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恋姫竜神記  作者: DGK
26/40

竜の見た夢

~宿~


互いに話疲れ、そろそろ眠ろうかとした時。


(外が騒がしい。)

その異変に最初に気づいたのは終だった。何処か遠くで、何か人が騒ぐ声が聞こえたのだ。しかし、大分遠くで起こっていることだからだろうか、同じ部屋に居る二人は気づいていない様子だった。


「なぁ、なんか外が騒がしくないか?」

「・・・?何も聞こえませんよ?」「・・・?何も聞こえませんが?」

確かめる意味を込めて二人に聞いたが、二人とも同じ答えだった。だが、終の耳にはハッキリと聞こえていた。しかもそれは、段々と大きく近くなってきている。


初めは彼の言っていることが分からなかった二人だったが、時間が経つごとに騒ぎ声が聞こえて来たようで、確かめるように外に耳を傾けていた。そして、それがただ事ではない雰囲気を纏ったものであることを理解した時、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。


「お客様!速くお逃げください!!」

切羽詰まった様子の亭主が、早口でそう捲し立てる。もうこの時点で、すぐ近くから悲鳴が聞こえていた。


「いったい何が起こってるんだ?!」

「賊です!洛陽船からの商人が来ていることを聞きつけて襲って来たんです!!」

それを聞いて、劉備が窓を開けた。


外はまさに地獄の様相だった。夜にも関わらず、焼けた家々の火によって空は赤に染まり、そこかしこから人の悲鳴が上がっている。焦げた匂いと何処か生臭い匂いが混ざり合った生ぬるい空気が室内に入り込み、その場に居た者は皆一様に顔を顰めた。


「クソが・・!!」

終が剣を手に取る。しかし、藍里がその手を抑えた。


「止めなさい、終殿。流石にあなたでもできないことがあります。」

「お前はこれを黙って見過ごせって言うのかよ!!」

終は乱暴に手を振り払い、感情を露わにして吠えた。外の騒ぎは、この近くまで迫ってきており、賊が目と鼻の先にいることを嫌でも理解させる。


「相手は集団で来ています。それも4人、5人と数えられるものではありません。あなた一人が向かったところで、数に押されて無様な死体を晒すのが関の山だ。」

「けどなぁ――――!!」


分かっているのだ。自分にこれをどうにかする術などなく、自分がやろうとしていることは無駄なことでしかない。それでも、目の前に救えるかもしれないものがいるのに、何もしないと言うのは、彼には耐えられるものではなかった。


彼の親友が、同じような理由で、全てを失ったのだから。


「終殿。ここは耐えるのです。敵わぬ者から逃げるのは、決して恥ではありません。」

「――――――!!!」

故郷においては、大人でさえ相手にならない強さを持つ自分が、ここではただの小僧であることを知った彼は、無力感とそれに伴う悔しさで身の内を焼かれるような感覚に襲われた。それこそ、その感情のままに剣を振るいたいと思えるほどだ。しかし、それを実行できるほど、彼は愚かではなかった。


「麒麟!!!!」

自らの相棒の名を叫ぶ。瞬間、阿鼻叫喚の地獄の中に大きな馬の嘶きが響いた。それを聞いた終は、部屋に居る三人を見た。


「藍里!!劉備!!それと亭主さん!!速くここから逃げるぞ!!!」

「逃げるってどうやって―――――」

劉備が問いかけようとした次の瞬間、終は窓から勢いよく飛び出す。三人はそれにあっけにとられた顔になったが、いち早く正気に戻った藍理が窓から顔を出した。そこには、彼の愛馬である麒麟に跨った彼の姿があった。


「何ボサッとしてるんだ!さっさと来い!!」

その言葉に藍里は素早く反応し、窓から飛び出す。それと同時に何かものすごい力で持ち上げられる感覚を味わった次の瞬間には彼女は麒麟の後ろに乗っていた。藍里は、あまりにも突然だったので何が起きたのか全く理解できなかったが、すぐに終が自分を持ち上げたのだと理解した。


