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恋姫竜神記  作者: DGK
25/40

桃の花

〜どこかの道〜


「なぁ、藍里。」

「なんですか、終殿。」

「目的地まであとどれくらいなんだ?」

曇天の空の下、何処までも続くと思われる道を行く影が二つ。その片割れである終が、歩みは止めないものの、何処か疲れたように藍里に問いを投げかけた。


「終殿・・・その質問は、それで10回目ですよ。」

「だってよぉ、さっきからおんなじ景色を延々と見せられてるんだぜ?そりゃ、何度も質問したくなるさ。」


常山を出た当初、彼は初めて見る景色の数々に初めの内は感動していた。しかし、旅を初めて三日が経った辺りで何処を見ても大概似たような景色であることに気づいてしまった結果、今のようになってしまった。身も蓋もないことを言ってしまえば、早速飽きが入ってきてしまったのだ。


「旅の道中と言うものは、大概こういうものです。それに、あなたが言うほど同じ景色ばかりでもありませんよ?ほら、例えばあそこの木など――――」

「はぁ、ったっくよぉ。麒麟の奴が我儘言わなきゃこんなことにならなかったのに。」

藍里が真面目に景色について語ろうとしたが、終は全く興味を持てずに愚痴を言う。その様子を見て、何を言ってもダメそうだと悟った藍里は、未だにぶつぶつと文句を垂れる彼をほおっておくことにした。


(私の評価は間違えていたのだろうか・・・)

旅に出る前夜の彼はいずこへ行ったのだろうかと、自身の人を見る目に若干の疑問を抱いた彼女は思考の海に入る。それなりに多くのものを見て来て、そこそこ目を養ってきた自負があった彼女から見て、旅に出る前夜の彼と今の彼はそれほどの落差があった。


(やはり、早まったか。いや、例え私の目に誤りがあったとしても恩人であることに変わりはない。今更そのようなことを考えるのは無意味だ。)

「おい、藍里。見えて来たぞ。」

結論を導き出し、現実に戻るのとほぼ同時に終が話しかける。藍里は、彼の視線の先に目を向けると、今日の目的地である村が遠くに見えていた。この村は、周辺の村々の中継地帯とも言える場所に位置しているため規模は比較的大きく、商いも盛んに行われている。そのためか、遠目に見ても人の動きが活発であることが見れた。


「なぁ、本当にあの村で最後なんだよな?」

件の琢県の村に向かうために、彼らは幾つかの村を経由していた。ここが、その最後の村であると前日に聞いていた終は、確認の意味も込めて藍里に問いかける。


「このようなことで嘘を吐いてどうなると言うのですか?」

それに明らかに呆れたように深いため息を吐きながら藍里は答える。実際問題、こんなことで嘘を吐く意味は全くない。しかもこの会話は、前日にも行っている。それも一度ではなく何度も行った。なので、これによって彼女の終に対する評価はさらに下がるのであった。


「そうだよな。んじゃ、さっさと行こうぜ!」

そんなことは露知らずといった感じで、終は村に向かって駆け出す。藍里は、それにまたため息を吐いたものの、久しぶりの彼の楽しそうな姿を見てその顔には自然と笑顔が浮かんでいた。






~とある大きな村~


(こんな村もあるのかぁ。)

それが村にたどり着いて、彼が最初に思ったことだ。


彼が今まで寄って行った村は、どれも彼が住んでいた常山の村と全く変わりない田舎ばかりだった。中には、常山の村よりも規模の小さい村もあった。それらと比べると、そこかしこで客引きを行う声が響き、多くの人々が行き交うこの村は、旅に出てから久しく覚えていなかった興奮を彼に与えた。


(并州の街と比べると大分見劣りはするけど、あれと村とを比較するのは酷な話だよな。)

とは言っても、感動を覚えるほどのものではなく、あくまでも感心しただけにとどまった。村として見れば、確かに興奮を覚える程度に大きいが、人の集まる場所として見るとどうやっても一州の中心地の方が勝ってしまうのは仕方のないことだろう。


