草原を駆けよ
なにか、なにかアイデアがいる。この状況を打破するための奇策が。
「くそっ、やっぱりこの草っ! 徹底して足を絡め取ろうとしてくる!」
勢いよくククポの脚めがけて飛来する草の紐を、俺は鞍につま先を引っ掛けることで体勢を保持し、精いっぱい伸ばした腕に絡ませることで阻止していた。
手にぐるぐるに巻き付いた草を力ずくで引き千切り、急いで体勢を元に戻す。一定間隔だ。一定間隔であれは対象の脚を捕縛するように飛来してくる。
疾走するククポの両足絡めたられた時が最後。考えている間にも次の波は来ている。
素早く後ろを振り返り確認した。数でいえば数千はある草紐の大群、今のところ数十本しか一度に飛来してこないので助かっているが、あれがいつ一斉攻撃に切り替わるか、草原の一部と化す俺とククポが誕生するのも、時間の問題かもしれなかった。
「いや、でもだめだ。迂回はできない。このまま突っ切るしかない、道草なんて食ってる場合じゃないからな」
あれがスタッドさんの追跡に反応しているのであれば、迂回してしまえば追ってこない可能性があるが、そうなれば肝心のエスタ教官を見失う。
ああクソっ! だから奇策がいるって話だよさっきから! ああなんか思いつけ俺、なにか……なんでもいい、打開策を……、
武器は遠征先の簡易的な宿舎に置いてあるから、持ってくる暇がなかった。草原は見渡す限り草っぱらで当然なにもない。腕に絡まる草は引き千切れば効力を失いただの柔らかな草となる。
詰んでないかこれ。そうだ、草紐でなんか作れたりしないか……。草をこんな風に丸めて球体にして、できたものを長い草で吊るせば、重さで紐がピンと張って、足元に飛んで来る草を絡め取れるんじゃないか。
「……だっっっ……なにこれ……」
できあがったものはあまりにも無力な絵面のポンポンだった。ぽふっぽふっ、っと紐を上に引っ張れば玉が浮き上がってきて、宙に浮いたそれを手で叩き落とすと、すんっ、てまた跳ね返ってくる。その繰り返し。なんだろう。すごく滑稽だ……。急激に恥ずかしくなってきたぞ。
「ううっ……俺ってやっぱり芸術の才能は欠片もなさそうだな……」
「作品名は……そうだな、玉草ポンポンとかでどうだ……うん……もうやめようか……自ら傷口に塩を塗る必要は……ない」
だが俺の予想とは裏腹に玉草ポンポンは大活躍をしてみせた。張られた糸にどんどん草が絡まって大きくなって、壁の役割を増していくんだ。
いいぞ玉草ポンポン! なんかもう玉と言うよりは人の髪が垂れてるみたいになってるけど、それを振り回せば、ちょっとした迫力のある演し物みたいな迫力が生み出されてるけど、ふぁさぁ、ふぁさぁって、この疾速に靡くカッコよさも相まって、なんか愛着湧いてきたかも。
「さぁここからが勝負どころだ!! スピード上げてくれ! ククポ!!」
流線を描くように真横に流れる草。
グンッと加速に合わせ手に持つ玉草ポンポンが重さを増す。
勝負勘が当たる。飛来してくる草紐は、それ以上は行かさないと言わんばかりに、満を持して一斉攻撃へと切り替わった。
「やっぱり来たか……!」
ポイッと相棒の玉草ポンポンを投げ捨てる。いやっだって役に立たねぇもん。正直。単純に重いし。
それからは必死だった。右に左に避けに避けてがむしゃらに前に進んだ。単調な動きしかしてこないことが幸いして、スピードの緩急をつければなんとか対処することができた。
「はぁ、はぁ、あれは!?」
起伏の緩やかな丘を越えた先、目に飛び込んできたのは山々へと続く見覚えのある山だった。
血液が全身を嬉々として脈動する感覚が、今までの疲れをどこかへ消し飛ばした。
「……以外と近いとこにあったんだな。もっと時間がかかるかと思ったぞ、まぁひとまずは、あの山の肩あたりまで行けば……」
遠目でエスタ教官が山に入っていくのが見えた。
