また会う日まで
どこまでも続く長い廊下。柱の一本に至るまで見事に装飾されたその場所は、見ただけで高貴な者が住まう場所であることがわかる。だが、その全てが色彩を失っており、まるで水墨画の世界をそのまま現界させてしまったかのような光景だった。
(ここは、どこ?)
終がいたのは、その豪奢ながらも色のない廊下の真ん中だ。并州で見たものより、遥かに贅を凝らした造りに面くらいつつも、なぜ自分がこんな場所にいるのかと疑問を抱いていた。謎の声を聞き、自分が人を殺したのだと自覚したところまでは覚えていたが、そこから先の記憶がすっぽりと抜け落ちている。
(だれか、いないかな?)
一先ず、ここが何処なのかを知るために、彼は人を探すことにした。これだけ広い場所だ。人の一人や二人はどこかしらにはいるだろう。
それからしばらくして、終はある一室にたどり着く。そこから、人の気配が感じられないことは、たどり着く前から気づいていた。それでも、彼の足は、彼の意思に反して、その部屋の中へと歩みを進めた。
(あかい)
赤、朱、緋
無色の世界から、完全に切り離されたかのように、その部屋は鮮やかな色を出していた。しかし、それは決して人を感動させるような、芸術的な鮮やかさではなかった。
部屋は火の赤で照らされていた。まるで、部屋の光景を見せつけるように
人は朱の衣を纏っていた。それが、倒れ伏す理由を示すように
床は血の緋で染まっていた。ここに、生者はいないと嘲笑うように
(つらい)
この部屋の凄惨さを目の当たりにしたからではない。もっと別の、何かを思い出して、だが明確に思い出すことが出来ずに、漠然とそう思っていた。
『思い出すんだ』
声が聞こえる
『務めを果たせ』
攻めるような声が
『終わらせるんだ』
何処か、悲しげな色を纏わせて
『お前のために』
終の後ろに向かっていった。
終が振り替えると、そこには影があった。顔は見えない、性別もわからない。だが、確かな存在感を持って、そこにいた。
「きみは」『お前は』
終が問い。影が問い。
『「だれだ?」』
世界から、再び色が消えた。
「…さん…終さん!」
ぼんやりとした意識の中、終は自身を呼ぶ声を聞く。その声に導かれるように、ゆっくりと目を開けると、そこには心配そうな顔で自分に声を掛ける、桃髪の少女の姿が映った。
「桃、香?」
「ああ、よかった!目が覚めたんですね!」
寝起き特有のぼんやりとした意識の中で、桃香の名を呼ぶ。返事が返ってきたことがうれしかったのか、興奮した様子で彼に抱き着いた。起きて早々に抱き着かれたことに困惑しながらも、終は現状を確認するために今の自分の状態を確認する。
背中に伝わる木の感触と体に掛けられていた布。その様子から、自分が寝かされていたことを理解した。
「ここ、は?」
「私の家です。倒れたあなたを、藍里さんと一緒にここまで運びました。」
場所を問えば、ここが桃香の家であることが伝えられる。軽く周囲を見渡せば、この村にたどり着いてから良く目にする内装であったことに気づく。窓からは日差しが差し込んでおり、日が昇ってからそれなりに時間が経っていることが分かる。そこから、彼は自分が半日ほど寝ていたことを理解した。
「本当にビックリしたんですよ!いきなり倒れて、呼びかけても呻くばかりで―――――目が覚めて本当に良かったです。」
嬉しそうに言葉を続ける桃香。しかし、対照的に終は暗い表情で思案する。
「どうしたんですか?まだ具合が悪いんですか?」
「…桃香。」
彼の表情を察して、桃香はまた心配そうな顔になり、彼に言葉をかける。コロコロと変わる彼女の表情に、彼は一切の関心を示さず、自分が抱いた疑問を彼女に投げ掛けた。
「俺は、誰なんだ?」
己が何者か。己が誰か。何故こんな質問をしたのか、終にもよくわかっていなかった。ただ、漠然とした焦燥感と、よく分からない恐怖から逃れるには、己が何かを知らなければならない。そう思ったからこその問いだった。
もちろん、それを桃香が答えられる保証はない。会って一月にも満たない関係の相手のことなど、どれだけ知れるというのだろう。それでも聞いたのは、それほどまでに彼が切羽詰まっていた証左だ。
場に静寂が訪れる。時間にして数瞬にも満たないそれは、終にとっては永遠にも感じた。