「劉備と亭主さんも速く!!」

終が未だに立ち竦んでいた二人に叫ぶ。劉備は次々と起こる事態に頭がついていなかった。しかし、賊の声はすぐ近くまで来ている。何時までもそうしているわけにはいかない。


「行きましょう、亭主さん!!」

劉備は亭主の手を掴み、窓から飛び出そうとした。たが、亭主はその手を振り払うと一歩後ろに下がった。


「亭主さん?!何を――――」

「申し訳ありませんが、私はここに残ります。」

強い意志を感じる言葉で亭主が劉備の言葉を遮る。その真剣な眼差しに、劉備も二の句が継げなかった。


「まだ残っている客人がいるかもしれません。この宿の亭主である私が、それを確認もせずに離れるわけにはいかないでしょう?」

この宿には、部屋がすべて埋まってしまうほどの客が来ていた。突然の事態に逃げ遅れるものが居ても不思議ではない。何処までも『かもしれない』の話に過ぎないが、亭主にとっては、たったそれだけの可能性が、その場に残らせる理由には十分だったのだ。


「それに、いかな名馬とて四人も乗せて駆けることは出来ないはずです。ならば、ここは未来ある若者を行かせるのが、大人の役割というものです。」

麒麟は普通の馬ではない。それこそ、千里を一日で走るといっても信じられるほどの迫力と、それに見合った実力を持つ正真正銘の名馬だ。しかし、その名馬にも、背負えるものには限りがある。どれだけ頑張っても、その背には三人までしか乗れそうになかったし、麒麟自身も速度を出せるのは三人までが限度だった。


「でも「ボサッとしてんじゃねぇ!!さっさと来い!」

あきらめきれず、なおも説得を続けようとする劉備の言葉を、終は無理やり彼女を麒麟に引き上げることで中断させた。もう賊の声が間近に迫っており、一刻の猶予もない状況になっている。頑として動く気配のない亭主を待つ余裕などなかったのだ。


「・・・亭主さん。」

「何ですか?」

もう彼は助けられない。それを彼は理解していた。


「最期に何か、思い残したことはないか?」

だから問うた。もう生きて合うことはないだろう人間に対して、何か報いることができないかと。自分にできることはないのかと。


「・・・荊州に住んでいた私の従兄弟に、幼い娘がいましてね。」

それに亭主は、ぽつりぽつりと語りだす。


「従兄弟が早死にしてしまったのちに、消息がつかめなくなってしまっているのです。」

その時のことを思い出しているのか、その顔には深い後悔が浮かび上がっている。彼の従兄弟の死は、決して彼が何かしたために起きたことではない。それによって、その娘が消息不明になってしまったのも、また彼のせいではない。


たが、何か出来たのではないかと思うと、彼は自分で自分を許すことができなかったのだ。


「その子の名は、鄧艾。字は士載といいます。」

一度として忘れなかった、大切な従姪の名前。一度として思わないことはなかった、彼女の安否。言葉がうまく話せず、同じ言葉を何度も繰り返してしまうところがあった彼女が、今は何処にいるのか。


「もし、この大陸のどこかで、あの子に会うことがあったのならば―――――」

彼女を探し出すのは、本来なら彼女の従叔父である自分がやるべきであった。それを、まだ名も知らない誰かに託すことに、迷いを感じてもいた。だが、自分の命数を今この時悟った彼は


「どうか、彼女を救ってやってください。」

最期に、その願いを託した。


「――――ああ、任された。」

短く、だが力強く、その言葉に是と返す。その言葉を聞いた亭主は、晴れ晴れとした笑顔でうなずいていた。


それだけ見ると、終は麒麟を駆けさせる。麒麟は、その足の速さで、あっという間に亭主の視界から消えていった。後に残るのは、彼らがここにいたという、微かな痕跡だけだ。


「・・・・確かに、頼みましたよ。」


最期にそうつぶやいた瞬間。背後から迫った刃が、亭主の体を貫いた。



~村の大通り~


「戻ってください!あのままじゃ亭主さんが!!」

「今さら戻ったところで、もう間に合わないさ。」

馬上で劉備が吠えると、終が常の彼らしくもない冷たい言葉でそれに返す。村はすでに業火に包まれており、何処を見ても死体を目にしないことはない。目を覆いたくなるような惨状だ。


