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恋姫竜神記  作者: DGK
33/40

美陽の戦い

残り一時間

何気に長い一年でした。


翌日、義勇軍を含めた董卓軍は義勇軍を先頭に陣を出た。眼前に広がるのは、隠れる場所のない平野。そして、その先にいるのは、平野を埋め尽くさんばかりの騎馬の『壁』。見ただけで士気を挫かれる景色を前に、董卓軍は粛々と進軍を続ける。


「はは……改めて見ると、マジやべぇな。」

徐々に迫る壁に、終は乾いた笑いを漏らす。負けるつもりなど毛頭ないが、それでも一抹の不安は抱えていた。


「荊州で大功を立てたお方が、これしきで臆されましたか?」

そんな彼の心情を察して、隣にいる小紗良が挑発するように言う。それも自身が義勇軍を率いる立場になるきっかけともいえる、自身の過去の功績を引き合いに出してだ。


「あのなぁ、そん時は勝って当然の戦いにどさくさ紛れで混じって、偶々手柄を立てることが出来ただけだからな?今回みてぇに絶望的な状況じゃなかったんだよ。」

そんな小沙良の挑発に、終はやる気を出すどころか当時の状況を思い出して逆に気勢を削がれていた。


荊州南部での反乱。後に区星の乱と史書に僅かな記載のみが残されるこの反乱は、反乱発生から僅か一月程で鎮圧されている。その最も大きな要因は、初戦で終が介入したから、ではなく単純に孫家の兵が強かったからである。いくら数だけ同程度まで集めたとしても、歴戦の兵揃いの軍と農民から略奪するしか能がない賊の集まりでは勝負にならない。正直なところ、終がいなくても二月と掛からずに終結していたであろうことは、その場にいたものならば誰もが感じたものだった。


だからこその言葉であり、この反応だったのだが


「ならば、なお良いでしょう。この戦で、あなた様の真価が試されるということです。」

小紗良は、何処か嬉しそうに笑っていた。眼前の壁を前にして気が振れたと言う様子ではなく、彼の活躍を楽しみにしている様子だ。


「……随分と楽しそうだな。自分の目が節穴だった、なんてことになるとは考えないのか?」

「あり得ません。」


即答


圧倒的な速さで返された言葉に、終は目の前の敵が動き始めているにも関わらず、呆然としてしまった。


「仮にそうだとしても、最期まであなた様をお支えします。」


続けて放たれた言葉に、終は苦笑いを浮かべる。言い方こそ違えど、それは以前自分が言った言葉と同じ意味を持っていたからだ。


「……ハッ、そいつは何時かの意趣返しか?」

「お好きなように捉えてください。」


確認の意を込めて聞けば、確信を持たせる答えを返す。それに笑えば、小紗良も笑う。そうこうしている内に敵が動く。此方の準備は万端だ。


「来るぞ、準備はいいな?」


迫り来る壁を前に、終は落ち着き払った声ですぐ後ろに続く兵達に声を掛ける。彼等は皆、董卓軍の旗を高々と掲げている。


声を掛けられた兵達は今さら問うことでもないとでも言うように、彼の指示を今か今かと待っていた。


壁が迫る。軍は歩みを止めない。


砂塵で敵の後方が見えなくなる。軍は前に進み続ける。


大地の揺れが激しくなる。軍は静かに行進する。



「───退がれ!!!」

相手の顔がハッキリと見える距離に来ると同時に、終が声を張り上げる。同時に彼のすぐ後ろに着いてきていた兵が逃げるように後ろに退く。その行動に敵が怖じ気づいたのだと感じた壁は、さらに勢いを増して迫ってくる。









『俺が言うべきことじゃねぇとは思うけどさ。これ、後で困るんじゃねぇか?』


『そんなもの百も承知よ。どのみち勝てなければ後もないわ。』


『ハッ、そりゃそうだな。』


『あんたの方こそ大丈夫なの?一歩間違えれば死ぬのよ?』


『それこそ承知の上さ。それに────大丈夫じゃねぇのを大丈夫にするのが、戦の醍醐味だろ?』







騎兵の強さとは何か。


真っ先に思い浮かぶのは速さであろう。馬の駆ける速度と人の駆ける速度では、比べるまでもなく馬が速い。そして、その速さから来る破壊力は、一塊の軍をまるで田を耕すように蹂躙することもある。


速さとは強さ。それは何時の時代でも同じだ。西楚の覇王を打ち破り、漢を創設した高祖もこの速さの前に敗れ去った。雲霞のごとき敵兵を僅か数千で撃滅し、漢を復興させた光武帝もまた、この速さとの直接対決を徹底的に避けた。全盛期を過ぎた五胡の民族が、未だに漢の驚異となっていることからも、その強さは押して測れる。西涼の騎馬隊が最強と呼ばれるのも、その五胡の流れを汲む速さから来る破壊力が原因である。そもそも、勢いに乗った速くて重い物の集合体を真正面から受けて平気である人間などいない。人の形を保てれば御の字だ。



さて、ここまで騎兵の脅威を説明したところで、一つ疑問を投げ掛けてみよう。





騎兵は、足を止めても強いのか?