あの施設は一山目の上部に位置している。ここまでくればもう迷うことはない。ひとまず第一関門は突破というところか。
「クポポ〜〜!!」
「うおおぉぉ〜!!」
俺の安心感がククポに伝染したか。今まで避けていた草の紐にククポの脚が絡め取られ、俺たちは豪快に宙を飛んだ。
咄嗟の受け身が間に合い、地面との衝突を転がりながら上手く逃がすが、起き上がる暇もなく、絶え間なく続く草紐は降りかかる。
「ううっ……青くせぇ……」
すべての飛来物が積もり積もって山を作る中で、かろうじて出せた頭でククポを探した。
ククポは自身の重い体重を利用した力技で、草の山から強引に抜け出そうとしていたところだった。
「!? ッつ……いってぇ……」
突如足に激痛が走る。上手く力を逃したと思ったら……ギリギリ歩ける痛みだとは思うが、これでは走ることはできそうにないぞ。
「まぁ、ククポに乗れば関係ないか……よかったぁ〜最後に追いついてて」
追跡者を退ける役目を終えたのか、動かなくなった草を尻目にククポに再び乗って山に向かった。
「あれは、エスタ教官が乗ってたククポ……なんでこんなところに……」
「クポー!」
「ククッポ!」
目の合ったククポ同士が互いに鳴きコミュニケーションを取り合う。
「乗って行かなかったのか……なんで……」
疑問はすぐに身をもって解かれることとなった。
「クポポォ〜……」
山の斜面をククポが前に進んでいかないんだ。か細い声を出してこれ以上は動けないと、歩きにくそうに俺に訴えている。
どうやらククポの身体の構造状、俺を乗せて山を走ることは難しいらしい。重心バランスの問題か、どちらにせよ自分の足で歩くしかなくなった。
「俺を乗せて登るのがきついなら、降りるのも難しいよな……ククポ……お前もエスタ教官のククポと同じように待ってくれててもいいんだぞ……」
伝わりゃしないか、言ってみたものの。痛みに耐えながら山を登る俺の後ろを、健気についてくるククポに耐えかねて出た言葉だった。
それにしても、いってぇな……マジで……。斜面がより痛みのある右足に苦痛を与えやがる。
「ハァ、ハァ、ひっ、左足の感覚が……さっ、さすがに、もう休憩するか……」
「……いや、だめだ……だめだだめだ……その選択肢だけない」
「みんな……待ってるんだ……帰る責任が俺にはある」
右足を庇った動作で、もう左足の感覚がほぼない。
頬を脂汗が不快に伝う。嫌な汗だ。弱気、不安、絶望……そんなものが混じった薄汚い色の汗。
「母さんとリアは……きっともっと痛かったろうな……」
「殺されたんだ……そりゃそうだ……こんな痛みの比じゃない……」
明るい気持ちが頑張る力を増やすなら、あの時の俺は、砂漠の街に行ってこのサングリアまでこれたあの行動力は、明るい気持ちによって生み出されたものだったのだろうか。
いや、違う……。でも……だからといって暗い気持ちでここまで頑張ってこれたわけじゃない。
あの時俺は……悲観で動いていた。
そう、明るくも、暗くもない力。
悲劇が俺を突き動かしたんだ。今思い返せば、頭なんて真っ白だった気がする。
どこか自分が世界の流れから切り離されたみたいに空虚で、自分の後ろに目がついているような感覚だった。
「関係ねぇか……どんな力が一番強いかだなんて……。探すなそんなの……贅沢だ。全部でいい、全部の力を……前に進む力に変えりゃいいんだよ……そういうことだろ……要は」
倒れりゃそれまで、恥じることはない。精いっぱいやったんだから、自分を許してやることも大切だ。
できないことはできない。できることはできる。そんな単純な思考回路でいい。
できなければ無視されるだけ、できれば褒められるだけ。ほら、損することなんてないんだよ。はじめから。
チカチカと頭の中で巡っている言葉が途切れ途切れに点滅する。意識が朦朧としてきた証拠だ。痛みに耐える時間が終え、倒れるか倒れないかの時間に肉体が差し掛かった。