「そんなの!戻ってみなきゃ―――」「黙ってろ。舌噛むぞ。」

なおも諦めまいとする劉備の言葉を、麒麟の速度を上げるという強引な方法で黙らせる。周囲の景色が後ろに流れ、烈火のような空気が顔面にたたきつけられる。


「おい!見ろよ!!馬だぜ!!」

「女も乗ってやがる!!」

「剣も高そうだ!!」

立派な体躯の馬が、村の中を疾走すれば当然目立つ。あちらこちらで暴れまわっていた賊たちの目が、一斉に終たちに向けられた。


「はぁ・・・畜生共が、騒々しいな。」

そういった次の瞬間には、彼の周辺にいる賊たちが、彼ら目指して群がってきていた。だが、止まっているのならまだしも、今の麒麟は最高速で駆けている。どれだけ群がろうが近寄ることなどできず、馬を持っていない賊たちは、おとなしくそれを見逃すほかなかった。


そうして、終たちは、賊たちの視線を背後に受けながら業火に焼かれる村を逃げ出すことに成功した。このまま逃げ切れるか。彼がそう思ったのもつかの間だった。


「どけどけぇ!俺の獲物だ!!」

「いや!!あの馬は俺がもらうぜ!!」

群れの中から、馬に跨った賊が飛び出す。その数は七人。山ほどいる賊の中でみたら少ない数だろうが、それでもすぐに動けない二人を除いた実質一人と、個々に動くことができる七人では分が悪い。


「麒麟」

自分たちを背に乗せて、懸命に駆ける相棒の名を呼ぶ。常の麒麟ならば、そこらの馬を完全に抜き去るくらいのことはできる。しかし、麒麟の背には、終を含めて三人も人が乗っているため、いつもの速度を出せないでいた。それでも、なかなか相手に距離を詰めさせないところが、この馬が名馬である所以だろう。


(このままじゃ何時かは追い付かれる。)

村からだいぶ離れたというのに、賊たちは追いかけるのを止めない。さらに、麒麟にも疲れが出てきたのか、だんだんと距離を詰められていた。


「終殿!このままでは――――」「言われなくてもわかってる。」

焦る藍里の声に、やはりどこまでも冷静に答えた。


(村からはだいぶ離れた。今追いかけている賊さえどうにかすれば、このまま逃げ切ることができるな。)

状況は依然として不利とはいえ、先ほどまでの数えきれない数の賊に囲まれていた状況と比べれば、遥かにマシなものだった。そして、彼は、『たかが七人程度なら』どうにかできる程度の実力を有しており、それをしっかりと認識していた。


「藍里。劉備。振り落とされるなよ。」

二人の返事を待つことなく、終が麒麟を反転させる。そこから一瞬の間も置かずに突貫。今まで逃げ続けていた獲物が、突然こちらに向かってきたのに賊たちは驚嘆し、一瞬思考が停止した。


その一瞬が命取りだ。


剣を鞘ごと引き抜き、すれ違いざまにそれを振るう。次の瞬間、先頭を駆けていた賊が、馬から落ちる。それに反応する間すら与えず、彼がそれを振るうたびに一人、二人と落馬していき、後に残ったのは最も後ろを駆けていた賊一人となっていた。


一連の流れを見ていた最後尾の賊は、焦った様子で手に持っていた剣を振り上げている。しかし、それが下ろされる速度は、彼の目からすれば極めて鈍重なものだった。その刃が彼に届くよりも速く、彼の横凪の一閃が賊の腹に突き刺さり、先の六人と同じように最後の一人も落馬した。


後に残るのは、主を失い駆ける馬たちと地面に沈んだ賊だけだ。


「行くぞ、麒麟。」

あまりにも速い展開と、目まぐるしく変わった景色に完全に目を回していた二人を放置して、終は麒麟を駆けさせた。




~街道沿いの森~


「よし。ここまでくれば、さすがに大丈夫だろ。」

村から脱出し、賊を迎撃してからしばらく駆けたところで麒麟の脚を止める。できれば安全のため、もう少し駆けたいというのが彼の本心だ。だが、藍里と劉備の疲労を考慮すれば、ここで一旦休息を取ったほうがいいと判断した。