「押せ!!!」


後ろに退く兵と入れ替わる形で前に出たのは『壁』だった。


兵糧などの物資を輸送する際に使用される荷車。山ほどの雑多な資材で一杯になった其が、涼州騎兵の眼前に現れる。




策の第一段階。騎兵の足を止める。


一列から三列までの全ての兵に旗を持たせ、背後にある荷車を見えなくする。さらに敵が密集しやすくなるように、中央が突出するような陣形を組んでいた。敵は、賈駆の読み通り、最も速く当たることができる、義勇軍の配備された最前列に殺到していた。その時点で、策に嵌まっているとも気づかずに





如何に騎兵が破壊力に優れると言っても、正面から壁に激突してはただでは済まない。先頭に立っていた騎兵から順に、荷車に衝突していった。足である馬が、激突と言うかたちで無理矢理停止させられたため、跨がっていた兵士は慣性の法則に従って、次々と宙に身を投げ出していく。


先頭に追従していたものたちも続けて激突。さらに後ろのものも追従していたものと激突。そしてその更に後ろのものも────と、速度が売りの騎兵隊は、もはや止まらざるを得ない事態になっていた。


中には、針の孔ほどの隙間をすり抜けて、荷車の間に入り込む騎兵もいたが、出た瞬間に荷車の陰に隠れた義勇兵に横合いから突かれ、悉く自らの屍を障害物にすることとなった。


(まずはよし)

自分の近くを通り過ぎようとした騎兵を切り捨てながら、終は第一段が無事成功したことに安堵した。


これの難しいところは、最前列に位置する旗持ち達と後ろに隠れている荷車隊との入れ替え時期である。相手から離れすぎていては、異変を悟られて即対応され、近すぎれば最前列の旗持ちは皆殺しにされる。


(とりあえず、無駄死にはさせなかったぜ。)


この入れ替えをする部隊が義勇軍である理由は、身も蓋もないことを言えば囮である。旗持ちが蹂躙されても、その後ろの荷車には結局当たるので、別に入れ替えは失敗しても問題はない。 それでも、被害を抑えるのに越したことはないので、こうして態々入れ替えさせたのだ。


「やれ!張遼!!華雄!!」


終が声を張り上げる。その声に呼応して、義勇軍の背後から二隊の騎兵隊が現れ、左右から挟み込むように団子となった西涼騎兵に突撃した。



第二段。騎兵の動きを制限する。


騎兵の足が止まったところで、後方に配置されていた騎兵が敵軍を左右から挟み撃ちにし、左右の逃げ道を塞ぐ。数で勝っているはずなのに、何故か半包囲されている状況に、敵の中で混乱が起こる。


「よっしゃあ!!!いくでぇ!!!」

「纏めて蹴散らしてくれる!!」


足を止められたところに、張遼、華雄の両名が率いる騎兵による突撃。それによって正面の騎兵は、完全に行動を制限された。


それが終わったら、後は仕上げだ。


「今よ!射て!」


完全に動きを止められ、密集させられたところに、賈駆の号令で弩や弓による攻撃が加えられる。終の眼前には、何も出来ずに蹂躙される、西涼騎兵の姿が映る。この分ならば、正面の騎兵は遠からず壊滅する。義勇軍の仕事は、そこから漏れて壁の中に侵入する少数の兵を囲んで潰す作業になっていた。


(さて、次は───)

「敵が回り込んでくるぞ!」


何処からかそんな声が聞こえた。終が周囲を見渡せば、張遼と華雄の部隊のさらに外側から攻撃を加えようとする敵の姿が映った。


(まっ、すぐ地獄を見るだろうな。)

元々、数では此方が不利なので、こうなることは予見できていた。だからこそ、終は相手に同情する余裕すら見せていたのだった。


左の集団から、人が舞い飛ぶ。側面を突こうとした彼等の側面に、恋の率いる部隊が突撃した結果起きたものだ。


(すげぇな、恋は)


恋が戟を振るう度に人が木の葉のように舞い飛び、左の集団の人数が異常な速度で減っていく。そんな彼女の武勇に触発されてか、率いられている兵たちも気炎を上げて踊り掛かる。


義勇兵の中で最も装備が整っていた集団は、その見た目に恥じない奮戦ぶりを披露し、恋も常識はずれの武勇を見せつけたことで、接敵してものの数分で左の集団は撤退を開始した。


(あっちも大概か)


もはや、見るまでもないと終が右に目を向けると、此方も恋と同じほどの速度で敵が減っていた。右の騎兵の急先鋒を担っているのは、恐らく董卓軍所属の将校であろう年若い少年だ。


彼は、恋ほどの激しい戦い方はしていなかったが、粛々としかし苛烈に敵を生い立てていた。敵陣を裂くその姿は、例えるなら戦場に走る一筋の雷光のようである。


「さぁて!!俺たちも行くか!!!」

正面にもう敵はいない。張遼と華雄は既に追撃を開始している。終は、義勇軍と共に彼女等に続こうとする。





その瞬間、後方から銅鑼が鳴り響いた。




「ーーーはっ?」


間抜けな声が聞こえる。それが自身の声だと認識できないほど、終は混乱していた。


敵は体勢を整えるために撤退を開始。此方は勢いそのままに追撃を仕掛けようとしている。此方が優勢なのは、誰の目にも明らかだ。


そんな中での撤退の銅鑼。何事かあったのかと董卓軍の陣営に目を向けても、旗が乱れている様子も火の手が上がっている様子もない。益々銅鑼を鳴らす意味がわからなかった。しかし、合図は合図。仕方なく終は兵を纏めて陣に戻るのだった。



「ごめん、何言ってるかわからなかった。もう一度言ってくれないか?」


優勢な中での撤退指示。その理由を聞いた終は、皆の気持ちを代弁して、内容を聞き返した。それほど、意味不明な内容だったのだ。


「後は本隊が始末をつける。董卓軍は陣を堅守せよ────本陣からそう命令がありました。」


絶望という言葉がピッタリと当てはまるほどの暗い表情で、董卓が再度理由を口にする。賈駆は悔しさに唇を噛み締め、張遼は盛大に舌打ちをし、華雄は苛立たし気に武器を地面に振り下ろす。


