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恋姫竜神記  作者: DGK
37/40

旅の終わり

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくおねがいします。


〜長安郊外〜


終にとって、現時点での仕官先最有力候補である董卓の治める領域。中央と西域の堺にあり、軍事的には西域の異民族に対する要地であると同時に最後の防波堤になる立地であり、交易面で見ても西域から中央へと至るには避けては通れない場所であるため、漢と言う国家単位で見て非常に重要な地域である。そのため州都である長安は、非常に発展しており、洛陽の次に発展していると言っても過言ではなかった。


しかし、それは州都に限った話であり、そこから郊外に出れば、彼にとってある意味見慣れた何処までも続く平野が広がっている。


「ハァ……」

終は一つ大きなため息を吐く。近頃ため息の回数が増えた気がするなと、目の前の現実から目を背ける。


「……終。困ってる?」

「あー、うん。困ってるか……うん……困ってるな……うん……」

「我慢せずに言っちゃいなさい。少しはマシになるわよ。」


恋の純粋な心配の言葉と、雪蓮の同情を多分に含んだ言葉を聞いて、終は大きく息を吸い込み。今日一番の深く大きいため息を吐く。


「……俺の臣下の癖がヤバい。」


終は今に至るまでの道程を思い出す。恋と雪蓮が何度かぶつかりそうになったり、配下になった大凡50名が行く先々で終の話を広めたり、ここにたどり着くまでにも色々あった。だが、特に印象が強かったのは自身の配下筆頭の二人に関することだ。


「殿!見てください!俺の自信作です!」


それは故郷に向けて行進を初めた翌日の朝のこと


璃空から見てほしいものがあると言われて、なんだろうかと興味本位で見にいった。そして行ってから後悔した。


なぜならそこにあったのは、素人目に見ても立派だと分かる造形をした木製の棺桶だったからだ。雲ひとつない晴天の元、爽やかな風が吹く中で、堂々たる様で地べたに置かれたそれは、場違いを通り越して何かの罠かと思えるほどの異彩を放っていた。


「……璃空。これはなんだ?」

「見ての通り棺桶です!これを殿に献上致します!」


ここに置いてあったのが木彫りの人形か像であったのならばまだ許容できた。だが、そこにあったのは棺桶である。どれだけ立派な造形をしていようが死者を弔うために使用する物品である。普通に考えて反応に困る代物だ。


(……俺にどうしろと?さっさと死ねってか?)

「あぁありがとうなぁ。でも、まだ使わないからなぁ?」

「ご安心を!管理はしっかりしますので!」

(どこに安心要素があった!?)


暗に何時でも死んでくださいと言わんばかりの発言は、悪意や隠れた意味など一切なく、純然たる善意からの言葉である。それがわかったからこそ、余計にどうしようもなくなった終は、怒ることもハッキリといらないと言うこともできず、大いに頭を痛めるのだった。



「た、竹……竹を……」

「小紗良!?」


それは璃空から棺桶を受け取った日の翌日のこと


その日小沙良は、朝方から具合が悪そうだった。歩く姿はふらふら、表情は青ざめ呼吸は終始乱れていると、文字通り誰の目から見ても分かるほどだ。それを見かねて終が声をかけた結果、糸が切れたようにその場に倒れたのだ。


「どうしたんだ!?何があった!?」

「ああ…終様……益州を出でてはや幾月……ついに限界が来たようです…」


知勇両面において並以上のものを持ち、人格面を見ても義を重んじそれ以上に忠を重んじる忠臣の鏡。欠点を見つけるほうが難しい傑物。それが張任と言う人物である。


だが、天は二物を与えずという言葉がある通り、彼女にもたった一つの、それも大きな欠点があった。


(竹がないだけでこんなになるか普通!?)