終が麒麟から下り、それに続いて若干ふらつきながら藍里も下りる。だが、劉備だけは俯いたまま下りようとしない。


「劉備殿?」

それに気づいた藍里が、心配そうに声を掛ける。


「――――った。」

劉備の顔が上がる。その目には、大粒の涙が溢れていた。しかし、その瞳の奥に浮かび上がっている感情は恐怖ではない。


「私、何も、出来なかった・・・!」

彼女は後悔していた。目の前の助けられたかもしれない命を、助けることができなかったことを後悔していた。あの時、自分にできることはなかった。それはわかっていた。


だが、それでも彼女は助けたかったのだ。例え、自分の力でできることが、何一つとしてないとわかっていても。彼女は、助けられたかもしれない命を助けたかったのだ。


「劉備殿・・・」

そんな彼女の心情を知って、藍里は何も言えなかった。もし、自分にもっと力があれば、あの村を救うことは出来ずとも、何人かは助けることはできたのではないかと、彼女自身も思っていたからだ。特に目の前にいた亭主に関しては、確実に何かはできたはずだと、彼女は深く後悔していた。だから、彼女は、劉備に対して何も言えなかった。


「・・・・劉備。」

終が麒麟に跨る彼女に手を差し出す。劉備は、その手を見て、彼の顔を見た。


「まずは、休もう。それから、一緒に考えよう。」

終は、笑ってそう言った。


この中で誰が一番、あの村の人々を多く救える力を持っていたかと問われれば間違いなく彼だ。この中で最も力を持っていたのが彼で、彼自身自覚していることだったからだ。だからこそ彼は、この中で何も出来なかったことに、何もできなかった自分に怒りと無力感を感じているはずなのだ。


なのに彼は、笑っていた。一番泣きたいはずなのに、一番悔しいと感じているはずなのに、二人の気持ちを、少しでも和らげたいがために、ぎこちないながらも確かな笑顔を浮かべている。


何を考えるか、などということは言わない。己の行いを後悔し、己の無力さを痛感したものが考えることなど、それほど多くはないのだ。


ただ、省みて、認め、次に活かす。


それが、何もできなかった者たちができる、ただ一つの行為だから。


「――――うん。」

劉備がその手を取り、麒麟から下りる。その手は微かに震えていたが、その表情は先よりも明るいものだった。


その後、三人は木の根を枕にして、寝入る態勢に入った。流石に、今日は色々あって疲れたためか、早くも睡魔が三人を襲い、それに逆らうことはせず、三人とも眠りについた。



















「逃がすな!追え!!」


夢を見た


今と同じように、逃げている夢を見た


「本当に、ごめんね」


夢を見た


自分に向けて、誰かが謝る夢を見た


「私が必ず守る。この命に代えてでも。」


夢を見た


母が自分に決意を語る夢を見た






「こいつを倒せばいいんだろ?ちょろいもんさ。」



夢を見た


自分ではない誰かが見た光景を夢に見た



「たはは、また負けちまったなぁ。」


強大な何かに剣を持って立ち向かう


「おおマジか!?マジで勝てるのか!!?」


そんなありきたりで何処にでもありそうな景色


「やっべぇ!本当に勝っちまったよ!!」


その景色は、とてもぼんやりとしたもので



「これで、天下は―――――」



だが、とても神々しいものだった
















「―――――う、ん?」

周囲から聞こえる木の葉の騒めきで、終は目を覚ました。辺りを見渡せば、木々の隙間から光が差し込んでいる。もう朝の時間帯だ。


(あの夢は、いったい?)

彼は体を起き上がらせると、先ほどまで見ていた夢の景色を思い出す。どこにでもありそうな一降りの剣。それを片手に持って、強大な何かに立ち向かう一人の女性の背中。どれもこれもぼんやりとしか覚えていない中で、あの全てを焼き尽くす炎の如き赤だけは確かに記憶に残っていた。


(あれは誰だったんだろう?)