「本隊っていうのは、今更のろのろと動いている阿呆どものことだよな?」

終は能面のように完全に感情を消した表情で、続々と進撃を開始している大軍に目を向ける。董卓軍を除いた九万近くの兵が進軍する様は壮観であったが、それが彼の目には張りぼてに見えて仕方なかった。


「……そうよ。」

肯定しながらも、賈駆の目は本隊には向いていない。本隊の向かう先。隊列を整えた騎馬の壁を、その目に映していた。それも、先ほど数に劣る董卓軍にいいようにされたためか、異常なまでに戦意が高揚している様子のだ。


「どう考えたって蹂躙される未来しか見えんぞ。相手はとっくに体制を整えてる。」

「しかも、足並みがまるで揃ってへん。あんなんどうぞ好きにしてください言うてるもんやで」

「あんなものすぐに総崩れになるに決まっている!!再出撃するべきだ!!」

「…華雄が真面目なことを言うなんて、よっぽどひどいんだな。」

「どういう意味だ!?」

終の余計な一言に華雄が噛みつき、彼はそれを飄々とした態度で軽くあしらう。しかし、そんなことをしても終の気は紛れなかった。


本隊は負ける。それがこの場にいるもの全ての共通認識だった。相手は体勢を整えた。それに距離も十分に取っている。おまけに士気は旺盛と来ている。しかも、本隊の行軍は異常に遅く。見たところ士気も高くない。数は圧倒的だが、各部隊がバラバラに動いてまるで有利を活かしていない。そんな状態でぶつかろうとするなど、明らかな自殺行為だ。


「……それで、我が軍はどうするつもりですか?」

「……総大将の命令である以上、どうにも出来ないわ。」


壁が動く。


大地が揺れ、大気が震え、戦況の変化を空間に知らしめる。


砂塵を巻き上げるそれは、一瞬にして本隊との距離を詰めると、稲穂を刈り取るように次々と味方の兵を喰らっていった。砂塵にぶつかったものは、血煙と共にその姿を消す。まだ砂塵とぶつかっていないものは、その様を目前で見せつけられ、恐怖に駆られて逃走を始める。


これは、戦いではない。一方的な蹂躙だ。


「あれを見ても、そんなことが言えるのかよ。」

「……」

陣にいても聞こえる、阿鼻叫喚の声。それを見ても尚静観の構えを取ろうとする賈駆に、終は苛立ちを隠そうともせずに語気を強める。


「このままじゃ、本隊の敗走は必至。敗走した味方の巻き添えくらって、こっちも危なくなるのは目に見えてる。」

「……」

「この戦場で勢いに乗った騎兵から逃げることは不可能だ。今からでも行動を起こさなきゃ、無駄死にするだけだぞ。」

「……」

「それとも何か?てめぇの全部を賭けなきゃならんほど、総大将の命令は大事なのか?てめぇの命は、てめぇの大切な人間は、その程度のものなのか?」

「―――――あんたは何も知らないから!!そんなことが言えるのよ!!」


賈駆が叫ぶ。その叫びを聞いた終は、彼女の声以外の全ての音が消えたように感じた。


「今、この国で権勢を握っているのは宦官!総大将の張温は、その宦官と強く結びついているのよ!そんな奴の命令に逆らえると思ってるの!?」


宦官


今の漢における、実質的な絶対権力者。彼等の気分一つ、考え一つで、その者の今後が大きく変わる。この国の腐敗の元凶であり、絶対に逆らってはいけない相手。


宦官を背後に着けている人物に逆らうということは、宦官に反旗を翻すという風に受け取られかねない。それは、自ら破滅の道を歩むのと同じだ。


「わかってるのよ!!このままじゃ負けるって!!でも、こんなの、どうしようもないじゃない!!」


このままでは終わる。何かをしても終わる。


それが分かっているからこその叫びだった。どうしようもないこの状況に、何もできない自分に対する、怒りの叫びだった。


「……安心した。」

「……?何によ。」


ふっと笑みを浮かべる終。賈駆は彼の言葉の意味が分からず、その真意を問いただす。その問いに、終は益々笑みを深めた。



「恋の友達が阿呆じゃなかったことにだよ。」


終が賈駆に背を向ける。彼が歩く先には麒麟がいた。


「何処へ行くつもり?」

「あの中だ。」

麒麟に跨りどこかへ行こうとする終に、賈駆が待ったをかける。それを気にした素振りすら見せずに、終は阿鼻叫喚の地獄と化している戦場へ駆けようとする。


「ちょっと!命令を無視するつもりなの!?」

それを賈駆が身を呈して止める。義勇軍は董卓軍の管理下にある。それが命令違反をすれば、当然責任は董卓軍に回ってくる。それを無視するわけにはいかない。


「こちとら元々義勇兵なんだ。寄せ集めの雑兵に、お偉いさんの小難しい命令なんざわかるわけないだろ?」

流石に彼女を撥ね飛ばしてまで進むわけにはいかず、終はその場で止まると賈駆に自らの考えを伝える。


実際のところ、義勇軍に正規軍と同じような行動を取れと命じても無理がある。所詮、訓練も受けていないような者達の寄せ集めだ。綿密な作戦を伝えて、それを理解して行動できるわけがない。最も、ただ陣で待機しろと言う指示を理解できないものは普通はいないが


「何も知らない農民どもが、勝手に突っ込んでいった。あんたらはそれに巻き込まれた。それなら、戦えるだろ?」


この場に集まった義勇軍は、()()()()()()()()()()()()()()()者たちで構成されている。だから、命令を無視して勝手に動いた。そんな無茶苦茶な理由で、終はこれから行おうとすることを正当化しようした。