そう、彼女は極度の竹依存症なのである。竹のない生活は考えられないと豪語し、機会があれば竹の素晴らしさを伝導していく彼女は、もはや竹の求道者であると言っても過言ではないほどに依存しているのだ。


もちろん、終はそのことを知っている。なので竹がほぼ存在しない環境に居て大丈夫かと心配していたのだが、案の定大丈夫ではなかったようだ。むしろ、予想より酷い状態にやや驚いている。


「短い間ではありましたが……あなた様の臣下となれて…しあわせでした…」


ガクリッと小沙良から力が抜ける。力を入れる気力さえないほど竹に餓えているだけなので命に別状はないのだが、このまま荷物同然に運ぶわけにもいかない。


どうしようか、と悩んでいるときに救いの手というのは案外簡単にやってくるものである。


「どうかしましたか?」

人の良さそうな顔をした中年の男が声をかけてきた。五十人ほどの人の集団が、何もない道中で立ち往生していれば誰だって気にはなる。


終が男に目を向け、すぐにその後ろに目を移す。そこには、男の商売道具であろう荷車一杯の竹があった。


「おっさん!!この竹全部くれ!!」


そうして、終が旅の間に地味に貯めていた個人資産は全て消し飛んだ。変わりに荷車一杯の竹を得た小沙良が、瞬時に回復したので少なくとも無駄にはならなかったのは幸いだった。最も、今後もこう言ったことを起こさせないために、竹を常時供給出来る体制を作らなければならないことに気づいた終は、丸半刻放心状態になってしまったので一概に良かったとは言えなかったが



(璃空の棺桶贈呈、小紗良の禁断症状)


ここまでの段階で十分に濃い内容だ。これ以上のことは通常であれば起こらないと思う。終ももうこれで打ち止めだろうと、いやあってくれと願っていた。


(挙げ句の果てが、『これ』か)

「いい加減罪を認めなさい!!」

「だからなんのですか!?」


当然の如く、願いは届かなかった。


連続して鳴り響く金属音。竹依存症患者と、棺桶職人が仲良く決闘を行っている音である。目の前の事態を再度認識した終は、頭痛を通り越して魂が抜けている。


『たかが竹でそこまでなりますか?』


小沙良の体調が回復した今日。何気なく璃空が放ったこの言葉が開戦の合図であった。


先にも説明したとおり、小沙良は極度の竹依存症である。竹を愛していると言ってもいい。なので、『たかが』に代表される些細なことでも、竹を侮辱するような発言には敏感に反応する。文字通りの逆鱗に触れることと同義なのだ。


「……世の中って広いわね。そう思わない?」

「………もうどこから突っ込むべきかわからねぇ。」


こうなってしまった小沙良は、相手を半殺しか、虫の息にするまで止まらない。竹に対してそこまでになる人物など、一生に一度会うことが奇跡な程だ。それを持って、雪蓮は遠い目をしながら世の広さを語り、終は魂の抜けた表情で、乾いた笑いを出しながら諦めの言葉を吐いた。


「……止める?」

「放置だ。どうせそろそろ終わる。」


半ば奇襲の形で始まった戦いは、当初意表を突いた小沙良が優勢だった。彼女の槍の腕前は、以前戦った馬超程ではないが、それに次ぐほどのものがある。突き、薙ぎ、払いを状況に応じて使い分け堅実に攻める。圧倒的と言えるものはないが、隙を的確に突くそれは、相手にして初めてわかる強さを有していた。それを無防備な状態で受ければ、苦戦は必至だろう。


「ウラア!!」

「クッ!」


だが、それも初めの内だけ。時間が経つに連れて、徐々に押し返され初めている。時間経過によって璃空が落ち着きを取り戻してきたのもあるが、それ以上に元々の地力が違いすぎた。


璃空の強さは単純である。重い武器を、力強く、目にも止まらぬ速さで振るう。単純明快な暴力だ。しかも、ただの暴力ではなく、そこに天性と呼べる武人としての勘と、鍛錬と実戦で培った技術も合わさるので、技量で翻弄すると言った搦め手も効きづらい。