桃香が口を開く。そこから紡がれる言葉を、まるで断罪の時を待つ罪人のような気持ちで待った。
「誰、って―――――
―――――終さんは、終さんですよ?」
終は終である。たったそれだけの、当たり前の答え。
「…そう、だよな。」
それだけで、終は自身の心が晴れたのを感じた。
終
他の何者でもない、自分だけが持つ『真名』。この名こそが、自分が自分であることの証明だ。そう思った彼の中には、焦燥感も、恐怖もなくなっていた。
(それが、『僕』の名前。)
「あの、本当に大丈夫ですか?」
「――――うん。もう大丈夫だよ。」
心配そうに聞いてきた桃香に、柔らかな口調で大丈夫と返す。それを聞いた桃香は驚いた。普段の彼は、時折抜けたところがあるものの常に堂々としており、その後ろに着きたくなるような不思議な雰囲気を持つ、兄貴肌な人物だ。それが、草庵で書物を読み耽る、儒者のような柔らかな雰囲気を纏っている。
「ありがとう。桃香。」
「へっ?なにがですか?」
「僕を終と呼んでくれて。」
普段の終とは、明らかに人が違う。別人が乗り移ったと言われても納得できてしまうほど、今の彼は違いすぎた。
「しゅ、終さん?やっぱり、まだ調子が悪いんじゃ―――「桃香殿!終殿はお目覚めになりましたか!?」
終の状態に桃香が困惑していると、時期を見計らったかのように藍里が家の中に入ってきた。今の状況を伝えるために、桃香が口を開こうとした。
「よっ、藍里!」
それよりも早く終が口を開いたため、桃香が言葉を発することはなかった。短いものではあったが、口調は完全に何時もの彼のものだ。元のそれに戻った彼を見て、桃香は驚きで言葉を発することができなかったのだ。
「――――はぁ」
そんなことがあったとは知らない藍里は、いつも通り過ぎる終の様子を見て、完全に気が抜けたようなため息を吐く。その表情は呆れながらもスッキリとしたものだった。彼が起きるまでの間に抱いていた様々な感情が、ため息と一緒にまとめて抜け出たように感じる。
「その様子であれば、心配はいらないようですね。」
「どこかの誰かさんたちが迅速に対応してくれたおかげでな。」
お互いに軽い調子で言葉を交わし、沈黙する。その沈黙の間に、どうにか混乱から抜け出した桃香だったが、今度は謎の沈黙にどうしたらいいのかわからずにオロオロしていた。
「いったい何があったのですか?」
「――――人を、初めて切った。」
人を切った。その意味が分からないものは、ここにはいない。たったそれだけの言葉で、彼女等は彼がどうして倒れたのかを知った。
「それを改めて実感したんだ。」
「…そうですか。」
人を殺した。相手が賊であろうと、その事実は変わらない。一つの命を、その手で奪ったということに変わりはないのだ。それがどのようなものなのか、人を殺めたことのない藍里と桃香には、想像できなかった。それでも、彼が倒れるまでの一瞬の間に、どれほどの重荷を感じたのかは理解できた。
「まっ、もう自分の中で踏ん切りをつけたことだ。心配しなくても大丈夫!だから、そんな辛気くさい顔すんなって!」
場の空気が重くなったのを感じた終は、そう言って笑い声を上げた。こんな空気を作り出した本人が笑っても、この状況では無理をしているようにしか見えない。
実際、彼は無理をしていた。頭で理解したことを、言葉で出したことによって、人を殺したという実感を強めてしまったのだ。内心は、笑っているほどの余裕はない。これは完全な空元気だった。
「…終殿。」
藍里が口を開く。終は、どことなく乾いたものが籠った笑いを止める。
「何を言っても貴方の心は晴れないかもしれない。」
人を殺した事実は消えない。相手がどれだけの悪人であろうと、人を殺したという事実には変わりはない。周りが何を言おうとも、それに折り合いをつけるのは本人だけだ。
「ですが、これだけは言わせていただきます。」
それでも、その一助になってほしいと、願いを込めて彼女は言った。
「―――――あなたは、正しいことをした。」
人を殺した。その事実は変わらない。
だが、確かに守られたものはあったのだ。
「それだけは、理解してください。」
誰かを守るためにした行い。それは、決して間違いなどではない。まだ、上手いこと踏ん切りをつけることができたとは言えなかったが
「…ありがとな、藍里。」
それでも、少しだけ救われたように感じた。