「そんなの詭弁よ!」

「詭弁、戯れ言、大いに結構。だが、このままじゃ敗北は必至。なら、万に一つに賭けて、腹くくって突っ込んだ方がまだマシだ。」


賈駆を避けて前に進む。その顔には、何処までも楽しそうな笑顔が浮かんでいた。


「それに、最悪の場合は、逃がすだけの時間も稼げるからな。」


賈駆の傍を通りすぎる瞬間、彼はそんな言葉を残していく。それの意図する意味を察した賈駆は、驚いて止めようとするももう遅い。


「仁竜隊!!死ぬ覚悟があるやつぁ着いてこい!!!」


烈火のごとき号令と共に、終が砂塵へ向けて駆ける。その後ろに小紗良が続き、さらにその後ろに義勇軍の兵士が続く。彼等の動きに迷いはない。最も錬度が低く、最も弱いはずの寄せ集めの軍が、ただ一人のために死を恐れぬ精兵と化していた。


「行ってしもうたなぁ。」

砂塵の中に消える義勇軍を見て、張遼が呑気に声を上げる。まるで危機感のないそれは、戦場にいることを忘れているのではないかと思えるほどだ。


「何を呑気に言ってる!?私たちも続くぞ!」


一方の華雄は、既に騎乗して終の後を追う気満々だ。ちなみに、恋は既に彼の後を追いかけていた。彼女の指揮下にある義勇兵達も、それについて行ってしまっている。


「ちょっと華雄!?あなたちゃんと話を聞いてたの!?」

「どの道敵と当たるなら、速い方がいいと言う話だろう!!」

「そんなこと一言も「行くぞおおおお!!!」ちょっと!!?」


全く聞く耳持たずに華雄が突っ込む。元々、待機命令に大して不満しかなかったのだ。そんな彼女の目の前で、命令を無視して突撃なんてことをすれば、それに便乗するのは当然の帰結だ。


突っ込んで行った華雄の後ろには、諦めた様子の麾下の騎兵が続々と着いていく。一糸乱れぬ動きで着いていく様から、華雄に多大な信頼を置いているのは一目瞭然だ。自分達の長の決断に従う。理想的な精兵の姿が、そこにはあった。


「ハハ!!こりゃあかん!!もう止めようがないわ!!」


その光景がツボに入ったのか張遼が大声で笑い出す。そんな彼女も、既に馬に乗っているので、他人のことを笑える立場ではない。それが分かっているからこそ、なお笑えるのだ。戦場を知らない、無能な役人の命令ではない。何も考えず、己の意思で戦える。彼女にとって、これほど楽しいことはない。


「霞!!あなたまで!!」

「賈駆っち、覚悟決めぇや。これはもう、流れに乗るしかないで。」


一度動いてしまったものは止められない。堰を切られた川の流れを、止める手立てはない。ならば、無理にあがいても仕方ない。流れに乗って、突っ込むだけ。


「張遼隊出るで!!他のやつらに遅れんなや!!」


張遼が駆け、その後ろに騎兵が続く。董卓軍の精兵である騎兵部隊が纏めて出撃してしまった結果、陣内には賈駆麾下の歩兵と、董卓の護衛の兵のみが残ることとなった。


「なんなのよもう……」

賈駆は痛む頭を抑える。義勇軍だけならまだしも、それに釣られる形で董卓軍の将が、麾下の騎兵全員を引き連れて突撃してしまったのだ。それに総大将の命令を無視してという枕詞も付く。冗談ではなく、この場にいた全員の首が飛びかねない。だが、起こってしまったことは、もう止めようがない。


「詠ちゃん。」

今後のことに頭を痛めている賈駆に、董卓が声をかける。彼女も、今の事態がどれだけ不味いのか理解している。それでも、その顔には、優しげな笑みが浮かんでいた。


「私は大丈夫。だから、詠ちゃんのやりたいようにやって」


董卓の朝廷における立ち位置は微妙だ。特別宦官と繋がっているわけでもなく、かといって敵対している訳でもない。だからこそ、宦官と繋がりの深い張温に逆らうような真似は出来る限り避けるべきである。


しかし、これは董卓の立ち位置が微妙だからこそ言えること。もし、董卓が宦官側に付くことを明白にすれば、張温の不興を買うことになっても内輪揉めで済ますことができる。これは最後の手段にはなるが、そういう手段を取れる立ち位置であるからこそ、彼女は賈駆よりも落ち着いていた。


何よりも彼女は信じているのだ。自分の親友であり、最も頼れる軍師である彼女ならば、きっと最良の答えを出してくれると


「月……」


賈駆が名前を呼べば、董卓は微笑みながら頷く。


主であり、親友である人物から寄せられた絶対の信頼。


賈駆は、それを受けて答えない人間ではなかった。


「……あいつら、後で山ほど文句を言ってやるんだから。」

「無事に戻ってきてね。」


董卓の静かな声援を受け、先に行ってしまった者たちへの不満を隠そうともせず、賈駆は怒りの形相で馬に乗る。兵たちは、彼女の指示を今か今かと待っていた。


「命令違反した味方の収用にあたる!!全軍突撃!!」


賈駆の号令を下す。次いで兵達が雄叫びを上げる。次の瞬間には、残った董卓軍の兵全てが、砂塵へ向けて駆けていた。





前線は地獄だった。西涼騎兵の逆襲を受け士気は崩壊。交戦している隊は本当に僅かで、あとは逃げ惑っているだけだ。その交戦している部隊も、接敵した傍から全滅するので足止めにすらなっていない。むしろ、官軍なにするものぞと余計に相手の士気を上げさせる結果になったいる。


もう官軍の大半は陣に向かって逃亡を始めている。そんな流れに、終は真っ向から逆らった。


「死にたくなけりゃ道空けろ!!!」

終が大声で叫ぶ。死にたくない一心で逃げている者たちは、それを聞いて一斉に道を開ける。空いた道に、終が突っ込む。その後ろから、さらに義勇軍の兵士が続く。


「密集陣形だ!!隣の味方と逸れたら死ぬと思え!!」

「「「応!!!」」」

彼の指示に背後の義勇兵たちが声を上げる。正規の軍ではないため、動きはぎこちないものの、彼の言うとおりに一塊となる。その間にも足は止めておらず、敵との距離は縮まっている。


彼等の前方には、蹂躙される味方と、蹂躙する敵の姿が映っていた。血と砂の混じった煙を巻き上げながら迫り来るそれは、まさしく全てを飲み込む嵐のようだ。


(はっ、壮観だな!!)


