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恋姫竜神記  作者: DGK
35/40

馬岱救出戦

残り10分

次で西涼での話は終わりです


~天水近郊~


「ついたぞ。」

先頭を駆けていた璃空が、その場で立ち止まる。案内を受けていた終達一行も、彼に合わせて立ち止まった。


視線の先には、反乱軍の旗が翻った天水の城。終達は数日駆けて、ようやくここへたどり着いていた。


「前情報通りだな。明らかに兵が少ねぇ。」

「だが、城壁の警備は厳重。侵入は困難だろう。」

「まっ、それは分かりきっていたことね。」


終達は、小高い丘から眼下の天水を眺める。事前の情報で、城内の兵はほとんどが前線に送られており、それほど多くはないことは分かっていた。証拠として、城壁内にはほとんど兵が見られない。その代わり、城壁には多数の兵がおり、また城門も閉ざされているので、侵入は困難なように見受けられる。美陽での敗走は天水まで知らされており、何時何処から敵が攻めてきても良いように厳戒体制がしかれているのだ。


しかし、それもまた事前に知っていたこと。終達もそれを承知の上で馬岱救出のための策を用意していた。


「事前の策の通りに動く。既に城内に潜んでいる者達が騒ぎを起こし、城兵の目を引き付ける。その間に、仁竜、呂布、龐徳、そして南門付近の林で待機している周泰の4名で潜入。人質を救出次第、合図を送り東門に向けて逃走。陳倉付近で待機している自軍と合流を目指す。私と孫策、張任はその支援のために別行動をする。」


孫家の面々は、終が馬岱の救出を決める以前から彼女の救出を計画していた。時期としては、反乱軍が安定の攻略に差し掛かった辺りからだ。美陽での戦闘が始まる前は、反乱軍側も連戦連勝で前線から離れた天水は、今よりも警備が薄い状態にあった。そのため、人を容易く中に入れることができ、それなりの人数が天水城内に潜伏している。


この作戦は、情報を集めるために潜入させていた者達を陽動に使い、その隙に人質を救出するというものである。単純だが、現状では最も確実な方法であった。


「何かわからない点はあったか?」

「あー、じゃあ一つだけ。どうやって城外に出ればいいんです?」


いくら終達が並の人物では無いとはいえ限界はある。陽動があるとは言え、全ての人員が移動するとは思えず、それが人質のいる場所となれば余程でない限りは人がいなくなる訳が無い。合流予定の1名を除けば、静かに事を収めるのに向いていない人選なので十中八九見つかると見ていい。救出が主目的であることを考えれば良しとは言えないが、入ってきた情報が正しければどう足掻いても必ず強硬手段を取ることになるらしいので、この人選で問題ない。


問題があるとすれば、どうやって場内から脱出するのかを未だに教えてもらっていないことだ。脱出地点が分かっても脱出手段が分からなければ動きようがない。


「方法は考えてある。私達を信じろ。」

「……はいはい、分かりましたよ。その時のお楽しみにします。」


何かあるな


孫家の世話になっていた際、何度か似たような経験をしたことがあったからこその予感だ。そもそも、別行動をする雪蓮達が具体的に何をするのか全く説明がない時点で怪しい。しかし、現状では信じる以外に選択肢がないので、終はそれ以上追求せずに諦めて言われたとおりに動くことに決めた。


「速く始めよう。善は急げだ。」

「ちょっと待て璃空。」


その場にいる者の視線が璃空に向く。正確には、璃空の背中にある物にだ。


「まさかと思うが、そのでかい棺桶を一緒に持っていくつもりじゃないだろうな?」


棺桶


言わずとしれた死体を納めるための道具である。その役割から人目につくことは敬遠されるし、背負うことなど余程のことがない限り避けたいものだ。


そう余程のことでもない限り、道中で作った挙げ句態態背負って行動する意味など皆無なのだ。そもそも、潜入の際にこんな目立つものを背負っていては邪魔でしかない。それ以前に棺桶を作って背負う意味が分からない。