「終殿。ぼさっとしないでください。通行の邪魔です。」

藍里が、少し強めの口調で言う。その言葉を聞いて、彼は周囲を見渡した。よく見てみると、自分が今立っている場所は、道の真ん中だ。確かにこれでは、通行の邪魔と言われても仕方ない。終は先に歩いていく藍理の後ろに付いていく形で道の端に寄った。


「なぁ、藍理。俺、お前になんかしたか?」

「ご自分のやって来たことを、よくよく思い返してみてはいかがです?」

そう言ってさっさと先に行ってしまう同伴者に、何をしたのだろうかと思い出そうとする竜が一人。実際のところを言えば、彼女は終に対してこう言ってしまうほどの悪感情は持っていない。しかし、彼の言動は、いささか自分本位に過ぎるところがあるところは気になっていた。なので、少しは自身の行いを顧みると言う行為をしてほしいと思って、強い口調で言ったのだ。


「思い返してみろって言っても・・・・おっ?あれなんだ?」

もっとも、それは彼に伝わっていないようだった。何かに目を奪われたのか、すぐにそっちに意識を向けてしまった。次に彼が何をするのか予測が出来てしまった藍里は、すぐに止めようと動いたが一手遅い。


「すいません、これっていったいどういったものなんです?」

「ああ、それかい。そいつは南蛮から流れてきったっていう珍しい品でな―――――」

いつの間にか道の反対側の店に居た彼は、とても親し気に商人と言葉を交わしていた。しまった、と思いつつもまだ間に合うと考え、すぐに彼の元へ行こうとする。しかし、折が悪く目の前を何台も馬車が通り、通り過ぎてすぐに行こうとすれば人にぶつかり、なかなか終の元にたどり着けない。


(間に合え!!)

そうしてようやく、あと一歩のところまで来た。今度も間に合う。そう思って心のどこかで安心してしまったのがいけなかったのだろう。その一歩を踏み出した瞬間、足元にあった石に躓いてしまったのだ。一瞬、何が起こったのか理解できなかったが、自身が転んだことを自覚するとすぐに立ち上がろうと両手を地に着けた。


「まいどあり~」

しかし、時すでに遅く。終は既に店の主人に金を払ってしまっていた。


こうなる予兆は、今までもあったのだ。初めての村を訪れた際に、何やら怪しげな置物を買いそうになっているところを止めてから、彼女は終の動向には気をつけていたつもりだった。一時は、自分が財布を預かろうかと思ったほどだったが、最近は鳴りを潜めていたので、完全に油断していた。その結果がこれである。


「いやぁ、良いもの買ったよ!――――――ところで藍里、お前何してるんだ?」

両手を地面に着けた状態の彼女に、終は首を傾げながら問いかける。その問いに答えることなく、藍里は彼の手に目を向ける。その手には、村に到着するまでにはなかった、犬のしっぽのような飾りが握られていた。それは、若干青みがかった色をしていて、傍目から見てもとてもふさふさしていた。風に揺られる様は、本当に犬がしっぽを振っているように見えるほどであり、完成度の高いものであることが分かる。


だが、そんなことは、彼女にとってはどうでもいいことだった。そんなことを考えるよりも先に、やらなければならないことがあるからだ。


「・・・終殿。」

ゆらりと藍里が立ち上がる。終の背に寒気が走る。この感覚を、彼は良く知っている。そして、それを感じた後に、何が起こるのかも――――


自身の未来を悟った終の行動は迅速であった。すぐさま彼女に背を向け、逃走のために一瞬で足に力を入れた。それは普通であれば、藍里から逃げ切ることも可能なものだ。しかし、怒り狂う藍里の力は尋常なものではない。


