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恋姫竜神記  作者: DGK
27/40

楼桑村

「あそこが桃香の故郷。楼桑村だ。」

先頭にいる公孫賛が、遠くに見える村を指さして言った。


「ようやく着いたな。」

「ええ」

その言葉を聞いて、終達はその村を見てこれまでの道程を思い返し、感慨深い気持ちになる。


遠目から見る分には、やけに大きい木が見えることを除いて、今まで彼らが立ち寄ってきた村々と大して変わりのない、何の変哲もない普通の村だ。だが、あそこには、目的の人物が私塾を開いている。まだ、会ってすらいないが、二人は、特に藍里はその人物への期待に胸を躍らせていた。


「あっ!」

もう少しで村に着くというところで、劉備が村へと駆けだす。何事かと彼女の駆ける先を見ると、そこには一人の白髪の麗人が笑みを浮かべて立っていた。


「風鈴先生!」

その豊満な胸の中に、劉備が飛び込む。今まで張りつめていたものが切れたのか、涙を流しながらきつくその女性を抱きしめている。その様子を見て女性は驚きながらも、何かを察したのか優しく微笑むと、しっかりと彼女を抱きしめた。


「おかえり、桃香ちゃん。」



劉備が泣き止んだあと、彼女の様子からただならぬことがあったことを察した盧植は、自己紹介を終えた後に終たちに何があったのかを聞いた。二人は、劉備が行商に行った村が賊に襲われたことを正直に伝えた。それを聞いた彼女は、話に聞いていた通りの識者としての面を出し、村の人々への通達、近隣の村々への連絡、自身の人脈を使った太守への賊討伐依頼などを行った。


その指示の中で公孫賛に彼女の父の元へ戻るようにも言った。彼女の父は、この付近に根を張る豪族である。この村に留まるよりは、彼女の父の元へいた方が安全だと考えた盧植は、その力を借りるための使者をしてもらうという名目の元、彼女を間違いなく安全な場所に送るためにこの指示を出したのだ。公孫賛自身も、ここに居ても何もできることがないことがわかっていたので、すぐに戻ってくる旨の話を桃香として父の元へと駆けて行った。





「いやぁ、なんつーか。想像してたのと大分違ったな。」

「温厚な人物であるとは聞いていましたが、あそこまでとは思ってもみませんでした。」

陽だまりの中にいるかのような、そんな雰囲気を纏っていた盧植のことを思い出しながら、終たちは思い思いに彼女の感想を述べていた。


諸々が一段落してから、改めて終達は盧植と話をした。指示を出していた姿を見た二人は、まぎれもない識者であると確信したので、厳格な人物であるという認識を持っていた。しかし、一度話してみたら彼女の性質は非常に温厚であり、言ってしまえば優しいお姉さんといった印象が強く、とても識者に見えるものではなかった。


(劉備がこんな感じなのもあの人の影響なんだろうか。)

「劉備殿、また落としましたよ。」

「あわわ、ごめんなさい!」

(……いや、これは元々だな。)

劉備が財布を落とす。藍里が拾って渡す。これで五回目ともなった光景を見て、終は諦めと優しさの籠った目を彼女に向けた。当然彼女はそれに気づくことはなく、また案内を開始した。


今二人は、劉備の案内の元、彼女の家へ向かっている。ここでの宿をまだ決めていなかった彼らに、自分を助けてくれたお礼をしたいからと自分の家に泊まることを提案したのが始まりだ。特にこれといった場所を決めていなかった二人は、渡りに船と劉備の誘いを快諾した。無闇に泊まる場所を探すよりもずっといいからだ。


「つきました!」

劉備が元気よく指さす方向に、終と藍里は目を向ける。


まず最初に視界に入ったのはとても大きな木であった。その幹の太さは、普通の木の何倍もあり、遠目で見なければすぐそばに壁があるように錯覚してしまうだろうと思えるほどだ。そして、その高さも尋常ではなく、遠くに居ても見上げる必要があるほど高かった。それこそ、今にも天に届いてしまうのではないかというほどだ。


(俺の秘密の場所を思い出すな。)

未だに自らの親友にしか教えていない秘密の場所。それを思い出すのと同時に、恋は今頃どうしているのだろうかと考えた。


常山に居た頃は、信を経由して頻繁に連絡を取っていた。なので、彼女がどうしているかを良く知ることが出来たし、自分がどうしているかも彼女に伝えることが出来た。


(届いているかなぁ)

