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恋姫竜神記  作者: DGK
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賊襲来

絶え間なく聞こえる風を切る音。村を出たときから欠かさずにこなしている鍛練。普段は腕を鈍らせないために行っているこれは、今の彼にとって座禅と同じような冷静さを保つための作業になっていた。


(俺に人が切れるのか?)

剣を降り続ける間、終はその事ばかりを考えていた。






賊が現れた。


それが村に広まったのはつい今朝方。終達がこの村を訪れてから、頻繁に通っている盧植の私塾に行こうとしたときだ。衝撃の知らせに村は騒然となり、中には家財を纏めて逃げ出そうとする者もいた。


「皆さん!!落ち着いてください!!」

その騒動を収めたのは盧植である。彼女は、混乱する村人をまとめ上げると次々と指示を出した。村の人々は、賊が現れたことを想定した準備はしていたため、賊を迎え撃つ準備はすぐに整った。


女子供、老人などの戦えない者たちは、村の中にある地下壕に避難。戦える者が外に出て官軍が来るまで防衛する。既に賊討伐のための軍が動いているという報告は届いているため、彼等の戦意は高かった。だが、終は理解していた。いくら戦意が高くとも、こちらは戦闘経験のない農民の集まり。どれだけ準備を整えようと、賊を相手にするには力不足であると。


(もう、あんな思いはしたくない。)


終は盧植に頼み込んだ。


「俺も一緒に戦わせてください。」と。


彼女は反対した。彼の実力が並みではないことは分かっていたが、それでもまだ子供と言える年ごろ。そんな彼を危険な目に合わせるのは、大人として一人の教師としてできなかった。だが、この非常事態に少しでも戦力が欲しい村人達の声と、彼自身の決して引かない態度に、無理はしないという条件付きで渋々と許したのだ。


彼が今いる場所は村の奥。賊と接敵する確率が最も低い場所だった。だが、ここは地下壕がすぐ近くにある場所であり、最終防衛線ともいえる場所でもあった。とはいえ、地下壕の入り口は巧妙に隠されているため、本質的にはいつでも逃げれるようにここに配置されたわけである。


(いや、相手は賊だ。容赦をする必要はない。そもそも、今回の目的は正規軍が来るまでの賊の足止め。動けなくするだけでも十分のはずだ。)


人をその手で殺す。そのことを考えるだけで、吐き気が込み上げてくる。だが、何もしなければ、あの村で見た光景をここで再現することになる。それが分かっていたからこそ、彼は黙々と剣を振ることで迷いを振り払おうとしていた。


「今更、迷っているのですか?」


終の剣を振る手が止まる。声の方向を見れば、本来いるはずのない人物が立っていた。


「藍里!?それに桃香も!?」


常とは違った、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべる藍里。その傍には、心配そうにこちらを見つめる桃香がいる。避難した者たちは、ことが終わるまで出てはいけないと指示されていたため、本来なら彼女たちはここにいるはずがないのだ。そもそも、そんなことは桃香の母が許さないはずである。


「なんでここに?」

「終殿が心配でこっそり抜け出してしまいました。」

「私も、ちょっと気になっちゃって……」


そう言って笑いかける彼女達に、『思ってたよりヤンチャだったんだな』っと苦笑いを受けべる。


「……行くのですね。」

藍里は先ほどと違う、何処か諦めたような笑顔で問いかけた。


「俺にできそうなのは、これしかないからな。」


彼は、盧植と約束をしたその時点で、それを反故にするつもりだったのだ。彼女の自身へ向ける心配が、本心からであり本気であったことは理解していた。しかし、それでも彼は、自分ができる最大をやると決めたのだ。


「死ぬかもしれないですよ?」

「死ぬより殺す方が怖いさ。」

何時もの調子で、藍里の問いに答える。


自分が死ぬより、誰かを殺す方が怖い。何故、そう思うのかは彼自身もわかっていない。だが、この言葉に嘘はなかった。


「……殺せるのですか?」

「わからねぇ。」

次の問いにも、何時もの調子で答える。


どうしようもないことはある。今のこの状況がそれだ。そんな状況でも誰かの命を奪えるかどうか、彼は明確に答えを出せないでいた。


「でも、守って見せるさ。必ずな。」

それでも、この決意だけは確かだ。何時もの調子のようで、その実真剣な声音で彼は言い切る。


「……やはりあなたは、どうしようもなくわがままだ。」


それだけ言うと、藍里は彼に背を向けた。これ以上ここにいては、桃香の母にこっそり抜け出したことがバレてしまうからだ。


「御武運を」


去り際に一言、激励の言葉を送る。今の自分にできるのが、これしかないことに歯痒さを感じながらも、それを悟らせないように彼女はやや小走りでその場を去った。それに慌てた様子で桃香も続く。