「すこし、おはなししましょうか?」

藍里の手が終の肩に置かれる。その力は、常の彼女からは想像もできないほどに強力なもので、ふり払うことも動くこともできなかった。自身の体を引きずっていく鬼神あいりから逃れるために、いくつもの逃走手段を試みた物の悉く失敗。人の往来が完全になくなり、藍里の歩みが止まったのを知った彼は、もうどうあがいても逃げられないので、最終的に抗うのを止めた。



~人通りの少ない場所~


「―――――そういうわけなので、財布はしばらく私が管理致します。よろしいですね?」

「アッ、ハイ、ヨロシクオネガイシマス。」

魂が抜けたような顔をしながら終が答える。その声に覇気は全くなく、完全に抜け殻となっていた。藍里は、少しやり過ぎてしまっただろうかと思ったが、今回の件は誰がどう見ても彼が悪いので、終の自業自得であると気にしないことにした。


「それで、何故あなたは、こんなものを買おうと思ったのですか?」

未だに彼の手の中に握り締められている犬のしっぽを見ながら藍里が問いかけた。まともな理由など期待していないが、それでも何かしら理由があって欲しいと言う願望から来た問いかけだ。


「あー、言っちまうと、お前へのお礼。贈り物だよ。」


しかし、その理由が彼女にとってあまりにも突拍子もないものであったため、一瞬にして空気が固まった。


「・・・・・・終殿。もういちどおはなしをしましょうか?」

「落ち着け藍里!!これは決して悪意のあるものではない!!面白そうだからで買ったわけでは断じてない!!!」

冷気すら感じる視線を受けて、終は必死の弁明を計った。無駄に威厳を感じさせる話し方で覇気を放っているが、明らかにさっきのはもう御免だと言う気配が見え見えの泣き顔でである。こんな感心するべきか呆れ果てるべきか悩む反応を見て、藍里はもう少し掘り下げて聞いてみることにした。


「ではお聞きしますが、何故それを私への贈り物にしようとしたのです?」

「なんかお前から忠犬っぽい雰囲気を感じたからそれで―――「やはりおはなししましょう」まことにもうしわけございませんでした。」

またもや突拍子もない理由である。藍里は、もう少しやり過ぎてもいいような気がしてきた。しかし、終が見栄も外聞もなく土下座してきたことにより、完全に呆れの感情が上回ってしまい、このいろんな意味でどうしようもない友人を許してしまうのであった。


「はぁ・・・・いいですか、終殿。物の美醜は、見る人によって変わるとは言え、普遍的な価値と言うものはあるのです。少なくとも、一般の方たちにとって犬とは――――例え忠犬と言われようと―――‐蔑みの言葉として受け取っても仕方のないものなのです。そのことは、しかと覚えておいてください。」

一応、彼が褒め言葉のつもりで言ったことは理解している。そのうえで、藍里は今後彼がこのようなことで人との繋がりを失わないように丁寧に忠告した。確かに、犬は恩を忘れない動物であると言われているため、忠義に厚そうと言う認識はある。しかし、それでも畜生の類であることには変わりないので、それと同じだと言われていい気分になる人は極稀だ。


「・・・・すまない。」

流石にここまで言われて我を貫くほど我儘でもない彼は、素直に自分の非を認めると完全に意気消沈してしまった。さっきまで微妙にふざけていた部分がなくなって、反省の色一色に染まっている。


(・・今度こそやり過ぎてしまったか。)

藍里は終に対して、確かに自らを省みて欲しいとは願っていたが、流石にここまで落ち込んでしまうのは予想外だった。物は物だが、傍目から見て良質なものであるのは分かっているし、何より彼が感謝の意を込めて贈り物をしてくれたこと事態は嬉しかったのだ。


ならば、どうするべきか。


「終殿、それを渡してくれますかな?」

藍里が手を差し出すと、終が手に持っていたしっぽを手渡す。何をするのだろうかと彼がそのしっぽを見ると、彼女はそのしっぽを自身の腰に括り付けた。


「どうですか、終殿。」

驚いた表情で自分を見つめる友人に、少しだけ恥ずかしそうに問いかける。腰に括り付けただけとはいえ、やはり犬のしっぽを身に着けると言うのは、何とも言えない恥ずかしさが湧きあがるものなのだろう。