「馬鹿を言うな。そんな非常識なことするわけないだろ。これは、ここに置いていく。」

「だよな。安心した。」

まず、道中で作っている時点で言葉の通りの非常識だ。というツッコミを終は飲み込む。他の面々も我慢する。何はともあれ、こうして懸念事項が減ったことは事実だ。


「それに、ちゃんと携帯用の棺桶は持っている。小さいが、指ぐらいは代わりに入れられる。」

「「「いや、そういう問題(じゃねぇだろ。(ではないだろう。(じゃないでしょ。」」」


懸念事項が減っても、ツッコミどころは出るものだ。堪えきれずに三人は同時にツッコんだ。そのツッコまれた本人は、全く理解していない様子で首を傾げるだけだ。


「はぁ……もういい。さっさと始めちまおう。」

色々諦めた終の言葉に他二人も同意し頷くと、各々が役割を果たすために動くのだった。




〜天水・南門付近〜


終、恋、璃空の三名は、特にこれと言った支障もなく南門付近の林で周泰と合流した。前持って連絡が行っていたようで、周泰は終以外の二人に軽く自己紹介をすると、そのまま三人を所定の位置へ案内した。その間に会話は一切なく、こうして城門の近くで待機している今も会話はない。潜入が主目的であるのだから当然なのだが、ある事情から終はとてつもなく居心地が悪そうな顔をしている。


「……あー、周泰。」


堪り兼ねた終が周泰に声を掛ける。もちろん、周囲を気にして声を抑えてある。それでも、不用意に音を立てるべき状況ではないので、終を見る目は厳しいものだった。


「なんでしょうか?」

咎めるように返事をする周泰。それに一瞬言葉が詰まるも、先のことを考えて、今話したほうが良いと思い言葉を続けた。


「その、荊州でのことなんだがな。まだ、怒ってるかなぁ、ってさ。」


終のこの一言で、周泰の表情は険しくなり彼を睨みつける。ある程度予想していた行為であったため、若干の怒りが籠もった目を、逸らすことなく見つめ返した。


「……それは今聞くべきことなのですか?」

「変な不安を抱えたままよりは、ハッキリとさせた方が動きやすい。」


周泰は任務に私情を挟まない。孫家の厄介になっていた時に、それなりに付き合いがあった終はそう確信していた。だから、これは周泰に対してではなく、自身の不安を解消させるための問いかけだ。


「……怒っていない訳ではないです。」


そりゃそうだ、と終は思った。あれで怒らなければかなりのお人好しだ。大器と称しても過言ではない。それだけのことを終はしている。


「でも、あのときのあなたは必死だったのでしょう?」


あのとき、とは終が孫家の元を去っていく際に起こった追いかけっこのことである。軽く半殺しにしてでも連れ戻せと指示された、当時の孫家一同の気迫は凄まじく、誇張抜きで命の危機を感じるほどのものだった。誰であっても必死になると断言できる。


「あのとき、追いかけていたのは私で、追いかけられていたのはあなたでした。そう考えれば、あなたのしたことも、何時までも引きずるほどのものでもありません。……それでも、恥ずかしかったですけれど。」


最後あたりで抗議の意味を込めた半目になる。若干顔が赤くなっていることから、改めて羞恥の心が出てきている様子だった。それを見た終は、改めて自分がしたことを思い返してバツが悪そうな顔をした。


「……本当にすまなかった。」

「申し訳ないと思っていただけたなら、それだけで十分です。」


謝る終に周泰は初めて小さく笑顔を作った。


今回の潜入作戦は、周泰を除けば初めての者ばかりだ。そのため、緊張しすぎとも言えるほどに場の空気は張りつめていた。適度な緊張は必要だが、過ぎれば動きを阻害する。計らずしも、この一連の会話で張りつめた空気が少しだけ緩んだ。


(絶対に成功する。)

終は確信をもって、これから潜入する城を見つめた。



「終。」


肩に軽く乗せられる手の感触は、しかし絶対的な威圧感を終に与える。自身の肩に手を置いている親友が、表情を一切変えていないのは想像に難くない。だが、何故か分かっていても振り返りたくない圧を終はヒシヒシと感じていた。