村を出る前に送った、旅に出たことを伝える連絡。既に届いているであろうそれを見て、恋がどんな反応を示したのか。それを知る術は、今の彼にはない。たが、信がいる限り無茶なことはしないだろうとは思っていた。


(あいつに会うのは、最後がいいな。)

楽しみは、最後に取っておこう。その方が、良い土産話を沢山出来るようになるから。そう答えを出した終は、思考の海から抜け出し、目の前の景色を改めてみた。


改めて見ることで気がつかなかったことにも気がつくができる。よくよく見てみれば、その木の傍には女性がいた。


見たところ初老に入っているだろう女性は、見た目によらず優しくも力強い目をしており、見た目よりもずっと若い印象を受ける。それに何より目を引いたのは、劉備と同じ桃色の髪であることだ。そのことから、彼女が劉備の母親であると終は当たりをつけたのだが―――――


(なんだ、この悪寒は……)

何処か懐かしい、しかし決して思い出したくない気配を彼女から感じていた。それはもう猛烈に感じていた。


「お母さん!」

そんな彼の心情などお構いなしに、劉備は嬉しそうに女性に駆け寄った。先程と違い涙は流していないが、それでも喜んでいるのがはっきりと分かる声色だった。


「おかえりなさい、桃香。」

「ただいま、お母さん。」

柔らかな微笑みを浮かべる女性に、満開の笑顔を浮かべる劉備。その光景を見て、少しだけ懐かしいものを見るような目をする藍里と、頻りに感じる悪寒に疑問を浮かべる終であった。


「先生から話は聞きました。大事ないですか?」

「はい!あの人達のおかげです!」

そう言って劉備は少し離れたところにいた終達を見た。その視線に気付き、二人は彼女等の側まで移動した。


「既に話は聞き及んでいます。この度は我が娘を助けていただき感謝致します。」

そう言って、女性は、劉備の母は頭を下げた。その所作は、辺境の村に住む人物とは思えないほど精錬されたものだ。


ただの村人ではない。二人は、彼女を内心そう評した。


「いえいえ、俺たちは当たり前のことをしただけです。感謝されるほどのことでもないですよ。」

「謙遜する必要はありません。あなた方は娘の恩人です。ご迷惑でなければ、どうかおもてなしさせていただけないでしょうか?」

極めて丁寧で、そして淀みない礼の言葉に、終達はどこか落ち着かない様子だ。それもそうだ。まだ、子供といっても差し支えない年で、ここまで懇切丁寧なお礼を受けたのは初めてなのである。


「あの、あまりかしこまった態度をとらないでください。少し、息が詰まりそうになりますから。」

劉備の母は、かなり緊張している様子の終を見て、次いで諸葛誕を見た。


「……わかりました。貴方たちがそういうのであれば、そうしましょう。」

それから、少し考えるような素振りを見せてから頷いてそういった。口調は先ほどと変わらずに丁寧だが、何処か堅苦しさがなくなっていた。


「では、ついてきなさい。」

背を向け先を歩く劉備の母の後に、幾分か緊張が解けた状態で二人が続く。その二人の後に、嬉しそうな表情を浮かべた劉備が小走りでついていった。






~楼桑村・劉備宅~


劉備の家は、どこにでもありそうな小さな一軒家であった。表に置いてある筵が、ここは筵で生計を立てていますと堂々と主張している。しかし、裏に回れば、そこには見事な桃林があった。まだ寒い季節であるため花は咲いていないが、一度咲けばそれは見事な景色を作り出すだろう。


彼らが案内されたのは、そんな桃林の中心だった。酒はないが、それでも一農家が出すものとしては豪勢な部類にあたる宴席が用意されている。後の流れは実に自然なもので、終、藍里、桃香、そして桃香の母の四人が席につき、料理を堪能しつつ談話を楽しんだ。


(それにしても以外だったな。藍里がこんなに喋れるなんて。)

終はこれまでの道中を思い出しながら、今も劉備の母とここまでに至る話をしている藍里に目を向ける。彼女との会話が皆無であったわけではないが、それでもここまで饒舌に話す姿を見たのはこれが初めてだった。