「あ?え、いや―――――似合ってるぞ。」

半ば混乱した状態で素直な感想を述べた。それに「ありがとうございます。」と、か細い声で礼を述べさらに顔を赤くする藍里。まるで状況が分からない。そのせいで、ただただ気まずい沈黙がその場に流れた。


「・・・少し暗くなってきましたね。早く今夜の宿を探しましょう。」

沈黙に耐えきれなくなった藍里が、恥ずかしさをふり払うように空を見上げると、既に辺りが暗くなってきていることに気づく。怒りで周囲が見えなかったせいだろうか、今の今まで全く気付いていなかった。


「・・・ああ、そうだな。」

終もつられて辺りを見渡すと、彼女の言葉に同意した。その言葉を聞くと、藍里は先に歩み始めた。自分を置いてさっさと行ってしまう彼女に、焦って彼も着いていく。その間にも会話はない。先ほどと変わらない気まずい沈黙が続く。


「藍里。」

「なんですか?」

沈黙を破る形で、藍里を呼ぶ。藍里がそれに反応して歩みを止める。


終が彼女を止めて理由は、今も彼女の腰に括られている犬のしっぽだ。怒るほどに嫌悪していたのに、何故受け取ってくれたのか、彼には理解できなかった。実際のところ彼女は、贈られたこと自体は喜んでいたので、彼の考えは全くの見当違いなのだが、それを知る術は彼にはない。


「・・いや、やっぱりいいや。」

なので、何かの拍子でさっきの二の舞になるかもしれないと考えて聞くことを止めてしまうのも当然と言えるだろう。


「―――――友が善意を持って渡そうとしたものを、無下に扱うわけがないでしょう。」

しかし、彼の心情を察していた藍里には、意味のない行為であった。彼の中にあった誤解を解くために、自らの本心を伝えた彼女の顔は、本当にうれしそうな笑顔だ。その言葉を聞いた時、彼は信じられないと思ったが、その笑顔を見て本心から言っていることを理解した。


「・・・そうか。」

自分の思いは伝わった。それを知って、彼は自然と笑みを浮かべていた。


「じゃあ、何に怒ってたんだ?」「しゅ・う・ど・の?」

「うそですじょうだんですごめんなさいもうさんざいしませんゆるしてください。」

それを知ることが出来ながら、無自覚に人の地雷を踏み抜いていくのは、彼が彼であるゆえんだろう。





~宿~


「は~、今日も疲れた!」

そう言いながら、桃髪の少女、劉備はボスンと寝台に飛び込んだ。運よく空いていたそこそこの部屋だと紹介されただけあって、部屋も広く、寝台もそこそこ清潔なものだった。


(今日で蓆は全部売れたから、あとは家に帰るだけだね。)

「ふっふーん♪お母さん、どんな顔するかなぁ。」

備え付けの机の上に置いた小瓶を指先でつつきながら、自身の母がこれを見たときどんな反応をするのか想像する。これは本当に偶然にも洛陽船から来た商人が、余ったものとして安売りしていたものを買ったものだ。


安いとは言っても、やはり庶民からしてみると結構なお値段だったのだが、その日はこれまた運よく残りの筵が高値で売れたため懐には余裕があった。そのため、母が滅多に飲めないそれが大好きであることを知っていた劉備は、日ごろの感謝を込めた贈り物としてそれを買ったのだ。


(喜んでくれるといいなぁ。)