その後、藍里は村の手伝いをするために家を出ていった。賊が村に入ることはなかったので、対賊用の柵や仕掛け等がそのまま残っている状態にあり、それの撤去などで人手が必要になっているのである。本来なら桃香も一緒に手伝わなければならないのだが、まだ終を放置するには不安が残っていたので、そのままその場に残った。
「あの、終さん?」
「うん?どうかした?」
恐る恐るといった具合で名前を呼べば、柔らかい調子の返事が返ってくる。藍里のおかげで戻ったと思われた口調が、また元に戻ってしまった。
「いえ、口調がですね。」
「何か変?」
「変、と言えば変なんですけど…」
話しづらい。
それが、今の彼に対して桃香が抱いている感情だ。単純に何時もの彼と違いすぎると言うだけでなく、こちらも話し方に気を付けなければならないという意識が働いてしまうような、そんな話し方なのだ。
「おかしな桃香。僕は僕だと言ってくれたのは君だよ?」
「でも、やっぱりその話し方だと、違和感があってですね…」
とにかく何時もの彼に戻って欲しいが、その雰囲気から最後まで言葉を続けられない桃香。だが、そこまで言って分からない終ではなく、今の口調が彼女が苦手とするものであると理解した。
「君がそういうなら、元に戻すけど…」
実は、終にとって今の口調を元に戻すことは簡単なことであった。ただ、何時もの自分らしくいればいいだけなのだ。しかし、それが今の彼には、とても違和感が残るもので、逆に自分らしくないと思えてしまうものであった。
「いえいえいえ!大丈夫です!親しみやすくていいと思います!」
そんな終の複雑な内心は、ものの見事に顔に出ていた。その顔を『悲しそう』なものと受け取った桃香は、すぐにそのままで良いと意見を転身させる。何時もの彼と違い、話しづらいだけであって、決して話せないわけではないのだ。彼が今の口調が良いと言うなら、無理に元に戻す気はなかった。
「…?えっと、ありがとう?」
終は桃香が何故焦った感じで、しかも何故誉め言葉を言ってくるのか分からなかったが、一先ず今のままで良いと言うのは理解し、そのままの口調でいることにした。
「でも、急にどうしたんですか?今までそんな話し方してなかったですよね?」
「…わからない。けど、不思議と今までのより、『らしく』感じるんだ。」
「なら、なんで藍里さんには今までの口調だったんですか?」
「…なんでなんだろうね。」
桃香の言う通り、藍里と会話するときは普段通りの口調であった。だが、桃香と話しているときは、なぜかこちらの方が落ち着く。その理由がいまいちわからない終。なぜ、どうしてと理由を考え、ふと桃香に目を向ければ彼女も悩んでいる。
その姿を見たとき、一瞬別の誰かが重なって見えた。
「ねぇ、桃香。」
「なんですか?」
ふと、頭に過った疑問。ここに来たときから、感じていた違和感。そして、重なって見えた、夢で見た紅の女性。
「君の家って、本当にただの筵売りなの?」
それが、終にその問いを出させた。
「――――ッ!」
桃香の顔が強張る。その表情から、決して触れられたくない部分に触れたことは明白だった。
彼女には何かがある。
それを確信して終は桃香を見つめる。見つめられている桃香は、その視線から逃れるように目を合わせようとしない。さらに見つめる。桃香が汗を掻き始めた。そこからさらに見つめると、桃香の体が震えだした。顔からは、明確な恐怖の色が見えている。
「…ごめんね。誰にでも、人には言えないことってあるよね。」
桃香から視線を外し、頭を下げて彼女に謝る。
彼女の秘密は、間違いなく自身と何らかの関係を現すものだ。
明確な証拠のない、ただの勘である。だが、終はそれに絶対とも言える確信を得ていた。しかし、それは彼女を傷つけてでも知りたいと思えるものではない。
「今聞いたことは忘れて。僕も忘れるから。」
自身に掛けられた布を退かし立ち上がると、家を出るためにその足を玄関に向ける。意図的に彼女に恐怖を与えてしまったことで、何となく居心地が悪くなったからだ。
「……いつか」
今、まさに終が外に出ようとした時、桃香の口から零れるように言葉が出た。終は、それに一旦足を止めると彼女に振り替える。
「いつか、言える勇気ができたら、あなたに必ず話します。それまで、待っていてくれますか?」