本来の戦い方が出来てようやく食い下がれるかという相手に、槍のみと言うかなり手を抜いた状態の彼女では、そもそも勝負にならなかったのだ。


一際甲高い金属音が鳴り、小沙良の槍が大きく跳ね上がる。


「ッ!しま───」


もう一つ、甲高い金属音が鳴り響く。


何かを察した終が一歩前に出ると、その後ろに槍が降ってくる。今さっきまで、小沙良が使っていたものだ。


この頃やけにツキが悪いな、ともう何度目かも忘れたため息を吐いた。


「……張任さん。」


小沙良の手元に槍はなく、眼前には戟が向けられている。誰の目から見ても詰みであった。


「まずは、何が気に障ったのか教えて下さい。それがわからないと、俺も謝りようがないです。」

「………」

璃空の疑問に小沙良は答えない。理由が理由であるだけに、恥じ入って口に出すことを憚っているのだ。


「はい、そこまで。璃空も武器を下ろしな。」

そこに終が間に割って入る。主と慕う相手の命に従わない訳にはいかないので、小沙良に向けていた戟を下ろす。


「目は覚めたか?」

「終様……」


理不尽な理由で奇襲を仕掛けた上で敗北すると言う、控えめに言っても惨めな姿は、自業自得と言えばその通りなのだが何処か同情を誘うものがある。そんな思いが面に出てしまっていたのか、小沙良は穴があったら入りたいと言わんばかりに見を縮めていた。


終としては、落ち込んでいる相手に追い打ちをかけるようなことはしたくない。しっかりと反省しているようなので、何も言わずともいい気もする。だが、やったことがやったことだ。やはり言うべきだろうと言葉を続けた。


「小紗良。お前の竹に対する並々ならん思い入れはよく知ってる。だが、それが人に襲い掛かっていい理由にはならない。もう少し我慢を覚えろ。」

「……申し訳ございません。」


竹が絡まなければ、良識のある人物だ。当然、自身の竹に対する思いが、周りとズレていることなど百も承知である。それでもこうなってしまうのは、最早条件反射としか説明の仕様がない。自身でも抑えが効かない激情が、その内を埋め尽くすのだ。最も、それが他人を襲っていい理由にはならないのは理解しているので、我慢が効かない己の未熟さを只管に不甲斐なく思うのだった。


「すまないな璃空。そう言うことなんだ。張任の前で竹の話をするときは、細心の注意を払ってくれ。」

「…わかりました。」


横から話を聞く形で説明を受けた璃空は、いまいち納得できていない様子だったが、その納得できない理由で襲われた当事者であったため、すんなりと理解はできたようだ。


(ったく、炎蓮の胃痛から解放されたと思ったらこれだよ。)


ギリギリと痛む胃を敢えて無視するように空を見上げる。体感時間ではかなり経っているように感じていたが、太陽は少しだけ動いたかどうか程度の位置にある。


「……ここらで一旦休むか。」


だが感じている疲労感は実時間以上のため、早めに休息を取ることにした。終がその場に座り込むと、その両脇を固めるように恋と雪蓮が並んで座る。そのさらに周りに小沙良と璃空がやや離れて待機し、その他の面々が思い思いの休み方をする。ここ最近になってようやく見慣れてきた光景だ。


「この辺りは平和ねぇ。つい最近まで乱があったのが嘘みたい。」

「ほんとになぁ」


何処までも広がる地平線、点々と見える村々。そこには戦火から逃れる難民の姿も、討伐の為に派遣される兵の姿もない。遠目で見てもわかるほど、いつも通りの日常を送る人々の姿が見えた。


乱の終結から、それほど月日は経っていない。だが、途中で立ち寄った長安も今こうして見える村々も大きな混乱を起こした跡がなかった。この地を治める、董卓陣営の能力の高さが見えるというものだ。


