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恋姫竜神記  作者: DGK
23/40

旅立ちの前日

迷って悩んで出した結論は、書かないことには進まないでした。

諸葛誕が来てから6日後


「竜殿、そこの本を取っていただけませんか?」

「これか?ほら。」

彼女と終は今、縁の部屋にいた。ここには、并州の城にあった書庫ほどではないが、個人が持つには多いと言っても過言ではない量の本が置かれていた。彼が文字を読めるのもこれがあるからと言っても良い。


「ありがとうございます。」

「いいってことよ。」

諸葛誕の感謝の言葉に終は寝転がりながら軽く手を振って答える。


彼の家に寝泊まりすることになった翌日。なるべく安静にしているように縁から厳しく言いつけられた諸葛誕は暇を持て余していた。それを知った縁は、「なら、私の部屋の本を使うと良い。」っと言ってここを使わせたのがことのあらましだ。ちなみに、終がここにいるのは、単純に今日は何もする気が起きなかったからである。


現在、縁は出かけており部屋には終と諸葛誕の二人だけしかいない。その二人の間にも大して会話はなかった。ただ、竹のこすれる音が鳴っているだけである。


「兄上!諸葛殿!」

沈黙の漂う部屋に凛とした幼い声が響き、小さな足音が部屋へと近づいてきた。


「おー、どうした?星」

その声と音に反応して床に横になっていた終は体を起こし、釣られて諸葛誕も読む手を止めて顔を上げる。ちょうど部屋の入り口に長い棒を持った星が立っていた。


「仕合いましょう。」「断る。」

星の申し出を終は軽く断ってから再び横になった。


シュッ


それと同時に終の顔面に迫る棒。


「うぉあ?!」

終は、それを横に転がることで回避する。しかし、もともと広くない部屋だったため、回避しきるのと同時に終の頭に衝撃が走るのは当然のことであった。さらに言うなら、その頭をぶつけた場所は棚でその上には無造作に本が置かれている。なら、その衝撃で彼が苦悶の声を上げる前に大量の本が落下して彼を埋めるのも当然のことだろう。結果的に部屋に一つ、本の山が出来上がった。


「兄上。部屋で暴れないでくだされ。行儀が悪いですぞ。」

「誰のせいだ!」

冷たく言い放った星の言葉に自分を埋めていた本を跳ね除けながら言い返す。かなり怒っている様子だった。


「だいたい、行き成り人を棒で突こうとするやつがあるか!俺だからいいものをほかの奴なら大けがしてんぞ?!口があるんなら言葉で説得する努力をしやがれ!」

「とは言われましても、兄上は非常に自分本位なお方だ。口で説得したからと言って動くとは思えません。それに私は武辺者ゆえ口で人を負かすような儒者じみたことはできませぬ。それと、最後に突いたことですが、兄上以外の者にはしませぬのでご安心を」

「そんだけ口達者で何が武辺者だ、バカ野郎!安心できんわ!」

額に青筋を浮かべながら怒鳴る終と何処吹く風とそれをいなす星。諸葛誕は、その様子を静観していた。終と星の関係を知っているため黙ってみているのが一番と考えたのだ。


「そもそも俺は、ともかく諸葛誕の方は体調が回復したかどうかわかんねぇだろ?!なのに、どうしてこいつも仕合に誘うんだよ?!」

だが、諸葛誕の静観の姿勢は、自分に指をさしながらそう指摘する終によって破られた。星が呼んだ人物の中に彼女の名前もあったことから、話の中に彼女が巻き込まれるのはある意味当然ではある。


「それは、仁玲様から頼まれたからです、」

「母上が?」

突然出てきた自分の母の名に終は怒りを納めて聞き返した。


「はい。『あいつの体調も大分良くなってきたところだ。一つ、確認の意味も込めて相手をしてやってくれないか。』と言われたので。」

「・・なるほどな。」

それを聞いて彼は納得した。星は他人のことを気遣えないほど我儘な人間ではない。そのことを知っていたので、まだ完全に回復したかどうか不明な諸葛誕を誘うことに聊か疑問を覚えていたのだ。確かに、縁に頼まれたのであればここに来たのも諸葛誕を誘ったのも理解できる。