(無理に話してるってわけでもなさそうだし、あんま気にする必要なさそうだけど…)

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない。なんかもやもやしてるだけだ。」

自分と話すときとは違う藍里の様子に、何処か釈然としないものを感じて唸る。それを見て劉備が声を掛けたので、言葉に言い表せない感情をそのまま口にする。当然、そんなことを言われた劉備は頭に疑問符を浮かべることになるのだった。


「ところで劉備。何時まで敬語で話すつもりなんだ?俺としては、お前の母上殿と同じぐらいで接してもらうと気が楽なんだが。」

「あ、いえ、これは、その……」

終の指摘に、焦った様子で答えようとするが、そのままモゴモゴと口を動かすばかりになり、それ以上の声が出ることはなかった。


「まぁ、無理にとは言わねぇけどよ。やっぱ敬語で話しかけられると、ちょっと他人行儀な気がしてな。俺、お前のこと結構気に入ってるからよ。もっと仲良くなりたいって、そう思ってるんだよ。」

彼女には、自分が気にかけるだけの何かがある。初めて会ったときに働いた勘がそう告げていたからというのも理由ではあった。だが、何よりも終は、彼女の優しい人柄を気に入っていた。彼の周りには、素直に優しいといった人物が少ないため、彼女の優しさはとても珍しく、そして好ましく映っていたのだ。


「仁竜さん……」

「まっ、こういうのは焦っても仕方ないからな!互いにゆっくり知り合うところから始めるさ!」

終は、ニカリと笑ってこの話はお仕舞いとでも言うように目の前の食事を掻き込んだ。彼の前にあった料理は、あっという間に姿を消し、空の器だけが後に残る。


「そういえば、もう贈り物は渡したのか?」

「あっ……」

ふと気になったことを聞くと、劉備は間の抜けた声を上げた。その反応から色々察した彼は、何も言わずに優しく、それはもう顔が輝いているのではないかというくらい優しく微笑んだ。


「ち、ちょっと、失礼します。」

その『非常に優し気』な笑顔を見たためか、劉備は顔を赤くしてその場を離れた。劉備の母と藍里は、話に夢中になっているためか、それに気づくことはなかった。


それから少し時間が経ち


「お母さん。」

ちょうど二人の会話が落ち着いた頃に劉備が戻ってきた。二人の位置からは見えないが、彼女が後ろ手に茶の入った小瓶を握っているのが終の場所からはよく見えた。


「桃香、どうかしたのですか?」

声を掛けられた劉備の母は、何やら落ち着かない様子の彼女に疑問を覚えている様子で彼女に問いかける。一方、彼女が手を後ろに回していることと、終がニヤニヤと笑っていることから何となく事情を察した藍里は、さりげない風を装って終の近くに移動した。


「じ、実は、お母さんに送りたいものがあります!!」

これです!!っと緊張からか上擦った声を出し、綺麗に直角のお辞儀をしながらその手にあるものをつき出した。


「これは?」

母の問いかけに対して、しばしの間口ごもる劉備。そろそろ助け船でも出そうかと終が考えた始めたとき、彼女は顔を上げて優しく微笑んだ。


「お母さん。いつもありがとう。」

その言葉で、全てを察したのであろう。怪訝そうな顔は驚きに、驚きの顔は喜びに変わった。


「桃香。お前という子は―――」

感極まって今にも泣きそうな雰囲気を出していたが、そこは母としての威厳を保つためか涙を流すことはなかった。しかし、込み上げてくる感情を抑えきれないようで、体が小刻みに震え顔には笑みが浮かんでいた。


(よかったな。劉備。)