「終さん!」

桃香が振り替える。その顔は、不安を感じながらも精一杯の笑顔を浮かべていた。


「どうかご無事で!」


彼女もまた、激励の言葉を送る。今の自分にできる精一杯を込めて、それで彼が感じている重圧を少しでも減らせることを願って、彼女は藍里のあとを追いかけた。


「――――ありがとな。」


その背に向けて小さく感謝の言葉を述べる。決して余裕のある状態ではないだろうに、自分を心配してくれた。それだけで、心が落ち着き、力がみなぎってくるのを感じる。


まだ、迷いは晴れていない。それでも彼は行くと決めた。


(……来るか。)

遥か遠方。普通であれば見えない距離にある砂塵を、彼の目はしっかりと捉えていた。


「……麒麟。」

自身の近くで呑気に草を食んでいた愛馬の名を呼ぶ。彼の声を聞いた彼女は、緩慢な動きで彼に近寄ると『本当に大丈夫なのか?』とでも言うように彼に頭を擦り付ける。


それに終は、小さく笑みを浮かべながらその頭を撫でる。それを彼女への答えとし、その背に飛び乗った。


(申し訳ありません、盧植先生。)

これから行うことに彼は、心の内で謝罪した。そして、しっかりと麒麟に股がり、鞘に収まったままの剣を強く握ると


(約束を、破ります。)

遥か遠くを疾駆している賊目掛けて、麒麟を駆けさせた。


背後に流れる村の景色。すれ違う人々が残像にしか見えないほどの速度。目を瞑ってしまいたくなるほど強い風が、終の顔に打ち付けられる。だが、これは彼にとって慣れた速度。目を閉じることはせずに、真っすぐと前を見ていた。


眼前に村を守るために設置された柵が映る。その前には、武器となりそうなものを手にもって賊を待ち受ける村人達もいる。彼は、両足に力を込め、麒麟はさらに速度を上げる。


「終君!止まりなさい!!」

その時、進路上に盧植が立ち彼に向かってそう叫んだ。真っすぐに柵に向かっている彼が、いったい何をするつもりなのか瞬時に理解した上での必死の制止だった。一瞬、ほんの一瞬だけ、彼女を視界に入れると、彼は視線を下に向ける。


「ごめんなさい。」

この言葉が、彼女に届いたかどうか。それを知る余裕はなかった。


盧植にぶつかるかと思われた瞬間、麒麟が勢いそのままに跳躍する。盧植を飛び越え、村人たちを飛び越え、柵さえも飛び越えて、ようやく地面にその足をつける。そして、二度三度と軽く調子を確かめるように地面を蹴ると、再び疾走を始めた。終は、自身の背中に感じる視線を振り払うように、眼前へと迫りつつある賊たちを睨みつける。


「やっぱ、多いな。」

徐々に近づく賊の一団。その数は、ゆうに千はいくだろう。一般の感性を持つものであれば、恐怖のあまり泣き叫びながら逃げ惑ってもおかしくない光景。しかし、彼に恐れはない。今の自分にできることを、精一杯にやり遂げる。そう覚悟を決め、手に持つ剣を固く握りしめる。


少なくとも彼は、そう意識していた。その覚悟に偽りはなかった。


だが、彼は気づいていなかった。徐々に近づく賊を見た瞬間。盧植への申し訳なさも、藍里たちを守りたいという気持ちさえも忘れて、ただひたすらに楽しそうに笑っていたことに、彼は気づいていなかった。



「さぁて!やりますか!」

彼の気合いのこもった一声に、麒麟はさらに速度を上げる。先頭の一団がようやく彼の存在に気づくが、彼等が行動を起こすよりも速く終は手にもった剣を振るう。手に伝わる鈍い感触。その先にあるものがどうなったかを見ることなく、彼は一団の只中へと深く入り込んだ。


彼がやろうとしていることは至極単純。敵を纏める存在を潰すことである。あの日、あの場所で、賊たちに指示を出している人物がいたことを彼は知っていた。そして、そういった集団は頭を潰せば脆くなることも知っていた。


(大将はどこだ?)


