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弔いの旅路  作者: クジラ
ミミゼラブル後編 その剣を手にする者
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栄光とは その1

 ふしゅっ、っと意図せず唇の隙間から息が零れ出る。力の限り奥歯を噛み締め、原因である右足の痛みに、体勢が崩れてしまわないよう構えを正した。


 手に持つは細身の両手剣を模した木剣。剣先は常に相手の急所に向け、実戦さながらに間合いを測り対峙する。


 斬るよりも突くをイメージしろ。これは訓練中に散々エスタ教官から言われたことだ。柄頭(つかがしら)を利き手で握り力点を作り、反対の手で、刀身から最も近い鍔元(つばもと)を握ることで、技の起点とせよと。


 左足の踏み込みはまだ生きている。


 踏ん張りが利かない右足ではあるが、近づいて来たならば、思いっきり突いてやるぐらいのことはしてやる。避けられても、そのまま剣を切り返せば、いくらか戦う形は整うはずだ。


「ナイト! そう言えばお前は体術、剣術の類では結果が乏しかったな! 争いごとは嫌いか?」


 俺の戦術など意にも介さない様子で、日常をぶら下げるが如く歩み寄ってくるエスタ教官は、そのまま力感なく握られた剣を、瞬きする間に俺の目と鼻の先に出現させてみせた。


 唐突に現れた剣先に思わず身体が仰け反り、自由の利かない右足が無様に折れてしまう。膝を地につけるその瞬間も、剣先はピタリと眼前に張り付いたまま移動し、早々に実力の差を浮き彫りにする。


「仕切り直そうか、今度は私の間合いを見誤るなよ」


 ざっと刀身5本分ぐらいの距離か、ずいぶん遠いと感じてしまう距離感だ。


 これに対応すると言ってもどうやって? 頭では理解していても、自分にその能力のひと欠片すらないもんだから、取っ掛かりのひとつ掴めない。


 そこにいないはずの虚像のエスタ教官を斬りつける、そんな蛮勇がなければ、防御すら到底間に合わないだろう。


 身体の芯が冷える。エスタ教官から1本を取る、それがどれほど困難を極めるか、今更ながらそれを本能が悟った。


「こいよ……もっと!! もっと打ってこい!! そんなものか!! お前の全力は!!」

「うぐぅ……ううっ……ハァ、ハァ……」


 一歩……すら踏み込めない。手加減の一文字すら見当たらない容赦のない猛攻。全身アザだらけになって地に這いつくばろうが、エスタ教官は手を止める気が微塵もないようだ。


 次第に世界から雑音が消えていく。


 耳鳴りすら消え、自分の激しい息遣いだけが嫌に大きく響いた。


「目が慣れて来たか? よく受け止めた」


 痛みすら身体から消えた頃、意図したつもりのない左手が、エスタ教官の剣を握り込んでいた。


「だが」

「うぐあああああ!!」


 痛めている右足を絡め取る無慈悲な足撃が、俺を無心の世界から、臆病風が吹き荒れる現実へと引きずりおろす。地面をのたうち回り、耐え難い苦痛に、唇を血が滲むまで噛み締めた。


「卑怯だ、なんて言うなよ……ナイト」

「お前が負った傷だ。私がそうやすやすとは薬を渡してくれないことは、理解していたはず」

「薬を持ち帰りたいのならば、その確率を上げるためにお前は無傷で私の元に現れなくてはいけなかった。違うか?」


 返す言葉がない。言う前に気づく言い訳に似た弁明が、のみ込んでは身体の中に沈んでいった。鈍する、心が、その言葉の重みに耐えかねて、


「少し話す、その間に息を整えろ」

「努力する者は美しい、そんな話さ、説教を垂れるわけじゃないから、安心して息を吸え」


 その言葉に促され、萎縮し微々たる空気しか循環できなかった肺が、大量の酸素を取り込む。


 少し冷静になった頭で、なにを言わんとしてるか、遠くを見ているような眼差しのエスタ教官に、耳を傾けることにした。


「栄光とは何かを考える。これは自戒でもある。かつてこの場所で、努力の足りない日々を変えてもらったにもかかわらず、何者にもなれなかった、自分に対してのな」


 息ひとつ乱れない泰然とした立ち姿の男は、後悔が滲んだような、普段の態度からは想像もつかない、弱音ともとれる言葉を吐いた。紛れもない本心を今から話すのだと、背筋が自然と正される。