「そういえば、貴方が道すがら会うって言ってた人なんだけど……丁原、だったわよね?どんな人なの?」


道中、終は晋陽を経由して自身の故郷に帰ることを話していた。折角恋も同行するならば、彼女が董卓軍に入ることになったことや、そこに至るまでの経緯を直接伝えさせるべきだと思ったからだ。恐らく通訳もとい詳細な説明役を任されることにはなるだろうし、場合によっては説得、あるいは仲裁をすることになるかもしれないがそれはその時に考えることにした。


「そうだなぁ……まぁ、ちょっと頭は弱いけど、それを補って余りあるくらいに腕の立つ人だ。それに今時の官僚にありがちな、身分で人を見下すような態度を取ったりはしない。君主としては、ちょっと微妙かも知れないけど、いい人であるのは確かだよ。」

「へぇ……」


特に隠すこともなく自分の主観で見た丁原と言う人物を語れば、雪蓮は怪しげな笑みを浮かべる。


「なんだ?何か気になることでもあるのか?」

「別に。そんな人なら、あなたの母親と今でも関係があるのは、不思議じゃないと思っただけよ。」


辺境の州とは言え、刺史は刺史だ。名士でも何でもない、ただの一般市民と交流を持つことなど、そうそうあることではない。


「并州刺史に任命されるような人物と、無位無冠の身でありながら交友を結べるあなたの母親っていったい何者なのかしらね。」

「さぁ?昔戦場で一緒に戦ったとかそんなのじゃないか?」

「本当にそうかしら?」


ニヤニヤと疑問を投げかける雪蓮。自分をからかう時によくするその顔は、何度見ても好意的に見れない。


「何だよ。やけに母上に興味を持つじゃないか。」

「だってあなたの母なら、妻である私の義母になる訳じゃない?当然興味は───」


パァン


と乾いた音が辺りに響く。何事かと周囲の者が終達の方に目を向ければ、雪蓮の顔面スレスレの位置で恋の拳を受け止める終と言う、明らかに穏やかではない状況が出来ていた。


「恋」

「……」

「ダメだ」

「……」

「……やるならもうすこしあとでな」

「……わかった」


短い会話だが、説得には十分な効果があったようだ。恋は大人しく拳を引いた。だが、それで昂った感情が治まるわけではないようで、終に密着する形で距離を縮めた。ここ数日で慣れてきたとはいえ、やはり恥ずかしいものは恥ずかしく、終の顔には微かに赤みが差していた。そしてそれを見た雪蓮は笑みを深める。言うなれば、『計画通り』の顔である。


(ある程度進んだら勝負させるか)

一応、恋が考えているような関係ではないと本人に伝えてはいるのだが、雪蓮側からの明らかな挑発を放置出来るほど彼女は寛容ではない。そして、そんな彼女の気持ちを察せないほど終は鈍感ではない。どうにか穏便に和解させられないかとずっと考えていたのだが、先程の小沙良と璃空の勝負を見て、一回ぶつかった方が速いかもしれないと考え直し、もう少し行進してから二人の好きにさせることにした。決して面倒臭くなったのではない。そのほうが良いこともあるとしっかりと考えたのだ。


誰に対するものなのか分からない言い訳をしながら、現在地と故郷までの道筋を考える。ふと、今いる場所に既視感を覚えた。気になったので、何時この近辺に立ち寄ったかと、少しだけ過去を振り返る。


(ああ、そういえば、この近くにはあいつがいたな。)


計画性も何もなく、噂を聞けばあちらこちらに足を向けていた旅の初めの頃。この近辺に住む、ある人物と友誼を結んだ記憶があった。自分が今まで出会った人物の中でも五指に入るほどの『変人』であったため、彼女のことはよく覚えている。