終は笑う。何処までも楽しそうに、何処までも愉しそうに、底が見えない顔で笑う。


敵は目の前、味方は背後


やるべきことは決まってる


「仁神王!!!押して参る!!!」

終が嵐にぶつかる。ぶつかると同時に、先頭を走っていた一団から血飛沫が舞い上がる。数瞬して、終を中心にして義勇兵を避けるように騎馬の群れが別れる。


(やっぱ、勢いに乗った騎兵は強えな!!)

初撃を凌いだことで、背後の義勇兵の被害は現時点でほぼ皆無だった。だが、終の前には、厚い壁が、速度を付けて、ひっきりなしに迫ってきている。流石にここまで数の差があると、一人では足止めできない。


「馬をやれ!!馬の動きさえ止めればただの的だ!!」

終は前方からの圧力を可能な限り受け止めながら、背後から続く義勇軍に指示を出す。騎兵の強みは足の速さ。それをなくせば、大きい的になる。しかし、勢いに乗った騎兵はそこまで持ち込むのが難しい。


義勇軍は、精一杯彼の指示通りに動こうとする。だが相手は、ただでさえ速い騎兵、それも西涼の精兵だ。槍を前に出して近づけさせないだけでも難しいのに、それを馬に当てようとするなどただの義勇兵には無理難題だ。


そこで小紗良が活躍した。彼女は弓を使って味方に近い騎兵の足を止め、その周囲にいる騎兵の動きを阻害する。動きを阻害された騎兵に、義勇軍の兵が躍りかかり、確実に相手を仕留める。敵の屍はそのまま即席の防塁になり、それを利用して敵の動きをさらに阻害する。そうすることで、確実に相手に損害を与えることはできていた。


(流石に、寄せ集めじゃこれぐらいが限界か。)

しかし、それは戦局を左右するほどものではない。敵に被害を与えることは出来ているが、前線を盛り返すことは出来ていなかった。どうにか、義勇軍の周りで動きを止めることは出来ているが、その義勇軍の周りに味方はなく、完全に囲まれた形になっている。


(チッ!ここは俺が囮に───)


いつ相手が一斉に掛かってくるかわからない。ならば、単騎で敵の中枢へ攻撃を敢行し、敵の注意を惹き付け、味方の被害を減らす。終がそう考え、実行に移そうとしたとき


囲いの一角から、人が空を飛んだ


「……おいおいマジか」


悲鳴とともに、人が宙を舞う。徐々に近づいてきているという点を除けば、つい最近見た光景である。


最初に宙に舞った人間が地面に激突した時、その光景を作っていた人物が終の前に現れる。


「恋!!」

「終、無事?」


深紅の髪を揺らしながら、恋が終に声をかける。


恋の背後からは続々と騎兵が続き、彼女が開いた穴を押し広げる。それによって敵の囲いは崩れ、包囲全滅の危機は去った。


「ああ!かなり良いところに来てくれた!ありがとよ!」

「……よかった。」


終が笑い、恋が微笑む。まるで恋人同士のやりとりだがここは戦場。いつまでも笑いあっている訳にはいかない。


「どうしたどうした!!西涼の騎馬隊はこの程度か!!?」

「ちゃんとうちのぶんも残してや!!華雄!!」


恋の到着から少し遅れて、華雄と張遼の騎兵隊が敵に襲いかかる。義勇軍に足止めを食らい、勢いを削がれた西涼軍は、勢いのついた董卓軍の騎兵の強襲を受け、完全に動きを止められる。これにより、西涼騎兵による一方的な蹂躙は止まることとなった。


(少し、勝ちの目が上がったな。)

「仁竜殿!!呂布殿!!」


終が戦局が徐々に好転していくのを感じていると、自分達を呼ぶ声がした。声の方に目を向ければ、董の旗を掲げた正規軍がこちらに向かっているのが見えた。これで、董卓軍はほぼ全軍が戦場に出たことになる。


「賈駆様より伝令です!!呂布殿は高順殿と共に本隊の援護を!!仁竜殿はそのまま前進!!敵を押し込めろとのことです!!」


伝令より伝えられた命令は、実に簡素なものだ。だが、終にはその言葉を伝えるように言った本人の、鬼のような形相がありありと目に浮かんでいた。


「ハハッ!!無茶苦茶言いやがるなぁ!!」


恋に与えられた指示は、現状を鑑みれば間違いないものだ。現在、散り散りになっていた本隊は、終達義勇軍が敵の足を鈍らせたおかげで、士気が崩壊していた状態から立ち直っていた。しかし、それでも完全ではなく各所で苦戦している状況だ。張遼と華雄は、敵の勢いを止めるのに必死で動かせない。だから、少数でかつ効果的に味方の援護が見込める恋に白羽の矢が立つのは当然だ。


逆に終に与えられた指示は中々に厳しいものだ。ほとんど実践経験のない義勇軍、それもさっきから戦い詰めで疲労もそれなりにある状態の軍に、先の見えない壁の中に突っ込めと言うのだ。自殺しろと言っているようなものである。