恋は、終と周泰がどのような間柄なのかは正直分かっていない。彼女が分かっているのは、(想い人)周泰(自分の知らない女)に何かやらかしたと言うことだけ。


それだけで、十分なのだ。彼女が『怒り』を覚えるのは


「……なんでしょか。」

「説明」

「……あとでいい?」

「絶対」

「………わかりした。」


非常に短いやり取り。終は、策が成功した後のことを考えて、遺書には何と書こうかと本気で考えるのだった。


イマイチ締まらない微妙な空気が漂う中、俄に城内が騒がしくなる。日は地平の彼方に沈み、周囲は薄暗くなっている。


「合図です。準備はよろしいですね?」


聞くまでもない。黙って頷くことでその問いへの答えとした。


周泰が走り出す。それに終達がピッタリと着いていく。城内の喧騒が大きくなり、火を付けたのか奥から煙が上がっているのが見える。余程騒ぎが大きくなっているのか、四人が城壁にたどり着く頃には、見張りの兵士は目に見えて減っていた。


周泰は城壁に沿って見張りが全くいない場所を見つけると、僅かな引っ掛かりに手を掛け勢いよく登って行く。流石にそんな芸当を真似することが出来ない他三人は困ったように顔を見合わせていたが、すぐに城壁の上から紐が垂れ下がってきたので、それを使って城壁に登る。全員が城壁を登り切ると、再び周泰は駆け出しそれに終達が続く。


所々で上がる火の手に右往左往する城兵達を避け、四人は息を潜めながら素早く動く。時折少数の兵士と出くわすことはあったが、個々の実力が高いため皆声を上げる間もなく排除された。


そいして走り続けること少し。周泰は突如立ち止まり物陰に隠れた。他の三人もそれに倣い物陰に隠れた。


「あそこに人質がいます。」


物陰から覗き込んだ先には、それなりの大きさの屋敷がある。城内でそれなりの騒ぎが起きているというのに、その一角だけは平時と変わらない様子を晒しており、却ってその中に居るであろう人物の重要度を現していた。


「璃空。その素人にも分かる殺気を引っ込めな。バレるぞ。」


璃空は屋敷を視認してから、これ以上ないほどに殺気立っていた。放っておけば、そのまま飛び出しかねない様子だ。


「あそこは、馬騰様の屋敷だったんだ…!奴ら、何処まで俺たちを愚弄する気だ!」


思い出の場所が、大切な家族を閉じ込める牢獄にされる。自身の過去を穢すのと同義の行為に、彼の怒りは頂点に達していた。


「馬岱を救うことが、この乱の終結を速める。あの屋敷も、すぐにお前らの手元に戻ってくる。あと少しの辛抱だ。」


終が声を掛けることで、辛うじて飛び出すことを阻止できてはいるが、それも長くは続きそうにない。終は急かすように周泰に視線を送る。


「ここから先は、警備が厳重で見つからずに人質を救出するのは非常に困難です。どうしても人質から目を逸らさせる必要があります。」


ただ入り込むだけなら、周泰にとっては造作もないことだ。だが、馬岱を連れ出すには、常に彼女を見張っている最低でも四人の兵士の監視を抜け、さらに屋敷内を巡回している数十名の視線を掻い潜る必要がある。監禁生活で弱っている人物を連れて行くのは厳しいものがある。


「つまり、もうコソコソしなくても良いってことか?」

「はい。」


周泰を除けば、決して潜入に向いているとは言えない人選。その時点で救出方法は必ず強硬手段になると読んでいた終は、特に驚くこともなく自分が為すべきことを理解していた。


「俺と恋が囮になる。その間に璃空と周泰が人質の救出をする。その後は状況を見て合流、不可能であれば各々東門で落ち合う。それでいいな?」


この中で最も武に秀でた二人で囮となり、馬岱の居場所を正確に掴んでいる周泰と、彼女と親しい間柄にある璃空で救出に向かわせる。現状で最も正しい役割分担に、異を唱える者はいなかった。


「よし、やるぞ。」


終と恋が物陰から姿を現す。それに合わせて周泰と璃空はひっそりと屋敷に近づいた。


「誰だ!」

終達の姿に、玄関付近に立っていた兵が気づく。終は無言で駆け出すとその顔面に強烈な一撃を食らわした。相手はうめき声を上げる間もなく意識を刈り取られ、閉ざされた門を破壊しながら屋敷の奥に倒れ込んだ。


「なんだ!?」「敵襲か!?」

派手な物音で屋敷内にいた兵士が集まりだす。現時点で十人と少し。屋敷の規模から見れば、まだ来ることが予想できる。


「こんばんは、反乱軍諸君!早速で悪いが散ってもらうぜ!!」

挨拶ついでとばかりに近くにいた二人の首を刎ねる。突然のことに混乱している兵士の只中に恋が突っ込み、手にしている方天画戟で凪払っていく。狭い屋内で長柄の武器を自由自在に扱うという中々に難しいことをあっさりとやっている恋に、終は内心舌を巻きつつも彼女が討ち漏らした兵を切り捨てていった。


