栄光とは その2
構えるだけで体力が著しく消耗していく中、言い返す言葉が見つからないエスタ教官の言動が、俺の身体を芯から蝕んでいくようだった。
勝手に戦う役目を終えようと緩む肉体、木剣を思わず落としてしまいそうになり気づく。
エスタ教官は諭してくれている。お前は精いっぱい頑張ったと、お前の今までの頑張りは、それこそこの場で自身から1本を奪えるほど精錬されたものではないが、正しく美しく、そして素晴らしいものだと、自責を負う必要はなく、責め立てる者がいれば守ってやるとまで。
これ以上ない賛辞だ。闘争の意思が思わず絆されてしまうほどの。
普段厳しい事ばかり言う人だから、なおさらこの優しい言葉が特別なものに聞こえてしまう。
ここで俺はミミゼラブルの初日、ディエゴが演説で語っていた内容をふと思い出した。
ディエゴは、エスタ教官風に言うなら、10の力を身につけたのならば、それを生涯かけて100にしてみせよと、そうミミゼラブルの意義を解釈していた。
芸術なんてものはわからないが、それを追う過程の何万人もの苦痛を度外視し、ひとつの芸術品が生まれればそれで良しとする、芸術至上主義者の考え方だった。
ガウもモッコもマクも、その定義に心から苦しめられていた過去がある。
栄光、そんな無理難題を死ぬまで追わされ、死ぬまで羨望させられて、足らない自分を死ぬまで責め続けさせる。
エスタ教官が呪いとまで言い切ったものだ。
おそらく、サングリアの住民の魂にまで染み付いている色。
ミミゼラブルの意義は、その定義からの解放にあった。
「ナイト。剣を降ろせ……もう戦う必要はない。実力差は十分にわかったはずだ。これ以上、打ち据える意味もなし」
言われて気づいた。自身がピタリとも剣を離す気がないことに。
納得したはずだ。エスタ教官の言動そのすべてに、100%理解したはず。
「……ほう……まだ私に剣を向けるか……」
なのになぜ? いや、答えは知っている。言葉がまだ紡がれてないだけ。
「……いいだろう。最後まで付き合ってやる」
最初よりかはエスタ教官の動きについていくことができた。露骨に手を抜いているので、剣撃をいなすことはさして難しいことじゃない。
そうして、さして対処の難しくない横斬りが来る。俺はそれを上に大きく弾いてみせた。
なぜか大層驚いた顔をしているエスタ教官の顔が瞳に映った。
「剣を握り込む力が増している? まだ勝つ気でいるのか、どこにそんな力が……」
脳内に光が走る。俺の余力を見誤り、加減具合を間違えた故に生まれた隙、これは千載一遇の勝機の訪れであると。
100%の理解を経ても、納得しない魂が俺の中にあるのを感じていた。
これは……これは……。
「もうすぐ……母さんとリアが死んで1年になる……」
「また巡り合うんだ……俺たちは……」
剣を払った勢いそのままに上段に剣を構える。
振り下ろす、そのみえみえの動作を受け止めるべく、体勢を崩したエスタ教官は、剣を盾のように横に構えた。
連動させろ。集約させろ。下半身の力をすべて上半身に。
振り下ろす一撃になる。二撃目はこの右足では打てない。
だから、余すことなく、余すことなく、だ。
この一撃に、すべてを乗せる!!
「俺はただ、母さんとリアに!! 一番かっこいい俺で会いたいんだ!!!!」
受け止める者がいなければ、地面にめり込んでしまうほど強く木剣を振り下ろした。
身体に返ってくる反動など一切顧みずに渾身の力を込めて。
成長したね……ナイト。そんな言葉を笑いながら気さくにかけてほしくて、
すごいよお兄ちゃんって……母さんの後に続いたリアが、純粋なキラキラとした目で見上げてきて、
誇らしげに鼻でも啜ってやりたいんだ。
ははっ、頑張ったろ? って。
だから、負けるわけにはいかない。エスタ教官に、役目に、何より自分自身に。
剣と剣がぶつかり擦れ合う。少しの押し合いの後、不意に身体が馬鹿みたいに軽くなった。
俺の剣は大地へと急速に向かっている。切り抜いた。振り下ろした。確かにその手応えがあった。
「……そうか……ナイト。お前のその根性の背景には、死別があったのか」
「ふっ……まぁ私ほど厳しくはないだろう……その故人方も」
「……栄光……そんなものを手にしなくても……それに近づくだけで……喜んでくれるさ……」
「亡き人を想い、自身の成長をただ促す。そんな力もあるのだな」
「剣が折れていなければ、届いていたかも知れんぞ」
「ナイト。お前のその強さが、この私に……」
気絶してなお、根元から折れた剣の柄を力強く握り続けるナイトの姿がそこにはあった。
「それにしても……ついに使い物にならなくなりやがったか……こいつめ」
エスタは足元に転がる木片、ナイトの一撃によって真っ二つに折られた、刀身の半分を拾い上げ、自嘲気味に笑った。
それは昔、エスタが遊び半分で作った100キロ級の木剣だった。
訓練の最中に幾度もへし折れ、修理の度に小さくなっていった代物。それが今日、ついに使い物にならなくなったのだ。
当然、思うところは色々あった。
なにを思ったか、エスタはおもむろにナイトの口にエルフの薬を充てがい、飲ませ始めた。
残り3本しかない、貴重な薬なのにもかかわらず。
「私から1本を取る、そういう勝負だったよな」
「この剣は、私が大事に大事に使ってきた1本だった」
「それを使い物にならなくさせられたということは?」
「ふふっ……まぁそういうことだ。この勝負、お前の勝ちでいいぞ」
「さぁ、行こうかナイト。お前を待つ者がいる場所へ」
訓練の最中などには決して見せない温和な笑顔を浮かべ、エスタはナイトを背負い歩き出す。
土埃まみれのナイトを背負い、山を降りる中、エスタはかつての自分を思い出していた。
「感慨深いものがあるな。私も昔こうしてバニングさんに背負われたものだ」
あの時の大きな大きな背の力強きを私はずっと覚えている。この青年にとって、私はバニングさんのような大きな背でいることができているのだろうか?
「ナイト。お前はちゃんと、誰かにとってのデカい背中になれよ」
「お前にならできる……かもな……」
目覚めはいつか、エルフの薬は即効性がなく、骨折などの治りは遅い、が幸いにもナイトにそれらは見られない。
時期に覚めるか。
そう、山を下りた麓で広大な草原を見渡し、未だ眠るナイトを乗せ、エスタはククポを走らせた。