動きを止められないように集団の隙間を縫い、迫りくる賊を薙ぎ払いながらあの日見た賊の頭を探す。周りは賊に包囲されており、もはや逃げ道はない。もう頭を潰す以外に、彼が生き残る術はなくなっていた。誰の目から見ても絶望的な状況。しかし、彼は動じることなく淡々と標的を探す。


(見つけた。)


徒歩の者が多いなかに、点々と存在する騎乗している賊。その中でも、特に目立つ出で立ちをした、他の賊よりも一回り体格の大きい賊がいる。それこそ、あの日見た賊の頭だった。


(来るか。)


賊の頭は、彼と目が合うと怒り狂った様子でこちらに駆けてきた。たった一人にいいようにされて、足止めをくらわされた事実が腹に据えかねたのだろう。進路上にいる配下さえも弾き飛ばして、彼めがけて真っすぐに突貫する。そのあまりの気迫に、配下たちも終の周りから散っていた。


この状況は彼にとって非常に好都合だった。包囲されていることに変わりはないが、同時攻撃の恐れはなくなっている。潰すなら、今が絶好の機会だ。


麒麟が駆ける。彼の意思に反応して、賊の頭目掛けて真っすぐと。相手は止まらない。止まることが考えられないほど頭に血が上っていた。だからこそ、麒麟のすさまじい速度に気づいていなかったし、それに跨る終が自分よりも速く剣を振るっていることにも気づいていなかった。





俺に人が切れるのか?


ことここに至っても、まだ彼は迷っていた。迷った結果が、鞘に収まったままの剣で、誰も切っていないという事実だった。ここに至るまで、彼はただ一人の命さえも奪っていない。


同じように大将の意識も刈り取る。そうすれば、奴を中心にしている賊の統率は乱れる。村を守れると、頭目の姿を認めるまでは、そのようなことを考えていた。


だが、いざその瞬間になったとき彼は思った。


(もし、意識を刈り取ることができなかったら?)


思い出すのはあの時の光景


家屋は崩れ、人々は逃げまどい、視界に入るすべてが緋に染まる


それを止めることはできず、ただ逃げまどうことしかできなかった



その光景を脳裏に浮かべたとき


なぜか、そこにはいなかった、紅の少女の姿を見た。



(負けては、ならない)

瞬間、彼は鞘から剣を抜いていた。










彼は、理解していた


自分が弱いと理解していた


そして理解していた


弱いままでは何も守れないと



だから、この瞬間覚悟を決めた


大切なもののために、誰かを殺す覚悟を















終と賊の頭の影が重なった。次いで響くのは何かが切り裂かれる甲高い音。


その光景を見た賊たちは、さっきまでの喧騒が嘘だったかのように静まる。駆ける馬に乗っているのは、あるはずの首を失った自分達の大将。次いで彼らの目に写ったのは、薄っすらと血に濡れた剣をもち、自分達を見渡す少年の姿。


「次は誰だ?」

何が起きたのかまるでわかっていない様子の賊たちに、揶揄うように問いかけた。静まり返った空間に、彼の声が響く。その顔は、何処までも楽しそうで、どこまでも愉快そうで、そしてどこまでも、底が見えない笑顔だった。


誰が先に動いたかなど、彼らにとってはどうでもよかった。ただ眼前に立つ恐怖から逃れたい。その一心で彼らは終に背を向ける。それを追うことはせず、彼は黙ってその様子を眺めていた。しばらくすると、首を失った賊の頭と意識を失ったその他のものを除いて、皆大陸の方々へとその姿を消していた。


「…終わった、よな?」


静かになった平原の真ん中で、信じられない様子でつぶやく。本当にうまくいくとは思っていなかっただけに、その驚きは一押しだった。だが、それ以上に驚いたことがある。


(…思ったより、なんともないな。)


地面に倒れ伏す。頭部のなくなった賊の頭目。それを視界に収めて、若干の不快さを覚えながらも、これと言った感情を抱かない自身に、彼は一番驚いていた。相手が明確な悪であるとわかっていたせいか、彼は初めて人を手に掛けたことに、不思議なほど落ち着いていた。


(…とりあえず、どうしようかな。)