「すまないが、ちょっとここで待っててくれるか?旧友に会いたい。」

ここから彼女のいる場所までは、麒麟の足に掛かればあっと言う間だ。丁度いい手土産もあり、知りたいこともあったため、久しぶりに会いにいくことにした。


「旧友?どんな人なの?」

「どんな、って聞かれると困るんだが……まぁ、悪いやつではないよ。」

嘘は言っていない。ただ小沙良の竹依存症並に強い癖を持っているだけである。


「……恋も「駄目。あいつは滅茶苦茶人見知りなんだ。悪いが待っててくれ。」

これも嘘ではない。ただ見知った後が大変になるような癖者なだけである。


「…………(コク」

そんな彼の心の声を聞いたのか、恋は大人しくその場に留まる。終は、それを見てから麒麟を呼び、旧友の元へと駆けていった。



〜杜陵県〜


この地は長安近郊にあり、かつて漢の宣帝が自らの陵墓をここと定め、改名させたと言う歴史がある由緒ある地である。そう言った話がある以外は、これと言った特徴のない何処にでもある地方の土地であり、雰囲気としては故郷の常山と特に代わり映えのしない場所であった。


そんな何処にでもある地方に来て、終が最初にしたことは友人の実家探しである。具体的にどの辺りの家と聞いていなかったため、若干道に迷ったからだ。


「杜預殿に取り次ぎを願いたい。『兪渉』が来たと伝えれば、分かっていただける。」

道行く人に場所を訪ね、予想していた時間を少し過ぎながらも、終は友人の屋敷の前に辿り着いた。かつて使っていた偽名を門番の者に名乗れば、その名前に聞き覚えがあったのかすぐに取り次いでもらえた。


「どうぞ、お入りください。」

「ありがとうございます。」

許可を貰い、早速中に入る。家主を含めた家人の多くが外出中とのことだったので、遠慮なく目的の人物の部屋に直行する。


彼女の部屋は、屋敷の一番奥の外からでは分からない場所にあり、用がなければ絶対に行かないような場所に位置している。それほど広い屋敷でもないため、ある程度の道のりさえ前もって聞けば、すぐに部屋の前にたどり着けた。


「おーい、(はち)ぃ。あそびにきたぞー」

扉を勢いよく開けながら、旧友の名を呼ぶ。礼儀も何もなっていないが、部屋の主があまりそう言ったことに拘らない質なので問題はない。


部屋に入ってまず目に入るのは、読んで時の如くの本の山。それも全て春秋左氏伝である。内訳は、左氏伝の写本、左氏伝の注釈本、本人が注釈行った自著などである。さらに注釈本に至っては、かなり大雑把に要約したものから詳細に約されて常人では理解不能なものまで入門者、学者何でもござれと言わんばかりに、古今東西あらゆる左氏伝が集約されている。


(……多すぎだろ。)

想像以上の部屋の惨状に、笑う気も起きずに真顔になる。いや、むしろ今の今まで平常運転であったことを証拠づけていることに安堵を覚えて笑うべきなのだろうか。そこは人によるとしか言えないだろう。少なくとも終の感性では、諦観の念しか覚えない。


「おー!終殿!誠にお久しぶりですなぁ!」

何処からともなく声が響く。一度聞いたら絶対に忘れない、癖のある懐かしい言葉遣いだ。しかし、姿が見えない。室内にいるのは何となくわかるのに影も形もない。


「お前今何処にいるんだよ。全く姿が見えんぞ。」

「何を言ってるでござる。目の前にいるではごさりませんか。」

そう言われて耳を澄ませば、目の前の佐伝の山からゴソゴソと音が鳴っている。


(……まさか、な)


そのまさかである


目の前の山が徐々に崩れ、その中にいる者の姿を明らかにする。本の山、それも全て佐伝によって構成されているそれの中から現れるという、傍目から見ても奇っ怪極まりない登場の仕方をした人物こそ、終の目的の人物である。


老竹を思わせるくすんだ黄緑色の髪は、手入れを完全に放棄したことにより伸び放題の荒れ放題。整った顔立ちには、それを完全に台無しにする大きく縁の太い丸眼鏡が掛けられ、その眼鏡の奥には大きな隈を伴った目が存在している。見るものによっては不気味に写る引き笑いも合わさって、十人いたら十人ともが不審人物認定しかねない。しかもこれで○○歳と終よりずっと年上で、理由があるとはいえ、現在進行系で無位無官無職の駄目要素を兼ね備えた、ある意味非の打ち所がない才人。


