狂乱
「おうおう! ゴラァ!! しつけーんだよてめぇら!! 観念してククポ寄越せや!! 差し出せや!! 死に晒せや!!」
入れ墨兄弟の兄、ゴラッソの無駄に子音を強めた怒号が響き渡った。
「殺させろ♪ 殺させろ♪ 早くクソ鳥殺させろ♪ っふっふん〜ふ~ん♪」
腹回りにこさえた贅肉と、腫れぼったく膨らんだ頬肉を揺らし、狂気じみたステップを軽快に踏みながら、入れ墨兄弟弟、ディブタが陽気に続く。
「おいゴラァァ!! ククポちゃんだろ!! 何回目だバカ! 一晩寝たらすぐに忘れるのやめろや! 愚弟が! 散らすぞ!!」
「あで〜? オデまた兄者を怒らせちまった? ごめんよ〜今度から気をつける〜」
いい加減このやりとりも飽きてきたな。
「マク! モッコリン! まだ大丈夫だよな? 他の奴らも!」
俺の問いかけに、気合いを入れ直すように『応!!』と各自が返事をした。
状況は最悪だ。ナイトが去ってからもディブタたちとの小競り合いは続き、味方陣営のなかから寝返る奴まで現れやがった。
「恥ずかしくねぇのかお前ら!! 大の大人が……か弱きを守ってやらねぇで誰が守るんだよ!!」
「しっ、仕方ねぇだろ。よく考えてみりゃ、これが次の訓練なんだから。ってか、それを未だに駄々こねて邪魔するお前らの方が子どもなんじゃね?」
「カッチン〜……ああ……もう切れちまったよ……その言い草……ああもう、俺をマジに怒らせちまったな……」
「ハッ!! このガウ様をカッチンさせた奴がどういう末路を辿るか!! きっちりその身に思い知らしてやるぜ!!」
口上やよし。120%の力をひり出せそうな期待値を纏ってして、単独で敵陣営に飛び込む。
「ああ! ガウ! 勝手にっ! 対ディブタ用に僕たちで考えた連携がなければ、厳しい戦いになると模擬戦で散々痛感させられたでしょう? 忘れたんですか!」
耳が痛いぜ。モッコリンの正論は相変わらず、だが……この場は言わば戦場だ。敵味方がまだ入り乱れていないだけの。
ムカつく発言をした裏切り者の顔面を、一発ぶん殴って士気を高めておかないと、一気に流れを持っていかれちまう。
「でっぶ〜〜ん!! オデ様登場〜!!」
「うおぉっ!! 肉の壁ぇぇ!!」
「あぁ!! だめだ!! ガウがディブタのお腹のお肉に吹き飛ばされちゃった!!」
マクの悲鳴が響く。俺は目の前に突如立ちはだかった肉壁に弾かれ、一転二転三転と、草原を転がり六回転目でなんとか立ち上がった。
「くそっ、なんでその体型で瞬発力があるんだよお前は!」
「デヒヒヒ! そりゃオデが特別だからだろ〜。ムギ戦で散々思い知ったよな〜。強者に弱者は勝てないって〜」
「模擬戦な、モギ! ああチクショウ!! 頭はすこぶる悪いのに〜!! こんな奴に勝てないなんて、イライラするぜ!!」
『モギ? ムギ? モギ? モギ? ムギ?』と俺の指摘が今一理解できなかったのか、呪文のように独り言を唱え出したバカ。
「今どきおバカ丸出しで肯定的に見られるのなんざ、かわいいかわいい女の子ぐらいだぜ。気色悪くて直視できねぇよ、デカブツ……」
「なんだとぉ~! ってお前ぇ〜……よく見りゃオデが前に足を折ってやった奴じゃん〜。デヒヒヒ! 敗者が勝者に逆らおうなんて、そっちの方がバカみたいだぞ〜」
「いやいや、バカはお前な。お疲れちゃん」
俺の挑発に分かりやすくキレやがったディブタは『フゴッ』と鼻息を荒げ、みるみると顔全体に赤色を広げていった。怒りで冷静に言語を整理できず、矢継ぎ早に言葉をまくし立てる。
なにを言っているか聞き取れやしなかったが、ぶっちゃけ助かった。
模擬戦でディブタに対抗するためにみんなで考えた連携も、バニングとナイトがいなけりゃろくに機能しねぇ。
口喧嘩でしばらく時間を稼げればそれが一番いい。瀕死のククポをこの場から動かせない以上、俺たちに逃げる選択肢はないのも同然なのだから。
「みえみえの時間稼ぎにひっかかってんじゃねぇぞゴラァ!! もたもたしやがって、あのナイトとかいうガキが薬を持ってきちまうだろうが!」
「でも兄者〜、あいつが〜」
「おい、お前ら兄弟ってどっちの方が強いんだ? お前の理屈だと、強いのが勝者なんだろ? ならよ、自分より弱い兄の言うことなんて聞くことねぇんじゃねぇか? なんでお前ヘコヘコ言う通りにしてんの?」