一先ず、自分が殺したもののことは置いといて、まだこの場に残っている、意識を失った賊たちをどうしようかと思案する。起きたところで、特に脅威にはならないだろうが、完全に放置するわけにもいかない。


(…殺るか)

「終君!」


そう結論を出した時、背後から声が聞こえた。振り返れば、盧植を筆頭に村の人々が駆けつけている。それを見て、ようやく彼は、すべてを終わったのだと実感し、剣を収めるのであった。




その夜、村はお祭り騒ぎになっていた。まさか、官軍が到着する前に賊を追い払えるとは思っていなかった村人たちは、この奇跡ともいえる出来事に歓喜した。村中から笑い声が溢れ、どの人を見ても笑顔でないものはいなかった。


たった一人を除いて


「はぁ…」


村人達の喧騒から少し離れた場所で、終は一人ため息を吐く。あの後、追いついた盧植によって彼はこっぴどく叱られていた。それも彼の母のする苛烈な叱り方でも、彼の妹分の母がする非常に淡々としたそれでもない。泣くのである。泣きながら無事であったことを喜ばれながら抱かれて、それでありながら無茶をしたことを叱るのである。しかも彼が無事であったことの方が大事なのか、結局途中で叱るのをやめてただ只管よかったといってくるのである。


(あれは、なんか……つらかったなぁ。)

全く経験したことのない叱られ方に、さすがに彼も対処方法が思いつかず、ひたすら謝ることしかできなかった。そして泣き止んでくれたと思ったら、今度は村人たちからの賞賛と感謝でもみくちゃにされたのである。そのため、賊に単身突撃を刊行した時よりも、ずっと重い疲労感を彼は感じていた。


「……でも、守れたからな。」


人々の顔に浮かぶ笑顔。そして、嬉しそうな笑い声。それを少し離れた場所から見ていた彼は、自分のやったことは誉められたものではなくとも、決して間違いではなかったと思うのだった。それでもこうして中心から離れているのは、やはりある程度罪悪感のようなものを感じているからだ。


「終さん。」


喜びの輪から離れ、一人夜空を眺めていた彼に掛けられる声。振り返れば、そこには優し気な微笑みを浮かべた少女がいた。


「桃香…」

「こんなところにいたんですね。探しましたよ?」

隣に座り、笑いかけてくる桃香。その笑顔を見て、守れたことに対する充足感を得ながらも、なぜか息苦しさを感じた終は、彼女が気づかぬ程度に少しだけ距離を離した。


「どうして皆のところに行かないんですか?」

「……暑苦しいのが苦手でね。少し涼んでいたんだよ。」

「そうなんですか…」


そう言って桃香は静かに笑う。そこに疑っているような様子は一切ない。しかし、それが却って彼の罪悪感を掻き立てる。


「嘘だよ。ちょっとだけ、居心地が悪かったのさ。」

「風鈴先生との約束を破ったから、ですか?」


嘘だと言ったことには言及せず、その理由だけを問いただす。そこは多少は驚くなり怒るなりしてほしかった終は、出鼻を挫かれた感覚を覚えながらも話をする。


「この村の人たちを守れた。そのことは嬉しく思ってる。でも、それをするために、あの人の心を踏みにじってしまったことも事実なんだ。だから、素直に喜べるかというと、ちょっと複雑でな。」


泣きながら自分を抱きしめる盧植を思い出し、顔をゆがめる。約束を破り、勝手に敵の中に突っ込んでいった自分を、怒りではなく、本気で心配して叱ってくれたこと。そして、そんな自分が生きていたことに、本当に喜んでくれたこと。


(あんないい人を泣かせるなんて。)

自分がしたことが、少なくとも間違いではなかったと自信をもって言える。そう思いつつも人として最低なことをしてしまったと思うと、どうしても自己嫌悪に陥ってしまうのであった。