どこまで登った? もう登って体感1時間は経ってる気がする。一歩一歩痛みが生じるんだ、嫌でも時間は長く感じた。
大きく呼吸が乱れる中、ついにその時は来る。
できない、その限界を知る時が、
嫌われたくねぇな……みんなに、せっかくできた友達だから。
無視されたくねぇな、できないやつだと思われてさ。
地に身体が張り付こうとする刹那で、責任という重荷が軽くなって行くのを感じていた。
今の俺は自分を許すだろう。その方が頑張れると知ったから。
でも、この虚しさはなんだ、背の重荷が消えて、胸にぽっかり穴まで空いてしまったようなこの感覚は。
ああ、また孤独に戻るからか……。
またひとりになってしまうからか……。
「じゃあ、知らなきゃよかったな……こんな気持ち」
みんなの顔が思い浮かんだ。それはもうとびっきりの笑顔が。
もう、俺には向けてくれない笑顔だ。
期待を裏切ってしまった、この俺には……。
「案外早かったじゃないか、ナイト・フォード」
不意に浮遊感に包まれた後、はっきりとした一音一音を発言する喋り方に、誰が俺の倒れかかる身体を支えてくれたのか、すぐに見当がついた。
「右足を怪我しているな。まぁ、歩けるレベルだ。骨は折れちゃいないだろうが……」
「大した根性だなお前。興味があるぞ。お前をそこまで動かす原動力の正体を。本気の私をここまで追って来れたことといい、ディエゴ様に名前を覚えられていることといい、な」
喋りかかった俺の言葉をハキハキとした喋り口調でかき消しながらエスタ教官は早口で言葉を紡ぐ。どうやら俺は、施設のすぐ横までたどり着いていたようだった。
「わかってるよナイト。これが欲しいんだろ? このエルフの薬が」
「!? それは!?」
「さして街などでは貴重なものではないが、ここは街から来るのに7日もかかる最悪に不便な場所だ。そんな場所では色々なものが貴重品になる、当然これもそのうちのひとつだ」
エスタ教官の手に持った物に視線を奪われる。ガラス瓶に入った緑色の飲み薬。あれがエルフの薬なのか。初めて見た。
「元の備蓄は10本あった。先ほど1本使い、それまでに6本使っていた。つまり後3本しか手元にない」
「心情的にはタダで渡してやってもいいが、私はディエゴ様の意向を組まなければならない立場にいる。おいそれと渡すわけにはいかんのだよ」
「わかるな、ナイト。ここまでくれば私の言わんとしてることが」
首を縦に振る。両足に力を込め無理矢理立ち上がる。身体はゴールにたどり着いた喜びで、多少痛みが鈍っている。ふらつかずに立つことができた。
「私から一本取ってみろ」
「それができれば薬はやる」
息が止まる。予測してはいたが、いざこの男の気迫を正面から受け止めると、嫌でも身体に力が入った。
「ついてこい。お前が握るべき剣のある場所に向かう」
「私が昔……恩師に人生を変えてもらった場所だ」
恩師……スタッドさんのことだろうか? 俺の足の状態なんて何も気にしないで、スタスタ歩くエスタ教官の背を追いながら考える。
「拾え。それがお前が持つべき剣だ」
資材置き場? のような場所から取り出してきたのは、使い古された木剣だった。だいぶ古い剣だと思われる剣。ところどころ木がめくれて色が剥げてしまっているぐらいの。
静かに手に取り柄の握り心地を確かめる。ささくれが手に食い込まないか、心配になるほど古びた剣だった。
「さぁ……見せてみろ。ナイト・フォード。お前の本気の本気の本気の本気をな……」
訓練用のよくしなる木剣を持ち、対峙するエスタ教官。相変わらずすごい眼力だな。思わず立ちすくんでしまいそうになる。
ふぅ~と息を吐いて持ち手を強く握った。
みんなの笑顔がみたい。ありがとうって言われたい。もっと仲良くなりたい。勝って凄い奴だって思われたい。そんな都合のいい未来から漂う甘い香りだけを想像し、今にも倒れてしまいそうな身体を支え、剣と剣を、目と目をエスタ教官と向かい合わせた。