くっく、いいぞ。ディブタの奴め、渋い顔して考えてやがる。まだまだ時間を稼いでやるからな。考えてみりゃ、ククポを一撃で殴り殺せるのなんてこいつぐらいだ、つまりこいつさえ封じることができれば、後はどうとでもなる。
「そうですよ、ええ!! あなたの方が背が大きいですし、顔もかっこいいです! 兄なんかよりも!」
よし! モッコリン!! いい援護だ! もっと疑念を植え付けろ。
「確かに〜……言われて見れば〜……?」
「ばっっか野郎!! 敵の言うことなんて聞いてんじゃねぇ!! 余計なこと考えてねぇで早くククポを殺しにいけ!」
「あれれ〜? 自分では殺しに行かないんですか~? やだ~さっきから弟に頼りっきりじゃないですか〜? あ~! やっぱり弱っちいからできないんですか〜? やーいやーい、弟に頼りっきりの間抜け兄貴〜」
他人事ながらムカつくいい演技だぞモッコリン!! その小生意気な表情! 思わずチャームポイントであるカラフルな眼鏡ごと顔面を粉砕してやりたくなる。
「そっ、その身体の絵の描き込み量、おっ、お兄ちゃんのより多いよね……そっ、それに綺麗だし。もっ、もしかして君の方が才能あるんじゃない? お兄ちゃんより、なんて……ごめんなさい……」
あと一押しで疑念が核心に変わる。そんな状況下で、マクからの援護が入った……声が小さくて聞こえてるかわかんねぇけど。今はそれでもいいんだ、とにかく押せ。俺も急いでなんか考えねぇと。
「そデは……そデは……この身体の入れ墨は、兄者がオデのために掘ってくれたからだぞ。兄者は器用だから……こんな綺麗な模様だって朝飯前なんだ……」
「悔しいけど……オデにはできねぇことだ……。だから……ああそうだ……だから兄者はすごいんだ……オデなんかより、オデなんかより、ずっとずっと……兄者はぁ〜!」
「強いんだ!! いま兄者をバカにした奴、全員ぶっ殺してやる!」
『うわ~んこれボクのせい? ごめ~んみんなぁ〜』マクが涙目交じりに謝罪する。兄弟を仲違いさせるまで後もう少しだったが、どうやらあの絵に関して相当の思い入れがあるようだ。マクの発言はディブタの逆鱗に振れる引き金となってしまったか。
「気にすんな。マクのせいじゃねぇよ。おいみんな! もう正面から戦うしかねぇ! 腹くくれ! あと一応言っとくが、もう寝返るなよ!」
『応!』とみんなの意気込みが再度響く。互いに武器を持たぬ素手での戦闘、数ではこちらに分があるが。
「うう……クソぉ……」
立とうとするも、殴打された背と足に鈍い痛みが広がり、上手くいかない。地に這いつくばりながら、ククポを守護する最後の砦、ククポ仙人に目線を飛ばし、逃げるように促すが、ククポ仙人はただ、迫る入れ墨兄弟を座った顔で睨みつけるだけだった。
「デヒヒヒ! まずは殺し損ねたククポちゃんからだぁ〜、そうだよな兄者!」
「おう! ディエゴ様に真っ先に俺たちの優秀さを見せつけてやらないとだめだからな!」
「やめろ!! それ以上来るな! 近寄るな!!」
ククポ仙人が身体を覆いかぶさるようにククポを守るが、奮闘虚しく足蹴にされてしまう。
やべぇ、誰か……誰か……いねぇのか……このままじゃククポが。ククポが……。
「まずは一匹〜……あっ! 兄者! 記念に一緒に踏まね〜? せーのでさ!」
「いいねぇ〜ゴラァ! じゃあ、俺から言うぞ! せーの!!」
2人の足が同時に上がるのが目視できた。ナイト、すまねぇ……。せっかく薬取りに行ってくれたのに……俺、守れなかった……。
「デヒ!!」
「ゴラァ!!」
『ギュピ!!』生々しい断末魔が響く。頭が真っ白になった。まだ生きているククポはこの場に沢山いる。だからその命をみんなで守れって。リーダーぶってた俺が言わなきゃだめなのに、その言葉が喉を通らなかった。
言わなきゃ、勇気を振り絞って……でも……あまりにも空気が重苦しくて、胃袋がひっくり返りそうで、舌の水分が急激に損なわれて、弱気が無限に沸き上がって……言えない。悔しくて、無力な自分が情けなくて、言葉にならない。