額に手をやり考えるが、彼の知り合いに赤い髪を持つ女性は、自らが親友であると称した彼女以外知らない。その彼女の髪も、夢に出てきた女性の色とは一致しなかった。結局、夢は夢であり、それ以上にも以下にもなりえない。夢は夢だろうと結論付け、深く考えないようにするのが普通なのだ。


だが、そう決めつけるには、彼が見た夢はあまりにも現実味がありすぎた。


(・・・・何が何だかわかんねぇな。)

一旦落ち着くために額に手を当てる。そのとき、視界の端に少し違和感を覚えた。その違和感が何なのか気になった終は、額に当てた手を離し、改めてよく見てみた。


「なんだこれ?」

違和感の元は、自身の右手の甲にあった。そこには、赤い渦のような模様が彫ってある。もちろん、彼は今まで一度たりとも自らに墨を入れたことなどない。さらに言えば墨を彫るときは痛みを伴うものであると知識として知っていたため、自分が寝ている間に誰かが彫っていったということも考えられない。痛みで起きてしまうのが普通だからだ。


そうして諸々の理由を総合すれば、こうして手の甲に模様が彫られていることなどあり得ないのだ。


まるで状況が分からなかったが、取り敢えず試しに擦って取れないかを見てみた。しかし、いくら擦っても色が薄くなる気配すらなかったため、彼はそれを消すことをあきらめた。


「なんなんだよ、まったく・・・・」

そうつぶやいて思考を働かせてみるも、さっきの夢以上によくわからないものであったため、終はこれに関しては完全に思考を停止することにした。明らかに現実的でない現象に対して、あれやこれやと考えても頭が痛くなるだけだ。


そうして何も考えずに、周囲を見渡してみるが、麒麟、藍里、そして劉備の二人と一匹がいるだけで他には何もいない。


(どうやら、うまく巻けたみたいだな。)

こうして無事に朝を迎えることが出来たことから、賊たちはもう自分たちを見失っているのはほぼ間違いない。まだ何処かの村などについたわけではないので油断はできないが、それでも一先ずは安心できた。


(それにしても、ここはどこなんだ?)

終は、今自分たちがいるところは、街道沿いにある森の中であることぐらいは理解していた。しかし、この道がどこに向かっている道なのか、今その道のどのあたりにいるのかなどはさっぱりの状況だった。それも仕方のないこと、逃げる際にどっちに向かって逃げるかなど一切考えずに、兎に角駆けただけなのだ。緊急事態であったため、当然そのような細かいところまで意識を割く余裕などなかった。


「・・・まいったなぁ。」

完全に迷子になってしまっている。その事実を受け入れた彼は、二人が起きたら取り合えず道なりに進もうかと考えていた。


「くあぁ。」

その時、大きな欠伸をする声がした。終がその声がしたほうに目を向ければ、村を出てからずっと一緒にいる友が目を覚まそうとしているところだった。目をごしごしと擦りながら、周囲をキョロキョロと見回す姿は、さながら主を探す犬のようだ。


「よう、藍里。よく眠れたか?」

少しだけ揶揄う調子で終が問いかけると、藍里は少しだけぼんやりとした目で彼を視界に入れた。だが、それも一瞬だけですぐに大きく伸びをすると、いつもの引き締まった顔で彼を見た。


「ええ、とてもよく眠れましたとも。」

「そいつぁ、よかった。」

それに終は軽い調子でそう言い、その場から立ち上がって先ほど藍里がやったように大きく伸びをする。


「ふわぁ。」

そこに新たに響く小さな欠伸。その方向に二人が目を向ければ、劉備がむにゃむにゃと口を動かしながら寝ぼけ眼でこちらを見ている。


「おはよう劉備。まだ眠り足りないみたいだな。」

「えぇっと―――」

終がそう言うと、劉備は目を細めながら彼の顔を見つめる。それは、何かを思い出そうとしている表情であることに、彼はすぐに気が付いた。


「仁竜だ。仁竜神王。忘れたのか?」

「――――あっ!!」

ようやく思い出したといった様子で声を上げる劉備。それに本当に忘れてたんだなと、若干悲しそうな顔になる終。彼は(自慢するわけではないが)自分のことをそれなりに存在感のある人物であると自認している。それだけにたった一晩経っただけで誰だったのか少しの間だけでも忘れられたのは、それなりに衝撃を受けていた。