「良いぜ!!乗ってやるよ!!」


しかし、終は笑って伝令の言葉に返す。その言葉を聞いた義勇軍の兵士たちも、その顔には笑みが浮かんでいる。狂ったそれではない。確かな希望を持った目で、終を見つめていた。


「てめぇら!!覚えているよな!?仁竜隊の鉄の法則!!」


味方の騎馬隊の隙間を縫って、敵の騎兵が義勇軍に向かう。終は、それを真っ向から叩き切る。


「生き残りたけりゃ!!」

「「「「隊長に続けえええ!!!!」」」」


終を先頭に、義勇軍が突撃する。凄まじさすら感じる士気の高さは、義勇軍としての弱さを完全に打ち消していた。西涼の精兵を前に、勇猛果敢に立ち向かっていく。


「すぐに戻る。」


敵陣に自らの姿を埋もれさせる直前。終は一瞬だけ恋の方に振り返り、一言だけ置いてその姿を消した。騒々しい戦場では、本来届くはずのない声。


「…すぐに行く。」


恋は自身の声が届かないことを知りながらも、彼の言葉に短く返した。




(流石は軍師殿。よく見えていらっしゃる。)


敵陣に深く切り込みながら、終は周りに視線を向ける。先程突入したときと同じく、周囲に味方はいない。だが、先程と違って敵の目は義勇軍のみに向けられていない。


賈駆が指揮する正規軍が、義勇軍に気を取られた部隊を狙って攻勢を仕掛ける。意識の外から、訓練の行き届いた精兵に攻撃されれば、どれだけ強力な兵士でも無力だ。破竹の勢いの義勇軍を放置できない、だが義勇軍に目を向ければ正規軍が襲いかかる。そんな状況に陥って、敵騎兵の足は迷いの中で止まってしまっていた。


(これなら行ける!)


終は前進を続ける。狙いは最奥、敵本陣。


徐々に見え始める、敵の総大将と思わしき立派な身なりの騎兵を見て、終はもっと速くと麒麟を急かした。


「させるかああああ!!!」


あと少し


終わりの見えない壁に、終わりが見え始めた時、一つの咆哮が戦場に響く。白馬に股がり、背中に棺桶を担ぐと言う、非常に目立つ格好をした少年は、両手に戟を握りしめ終目掛けて真っ直ぐに突進してきた。


「うお、っと」


迫り来る戟を仰け反って回避し、お返しに横凪ぎの一閃を放つ。それを相手の将は、体を限界まで反らして避け、今度は終の後ろにいた小紗良に切りかかる。小紗良は、それを転がることで辛うじて避けると、直ぐ様矢を放った。それを相手は、振り替えることもせずに戟で軽く払う。


近距離で放たれた矢を、事も無げに払われたことに、小紗良は驚きの表情を浮かべていた。白馬の将は、そのまま小紗良を無視し、義勇軍の兵士に向かっていく。


「そう簡単にはいかないか。」


ただ一瞬の会合で、終は相手が尋常ではないことを悟った。このままでは彼一人のために義勇軍の進撃が止められかねないほどに、彼の実力は高い。終は反転すると、義勇軍に被害が及ぶ前に、その武人に切りかかった。後ろから終が迫ってきたことを察した少年は、同じく反転すると終の刃を受ける。


一際大きい金属音が鳴り響き、周囲の空気が震えた。


「棺桶担いでたぁ随分と余裕だな!名乗りな!!」

「西涼の龐令明!!ここから先には行かせない!!」


名乗ると同時に終の剣を押し返し、麒麟目掛けて戟を振り下ろす。それを剣で受け、麒麟を守ると今度は自身を狙った一撃が横から迫る。それを母からもらい受けた刀を抜くことで防ぎ、今度は自分から令明の戟を押し返した。それに令明は逆らうことをせずに一旦距離を取る。


(こいつは長引くな。)

「小沙良!!指揮引き継いでそのまま前進しろ!!こいつぶっ飛ばしたらすぐ合流する!!」

「承知しました!!」

止まりかけた義勇軍の足を再び駆けさせるために、終は大声で小紗良に指示を出す。小紗良はそれを受けると、自身の後ろにいる義勇軍を鼓舞し、さらに前へと進んでいった。


令明はそれを追いかけない。終が令明を尋常ではないと評したように、彼もまた終を尋常ではないと感じていた。ここで止めなければ、味方の被害が広がる。ならば、今この場で討ち取る。


両者の考えは、一致していた。


「行くぜ」


先に仕掛けたのは終だ。麒麟の速力と、自身の腕力にものを言わせた強烈な一撃を令明にぶつける。その速度に、避けるのは間に合わないと判断した彼は、戟でそれを受けた。


剣は先程以上の金属音を鳴り響かせた。まるで巨岩が叩きつけられたかのような衝撃に、令明の手が痺れる。さっきまでとは別次元とも言える一撃に、令明は驚きを隠せないでいた。


「まだまだいくぜえ!!!」


終の剣速が上がる。一撃一撃の重みも増していく。令明は反撃をすることすら出来ない。防戦一方だ。


終の周りには敵しかいない。それは彼にとって、他の何かを気にせずに、目の前のことのみに集中できる状態だった。部隊の指揮や、味方の状況等を一切気にしなくていい今の彼こそ、彼本来の武人としての姿なのだ。


「くっ!」

「ハッハァ!!中々やるじゃねぇか!!」


もはや、完全に防ぎきることは出来ていない。体の所々に裂傷が刻まれ、討ち取られるのも時間の問題のように見られる。


「うおおおおお!!!」


令明が叫び、一瞬の隙をついて戟を振るう。それは、終が剣を振るうのと合わせたものだ。このままでは負けると理解した令明が、自身の身を切られる覚悟で仕掛けた決死の一撃だった。


