第一話 追放
「あ、ヤベ」
嫌な汗が、俺の頬を伝った。画面上にとてつもない大きさの渦が映る。
「ねぇ、なんか異常なほど大きい台風できてない?」
「マジじゃん、ヤバくね?消さないと不味くね?」
周りの同僚達が一斉に焦りだすのがわかった。
俺の仕事である気象調節部門は、風の強さや雨量などといった”気象”を設定する部門なのだが……俺はその中で一番ポンコツの無能――いわゆる”無能神”と呼ばれていた。
「おい、まーたお前だろ。神楽」
同僚の1人が白い目でこちらを見る。そうしてまた1人、また1人と、蔑んだ目を向けてため息をついていく。
なぁに、これが俺の日常だ。最終的に全員で何とかして、俺が上司に怒られて終わり。一度、大陸を全て覆えるほどの雨雲を作ってしまったことがあるが、その時も何とかなったのだ。きっと、今回だって――
「神楽、ちょっと来い。話がある」
ほうら、いつも通り上司からの”お話”が来た。叱られるのにはもう慣れっこだ。
「はい、今行きます」
カチコチに固まっていた手足を解しながらそう返答する。ボキボキと鳴るのがとても気持ちよく、暇があれば鳴らすほどには癖になっていた。
「それで……これはどういう事だ?」
上司が今にも噴火しそうな顔でこちらを睨みながらそう問いかける。今回は今まで以上に怒っているらしい。
「第13大陸の台風……どうしてここまで大きくなっている?一歩間違えれば大陸が滅んでいたかもしれない程強力になっているわけだが?」
「少し……間違えてしまいまして」
ありのままを、できる限り簡潔に伝える。
「間違えた?どう間違えば大陸の2/3を覆うほどの大きさにできる?お前は第13大陸を滅ぼしたいのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
嫌な予感が俺の脳内を駆け巡る。今まで以上に怒っているとは思っていたが、これは想定以上だ。もしかしたら、もしかする結果になるかもしれない。
「正直、お前にはほとほと愛想が尽きた。今までは新神だからと目を瞑っていたが、もう無理だ。お前をここに置いておくわけにはいかん」
「どういう……ことですか?」
「追放だ、頼むから言わせないでくれ。これでも私も心苦しいんだからな」
追放――確か、重大な罪を犯した神や天使に課せられる最大の罰だったはず。大抵は地獄に落とされ、永遠に苦しむことに鳴るらしいが……俺も、そうなるのか?
「じょ、冗談はよしてくださいよ。そんな……挽回のチャンスを――」
「チャンスならいくらでも上げたろう。いくらミスをカバーしたと思っている?」
上司は俺の言葉を遮り、そう告げた。
おしまいだ。俺はこのまま地獄へ行き、永遠に苦しみ続けることになる。皆に迷惑をかけたこと、少しでも反省していれば……もしかしたらまだ、助かったかもしれないのに。俺はとんだ馬鹿だったらしい。
「ただまぁ、安心しろ。上の者に色々と相談をしたんだが、『罪人でもないんだから、せめて地獄はやめてやれ』と言われた。おそらくだが、多少の情けと――面倒くささだろうな」
「え……?じゃ、じゃあ俺は一体どこに追放されるんですか?」
上司からの思わぬ告白に、頭が混乱する。地獄以外の追放なんて、聞いたことがなかった。そもそも追放は地獄に落とされるものなのだから、聞いたことがなくてもおかしくはないのだが。
「天界にも居場所が無く、地獄でもない……言われなくてもわかるだろう?”現世”だよ。お前は現世に追放される」
現世……様々な生物が住まう、神が管理する世界……いや待て待て、神が管理する世界に追放される?神が?そんなの、聞いたことがない――というより、普通はありえない。
「……いいか?私は忙しい。ボーっとしているくらいなら、さっさと覚悟を決めてくれないか?」
追放されれば……俺は神の力をもう使えなくなるだろう……風を起こし、雨を降らす――そんな”当たり前”すらできなくなる……
「い、嫌だ……俺は……」
「嫌?それが通用するとでも?お前がしでかしたことは、無かったことにならないんだぞ?今頃現世では大騒ぎだろうな」
あぁ、あの時、ミスをしなければ――いや、最初から無能じゃ無かったら、こんな事にはならなかったのに。せめてもっと、反省ができる性格で生まれたなら、どれだけ良かったろうか……?
不意に、ずっと前に現世をボーっと眺めていたとき……占い師の女が言っていた事を思い出す。
『運命は変えられない。どれだけ足掻こうと、変えることはできない……いいや、その足掻きすらも、最初から決まっているんだ。運命を変えようとするのも決まっている運命なんだよ』
運命……俺がこうなるのも、運命で決まっていたなら……俺が最初から無能じゃなくても、追放されていたのだろうか?なら……もう諦めたほうが楽かもしれない。
「……わかり……ました……」
ぎゅっと拳を握りしめ、深く深呼吸をしてそう告げる。
正直、まだ覚悟を決めきれていない。まだ何とかならないか、とか考えている。でも、俺がどれだけ頑張っても、思考を巡らせても、俺が追放されるという”運命”は変えられないだろう。
「……わかっていると思うが、追放されると同時に、お前の神の力は失われる。非力な人間の肉体で、頑張ることだ。それじゃあ――達者でな」
「うっ……」
胸が……比喩なんかじゃなく、本当に締め付けられる。このまま死んでしまうんじゃないかと思うほどの激痛を感じ、目を瞑る。それから10秒程で、痛みが消えた。それと同時に、感じていた全能感も消え去った。おそらく、追放が終わったのだろう。俺が今現世にいるのは明白だった。
……怖い。目を開ければ、現実を受け入れないければいけない。でも……現実を見なければいけないのも同じだ。
「あの、大丈夫ですか?」
俺が静かに葛藤していると、突然そんな声をかけられ、俺はビクリと体を震わせた。
「あぁ……大丈夫だよ――多分……」
俺はそう返した後、覚悟を決めてゆっくりと目を開ける。一番最初に視界に入ってきたのは、心配そうな表情を浮かべる白髪の少女だった。そして、その後ろには広い草原に、青い空が広がっている。
信じていなかったわけじゃない。実は悪い冗談で、目を開けたらみんながいやらしい笑みを浮かべながらこちらを見ているんじゃないか?と、そんな淡い期待をしていただけで。だが、お陰で現実が見えた。
……どうやら俺は、本当に天界から”追放”されたらしい。