それを見ていた終は、温かい眼差しでその様子を見ている。隣に居た藍里も同じような目をしていた。


「大事はないというのに、こんなに質の良い薬草を買ってくるなんて……!」

「「「えっ?」」」

しかし、それも彼女の母の一言で一気に冷めた。驚きすぎて三人は、同時に呆けた顔になっていた。そんな三人の反応に遅れて劉備の母も「えっ?」と呆けた顔になる。


「どうしたのですか?そのような顔をして」

「…ちょっと失礼します。」

さっと劉備の母の手から小瓶を奪い取ると、すぐに中を確認した。


「あー……これは確かに薬草だな。物は悪くねぇが、茶として買うとなるとちょっとぼったくってるな。」

かつて并州で嗅いだことのある茶の香りと、小瓶の中にあるものの香りを比べてそう断言する。どれだけ物がよかろうと薬草は薬草。これを茶として売るなど完全に詐欺である。


つまり、劉備は騙されたのだ。


「…阿備や。これは幾らで買ったのですか?」

「……このくらい、です。」

微笑みを浮かべながら問いかける母に、劉備は顔を青くしながら正直に払った値段を伝えた。その値段は、やはり薬草としては買うには、明らかに法外な値段であった。


それを聞いた劉備の母は、ゆっくりと立ち上がると彼女の肩に優しく手をのせて


「阿備イイイイ!!!!」

「キャアアアア!!!」

猛烈な勢いで彼女を引きずって何処かへと走り去っていった。


「…終殿。」

「何も言うな藍里。これが親子の一つの形ってやつなんだよ。」

その光景に驚く藍里と、何となく察していた様子の終がその場に残される。突然の事態に思考が追い付いていない藍里が、状況の説明を求めるように終を呼ぶと投げやり気味にそんな答えが返ってきた。


遠くで何かが盛大に水に落ちる音が響いた。それと同時に劉備の悲鳴も聞こえなくなる。


「……終殿。」

「何も、言うな。」

今度はさっきと違って、今の状況に対する彼の心情を問うように彼の名を呼ぶ。それに終は、頭痛を抑えるように額に手をやりながら立ち上がると、ある程度想像はついているのだが、劉備たちの様子を見るために彼女たちが去っていったほうに歩いて行った。



「お前というものは!!茶と薬草の区別すらつかないのですか!!?いくら茶の香りを嗅いだことがないといっても、薬草の香り程度は覚えているでしょう!!!!そもそも使う額が大きすぎです!!!孝を尽くすのが善きことであろうとも、過ぎればただの散財!!!それ即ち不孝に他なりません!!!そんなことも分からないからお前は阿備なのです!!!こないだも私はお前に――――」


到着した彼らを迎えたのは、川の半ばほどの位置で力なく浮いている劉備とその劉備に向かって説教を行う彼女の母の姿だった。藍里はその光景に呆然とし、終は知ってたという風に肩を竦めてため息を吐く。


「しゅ、終殿?劉備殿は大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫だ、藍里。間違いなく大丈夫じゃねぇから。」

「いや、どっちなのですかそれは?!」

そんなやり取りをしている間に、完全に川の流れに身を任せて流されていく劉備。その体は徐々に川の中へと沈んでいき、最後には完全に見えなくなった。沈んだ後からは、ブクブクと泡が上がってきている。


さすがにこれは危ないと思った二人は、二人して川の中に飛び込み彼女を陸まで引き上げるのだった。


「おーい、だいじょぶかー?」

「うーん、空から桃饅が……」

「ダメなようですね。完全に目を回しています。」

終がぺちぺちと劉備の頬を叩きながら声を掛ければ、彼女から寝言のような頓珍漢な答えが返ってきた。まるで想像がつかない夢の内容だが、溺れかけで返事ができるだけ良いほうだろう。


「少々、やりすぎではありませんか?私には、劉備殿に非があるようには思えないのですが。」

他所の家庭の問題とは言え、理不尽ともいえる折檻に藍里は物を言わざるを得なかった。彼女の目から見て商人に騙された劉備は被害者であり、劉備の母がやったことは死体に鞭を打つのに等しい行為に思えたからだ。


そんな非難の目を向けられている当人は、その言葉に返答することはなく、黙って劉備を見つめている。


「優しすぎるから、ですよね?」

それを見た終は、問いかけるというよりは確認するようにそう聞いた。その質問に劉備の母は、ふぅっと息を吐く。


「…やはり、わかりますか?」

「彼女は、とても分かりやすいですから。」


彼が彼女に抱いていた印象は二つ。尊敬と危うさだ。


「どういうことです?」

「そのままの意味だ。劉備は優しすぎるんだよ。それこそ、自分が騙されたのだと知っても、その相手を無条件で許してしまえるくらいにな。でも、その優しさは相手を救うことは出来ても、必ずしも自分を救ってくれるものじゃない。親としては、子供のことを第一に思うのは当然。だからこそ、敢えてつらく当たることで、決して甘くはない世間というやつを劉備に教えているんだろうさ。」