(根性あるねぇ)

並外れた精神力がなければ、このような手は取れない。軽い調子ながらも、終は心の中で彼に称賛を送った。


令明の一撃は見事だった。同格が相手であれば、確実に道連れに出来ていた。


(あと少しが、遅い)

だが、その一撃は、終が剣の軌道を変え、弾くことによって防がれる。終にとって、令明の一撃は、それができる程度のものだった。


「あっ」


弾かれたことによって出来た大きな隙。間の抜けた声が、令明の口から漏れる。


「終いだ。」


終は、動けない彼に刃を返す。


不可避の一撃。


明確に首を狙ったそれは


璃空りく!!」


令明の背後から突き出された槍に阻止された。


「おお?」

当たると思った攻撃を防がれた終は、驚きと感嘆に声を上げる。下手をすれば味方ごと突きかねないそれを、躊躇なくやって見せた技量と胆力に対するものだ。


「ッラア!!」

「うおっと」


令明が反撃に戟を振るう。それを終は危なげなく回避し、一旦距離を取った。いつの間にか令明の隣には、一人の少女が並んでいた。


「大丈夫か!?」

「ああ、助かった!」


令明の無事を確認すると、少女は終を睨み付ける。一方の終は、余裕の表情で二人を眺めていた。


「こりゃまた、強そうなのが来たな。」

「西涼の馬孟起!!これ以上の好き勝手はさせない!!」


素直な感想からきた言葉を、挑発と受け取った少女、孟起は怒りの感情をむき出しにして槍を突きだす。それを終は左手の刀で弾こうとする。その動きを読んでいた孟起は、刀が槍を弾く寸前に引き戻す。


(速いな)

「セイヤアアア!!」


気合いの叫びと共に、すぐさま突きが胴に放たれる。神速と呼ぶに相応しい一撃が、彼の腹を抉ろうとしていた。


ふと、彼の脳裏に故郷の星の姿が過った。あれから数年。きっと最後に仕合ったときよりも強くなっているだろう大切な妹分。戦場にありながら、それを思い出してしまったのは、相対する人物が槍を使っているからだ。


(だが――――)


穂先が胴に触れた瞬間、終が右手を振るう。槍は彼の顔面すれすれを通り、そのまま上に大きく弾かれた。


(今の星よりかは、きっと遅い)


さらりと兄馬鹿なことを考えながら返す刀で腕を狙う。いかに優れた武人と謂えども、片腕を失ってはその実力を大きく損なう。


「翠!!」


そうはさせないと、今度は令明が割って入る。戟を腕と剣の間に突きだし、終の一撃を受け止めた。流石に二度目となると感心よりも苛立ちが湧くのか、終は軽く舌打ちするとすぐに距離を取る。


「ありがとう、璃空。」

「お互い様だ。」


互いに顔を見合せ笑い合う。誰の目から見ても、互いに互いを信頼していることが用意に察せる光景。これから始まる戦いに、終は好戦的な笑みを浮かべた。


「その腕前、ただの雑兵じゃないな!あんたの名前を聞かせてくれ!」

切られかけて冷静になった孟起は、終の実力を認めて名乗りを上げるように言う。自分達は名乗りを上げたのに、何時までも名乗りを上げない彼に痺れを切らしたようにも見える。


(そういや、まだ名乗ってなかったな。)


終は少しだけどう名乗るか悩む。と言うのも、こうして戦場で堂々と名乗りを上げる機会はなかったのだ。大概圧倒的優位で戦いが終わるため、名乗るほどのこともないことが多かった。


なので、これが彼の戦場における初名乗りというわけだ。


「俺は────」


名乗りとは、自分が何者かを誇示する行為。己の生まれ、己の名。自分という存在を、世に知らしめる行為だ。ならば、ここにいる『自分』は、いったい何者なのか?戦場に立つこの身は、一体何なのか?


「俺は『常山』の『仁竜神王』だ!!」


その答えは、自然と口から出ていた。


常山の人、仁玲の息子であり、趙雲の兄貴分であり、呂布の親友である男。


それが、この戦場における自身の姿だ。


「纏めて来な!その方が楽しそうだ!」

楽しげな笑みを浮かべ、二人を手招きする。その誘いに乗るように、二人の武人が終に向かって駆け出した。


「うらああああ!!!」

「はあああああ!!!」


戟が旋風を巻き上げ、槍が風を切る。力任せの重い戟の連撃と、確実に刈り取りに来る速い槍の連携。常人であれば、一瞬で肉塊と化す文字通りの嵐の中。それを受ける終は、自身の命がいつ尽きるとも知れない状況で笑っていた。


余裕があるわけではない。余裕であれば、初手で二人を同時に片付けている。むしろ、終にとって厳しい状況である。それでも笑っていられるのは、それで『闘い』が成立しているからだ。


「いいぜ!!いいぜ!!!!もっと来いよおおおおお!!!!」


剣で戟を払い、刀で槍を反らす。反撃の余地すらない連携攻撃を受けながら、隙さえあればすぐに切りかかる。誰の目から見ても攻めに転じるのは不可能な攻勢を受けながら、終は針の穴に糸を通すような正確さで確実に反撃していた。


余裕はない。むしろ厳しい。だが、対処できない程ではない。対処が出来るのであれば勝機もある。その勝機を引き込むために、終は守りを減らし攻め手を増やしていった。


「クッ!」

「チィ!」


終の一撃は重く、二人の攻めの手は何度も止まりかける。だが、止まらない。止まれない。止まれば彼は自由になる。そうなれば討たれるのは自分達。


ならば攻める。攻め続ける。


相手が止まるまで、進み続ける。


それが西涼の民の戦いだ


「ガアアア!!」

「ハッ!」

令明が両手の戟を同時に振り下ろす。一撃に全てをかけたそれを終は剣で受け止めた。それをそのまま押し返そうと力を込める。だが、戟はびくともせずに完全に拮抗することとなった。


