうそう!村……村にだよ……うん」
俺が動揺しているのは火を見るよりも明らかだった。村へと歩き始めた今もなお、俺に対する不信感は募り続けているに違いない。もう俺は口を開かない方がいいのかもしれない。
そんなことを考えながら彼女の後ろを歩いていると、エルナが口を開いた。
「なんだか、不思議な人ですね。あなたって」
「え?」
「だって、このまま真っ直ぐ歩けばいいだけなのに道に迷ったり、なんの装備も持たずに村の外に出たり――違います?」
……仕方ないだろう?俺は現世に興味がなかったうえに、追放されちゃった無能神なんだから……なんて言えるはずがない。そもそも、追放の件以前に神だと――いや、元神だと言ってしまえば、パニックになるかもしれないのだから。
「まぁ、なんだ。”そういう日もある”ってやつだよ」
我ながらお粗末な言い訳だ。明らかに違和感を感じてならないだろ――
「まぁ、確かにそれもそうですね。そういう日もありますよね、私もたまにありますし」
――うっそだろ、おい。
エルナの返答に対して、俺は絶句した。普通に考えれば俺がおかしなことを言っているとわかるはずなのに、なぜこいつは何も思わないんだ?
いや、思えばずっとそういう節はあったか。俺が村を町と言ったり、収縮魔法とやらを知らなかったりしても何にも言ってこないのだから。どちらにせよ、こいつはどんだけ鈍感なんだ?
「……着きましたよ。意外と楽でしたね、スライムを掃討しておいてよかったです」
そうして、エルナはこちらに振り返ってそう言った。
エルナの背後には魔物対策であろう木製の防衛壁がそびえ立っており、入口からは数えきれないほどの家が建っているのが見えていた。
「なぁ、エレナ。これ……村なんだよな?一応」
入り口前に立っている鎧を着た兵士を横目に見ながら、エレナにそう問いかけた。
「え?はい。そうですけど……何ですか?その反応」
「……いいや、なんでもない。ただ少し、我ながら凄い村にいたんだなと思っただけだ」
そう答え、俺は村の方へと視線を戻した。入り口からは見えなかったが、どうやらここには民家だけでなく、鍛冶屋や先ほどの兵士達が大量にいる宿舎のようなものがあるらしい。
いくら魔物と言えど、ここに攻め込んだりするやつらの気が知れない。少なくとも俺だったら、絶対にここには近づかないだろう。
……どうやら、俺はとんでもない所に追放されてしまったらしい。
俺はそんなことを考えながら、小さくため息をつくのだった。