そして、しばしの沈黙が二人の間に流れた。


「…本当は、行ってほしくなかったんです。」

ぽつり、と零すように桃香が口を開く。それになぜ、と問うことはせず、終は黙って先を促す。


「あなただけじゃない。風鈴先生にも、村の人達にも、戦ってほしくはなかったんです。」

ぽつりぽつり、と言葉が漏れる。しかし、堰を切ったようなものではなく、並々と注がれた杯から、少しずつこぼれ落ちるような語り方。


「わかっているんです。そうしないと村を守れなかったことぐらい、私にだってわかっていたんです。」

それでも、そこに込められた感情は、確かな勢いを持っていた。言葉で言い表せないほど詰まった感情を、確かな言葉に乗せて伝える。


「それでも、戦わないで済む方法があったんじゃないかって、どうしても思ってしまうんです。」

最後にそう言葉にすると、彼女は膝を抱えて空を見つめた。無数の星と、地上を照らす大きな月を眺めながら、だがその目には確かな哀しみが宿っていた。


「優しいな。お前は」


それが、彼女の言葉を聞いた彼の素直な感情で


「そして、どうしようもないほどの夢想家だ。」


これが、彼女に対する評価だった。終の言葉に、桃香は辛そうにその顔を歪める。


「あの状況で戦わないで済む方法なんて、万に一つもない。そうとわかっていながら他の手段があったんじゃないかと思う。夢見るのも大概にしろと言いたいところだな。」


容赦なく、たたきつけるように言葉を続ける。相手は賊である。人から奪うことを生業とする者たちである。そんな存在に対して戦い以外で物事を収めるなど不可能である。それをわかっていながら、他の手段があったかもしれないと思えてしまう彼女は、彼からしてみれば危うさの塊だ。それは、少しでも出来ると思ってしまえば、危険を省みずに行動してしまうかもしれないと、自ら言っているようなものだからだ。


彼女の優しさは誰にでも向けられる。たとえ、自分を殺そうとする人間に対しても、彼女はその在り方を変えないだろう。それは、確かに美しくある。だが、己を疎かにするという点で、致命的に間違っていた。そして、それを放っておけないほどに、彼は彼女を気にかけていた。


「お前の優しさは尊敬に値する。だが、行き過ぎた優しさはただの毒だ。誰も彼もを救おうとすれば、結局誰も救うことなんてできない。しかも、相手は人を食い物にする賊だ。そんなやつらに話し合いの余地なんてない。」

「それでも…」

「万が一話し合いができて、奴らがこの村を見逃したとしても、奴らはきっとまた別の村を襲っていた。結局、誰かがやらなきゃならないことを、他人に押し付けるか、自分で片づけるかの違いしか出なかった。お前はそれをわかってさっきの言葉をほざいたのか?あんな奴等を、話し合いだけで完全に大人しくさせられるなんて、本気で思っていたのか?」

「それでも!」


反論の余地も与えない言葉の波。その波に正面からぶつかるように、桃香は声を張り上げた。何時もは大人しい彼女が発する、力強い声に終は黙らざるを得なかった。


「それでも私は諦めたくないんです!皆が笑って暮らせる世を!誰も傷つかなくてもいい世界を!!」


それは何処までも甘く、だが確かな決意を秘めた思いだった。聞く人が聞けば、何を馬鹿なことをと嘲笑するようなものだ。


「…阿呆だな。お前は。」


事実、終はそうした。わざとらしく鼻で笑い、これまたわざとらしく馬鹿にしたような声音で言い切った。桃香は、それを受けて悔しそうな顔をしながらも、彼から目を逸らすようなことはしなかった。


彼女は本気なのだ。本気で、この夢物語の理想を実現したいと思っているのだ。


「だけど、そういう阿呆は嫌いじゃない。」


それを理解した彼は、先ほど見せた嘲笑をやめると、嬉しそうな笑顔をした。彼女の願いは、彼女の夢は、とても楽しそうで、そしてキレイに思えたからーーー


「そこまで言うならやってみな。応援はさせてもらうぜ。」

「…!ありがとうございます!」


今まで否定的だったところから、一転して放たれた肯定的な言葉に桃香は驚きつつも、嬉しそうに感謝の言葉を告げた。満開の笑顔になった彼女を見て、大丈夫であることを確認した彼は、「そろそろ寝る。」っと言ってその場を後にした。











『所詮、人殺しは人殺しだよ。どんな理由があろうとね。』



声が聞こえた。何処か悲しそうで、悟ったような声だ。




(人、殺し?)


自らの手に目を向ける。汚れのない掌。だが、彼の目には、その手が真っ赤に染まっているように見えた。


(殺した)


思い出す。


人を切った瞬間を、肉を断つあの感覚を


一瞬にも満たなかった光景が、何度も何度も再生される。


(おれが――――)


人を殺した。


この手で殺した。


自ら望んで、自らの意思で




心底楽しそうに、首を断った




(ぼくが?)


それを理解した瞬間、彼の意識は、そこで途絶えた。




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