「よし、付き合おう。」

そう考えた終は、暇つぶしと運動を兼ねて星の誘いに乗ることにした。本の山の中から立ち上がり、近くに置いてあった自身の剣を持った。


「諸葛誕。お前はどうする?一応拒否権はあると思うが」

終は剣を腰に差しながら本を片手に持っている諸葛誕に問いかけた。そもそも、星がここに来たのは諸葛誕の体調を手合わせすることで見ることなので終はおまけなのである。つまり、本人の意思も聞かなければならない。


「あまり自信はないのですが、そういうことならば。」

諸葛誕は少し考える素振りを見せたが、そう返事をすると本を戻し立ち上がった。彼女も自身がどの程度まで回復したのか確かめたかったからだ。


「よし、そうと決まれば行くか!」

終は喜々とした表情をして外に出た。そこには、さっきまで星に棒で突かれた時の怒りはない。その後ろに少しあきれ顔になった星と、面白そうに笑みを浮かべる諸葛誕が続いた。


「このあたりでいいか。」

村から少し離れた開けた場所に着くと一行は足を止めた。


「んじゃ、さっそく仕合おうや。」

終は二人から距離を置き、既に手に持っていた棒を構えた。構え、とは言っても形だけのもので左手を遊ばせておいて右手に持っている棒を挑発するように前に突き出しているものだが、それでもそれが彼にとっての構えであることを諸葛誕は知っていた。その挑発のような構えに答えるように星は微笑を浮かべながら構えるのを見て何度もこの光景を見てきた諸葛誕は、それを傍観するために二人から距離を離そうとする。


「諸葛誕。お前も来い。」

その言葉で彼女は動きを止めた。その顔には困惑の色を浮かべている。


「正直、一人ずつ相手するのは面倒なんだ。二人纏めて来てもらった方が効率が良いし面白そうだ。」

その様子を見て疑問をぶつけられるよりも早く終が答えた。明らかに面倒であることと面白そうの部分が本音で効率の部分がとってつけたことが分かるような口ぶりだった。諸葛誕は迷うように星に視線を向けた。


「私は別に構いませぬ。諸葛殿の好きなようになされよ。」

星は諸葛誕の方を向かずにそう言った。彼女の中では自分が終と仕合うのは確定しているため、既にいつでも動ける体制になっていた。それに少し考えた後、諸葛誕は星の横に立った。手には終のものと似たような木の棒を持っている。


「なんだかんだ言って兄上の実力は確かです。ご油断めされぬように。」

「心配しなくとも、お二人の勝負を見て知っていますよ。」

星の言葉に微笑を浮かべて返す諸葛誕。しかし、その微笑はかなりぎこちないものだ。正直、彼女は勝負にならないだろうと思っていた。もともと武においては本当に護身用程度にしか身に着けておらず、あっても一般兵士より少し強い程度の実力だと彼女自身理解していた。それに加えて、終は武においてはそこまで精通していない彼女の目から見ても圧倒的と言えるものを持っていた。それこそ、洛陽の都で偶然見かけた『江東の虎』を幻視するほどのものを―――


「話はもういいのか?」

確認するように終は聞く。それに答えるように星が駆け出した。仕合が始まったのだと諸葛誕は、まるで他人ごとのように認識していた。


「良い答えだ。」

終は笑みを浮かべてそれを迎え撃つ形をとる。


(どうか、ひどいことになりませんように)

諸葛誕は、そう祈りながら星に遅れて駆け出した。




「もう二度とあなたとは仕合いません。」

夕方の帰り道に諸葛誕は前を歩く終に非難するように口を開く。結果から言ってしまうと彼女の祈りは届くことなくひどい目にあった。当初、予想していた通り全く持って勝負にならなかったのだ。先に駆けた星は、その突きのこと如くを軽くいなされ時たま放たれる彼の左手の掌底に何度も弾き飛ばされた。その結果、彼女は額一面に赤い跡を付けて帰ることになった。今頃は愛にそのことを聞かれていることだろう。