「改めて、久しぶりでござりますな。終殿。」


杜預、字を元凱、真名は捌


終が旅の道中で交友を結んだ人物であり、佐伝癖と言う奇癖を持った、誰であっても五指に入れられるほどの変人である。


「………何やってんだお前は」

「いやぁ、先日新たな左伝を見つけましてな。これが中々よい出来でございましたので昨夜から他の左伝と合わせて読んでいたらこのようなことに……」

「つまり何時ものことだな。よくわかった。」


捌の左伝に対する感情は、はっきり言って理解できない。こうして見つけ次第、即収集するなどまだ序の口。寝る時は勿論、食事、移動、会話、着席、沐浴などなどありとあらゆる行為の傍に必ず左伝がある状態にしてあるなど常軌を逸している。小沙良の竹依存症との違いは、左伝を取り上げただけで瀕死になることはないくらいのもので、それ以外は小沙良以上に酷いと言える。いくら小沙良でも、日常生活の全てにおいて竹を絡めるようなことはしていない。


「それでそれで?本日は我輩の研究成果を聞きに来たのでござるか?しょーがないでござるなぁ、そこまで仰るなら最新の研究成果を「河北一帯の現状が知りたい。」

話を遮って、速攻で本題に入る。上記の通り、捌の左伝癖は筋金入りである。そんな彼女に左伝のことを語らせれば、一昼夜で佐伝を暗記できるようになってしまう。当然、当事者の疲労度合いは完全に無視だ。そんな地獄に好き好んで何度も付き合えるほど終の精神力は強固ではない。


「……終殿ぉ、いくらなんでも無茶でごさるよぉ。ほれこの通り無位無冠無職の引きこもり故に、外のことなど……」

自虐気味にその頼みは聞けないと暗に伝える。しかし、その目が一瞬自身の手に握られている包に行っていたのを、終は見抜いていた。


「そうか、それは残念だ。折角お前のために左伝を一包み持ってきたんだが「今は行かない方がいいでござるよ。」

終の言葉を遮り、秒で前言を撤回する。ここまで来ると佐伝癖と言うより、佐伝馬鹿である。


「現在、河北は動乱の只中でござる。張挙とか言う人物が、西涼での反乱鎮圧に加えて貰えなかったことを不服として、現状に不満を抱いている者達を集めて事を起こしているでござる。それに加えて、烏桓の者共もそれに呼応するように幽州一帯を荒らしまわっているでござる。并州の丁原殿や幽州に残っている官軍の方々の活躍でどうにか幽州で留めているでござるが、それもそろそろ限界の様子。今河北に向かうことは、自ら戦地に赴くようなものでございますな。」


家に籠もっていたと言う割には、やけに詳細な情報を淡々と話す捌。経緯から現状まで詳細に語る様は、話し方さえ除けば、とても無位無官無職の人物とは思えない。


「……ほんと、お前の情報網はどうなってるんだ?」

「集めようなど、幾らでもあるでござるよ。」

終の疑問に、意味深長な笑みを浮かべる。ただ、部屋に籠もって佐伝の研究に没頭しているわけでもないようだ。


「まぁ、わかった。情報感謝するよ。ほい、お土産。」

「ヒャッハー!!左伝だあ!!!」

元々渡す予定だったそれを差し出せば、捌は異常な興奮具合でそれを引ったくる。終は、そのあまりの素早さに全く反応できず驚き、普段からこれだけの行動力があれば侮られることもないだろうにと呆れもした。