「ち、違うんです!!今のはちょっと寝ぼけていただけで―――――」

劉備は、すぐにあたふたと慌て初めて弁明を始める。いくら短い付き合いとは言え、自分の命の恩人のことを一瞬本気で『誰なんだろう?』と思ってしまったのは、天然ではすまないとわかっていたのだ。


「いや、大丈夫だ。気にしてない。うん。大丈夫だ。」

「終殿。そういいながら『の』の字を書いても説得力がありませんよ。」

わりかし本気で凹んでいた終の強がりに、藍里は見事な突っ込みを入れる。それにさらに落ち込む終であったが、これ以上イジイジしても仕方ないと考えどうにか立ち直った。


「よし、とりあえず、現状確認しようか。」

そんなこんなで終達は現状確認、という名の今後の方針を話し合う。とは言っても、今できることといえば何処か人のいる場所を探すくらいしかないので、それほど時間を掛けずに話は纏まった。しかも、道に出たときに、ここが劉備の故郷へと続く道であることが彼女の口から語られたことによって、目的地も定まった。あとは、彼女の案内の元、まっすぐに道を進むだけだ。


「桃香?桃香じゃないか!」

そうして、いざ出発しようとしたとき唐突に声を掛けられた。


「白蓮ちゃん!」

その声に逸早く反応したのは劉備だった。喜色満面の表情で、その声の方向に手を振っている。終と藍里は、劉備が見ている先を見た。


そこに居たのは、白馬に跨った白を基調とした衣服に身を包んだ赤毛の少女だった。緑や茶が目立つこの場所で、その色はとても目立っていた。なのになぜか三人は、あと数歩で手が届くような距離にいながら、彼女に声を掛けられるまで存在に気づくことが出来なかった。


(なんだろう。俺の勘がこいつは幸が薄い人間だって言ってる。)

「こんなところで会うなんて奇遇だな。母君は一緒じゃないのか?」

「お母さんは今病気になっていて、今回は私一人で売りに行ってたの。」

終がしみじみとそう思っている間に、劉備は少女と話をし始める。


「病気!?母君は大丈夫なのか!?」

「えぇっと、風鈴先生が言うには何日か養生していれば治るものだって言ってたから。多分、もう治ってるとは思うんだけど…」

「そ、そうか。先生がそう言うなら、間違いはないな。」

「ところで、白蓮ちゃんはなんでここに?もう用事は済んだの?」


「あー、お話し中申し訳ないんだが、君は誰なんだ?」

親しげに会話をする二人の中に終が割り込んでいく。二人がとても親しい間柄なのは、一連のことから分かっていたが何時までも放置されているのが癪に障ったからだ。それに賊のこともある。できるだけ早く行動するに越したことはない。


「君たちは?」

聞かれてようやく終達の存在に気づいたのか、訝しげな様子で彼等を見た。


(聞いてるのはこっちなんだが・・・・まぁ、先に言うのが筋ってもんだろうな。)

「俺は仁竜。こっちは、諸葛誕。色々あって劉備と同行しているものだ。」

「私は公孫賛。字は伯珪。君たちと一緒にいる桃香の友人だ。」

終が名乗ると、白馬の少女、公孫賛が名乗り返す。まるでついでのようにさらりと紹介された諸葛誕は、彼の腕を軽くつねっていたが当の受けている本人は涼しい顔でそれを受けていた。


「見たところ、何か訳があって一緒にいるみたいだが。桃香が汚れているのと関係があるのか?」

互いに自己紹介を終えたところで、公孫賛が疑問を投げかける。今の彼らの姿は、村を脱出した時のままであり、服や顔のところどころに煤が目立っている状態である。自身の友人がそんな状態であるのを見れば、気にならないわけがない。


「あー、諸々聞きたいことはあると思うが――――」


そんな、ある意味当然ともいえる彼女の質問に対して、終は頭を掻きながら言う。


「一先ず、目的地は同じみたいだし、向かうついでで話そうや。」


そうして、新たな同行者を得た終達は、改めて劉備の故郷に向かうのだった。


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