「なんでだ?一応、怪我はしなかったんだろ?」

「怪我をしなければ全てよしというわけでもありませんよ。」

そして諸葛誕は、見た目こそ大した怪我は負っていなかったが精神的にかなり披露していた。初めのうちはどの程度回復したのか分からなかったので終は、いなすだけでそれ以上のことはしなかった。しかし、もう大丈夫であることを短時間で判断した後が問題で投げるわ飛ばすわ転ばすわで好き勝手に暴れたのである。どれも本人が怪我をしないような配慮が加えられていたがそれでも肝が冷えたことに変わりはなかった。


「まぁ、どんなもんか分かったんだし、いいじゃないか。」

終は、ニカリと全く悪気のない笑顔でそう言ってのける。その笑顔を見て諸葛誕は呆れ果てた様子になった。彼女は彼の物事に対して大雑把なところがある面に関してそこまで悪いことであるとは考えてはいない。しかし、自分基準で物事を決める点に関しては直すべきだと考えていた。それは、心中で彼のことを友であると思っていたからだ。


「竜殿―――」

「あ、母上だ。」

諸葛誕は終に忠告をしようと口を開こうとする。だが、それに被せるように終が口を開いた。その言葉につられて前を見てみると、縁が村人と何か話をしていた。


「母上!」

終が呼ぶと縁は村人から終の方へと目を向けた。そしてまた、村人の方を向くと少し話してから終達のいる方へ歩を進めた。


「終に公休か。今、帰るところなのか?」

「はい、もう十分に楽しめましたので。母上は?」

「今日やるべきことは、すませたからな。もう帰ることにしたところだ。」

縁は、軽く終と話をすると次に諸葛誕の目を向ける。


「それで、体の方はどうだった?」

「はい、特にこれといって問題はありませんでした。仁玲殿のおかげです。」

諸葛誕は、頭を下げて感謝の意を示す。それに縁は「そうか」、と短く答えるだけだった。その後は、自然な流れで帰ることとなった。帰る途中に諸葛誕が終との手合わせの話をした際、一切の容赦も加減もない拳骨が彼の頭に振るわれたのは言うまでもないことだ。


その後、家に到着すると縁は快復祝いと称して少し豪勢な料理を作り始める。朝の時点で彼女がほとんど回復しているのが分かっていたらしく、素材などの用意も既にしてあったので作るのにそれほど時間は掛からなかった。完成した料理を、特に何もすることのなかった二人が机へと運び、すぐに食事の支度が整った。縁と終が並んで座り、終の対面に諸葛誕が座る。


「では、諸葛誕の回復を祝して。」

縁のその一言で、ささやかな宴が始まる。料理を口に運び、お互いに今日までの短い間に起きた出来事を話し、時に笑い、時に終に拳骨が(主に縁の方角から)飛びながら終達は時間を過ごした。


「そういえば、諸葛誕。お前、いつ頃出立するつもりなんだ?」

食事も済み、いろいろと話をしている内に、話は諸葛誕の出立時期の話になった。もともと、彼女がこの村に滞在することになったのは、彼女の体調がどの程度のものか分からなかったからだ。その理由が今日なくなった。なら、彼女がいつ村を出立するのかを知りたくなるのは当然と言えた。


「そうですね。道中の食料の点もどうにかなりましたし、路銀のことも大方めどが付きましたから―――」

諸葛誕は、一旦言葉を切り考える様な仕草をしてから


「遅くとも、明日の昼には出立するかと」

意外と速かった出立時期を話した。


「・・・随分と急な話だな。」

縁は一旦食べる動作を止めてからそう言い、終も箸を動かす手を止めた。彼女が言った通り、諸葛誕が言った出立時期は早急に過ぎると言っても過言ではないものだ。


「だが、回復した以上、貴様を止める理由もない。好きなようにすればいい。」

だが、縁は深く追及はせずに彼女が去ることを認めた。それは、前々から諸葛誕がそのための準備をしていたのを見ていたからでもあったが、それ以上に自分にこの少女が決めたことを問いただす義務はないと、他の意思を尊重する心とも、ある意味無関心ともとれる考えを持っていたからだった。