そう言い切った彼女の顔に先ほどまでの恐怖はない。昨夜と似た、だが昨夜とは違う決意を秘めた顔をしている。内心では、恐らく恐れを抱いているのだろう。微かに震えている体がそれを証明していた。それでも、彼女は恐れを隠しきれないほどの秘密を、決意を持って話すと約束した。
その姿を、終は綺麗だと思った。
「――――うん。待つよ。約束だ。」
それから、あっと言う間に日々が過ぎた。
「大変、お世話になりました。」
そう言って、終は見送りに来ていた三人に頭を下げる。桃香の母、桃香、そして学問を教えてくれた盧植の三名である。
「本当に行っちゃうの?もう少し、ここに居てもいいんだよ?」
名残惜しそうに盧植が、風鈴が終にそういった。
終は、村を訪れてから頻繁に彼女の塾に通っていた。学問に関してはほぼ独学で学ぶことしかなかった彼にとって、誰かに師事してその教えを受けるという学び方は、とても新鮮で楽しいものだった。そして、楽しそうに教えを受ける終の姿は風鈴にとっても非常に好ましいものだった。それこそ、もう少しここにいてほしいと願うほどには。
「有難うございます、風鈴先生。でも、ここに来る前から決めていたことなんです。」
「……そう、なら、仕方ないよね。」
しかし、その願いは叶わない。
彼は求めた。より広い世界を知ることを。
書物ではなく、自らの目で見ることを。
だからこそ、こうして村を出ることを決めたのだ。その決意を止める権利は、誰にもない。
「元気でね。終君。体には気を付けないとダメだよ。」
「ご忠告、痛み入ります。風鈴先生も、どうかお元気で。」
別れの言葉を言い、今日の講義の準備をするために風鈴が村の中に戻っていく。自分のために時間を割いてくれたことに、彼は心の中で確かな感謝の気持ちを抱いていた。
「気が向いたら、何時でもここに立ち寄ってください。心から歓迎させていただきます。」
それと入れ替わりで桃香の母が彼に声を掛ける。彼女は、彼がこの村を訪れてから、最も関わりの深い人物の一人である。
「はい、機会があれば、必ず。」
「……桃香のこと、重ねてお礼を申します。」
桃香の母は、そっと近くに寄ると、桃香に聞こえないような声で、彼に感謝を述べた。
彼が賊を討伐した日から、桃香に小さな変化があった。特別体力が上がったわけでも、頭がよくなったわけでも、ドジが減ったわけでもない。ドジに関してはむしろ前より少しひどくなったのではないかと思うところはある。だが、桃香の母は気づいていた。
今までどこか浮ついたところがあった彼女から、それがなくなっていたのだ。言ってしまえば、纏う雰囲気に変化があったのだ。己の意思を信じ貫く、覚悟とも呼ぶべきものが今の桃香には備わっている。それは確かな成長だった。
それが終によるものだと見抜いた彼女は、こうして改めて感謝を述べたのだ。
「例え一時別れるとも、あの子とどうか、末永い誼を通じてください。」
「…元より、そのつもりですよ。」
最後にそういうと、彼女は村の中へ戻っていった。後に残されたのは、桃香のみである。
「本当に、行っちゃうんですね。」
「元々、決めていたことだからね。」
この村に住む者の中で、彼女との付き合いは最も長い。賊の襲撃から救った時から、彼と彼女の交流がこの村内にあって断たれることは一度としてなかった。それだけに、桃香は今日の別れに、非常に暗い感情を抱いているのだ。普段の明るさは鳴りを潜め、ひどく暗い表情をしている。
「そんな顔しないでよ。別に今生の別れって訳でもないだろう?」
自分と桃香、必ず再開することになる。そう感じていた彼は、絶対的な自信をもって彼女にそういった。
「そう、ですよね。きっと、また会えますよね。」
「うん、絶対だ!約束する!」
暗い表情を吹き飛ばさんばかりの、満面の笑顔で返せば、ようやく桃香の顔に笑顔が戻った。もう、大丈夫と判断した彼は、麒麟の背に跨る。ふと、視線を感じて、その方向に目を向けた。そこに居るのは、故郷の村を出て以来、一度も見ないことのなかった銀色がそこにあった。
(藍里……)
藍里は、この村に残ることを決めた。まだ、ここで学ぶべきことが多いと判断したからだ。
その目は、真っすぐに終を見据えている。また、いつか会う。そう、その瞳で語っているように。
「――――じゃあな!縁があれば、また何時の日か!」