「ヒィ!なんだこいつら!?」「つ、強すぎる!」「誰か来てくれ!」

十数人居た兵士がアッという間に全滅するところを目撃した者が、終達を討つために大声で仲間を呼ぶ。


(うまいこといったな。)

続々と集まり始める敵を見て、囮が成功していることを確信する。終は、いつの間にか中庭に移動していた恋の後を追い、彼女の傍に立つ。


「はっ、随分な大所帯だな。」

見渡す限りの敵。明らかに屋敷の収容人数より多いその数から、外からも増援が来ているようだった。終は、想定よりも多くおびき寄せてしまったことに、思わず苦笑いをするも特に問題ないと吹っ切ることにした。


実際問題。彼らにとっては、大した人数ではないのだ。


「俺が右をやる。恋が左だ。いけるか?」

「…(コク」

互いに背中合わせになり、自分たちを囲む敵を睨みつける。相手はジリジリと包囲を縮め、何時でも彼らを襲う態勢に入った。


「さぁ来な!纏めてあの世にご招待だ!」


数瞬の後、中庭に喚声が上がった。





〜旧馬騰屋敷・最奥〜


元々は馬騰の私室であった部屋。城を落とされ、主を失った今もこの部屋は使われ続けている。休息の場という本来の用途ではなく、ある人物を閉じ込める牢獄として、常であれば複数人の兵士が、人質を逃すことはしまいと厳に警戒している。その厳重な警戒も、すぐそこで起きている騒ぎのおかげで一人しかいない状態だ。


(枷さえなければ…)

閉じ込められた少女、馬岱は千載一遇の機会を前に歯噛みする。彼女の手足には、枷が架けられている。本来の彼女ならば雑兵が何人いようと物の数ではない。たかが雑兵一人、赤子の手を撚るよりも簡単に打ち倒せる。だが、それも自由に動けない現状では、実行に移すことは出来ない。


(くやしい…!)


唇を噛み締め、己の非力さを嘆くも、枷が外れることはない。馬岱には、それが自身に対する罪の重さのように感じた。


自分のせいで、馬騰は何も出来ずに殺された。自分のせいで、大切な家族が復讐の機会すら与えられず、望まぬ戦いを強いられている。


(私のせいで……)


外の騒ぎ声が小さくなっていく。自分はもう二度と、日の目を見ることはないのだろうと、彼女の心は自己嫌悪と絶望の中に暗く沈んでいった。


「ウラァ!!」

「ギャッ!」


すぐ近くで、声が聞こえた。


次いで何かが倒れる音が響き、誰かが駆け寄ってくる気配を感じた。


「蒲公英!!無事か!?」


すぐ傍で、声が聞こえた。


凛々しくも優しい、彼女の好きな声だ。


(この、声は…!)


顔を上げれば、一人の少年がいた。


再び見ることを諦めた、愛しい人の姿だった。


「璃空…!」


会えないと思っていた人物と会えた。その嬉しさから、馬岱の瞳から涙が溢れる。


「遅くなってすまない。今枷を外す。」

璃空は手にしていた檄を振るい、馬岱の枷を破壊した。彼女は自由になった自らの手足を見て、幻かもしれないという頭の片隅にあった不安を一瞬で消し去った。


「どうしてここに?」

「説明は後だ。立てるか?」

「う、うん!」

馬岱は差し伸べられた手を掴み立ち上がる。長い間枷を掛けられていたわりには、すんなりと立つことが出来ていた為、走るのも問題なさそうだ。


「すぐに新手が来ます!急いで合流しましょう!」

近くで二人の様子を伺っていた周泰は、隠れていた兵士を切り捨てながらそう言った。二人はその光景を見てまだ敵中にあることを改めて認識し、その言葉に頷くと彼女に続いて駆け出す。


(うまく行ったみたいだな。)

こちらに駆け寄ってくる三人組を終が視認したとき、彼らの周りに敵はいなかった。あるのは敵だったものの残骸と、滅茶苦茶に荒れた庭だけで、合流するには丁度いい頃合いだった。