「感謝いたします。」

諸葛誕は、その縁の言葉を自分の思いをくみ取ってくれたものと考えて感謝の言葉を告げる。彼女は自身が言った時期が早いことは理解していた。しかし、いつまでもここで立ち止まっては居られないという焦りと、これ以上世話になるわけにはいかないという思いの二つが彼女を急かしていたのだ。


「礼は、もう聞き飽きた。それに、お前を引き留めた時にも言ったが、これは私がやりたくてやったことだ。感謝するいわれなどない。」

そう言いつつ、縁は再び箸を進めた。彼女からしたら、諸葛誕にしたことなどやって当たり前、出来て当然なことなのだ。


「それでも、私はあなたとそのご子息であられる竜殿には、感謝の念を禁じ得ないのです。」

しかし、諸葛誕からしたら命を救ってくれただけでなく、どこの者とも知れない自分を半ば強引にとはいえども世話してくれた人達だ。生真面目な彼女に、感謝をしないという考えは浮かばなかった。


「この恩は、いつか必ず返させていただきます。」

だからこそ、いつの日かこの二人にここで暮らした日々の恩を倍にして返そうと思っていた。見聞の旅を終え、仕えるに値する主の元で働き、そして相応の身分を手にした時にこの二人に恩を返そうと。


「それには及ばん。どうせすぐに返してもらうのだからな。」

しかし、その諸葛誕の決意は縁の一言で一蹴された。彼女は、自分の決意をあっけなく否定されて若干涙目になると同時に、すぐに返してもらうとはどういう意味なのかと疑問に思った。その様子を知ってか知らずか縁は、箸を止めずになんのけなしに終に話しかける。


「終。」

「何でしょうか?母上。」

「お前、諸葛誕についていけ。」

突然のことに驚いた終は、思わずその場でむせてしまった。すぐさま横を向いて料理に唾などがかからないようにしたのは、ある意味で彼の判断力が優れていた証拠かもしれない。


「ずっと前から準備していたのだろう?なら此度の諸葛誕のこと、良い機会と言えるだろう。」

「ちょ、ちょっと待ってください母上!」

「ちょうど信の奴からもらった金の使い道にも困ってきていたのだ。あれから大分経つと言うのに未だにそこをつかん。邪魔だが、何処の馬の骨とも言えんやつにやるのも癪だ。ついでに持っていけ。」

「母上!」

「ああ、安心しろ。ちゃんと諸葛誕にも選別としてくれてやってある。心配するな。」

「そう言う意味ではなくて――――」「終。」

何時もと同じように、厳しく威厳のある声。それが覇気をも伴って終の名を呼ぶ。今まで一度たりとも感じたことのない気配をさらけ出す母に、彼は言葉を噤み黙った。彼女が手を出した場合を除いて、彼が言葉を止めたのは、これが初めてのことだ。


「貴様も数えて13になった。まだ、背もそれほど高くはないし、世間に疎い所もある。だが、武術と知識の面においては、外に出ても通用させることが出来るほどのものを持っておる。もう、この狭い村に縛られずともよいのだ。」

縁は知っていた。終がこの村を出たがっていることを、ずっと前から知っていた。鳥がいつまでも籠の中で留まることを良しとしないように、この若き竜が何時までも村に留まることを良しと思うはずがないのだ。


「・・・ですが、それでも、俺には速いと思います。」

だが、終は村に残ろうとしている。これは、他人に頼ることを良しとしない姿勢と見ることは出来る。しかし、縁は彼の母として、その理由を見抜いていた。


「それは、呂布と同じようになってしまうことを恐れているからか?」

その言葉に終は口を固く結んだ。彼女の言ったことが、自分の本心だったからだ。


彼は、恋と言う存在を見て思っていた。もし、この村に住む人たちが、自分の大切な人達が自分だけ残していなくなってしまったら、と。あり得ないと思いながらもそのことを考えると、彼はどうしても村を出る決心をつけることが出来なかった。