「ぐへへへへ、これで後七日は飲まず食わずで生きていけるでござるぅ」

「バカ野郎ちゃんと飲み食いはしろ。死ぬぞ。」

終の警告も何のその、早速渡した佐伝を開き食い入るように読み進めている。どうやら、お気に召したようだ。


「ったく、もう行くからな。」

欲しい情報は手に入れた。渡すべきものも渡し、元気な姿も確認できた。待たせている者達がいる以上長居は不要。その待っている者の中に、険悪な関係の約2名がいるとなれば尚更だ。


「もうでござるか?まだ半刻も経っておらぬでござるよ。」

「待たせている奴らがいるんだ。お前と話すと明日になる。」

「ふーん、そうでござるか。」

急ぐ終に捌は軽く疑問を投げるも、その返答に対して特に気にした様子もなく、変わらずに佐伝を読んでいた。


「また今度、ゆっくりとお前の左伝を聞かせてくれ。」

「ん?今左伝を聞いてくれると言ったでござるな?」

「……一応、手心は加えてくれよ。」

「どーしよーでござるかなー」

「お前なぁ……」

パタン、と態とらしく音を立てて本が閉じられる。もう一冊読み終えたのかと驚く間もなく二冊目が開かれる。その速読能力を佐伝以外に活用すれば、間違いなく当代一の賢人となれるだろうが、本人の性格からそれは無理な話だろう。


「冗談でござるよ。ちゃんと節度を持って話させてもらうでござる。」

「ああ、是非ともそうしてくれ。」

ワクワク佐伝教室24時間お試し講習会(仮)経験者からすれば全くもって洒落にならない冗談に、終は心の底からそう要望する。そんな彼の心情もどこ吹く風と、捌は二冊目の佐伝を読み進めていた。


もう話すことはない。そう思い、捌に背を向けて部屋から出る。


「最後に一言。」

その言葉に立ち止まって振り返る。捌の瞳は、終の姿をしっかりと捉えていた。


「助けが必要であれば、一報くだされ。微力ながら、力になるでござるよ。」

言葉遣いこそ普段通りであったが、眼鏡の奥に見える瞳は真剣そのものだ。


「……ああ、そんときは頼んだ。」

初めて見た、捌の真剣な表情にやや言葉に詰まりつつもそう返す。その反応に満足したのか、捌は少しだけ口端を上げると、3冊目の佐伝に手を出した。


今度こそ話すことはなくなった。終が部屋を離れて行っても、彼女が呼び止めることはなかった。



(捌があんなことを言うとはな。)

現実に打ちひしがれ、世に失望し、後ろ指を指されながらも、待つことを選んだ賢人。その人物が去り際に言った言葉は、否が応でも河北の情勢の悪さを理解させた。


(嫌な予感がする。)


涼州での反乱を鎮圧した時点から、絶えず感じている感覚。こうして、確かな情報を得たことで確信を得ることが出来たそれだが、終は故郷に居る母の姿を思い出し、その予感を振り払う。


(大丈夫だ。きっと)


そう思いながらも、自身の歩みが早まっていることに、彼が気づくことはなかった。








〜一方その頃〜


案の定、と言うべきか。終が捌の元に向かっている間に、彼の心配していた通りのことが起きていた。


「ハア!!」

「……」

雪蓮が剣を振るい、恋が戟で受ける。それに合わせ大気が震えるほどの衝撃と旋風が巻き起こる。初撃で決まると思っていなかった雪蓮は、それを起点として連続して剣を振るう。それを恋は時に受け、時に払って凌ぐ。


見ての通り、二人は仕合の真っ只中である。なぜこうなったかを一言で言ってしまえば、恋が雪蓮に言い包められた結果である。初めは終のことを思って我慢していた恋だったが、雪蓮の巧みな話術の前に彼女の我慢は敗北することになった、と言う顛末だ。


この場で二人を止められる人物は、立場的にも実力的にもいないため、その他の面々は遠巻きに二人の仕合を観戦していた。本当に不味いことになりそうになったら全力で止めに入らなければならない状況のため、皆一様に固唾を飲んでいる。


(顔色一つ変えないわね!)