「皆さん!こっちです!速く!」

終達が周泰達と合流し、城内の作りを前もって調べていた彼女が先頭に立つ。終達が派手に大立ち回りをしたので、彼等の存在は既に城内に知れ渡っている。完全な警戒態勢に入っている中で見つからずに行くのは困難だ。そのため、見つかれば逃げ道がなくなる細い小道ではなく、見つかっても逃げ道を塞ぎにくい大きな通りに出た。


「敵だ!」「こっちにいるぞ!」「逃がすな!」

逃げる終達を囲もうと兵たちが迫る。終達は進路の邪魔になる者だけを倒しながら東門を目指す。一歩進めば五人現れ、その五人を倒せば十人が側面から襲いかかってくる。倒して進んでを繰り返し道の半ばにつく頃には、両手両足の指の数では足りない数の兵士が背後から迫ってきていた。


「ハッハァ!!大騒ぎだなオイ!!」

「…終、楽しそう。」

「ちげぇよ!こうしねぇとやってらんねぇんだよ!!」

「…でも、楽しそう。」


余裕そうに会話をしている間にも、追手は数を増やしていく。どうにか東門の前にたどり着いた頃には、道いっぱいの兵士に完全に囲まれることになった。終達は、門を背にし馬岱を守る形で兵たちに刃を向ける。救出対象を守りきれなければ、この作戦は失敗になる。袋小路に追い詰められていることも合わさって、彼等の気迫は数で圧倒している相手方に、攻撃を加えることを躊躇わせるだけのものがあった。


「っで、こっからどうなるんだ?」

何時までもこの状態でいられるわけがない。ちょっとのきっかけがあればこの均衡は崩れる。崩れればどうなるかなど、そんなことは考えなくともわかることだ。そろそろ冥琳の『考え』が知りたい段階である。


「…すぐにわかります。」


相手がジリジリと距離を縮めていく。それに合わせて後ろに下がろうとしたとき、背後の門がゆっくりと開いた。


(新手か?いや、既に優勢な状況を態々崩す必要性はない。と言うことは……)


終が答えを導き出すのと、その答えが自ら姿を現すのはほぼ同時だった。


一度見れば忘れられない。南方出身者特有の褐色の肌。その肌の色よりも目立つ桃色の髪は、誰であるかを容易に特定させる。


(……あー、はい。そういうことね。理解したわ。)


孫家の兵士たちの先頭に立ち、堂々とした姿で城内へと入る雪蓮の姿を、目の前に敵がいるにも関わらず、終は疲れたようにため息を吐く。一方の雪蓮は、彼の存在を認めると、人懐っこい笑みを浮かべて馬を寄せてきた。


「は~い終♪随分と暴れたみたいね。」

「どっかの誰かさん達の『考え』のおかげでな。」

二人が軽口を叩きあう間にも状況は動き続ける。


雪蓮に続いて孫家の精兵達が城内に入り、各々武器を構えて整然と隊列を作る。突然の事に城兵は浮足立ち、ある者はその威容に尻もちをつき、ある者は既に逃げ出していた。


その機を逃すほど孫家の兵は甘くない。


雪蓮が剣を前に向ける。それに合わせて孫家の兵が雄叫びを上げながら城兵に突撃する。予想外の事態に士気が低くなった城兵たちは、士気旺盛な孫家の兵に一方的に蹂躙されていった。


「うまいこと、使われたってわけか。」

城内のあちらこちらから喚声が上がる。何処の方角に耳を傾けても聞こえるところから、東門だけでなく他の門からも侵攻しているようだ。ここまで来れば、聞かずとも『考え』の内容は分かる。


敵がいなくなれば、追ってくるものはいなくなる。結果的に、終たちを安全に逃がすことが出来る。逃げる必要性があるかどうかは置いておいて、何も嘘は言われていない。それでも、いいように利用されたことに変わりはないので終の表情は非常に不機嫌そうであった。


「怒ってる?」

「疲れてるんだよ。」

「なら、ここで休む?」

「笑えねぇ冗談だ。」


利用されたのは確か。だが、もう一仕事できたのも確かだ。


少しでも早く乱を治めたがっている男が、目の前の戦を放置するわけがなかった。


「さて、お前らはどうする……なんて聞くのは無粋みたいだな。」


振り返れば既に武器を手に参加する気満々の救出部隊一同の姿がある。何故か救出対象である馬岱も、どこから持ってきたのか分からない槍を手にとって一緒に来る気満々である。