「終よ。貴様は私を誰だと思っているのだ。」

馬鹿にするような、呆れたような口調で語りかける。


「私は貴様の母だぞ?竜の母が、そこらの羽虫程度に狩られるわけがなかろう。」

驕りとも捉えることが出来る言葉。しかし、匈奴からの侵略を防いだ彼女の口から出るそれは、確たる業績に裏打ちされた純然たる事実である。


「無用な心配で、私の期待を裏切るな。竜の名にふさわしい、大きく強い男になれ。」

突き放すような、それでいて背中を押しているような声色で語り掛ける。その言葉の節々に感じられるそれは、真に子を思う母のものだった。ただ、子を甘やかすことだけが親の役割ではない。子の成長を促すために、あえて突き放すことも必要だ。


「・・・・俺、は――――」

それでも、後一歩が踏み出せず、口ごもる終。そんな彼に、縁は止めの一言を指す。


「貴様は、友に置いていかれてもよいのか?」


その言葉を聞いた瞬間終は、はるか先を行く赤髪の友の姿を幻視した。何もない、誰もいない荒野に、ただ一点の紅が背を向けている。それは、並び立つ者のいない絶対なる強者の風格のようで、しかし、深い孤独を感じるものだった。


(あいつを、一人にしたいのか?)

自身に向けた問いを、終は心の中で強く否定する。友であると、親友であると言った。また会うとも約束した。その時になって、隣に立てるだけの男になれないで、どうして親友を語れるか。どうして、約束を果たせようか。


「・・・俺は、あいつの親友です。あいつを一人ぼっちにさせるつもりはありません。」

覚悟を決めた終は、縁の瞳を真っ直ぐに見た。己が成したいことに、言い訳をすることを止めた彼を見た縁は、しばらくその顔を見つめていたが、すぐに薄く笑って酒を一杯煽った。


「諸葛誕。」

話から置いていかれていた諸葛誕に声が掛けられる。この村に訪れてから一度も見たことがない真剣な終の顔を見て、彼にこんな側面があったことに驚きながらも、彼の次の言葉を待った。


少しの間、沈黙が流れる。そして、彼が口を開いた。


「その、なんというか。勝手に話を進めて悪いけどよ。一緒に行っても、いいか、なぁ?なんて。」

実にハッキリしているが、実に締りのない頼み方。その普段の自分勝手な姿とは似ても似つかない情けない姿に、優雅に酒を煽った縁も、半ばやけ酒気味にもう一杯煽ることになった。


「・・・ふっ。」

先ほどとは、また違う側面を見た諸葛誕は、思わず笑ってしまった。何時もは、自分勝手なところが目立つ男が、こんな情けない頼み方をしたのだ。しかも、この頼みは自分が助けられた側で終が助けた側の立場で行われているはずなのに、何故か下手気味に頼まれている。その何とも言えない奇妙な態度に、笑ってしまったのだ。


「おい、笑うこたぁないだろ!」

「いやいや、これは失敬。」

むっとして怒る終に、軽く手を振りながら謝る諸葛誕。そのやり取りは、一見すれば何年も共にいた親友同士のようだった。


「・・・あなたは、私の恩人だ。恩人の頼みを無下に断れば、我が義に反しましょう。」

諸葛誕は、少しだけ顔を引き締めると終の頼みに答える。何のことはない。ただ、自身の旅に同業者が増えると言うだけの話。自身の不利益になることはなく、利益になることもない。これと言った特別なことではないことだ。だが、その時彼女は、何故かは分からなかったが―――――