「栄光とは、優れた100人の中で一番秀でた者に贈られるものではない」

「栄光とは、常に空席。時代という大きな括りにおいて、ただ悠然と、自身に腰掛ける者を待ち続ける」

「お前、引いてはミミゼラブルの面々は今、素晴らしい努力をしている。それはいいことだ。かく言う私も、己を変えてもらった時から、それをまぁこなしてきた」


「ならばだ、私たちのこの素晴らしさは、正しさは、その栄光とやらに続いているのだろうか?」

「答えは、否だ」

「栄光にはな、逆算がいる。偉大な逆算とも呼ぶべき、もはや芸術の域に位置している人生の設計図が」

「未知の島を目指す航海士が、海図を読み、潮流を知り、完璧な航路を練り上げるように、船、船員、食料、天候。あらゆる要因が足りるに満ち、必然を用いてのみ、未踏の地への上陸が切り開ける」


「要は、私たちは偶然に頼りすぎているという話だ。その身に生を受けた時から、なにも設計などせず。後でその重要性に気づいたとしても、ただ、栄光に鎮座する者に憧れ、同じ行動をすれば、同じ結果を得られるはずと、鈍する行動を起こすのが関の山だ」


「行動原理が違うのだよ。前者と後者では」

「前者は目的のために、自身に必要な行動を逆算して考える、その座に辿り着くための自己向上だ」

「そして後者はその過程で生み出される、数あるひとつでしかない方法をひたすらに固執し繰り返す、または繰り返させる、良し悪しすら分からない盲信的な反復だ。考えているようで、その実なにも考えちゃいない」

「もし両者が同じ才能を持ち、同じ時間、同じ行動をしても、結果には遥かに差が生まれる」


「すまんな。少し説教臭くなったか。私の悪い癖だ。実は人と話すのが苦手でね、重ね重ね言うが、これは褒めてるんだぞ。そう苦い顔をするな」


「でだ。ナイト。このサングリア、もといディエゴ様が治める街は、その栄光を誰もが追い求める性質を持っている」

「だから、源泉のように湧く。自身の正しさが、素晴らしさが、栄光へと続く道だと盲信して疑わない哀れな馬鹿どもが」

「もはや、あれは呪いの類だ。私はな、そんな人間を救うために、このミミゼラブルを始めた。栄華が手に入るぞ、そんな都合のいい餌をぶら下げて」


「芸術を諦めろ。そんな、言った相手に呪われてしまうような言葉を私は吐く」

「私たちは正しい。そして素晴らしい。なのに、なぜこんな虚無感が心に生まれてしまうのか」

「それは、あれらに猛烈に憧れているからだ。いくつになっても、強烈な威光を放つ者に魅入られて仕方がないからだ。だから、自身の正しさが、間違った方向に向く」

「指針を変えてやる者がいるだろう。でなければ、その者は、その生涯を、自身の才能で苦しみもがき続ける地獄を生きることになる」


「ナイト。お前はこの薬を持ち帰れない。だがな、それを恥じることはない。お前は精一杯頑張った」

「栄光を掴む者ならば、それを可能としただろうが、そんな居もしない虚像と自身を比べて卑屈にはなるな」

「お前の結果を誰にも責めさせやしない」

「ふふっ、分かりにくかったか? 私が言いたいことをまとめるとだな、10しか力の出せない者が、100の力が必要なものを押そうとするなということだ。10の力は美しく素晴らしい。ちゃんと10の力で動くものに、その力を使え、とな」


 



 その2に続くーー


 

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