おいおい、これじゃ助けた意味ねぇだろ。と思うものの彼女の様子から何をどうやっても来そうなので、何も言わなかった。


敵が一人もいなくなれば済む話だ。


そう思って終は駆け出した。





〜天水城内〜


天水の占拠は、僅かの障害もなく速やかに完了した。火を放たれた上に終達が大暴れして混乱していた城内に、追い打ちを掛ける形で四方から孫家の精兵に攻め立てられ、城兵は録な抵抗も出来ずに蹴散らされた。


「冥琳さん。囮にするんだったら前もって教えて下さいよ。」

「敵を騙すならまず味方から、と言うだろう?」

「いや、まぁ、そうですけど……」


ハァ、っと疲れたようにため息を吐く終。それを見て冥琳は喉を鳴らして笑う。既に城内に敵はなく、周囲は孫家の兵士が詰めている。彼らがのんびりと話をしていても、誰も何も言わない状況だ。


戦いが終わった後、終は冥琳を探し出し事の仔細を彼女に聞いた。その内容は彼が思った通りのものだった。


今回の馬岱救出は、現在反乱軍に参加している韓遂が、離反する条件として孫家に提示したものだ。計画当初は、孫策達が城外から敵を陽動し、その間に周泰及び城内に潜入していた者達で馬岱を救出する予定だった。しかし、終が参戦しているという情報が入り、すぐに計画を変更した。


『あいつがいるなら、城の一つくらい余裕だろ。』とは、現当主の言である。わりかし滅茶苦茶なことを言っているが、単騎で城内の敵将を討ち取るという滅茶苦茶を当の本人が成し遂げてしまっているので、誰しもが納得してしまった。そのため、馬岱の救出ついでに天水を落としてしまおうと、近所のお使いのついでのような感覚で変更がなされたのであった。


後は、無理矢理巻き込むことで逃げられる確率を減らすという目的もあるのだが、そこは黙っていた。


「そう言えば、何で小沙良を連れてったんです?話聞く限りだと連れて行く意味なさそうですけど」

「龐徳は西涼でも名の知れた武人。呂布も美陽での戦いで名を上げた猛者だ。だが、張任は君の言葉以外に実力を保証するものがない。疑うわけではないのだが、少しでも不安の芽となるものは摘みたかったのだ。」


冥琳の懸念も最もだ。いくら信頼できる相手からの紹介とはいえ、直に見たわけでもない実力を信じるのは危険が伴う。


「もっとも、それは杞憂に終わったがな。」


彼女は、今回の天水攻略で敵将を討ち取る活躍をした。手勢が手薄になっていたところを、遠距離から弓で狙撃したのだ。それが決め手となり、残った城兵はほとんどが降伏した。


知り合いが活躍した。これ自体は嬉しいことだ。だが、そのときに上げた名乗りが問題だった。


『敵将!仁神王が臣!張任が討ち取った!』


こうハッキリと大衆の前で名乗られてしまったのだ。すぐに訂正しようにも彼がいないところでそれをされてしまったのでどうしようもなかった。このことは周知の事実となってしまい、張任は終の家臣であると認識されてしまった。


「あれほど有能な家臣であるなら、主として鼻が高いのではないか。」

「アーハイソウデスネー」


誂い半分、祝福半分の言葉にこれ以上ない棒読みで返す。こうなってしまった元凶に文句を言いたいところだったが、疲れて寝てしまったところを目撃してしまったので、本当にどうしようもなくなってしまっている。


(……腹括るしかないかなぁ。)


終は家臣を持つつもりはない。


理由は孫堅の誘いを断った時と同じ。まだ自由でありたいからだ。


だが、自分の家臣になりたいという思いをここまで見せられて、それを無碍にするほど彼は我侭ではなかった。


(仕官先を考えるか)

「終殿」

今後のことを真剣に考えようとしたところで、後ろから声を掛けられた。振り返ればそこには璃空が立っている。


「おう、璃空か。馬岱殿は大丈夫だったか?」

戦いが終わった直後、馬岱は緊張の糸が切れたのかその場で倒れてしまった。璃空は、すぐに馬岱を抱き上げると、天水にいる知り合いの医者のもとに向かってそのまま戻ってこなかった。そのため、終はその後どうなったのかを真っ先に聞いた。