「お客様、少しよろしいでしょうか?」

そんな風に帰った時のことを楽しそうに想像していると扉が叩かれた。外から聞こえる声は、この宿の亭主のものだ。


「はーい。どうかしましたか?」

寝台から起きて、扉を開ける。やはり、そこに居たのは亭主だったが、後ろに二人の男女がついていた。


「こちらの方々が、お客様とお話したいと。」

「私と?」

劉備が首を傾げると、亭主は横に退き、二人が前に出た。


「お初にお目にかかる。私は諸葛誕。こっちは相方の仁竜です。」

腰に犬のしっぽを括りつけた、青い布の飾りを付けた帽子を被った少女がそう自己紹介をする。そして、同じく彼女に紹介された腰に立派な剣を刺した少年は、軽く会釈をした。


「え、えーっと、はじめまして。劉備です。」

劉備は懇切丁寧なあいさつに、少し引きつつも挨拶を返した。


「劉備殿、まずは突然の来訪を許していただきたい。」

そう言って諸葛誕、もとい藍里が頭を下げる。


「いえいえ大丈夫ですから!!特に怒ってとかいませんから頭を上げて下さい!!」

それに劉備が両手を前に突き出して左右に大きく振る。特にこの人たちに何かされたわけでもないのに頭を下げられるのは、彼女としては非常に落ち着かないのだ。


「感謝いたします。」

彼女の言葉を聞いて、藍里が下げていた頭を上げた。その表情は、端正で可愛らしい顔立ちをしながらも、何処か芯の通った引き締まったものだ。


(うぅ、この子ちょっと苦手だなぁ。)

「そ、それで、話って何なんですか?」

そんな彼女に若干の苦手意識を持ちながらも、彼女の用件を聞いた。その質問に藍里は、非常に申し訳なさそうな顔をして答える。


「失礼を承知で申し上げるのですが、どうか今夜あなたと同じ部屋で泊まらせていただけないでしょうか?」


そもそも何故この二人が、今夜初めて会うことになる劉備と話す羽目になったのかと言うと、それは二人が今夜の宿探しを始めたころまで遡る。


そこそこ大きい村であるため、当初はすぐに宿が見つかると二人は考えていた。しかし、折が悪く洛陽船から来た商人たちが大勢来訪していたため、どの宿もいっぱいだったのだ。だからと言って野宿というのもいやな二人は、あちこちの宿を探し回り、最後に劉備の泊まる宿に行きついた。


だが、ここもいっぱい。どの部屋も空きがないと言われた。


もう外は夜の蚊帳が降りている。どうにかできないかと二人が亭主に食い下がったところ、あともう二人は入ることが出来る部屋があること。しかし、そこには一人先客が入っていることを亭主が話したのだ。それを聞いた二人、特に諸葛誕は、その人の良心に賭けようと亭主にお願いしてその部屋に止まっている人物と交渉することになったのだった。


(これでダメなら、大人しく野宿するよりほかない。)

藍里は祈るように、目の前の少女を見つめ続けた。


「ああ、それなら大丈夫ですよ!どうぞどうぞ!」

その祈りが届いたのか、劉備は一切の間もなく了承した。あまりにもあっさりと了承されたので、藍里は自分が望んだ答えにも関わらず、その言葉が信じられなかった。


「あ、あの―――」

「部屋の寝台は、ちょうど二つあるんです!私は床で寝ますから、二人でつかってください!」

「いえ、そういうわけには――――」

「あっ、もしかして私が居たら迷惑ですか?!なら、私は外で「ちょっと落ち着こうか劉備殿。」

献身を通り越して自己犠牲の域に入った彼女を見かねたのと、相方が彼女の勢いを止められないと見た終は、少し強めの口調で彼女を止めた。


(俺が喋ると交渉決裂の可能性が高いって言われたから黙ってたが、流石にこれは見過ごせねぇよな。)

「あんた自分が何言ってるのか分かってるのか?見ず知らずの人間を無条件で招き入れるなんて普通はしないぞ?何か裏があるとか思わないのか?」

彼は、彼女が自分の言っていることを理解できない愚か者なのではないかと思ってそう言った。あまりにも警戒心が薄すぎる。それこそ、こっちの方が不信感を抱いてしまうほどだ。