絶えず振るわれる全力の斬撃。当たればただでは済まないそれを受けても、恋の表情は微塵も変化がない。いや、それどころかその場から一歩も動いてすらいない。


戟は長柄であるために、距離を詰められれば不利になる。ゆえに、距離を取って自身の間合いで戦うように立ち回るのが定石だ。だが、恋は全く動いていない。それどころか不利な間合いで、雪蓮の攻撃を全て防ぎきっていた。どうにか崩そうと上下左右とあらゆる角度から切りつけ、偽攻を織り交ぜるなどあまりらしくないことをしても全く動じず対処される。有利な立ち位置の筈なのに、全く優勢になっている感覚がしなかった。


「ッ!」

背筋に寒気が走り、一歩距離を取る。その直後に恋の足が雪蓮の足を掠めた。気付かぬうちに前のめりになっていたところに出たそれは、相手の態勢を崩すのに十分な効果を発揮する。勘に従って回避したことで、地面に転がる無様を晒さずに済んだが、距離を取ってしまった。


それは、恋を相手にする上で致命的な誤りだ。


「……参ったわ。」


中途半端に立てられた剣。そのすぐ横を通り抜けて、恋の戟が首筋に突きつけられている。僅かでも払う素振りを見せれば、すぐに首を切り落とすことさえ可能な状況。ここに勝負は決した。


「あー!!くやしい!!」

恋が戟を下ろすと、雪蓮は心底悔しそうに言いながらその場に座り込む。それを見ていた面々は、大事には至らなかったことに安堵のため息を吐いていた。


「強いとは思ってたけど、まさかここまでとは思わなかった。」


天水での戦で恋の強さを間近で見ていた雪蓮は、彼女が全く全力を出していないことを見抜いていた。その段階でも有象無象を寄せ付けない圧倒的な強さを見せつけており、呂布奉先と言う人物の底知れなさを理解させた。


底の見えないこの少女の実力を見たい。


そう思って散々挑発してようやく勝負できた訳だが、実力を見るどころか余計に底が見えなくなった。ここまで力の差があると還って清々しくなるものだ。


「……お前、終が好き?」


恋は座り込んだ雪蓮を見下す形で、唐突にそんな質問を投げ掛けた。


「……藪から棒に何よ。」


何の脈絡もなく出された疑問に面食らうも、答えを出すまで逃さない雰囲気を恋から感じ取り、素直に答えることにした。


「……ええ、好きよ。」


恋の様子を伺う。恋は黙っている。苛立っている様子はない。だが、大いに不信感を抱いているようで、続きを催促するように彼女の前に立って圧力を掛けていた。


「ただし、友人としてね。異性としては、そこまでではないわ。」

それを見て言葉を続ける。イタズラ成功、と言う文字が似合いそうな、爽やかな笑顔付きだ。


実際のところ、雪蓮は終のことを悪しからず思っている。からかいがいがあると言うのも当然あるが、最たる理由は彼の人間性が信用できるからだ。何だかんだ言ってお人好しで恩義を忘れない男が終だ。それが分かっているから、嫌がられながらも絡みに行くのである。だが、そこに恋愛感情はほとんどなく、ほぼ友達付き合いの延長線である。


「……恋の好きと、違う?」

「そういうこと」

「……なら、なんで妻と言う」

「ちょっとした冗談よ。彼、面白いように反応してくれるから」


聞いてしまえばなんのことはない。友人同士のじゃれ合いであったということだけのことだ。恋が心配することなど、何もなかったわけである。


「……そう」


恋が雪蓮に手を差し伸べる。一瞬ぽかんとするも、それの意図することを読んで、笑顔で握り返した。


「私は孫策。字は伯符よ。改めてよろしくね」

「呂布、奉先」


何のかんので拗れていた両者の関係は、ようやく健全なものとなったのだ。


その後戻ってきた終は、仲良くなった二人の様子に何があったのかを察するも、面倒ごとが一つなくなったことに安堵したのであった。

次話から、やや話が暗くなります。

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