「ディエゴ様〜〜!! どうですか!! 我々のこの働きっぷりは!! あなた様の意を一番に汲めるのは、このゴラッソとディブタです!! 以後お見知りおきを!!」
「デヒヒヒ! 入れ墨って芸術をオデたちは広めたいんだ!! この身体の絵、キレイだろ! 一度見たら忘れられねぇよな〜!」
ディエゴは少し離れた所の岩に腰掛け、この騒動をただ黙って眺めていた。ゴラッソたちの言葉に応じることもなく、何やら一点を集中して見ているが。
なんだよ。その態度。ククポを殺させた元凶だろ。お前は。目に嫌でも力が入った。憎しみがこもる。何とも思わねぇのかよ……俺たちにこんなことさせといて、
イかれてる……そう、心の底から言葉が紡がれようとした、時だった。
僅かだが、ディエゴの口元が動いたのがわかった。距離があるので、なんと言ったかはわからないが、確かに何かを言っていた。いや、待て……立ち上がったぞ。顔つきも、若干鋭くなって、
「ああっ……ああ……!! ああっ……ああああ!!」
突如ククポ仙人が声にならない怯えた声で、ゴラッソたちを指差した。
尋常じゃない怯えようだ。両肘が交差してしまうほど、自身を抱きかかえ、ふるふると震えている。
「ひっ……」
ククポ仙人の視線の先に、そいつはいた。
それを目視した途端、走馬灯のように過去の記憶たちが、対象を理解すべく脳内を激しく駆け巡る。
一呼吸のわずかな間が、これほどまでに長いと感じたことはない。
死神……その情報を記憶領域からひねり出し、一考の起点を得るまでは。
「あん、なんだお前ら……みんなしてアホみたいに口を空けてよ……」
「兄者〜こいつらよく見れば俺たちの方を向いてねぇぞ〜。どこ見てんだぁ~、オデたちの後ろになんかあんのか〜?」
ある日ふと小耳に挟んだ噂話だ。
宵闇の野道に、夜の漆黒よりもさらに黒い『なにか』が蠢いていたという、どー考えても胡散臭い類いの話。
現時刻は昼時だが、今ならわかる。その目撃者の言わんとしたことが。あれは……あれは……なんなんだ? この世のものなのか……ほんとに。
「なっ、なんだこれぇ〜! あ、あ、兄者ぁ〜〜! 後ろ! 後ろになんかいるよ〜!!」
「ああん!? 後ろだと? なに寝言言ってんだ。そこには殺したククポしかいねぇだろ!」
振り向きざまゴラッソが悲鳴に似た叫び声をあげる。
「なっ、なっ、なんだこの黒いの!! なにがどうなってやがる!? こっ、コラぁ!」
入れ墨兄弟たち真後ろ。横たわるククポの死体から背丈の高いディブタをゆうに越す、黒い『なにか』がゆらゆらと不定期に立ち昇っていた。
それは悪感情が形を持って現世に出現したとしか形容できない異形のもの。
黒い、うにょうにょと動く『なにか』は、まるで憎しみを持ってククポを殺した兄弟を飲み込むように、とぷぶっと、不気味な音を立てて覆いかぶさった。2人は言葉を発する暇もなく一瞬でその場から姿を消す。
「つっつけばいずれは出ると思っていたぞ……想定よりずっと早くて助かるよ……」
「長老様、あなたが我々に情報を共有してくださらないのならば、私は私で真相に近づかせていただきましょう。遠ざかれば遠ざかるほど、近づきたくなる、そんな性分ですので、私」
唖然と目の前の光景を眺めるしかできない状況で、機は満ちたと言わんばかりに悠然とディエゴが元凶に近寄る。
「ググっボォ〜!! グググッッボボボボォオ〜〜!!」
漆黒の『なにか』は、入れ墨兄弟とククポを飲み込んだあと『形をククポの姿に変え』、みるみるとその大きさを巨大にしていった。
どこまででかくなる。見上げればすぐに首が痛くなるほどに。まだでかくなる。
キラリ、っと十字に伸びる白線がディエゴの2本の指先から光っているのが見えた。少し前にやってみせた創作の時よりもひときわ輝く光。眩ゆいばかりに四方八方にほとばしる。
「芸術は既に始動している」
「古い血が活血湧き上がる脈動によって浄化されるように、いまの私は少年の如くに心躍っている。裏切ってくれるなよ? この純真無垢な高ぶりを……」
「さぁ、未知に興じようじゃないか」
「我が定義と、我が規律が統括する、この大地で」
ピタリとディエゴが自身の指先をこめかみにあてがいニヤりと笑った。