それに劉備は、ポカーンとしていたが、すぐに大声で笑いだした。本当に心底楽しそうに、一切の悪意のない笑いである。今度は終がポカーンとする番である。何処に笑うところがあるのかまるで分からなかった。


「仁竜さん、面白いことを言いますね。裏がある人は、自分で裏があるかどうかの話なんてしませんよ。」

そう指摘されて確かにその通りだと終は納得する。そんな人間が馬鹿正直に相手に注意喚起するとは全く思えなかったからだ。


「確かに、あなたたちに対して不安を覚えていないわけではないです。」

一頻り笑い終えると、劉備は自分たちに対する感情を素直に伝えた。それに終と藍里は、『当然だろう』と思う。誰だって見ず知らずの人間と同じ部屋に泊まることに不安を覚える。それどころか、不信感すら抱くことすらあるだろう。


「でも、本当に困ってる人達をそのまま放っておくなんてことを、私はしたくないんです。」

しかし、劉備はそれを感じていながらもなお、誰かを救おうと行動できる人間であった。その人の善性を信じていると言うのもあるが、何より己の信念を曲げたくないと言う強い意志があるためだ。


(ようやく、俺の勘が当たった感じかな。)

そのあり方に、終は彼女に対して一種の尊敬の念を抱いた。彼女のそのあり方は、彼がこうありたいと思った自身の姿によく似ていたからだ。そして、今こうして面白い出会いがあったことに確かな喜びを感じた。


「藍里。ここはお言葉に甘えるとしようぜ。」

「終殿・・・!」

「これ以上は逆に失礼って奴だ。劉備殿を信じよう。」

まだ何か言いたげな藍里だったが、終の言葉と劉備の真っ直ぐな瞳に負け、それ以上は何も言わなかった。


「そう言うわけで、一晩世話になるよ。劉備殿。」


それから終達は、亭主に金を払って劉備の部屋に泊まることになった。ちなみに、二台ある寝台は劉備と藍里がそれぞれ使うことになった。これは彼の母の教育の賜物と言ってもいいだろう。



「へー、それでたった一人で蓆を売りに村を出たのか。」

「そうなんです!本当に大変だったんですよ!!初めのころなんて誰も見向きもしてくれなくて―――――」

あの後、終達は劉備の話を聞いていた。きっかけは、『せっかく一緒に泊まるんですから、お互いのことを話しませんか?』と言う劉備の提案からだ。特にこれと言って隠すことのない二人はこの意見を承諾。まずは、劉備からと言った感じで今に至る。


「―――――それで、今日ようやく全部売り払って村に帰ることが出来るようになったんです!」

「それは誠に喜ばしいことですね。おめでとうございます。」

そうして、劉備は村を出てから今に至るまでの話を終えた。それに藍里は、彼女の苦労を知ったうえで、心からの賛辞を口にした。


「ありがとうございます!諸葛誕さん!」

それに劉備が大輪の花のような、という言葉が当て嵌まるほどの満面の笑顔で礼を言う。本当に裏表のない、とても良い笑顔なので、藍里と終もつられて笑った。


「それで二人は、どうしてこの村まで来たんですか?」

「それは―――「この辺りに蘆植って名前の高名な学者さんがいるって話を聞いてな。この村には、その蘆植さんのいる村に行くための中継地として立ち寄ったって感じだな。」・・・。」

興味深々と言った様子で質問してくる劉備。その質問に藍里が答えようとしたが、それより速く終が答えた。言葉をかぶせられたことに抗議の目線を向けるが、当の向けられている本人は、何処吹く風と気にも留めていなかった。


「ええ!?二人とも、風鈴先生に会いにここまで来たんですか?!!」

突如、劉備が興奮と驚嘆の混じった声を上げた。それに二人は何事かと劉備を見る。


「劉備殿は蘆植殿のことをご存じなのですか?」

「知ってるも何も、私の先生ですよ!故郷の村で私塾を開いている!」


それを聞いて二人は大いに驚いた。まさか目の前の少女が、今会おうとしている人物の生徒だとは普通は分からないだろう。しかも、彼女は整った容姿を除けばどこにでもいる普通の村娘だ。学問を治めている人物には見えない。