その瞳に答えるように、終は大きな声でそう言った。それは、彼を見つめていた藍里にも届いてた。その言葉に返答するように、遠目で見てもわかるような、満開の笑顔を彼に向けたからだ。
麒麟が馬首を村の反対側に向ける。そして、勢いよく駆けだした。
「終さ――――」
桃香が彼の名を呼ぶ
「終くん!」
敬称ではなく、親しみを込めた口調で
「また、会おうね!!! 」
再会の言葉を口にした
「…うん」
それに、一瞬だけ足を止めさせた終は
「またな、桃香!!」
大きな声で、それに答えた。
「そうか。もう全部終わった後か。」
村を発って、しばらく平原を駆けていると、終は一軍を引き連れた公孫賛に出会った。風鈴によって父の元に送られた後、すぐに彼女は兵を出してもらうように頼んでいた。だが、折り悪く近隣で小規模な異民族の進攻があり、結果こうして間に合わなかったのである。
「あー、なんか悪いな。」
「いや、何もないほうがいいんだ。確かに私の行動は徒労に終わったわけだが、この場合はそれが良い。」
そう言いつつも、どこか魂が抜けた様子の公孫賛に、これ以上この話題を振るのはまずいと判断した終は、早々にこの話を打ち切ることにした。
「…なぁ、公孫賛。」
「なんだ?」
「お前から見た俺って、どんな奴だ?」
この質問をしたのは、話の流れを変えるためという点が強かった。だが、それ以外にも、大して関りがない人間から見た自分というのが気になったから行った質問だった。
「…難しい質問をするな。」
そう言って、顎に手をやり、瞑想するように目を閉じた。
「そうだな。間違いなく言えることがあるとすれば……」
公孫賛は一頻り考えると、そう前置きして、終を真っすぐに見据え
「お人好し、と言ったところだな。」
彼女から見た終を語った。
「お人好し?どのあたりがだ?」
「桃香を救ってくれたときの話を聞く限り、君は随分な無茶をしたようだ。君と桃香は、賊に襲われたその日が初めての出会いだったんだろう?たったそれだけの人間のために、危機的状況で無茶をするなんて、お人好し以外に何があるんだ?」
普通に考えれば、公孫賛の言は当然である。幾ら並ではない武勇を誇っていたとしても、その日初めて会ったばかりの人間を助ける気が起きるかというと、実際のところ微妙である。さらに言えば、その人間とは別に自分とかかわりが深い人間がすぐ近くにいるとなれば、猶更助ける気は失せるはずである。自分に近しい人間を、確実に助けたくなるのは当然だからだ。
「…そうか。」
終は改めて言われて納得した。桃香に対して抱いていた謎の感情を加味しても、自分がしたことはそういわれても仕方のないことだと思ったのだ。
(お人好し、か)
「ありがとよ、公孫賛。」
「白蓮でいい。君とは、これが最後になる気がしないからな。」
「…なら、俺も終でいい。俺もこれで最後になる気がしないからな。」
軽い調子で、真名を交換する。それこそが、互いを信頼した証とでも言うように、彼らの会話は気やすい雰囲気を纏い始めた。
「終は、これから何処へ行くんだ?」
「江東だ。少し、気になる人がいるからな。」
藍里から聞いた、『江東の虎』の話。それが、彼が彼の地を目指すきっかけだった。彼女に会って、可能であれば言葉を交わしてみたい。そのために、彼は彼の地に行くことを決めさせた。
「そうか……近頃は中原でも、賊の数が増えていると聞く。道中、気をつけてな。」
「忠告、ありがとうよ。」
白蓮は道中必ず通ることになる現在の中原の様子を彼に教えると、自身が引き連れた兵士たちに帰還の指示を出した。賊が散った以上、軍を引き連れる意味はないからだ。
「それじゃあ、またな。」
「ああ、またな。」
最後に、そういって白蓮は去っていった。後には、終だけが残った。
(…お人好しかぁ)
白蓮に言われた自分の評。それをしっかりと記憶するように、何度も何度も頭に思い浮かべ、復唱する。
「…ハッ、悪くはねぇな。」
何度目かの復唱を終えると、終は空を見上げニヤリと口角を上げた。新しい玩具を見つけた子供のような、そんな笑顔で彼は、次の地にもつながっている空を見上げ続けた。
「さぁ、行くか、麒麟!」
麒麟が駆ける。彼の見る方角へ。
彼は見る。自身の進むべき道を
そこに、自身を変える、新たな出会いがあると信じて