「長い監禁生活で溜まった疲労が一気に出ただけで、命に別状はないらしい。後は、医者の先生に任せている。」

「そっか。なら良かった。」


ふぅっと大きく息を吐く。今日の戦の主目的は馬岱の救出。それが失敗しては本末転倒だ。彼女の無事が確かであれば、もう今日の懸念事項は全てなくなったことになる。これでようやく、気を楽にして休むことが出来るのだ。


「で、何かようか?」

「ええ、あなたに伝えたいことがあるのです。」


璃空がチラッと終の隣にいる冥琳を見る。それの意図するところを彼女は正しく理解する。


「私はここで失礼しよう。まだ、やることがあるのでな。」

「あっ、はい。態々話に付き合ってくれてありがとうございました。」


終が礼を言い、冥琳がその場を去る。周りに人はなく、その場にいるのは終と璃空の二人のみとなっていた。


「それで、何を言おうとしたんだ?」

「……今回の件であなたに礼を述べたいのです。」


璃空は、そう言うと終の前で膝をつく。余りにも自然に、そして例に則った動作に、彼は驚くことも出来なかった。


「あなたがあの時、俺を切っていれば、俺はこの手で蒲公英を……家族を救うことは出来なかった。旧主の仇を討つ機会を得ることも出来なかった。」


璃空が深々と頭を下げる。何時もならすぐに頭を上げてほしいと言うところだが、終は何も言わなかった。言えなかった。


「あなたの情けに、深く感謝致します。この恩は、俺の一生を掛けてでも必ず返すと誓いましょう。」


璃空は力強く、自らの誓いを口にする。そこに込められた思いに、死すら厭わない覚悟を見て取れた。これを中断させるのは、彼に対する侮辱に他ならない。そう思ったからこそ、終は何も言えなかった。


「……まぁ、無理をしない程度に頼むぜ。」

ようやく言葉に出せたのは、力強さの欠片もない軽い調子の言葉。しかし、そこに侮辱する意図は込められていない。何処か平然と命を捨てそうな、そんな危うさを感じたからこそ出た忠告だ。


「はい!」

そんな終の思いを知ってか知らずか、璃空は元気よく返事を返す。おそらく理解はしていないだろう。


(何はともあれ、これでこの乱も終わりか。思ったよりは速かったな。)

やや痛む頭を抑えながら、今後の展開を予測する。


天水が落ちれば、反乱軍は本拠である西方との連絡路を絶たれ、四方を囲まれることになる。しかも、馬岱が救出されたことを知れば韓遂や旧馬騰軍の面々が離反するのは目に見えている。そうなれば、そう時を置かずして乱は終結するだろう。



(その後は「終。」






現実とはあられるまことと書く。


真実とは、本人の望む望まざるに関わらず現れるものである。


気がつけば近くに璃空はいない。代わりに彼にとって大切な人物であると同時に、今一番会いたくなかった人物が、静かな威圧感を放って彼の眼前に立っていた。


「……なんです?」

「説明」

「……明日じゃ駄目か?」

「駄目」

即答、そして即答。一切の無駄を省いた率直な要求に、正直に話す以外の選択肢はない。


「……あのとき、俺は孫家の連中に猛烈に追われてたんだ。その中で一番しつこく俺に付きまとったのが周泰だった。」

「……」


恋からの威圧が強まる。さっさと本題に入れとの強い意志を感じる。


「……まぁ、色々と端折っていうとな。あんまりにしつこかったから、意識飛ばしてふん縛ったんだよ。」

「………」


それだけではないだろう、と視線が訴えてくる。


「……決して世間様には見せられない縛りかたしました。」

「………」


まだあるだろう、と距離を詰める。


「…………ついでにお土産で買った猫耳を着けて放置しました。」

「…………」


必要はあったか、と拳一つ分まで距離が詰まる。


「………………正直、意識飛ばして放置でだいじょぶでした。」

「………………」


言い逃れはあるか、と体が密着する。


「………………やっててめちゃたのしかたです。」




「終」

「………はい」

「天誅」



星空が綺麗だな


宙を舞う彼は、現実逃避気味にそう思うのだった。


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