「どう見ても学を治めているようには見えないんだが・・・・」

それこそ驚きのあまり終がはっきりと指摘してしまう程度には、そのような人物には見えないのだ。


「ひどい?!何もはっきり言うことはないじゃないですか!!」

「っつってもよ。何処をどう見たってそんな風には見えねぇし、知的な感じもない。どっちかっつぅと世間知らずのお嬢さんと言った方が合ってるな。」

先ほどまでのまだ控えめだった部分は何処に行ったのやら、彼は自分から見た彼女の印象を包み隠さずどんどん言っていく。気を許したせいかは知らないが、あまりにも遠慮がなさ過ぎる。


「うぅ、確かに自慢するほど勉強ができるわけじゃないけど・・・・これはあんまりだよぉ。」

若干涙目になりながら落ち込む劉備。このまま放置すればそのうち部屋の隅に行って『の』の字を書きそうだ。


「ま、まぁ、そう落ち込まないでください。地方にも名が届いている人物に教えを乞うことが出来ているだけでも、十分に素晴らしいことですから。」

折角一宿を共にしてくれると言ってくれた恩人に、そんなことをさせたくないと思ったし、何よりこのままでは気まずい空気のまま一夜を明かさなくてはならない。そう考えた藍里は、彼女を必死に元気づけた。


「・・そ、そうですよね!ありがとうございます!諸葛誕さん!」

その気持ちが伝わったようで、劉備は元の元気な様子に戻り、藍里は心中でほっとした。


「ん?ちょっと待てよ。今更思ったが、劉備の帰るところが、俺たちの目的地だっていうなら、道中も一緒になるってわけだよな。」

ふと、終はたった今気づいたことを口にする。劉備は、自分たちが合おうとしている人物の生徒で、その私塾は劉備の故郷にある。ならば、必然的に彼女の帰り道が自分たちの向かう道になるため、彼女か自分たちが出立する時期にもよるが、大体その道筋も一緒になってくることがわかる。


「あっ。確かにその通りですね!」

「何か不思議な縁を感じますな。」

終の指摘に藍里と劉備が頷く。どちらも慰め慰められをしていたため、今更ながらそのことに気づいたのだ。


「なら、私が村まで案内しますよ!せっかく一緒に行くことが出来るんですし。」

劉備がそう提案する。


彼女は、この二人に好意を抱いていた。このまま、友達になることもできるのではないかと思えるほどに。そう感じたからこそ、少しでも長く共にありたいと、この提案をしたのだ。


「おお、それはありがたい。是非ともお願い致します。」

それを藍里は、喜んで受け入れた。


彼女の場合は、蘆植の生徒である彼女と共に行けば、良い印象を与えることが出来ると言う考えの下でそれを受け入れていた。しかし、彼女も劉備に対してどことなく好意を抱いており、この出会いをこのまま行きずりで終わらせたくないと言う感情も確かにあった。


「まぁ、こう言った偶然の同行もありだな。」

終は、さもどうでもいいと言った様子で受け入れる。


しかし、その態度とは裏腹に、彼は劉備に対して非常に強い興味を抱いていた。彼女にある種の尊敬の念を抱いているのは確かだが、これはそれとは別のものだと感じていた。それが何なのかは分からないが、少なくとも嫌悪感ではないことは理解している。では、これは何なのか?彼女のそれを受け入れたのは、この疑問を解消するためであった。


(今分かっていることは、この出会いは俺にとって大切なものになりそうだ、ってことだな。)

満面の笑顔を浮かべながら、『ありがとうございます!』と言う劉備を見て、終はその顔に笑みを浮かべながらそう思った。





三者三様の思いが入り交じり、互いに笑いあう宿の一角。



そこから離れた村の端で、小さな火の手が上がっていた。

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