「ハア!!!」

その隙を逃さないと孟起が槍を突く。今の終は、体が完全に令明の方を向いており馬超を見ることが出来ていない。左手の刀は自由が効くが、ただの勘で防げるほど孟起の槍さばきが甘くないことはこの短い攻防で理解していた。


(やるじゃねぇか)


刃を交わして分かる、この二人が積み重ねた修練の日々。そして、長い歳月を共にして得た、互いを信頼しあう絆の強さ。眩しさすら覚えるそれを感じ取り、終は静かな笑みを浮かべる。


(だが――――

「――――これは想像できなかったろ?」


終が左手の刀を孟起に投げる。見えていないにも関わらず、それは正確に孟起の額を狙っていた。


それを彼女は軽く首を傾けて避ける。一瞬だけ意識がすぐ横を通りすぎる刀に向かったが、槍の勢いは止まっていない。このまま行けば、終の胴体に穴が空く。


(これで!)

勝ちを確信した孟起は、意識を再び終に向けた。


それと同時に、凄まじい衝撃と共に馬から振り落とされていた。


(なにが、おきた?)

受け身も取れずに落馬したことで、全身に痛みが走りまともに体が動かせない中。孟起は、自身の身に何が起きたかを考えた。刀を避け、だが突きは止まらずに終に向かっていた。本来なら、終を貫いた状態であるはずだ。


なのに、なぜ?どれだけ考えても、孟起には理解できなかった。


「く、うぅ」

自分の上から聞こえる苦悶の声。それで孟起は、自分の上に乗っているのが人だと気づく。誰だとその人物を見ようと体を起こせば、それは簡単に彼女の上から転がり落ちた。


「璃空?」

自分の上に乗っていた人間。それは、先程まで終を押さえつけていた令明だった。


(なんで璃空が?)

「惜しかったな。この勝負、俺の勝ちだ。」

尚更混乱する孟起に向けて、終は自らの勝利を宣言する。既に麒麟から降りており、その手には剣が握られ、足元には令明が持っていた戟が二本落ちていた。


終はあのとき、孟起に刀を投げると同時に、空いた手で令明の戟の柄を掴んでいた。そして、そのまま力任せに令明ごと孟起に向けて戟を振るったのだ。一瞬で持ち上げられた挙げ句に振り回されるなど、誰も予想できるはずがない。令明は、踏ん張ることも許されずに馬から引き離され、孟起と激突することになったというのが事の顛末だった。


そんな滅茶苦茶な方法で倒されたとは知らない二人は、ただただ混乱していた。もう二人は驚異ではない。そう判断した終は、状況を知るために周囲を見渡す。


(恋のやつ、うまくいったみたいだな。小紗良も、いい感じに押し込んでいる。)


義勇軍は小紗良を先頭に敵の本陣に到達しており、敵の総大将は討たれたか逃げ出したのかその場から姿を消していた。正規軍の方も態勢を建て直しており、全体的に押し込むことが出来ている。


その正規軍の中には恋の姿もあった。彼女は終のことを探しているのか、キョロキョロと辺りを見渡しながら敵を蹴散らしている。その後ろから華雄、張遼が続き、賈駆が矢継ぎ早に指示を出しているのが見えた。


「敵将宋建!!姜伯約が討ち取った!!」


何処からか聞こえた勝ち名乗り。その声の方へ顔を向ければ、先程見た董卓軍の若手将校が血に濡れた槍を掲げていた。宋建はこの乱の発端となった人物。それが討たれたと聞いた敵方は、完全に浮足立っていた。


「今度こそ終いだ。大人しくしな。」


終は二人に降伏を勧告する。勝敗が決している今、彼等を討つ意味はない。終の言葉で我に還って周囲の状況を見た孟起たちは、ようやく自分達が孤立しつつある状況に気づいた。西涼の軍はほとんどが撤退を開始。彼等の周りの味方は僅かだ。


投降するか死か。終から見た彼等の状況は、それしかないように見受けられた。


「ッ!!!蒼ォ!!!」


令明が叫ぶ。その声を聞いて、敵の中にいた一人の少女が反応した。それを見た令明は、孟起を片手で持ち上げると、全力で少女に向かって投げ飛ばした。


突然のことに対処できず、されるがままに投げられた孟起は、放物線を描いて少女に向かっていく。それを少女は見事に掴むと、自身の馬に孟起を乗せた。


「璃空!!」

「ここは俺が食い止める!!翠を頼んだ!!!」

少女の叫びに、令明は背を向けて答える。令明の周りには正規軍の兵しかおらず、もはや助け出すのは絶望的だった。


「待って、璃空!!あんたも一緒に!!」

「…もし次があったら。」


孟起の叫びに、令明は少しだけ振り返る。


その顔は、何処までも穏やかなものだった。


「もう一度、皆であの平原を駆けよう。」

「…!!りくうううう!!!」


少女が孟起を連れて駆ける。孟起の悲痛な叫びは、周囲の音に掻き消されていった。


「…別れは済んだが?」


令明は足元にあった孟起の槍を拾い終に向ける。死を覚悟した人間を前にした終は、自分の無粋な言葉を恥じた。


「言葉は不要か。」


剣を両手で握り、正面に構える。


令明が駆ける。終は待つ


二人の影が重なる。金属音が鳴り響く。


「…すまねぇな。」


暗くなる視界に、最後に令明が見たものは


地面に突き刺さる。大切な家族の槍だった。

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