優しさも過ぎれば、ただの甘さになる。甘さは、必ず何処かで自分や周りを傷つける。何時だったか自身の母が言った言葉を思い出した終は、思うところはあれど、劉備の母がしたことに否定的にはなれなかった。


「この子の優しさは、ある種の才能の域に達しています。この子の周りに集まる人間もまた、心根の良く優しいものばかりです。ですが、この世の人間すべてがこの子の周りにいるような善人ばかりではありません。いつどこで食い物にされてしまうか、そう考えると心配で仕方ないのです。」


目を瞑って唸っている劉備の頬に、優しく手を添える。先ほどまでの険しいものではなく、柔らかな、だがどこか困り顔のような、それでも優し気な雰囲気が籠った表情だ。


「私は、この子に人として大きくなって欲しいと願っています。ただの優しい、何処にでもいそうな村娘としてではなく、天下の全てを包み込めるほどの人物に―――――そのためなら私は、鬼にもなります。」


そう言って添えた手を離すと、劉備の母は終たちに背を向けて家のほうへと歩いて行った。その背を見送る二人の視線に非難の色はなく、むしろ微笑ましいものを見るような目でそよ姿をおくっていた。語った後の彼女の顔は、ほんのりと赤くなっていたから。


「まって、それは、最後の桃饅――――!」

彼女の姿が林の向こうへ消えたのを見計らったように、劉備が跳ね起きる。その時の表情は、とても切羽詰まったもので、賊に襲われた時よりも強張っているようにも見えた。それを見た二人は、たかが桃饅程度でそこまでうなされるものなのだろうかと疑問を感じたが、どうでもいい答えしか思い浮かばないので気にしないことにした。


「あれ?わたし……」

「よう、劉備。気分はどうだ?」

気がついたばかりで意識がいまいちはっきりしていない様子の劉備に、終は安否を気遣うように声をかける。それに劉備は、口を少しだけ開け、そして小さくくしゃみをすることで答えた。


「はは、あんまり調子良くはないみてぇだ―――――ハックショイ!!!」

最後まで言い切る前に、彼もまたくしゃみをする。暖かいとは決して言えない時期に、水浸しのままでいるのだ。こうなるのも仕方ないと言える。


「ようやく目を覚ましましたか?」

一先ず、暖を取らせるために彼女を連れて行こうとしたとき、先ほど家へと戻っていったはずの彼女の母が大きな布を片手に戻ってきていた。この川から家までは、そこそこの距離がある。それをごく短時間で行って戻ってきたということは、少なくとも歩いてきたわけではない。


「お二人とも、これをどうぞ。」

「あっ、どうもありがとうございます。」

二人は、自分達に差し出された布を受けとった。彼女はそのまま劉備のほうへと向かう。


(ほんと、子供思いなんだなぁ。)

ややおびえた様子の劉備に、彼女は何も言わずにやや乱暴に布をかけながら、しかし決して傷つけることのないように優しく頭を拭く。その姿に、故郷にいる母の姿を思い出した。今頃何をしているのだろうかと考え、少なくとも自分の心配はしていないだろうと笑みを浮かべる。


「お、お母さん?」

「…帰りますよ。そのままでは風邪をひきます。」

様子を伺うように呼び掛ける劉備に、そっけない態度を取りながらも、言外にもう怒っていないことを告げる。それを知った劉備は、ほっと胸を撫で下ろし彼女の後に続くのだった。


「一件落着、ってところか?」

「はい。そのような認識で合っているかと。」


劉備の買ったものが、ただの質の良い薬草であったことが判明してからの一連の出来事は、短いながらも二人にそれなりの疲労感を与えるには十分なものだった。お互いに顔を合わせ、疲れたような笑顔を向き合わせる。


「仁竜殿達も、そのままでは風邪をひいてしまいますよ。」


劉備の母が、振り返って終達を呼んだ。その言葉で寒さがぶり返してきた彼らは、小さくくしゃみをしながら後に続くのだった。











「そう言えば、なんで私のことを真名で呼んでくれないんですか?」

「えっ?俺、お前と真名交わしてないぞ?」

「…えっ?」

「……えっ?」


そんな風に、何とも風情のない形で、二人は真名を交わすのだった。それを見た藍里と劉備の母の表情は、推して計るべし。

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