「喜んで、ご一緒させていただきます。」

胸が熱くなるのを感じた。








その日の夜、終は自室にて荷物の整理をしていた。次の日の朝には、村を出立する。その時になって、持つべきものを忘れて行ってしまったのでは恰好がつかない。もしかすると、縁に「準備すら碌にできんのか」と怒られてしまうかもしれない。そう考え、終は心配し過ぎなのではないかと思えるほど自身の荷物を一つ一つ時間を掛けて見ていた。


「まだ起きていたのですか?」

もう寝ているだろうと思っていた人物から声を掛けられ、終は少し驚いた様子で声の方を向く。月明かりに照らされ、部屋の前に立っていたのは、明日から道中を共にすることになっていた諸葛誕だった。


「色々心配でな。最後の確認をしてたんだ。」

最後の一つを確認すると終は、それを袋に詰め込み寝台に腰かけた。彼が座ったのを見ると諸葛誕は、彼の対面になるように床に腰を落とす。


「おいおい、そんなとこに座るこたぁないだろ。こっち来いよ。」

そう言って終は自分のすぐ横をポンポンと軽くたたく。諸葛誕は、その申し出を断ろうとしたが、彼が無理にでも座らせようとする未来が見えたため、大人しく隣に座った。もちろん、人ひとりが割り込めるくらいに間は空いている。終は、少しだけ不服そうな顔をしたが、特に指摘することもなく窓から見える月を眺めていた。


「・・・竜殿。」

「ん?」

諸葛誕の呼びかけに、月見を止めてそちらを向いた。彼女は、村に来てから何時も見せていた生真面目そうな顔を、何時にも増して真剣な表情にして終を見ていた。


「あなたは、何を思って旅をするのですか?」


自身の生まれ育った場所から離れるのには、往々にして理由があるものだ。自身の能力を試すため、ただ村に留まるのをよしとしないため、貧困から抜け出るため、ただ広い大地を駆けたいため。大志と言えるものから、我欲とも取れるものまで、様々な理由をもって旅に出る。それが当然のことであり、また旅をするにあたって重要なことでもある。


「藪から棒になんだよ?」

「いいから答えてください。」

茶化すような口ぶりの終に、厳しく追及する。誰かと共に旅をするには、信用というのは必要不可欠なものだ。二人旅の経験があまりなかった諸葛誕は、友と思える人物であるとは分かっていても、少し臆病とも取れるほどに警戒していた。


それは、自分がもし襲われた時、この男に勝てないと言うのを理解していたからだ。いくら自分が友と思っていても、相手がそう思ってくれているとは限らない。彼女は、この質問でそれが分かるとは思っていなかったが、少なくとも彼が暴漢に成り得る人物かどうかくらいは見極められると考えていた。


(面倒だけど、答えるしかなさそうだな。)

終は、何となく諸葛誕の考えていることを読んでいた。もし、自分が相手の立場なら、信用できない人間と共に旅には出ない。例え、それが恩人であったとしてもだ。


「――――人の生は、短く儚いもの。その命を何時終えるかは、誰にも分からない。」

だから答える。納得させるためではなく、自身という人間を知ってもらうために。


「俺だって同じだ。俺の命がいつ終わるかなんてわからない。明日死ぬかもしれないし、ずっと後に死ぬかもしれない。どちらにしろ、人はいつか死ぬ。」

遅かれ早かれ寿命は来る。人の手によって終えることもあれば、天寿を全うすることもある。しかし、長い歴史の中で見れば、皆等しく短いものだ。


「だから俺は、多くの人と出会い多くのことを知りたいと思ったんだ。俺が生きたと言う、確かな事実を残すために。仁竜神王という男の限界を知るために。」

終は知りたかった。自分の力がどこまで通じるのかを、どれだけの人と出会うことが出来るのかを。それは、旅に出るには、あまりにも漠然とした思いだったかもしれない。それでも、幼き頃から外に憧れを抱いていた彼にとってそれは確かに、旅に出る理由に成り得たのだ。



「そして、叶うなら――――」

自身が友と呼んだ少女。自身が友となりたいと思った少女。その少女の話を聞いてから、彼が成したいと思ったこと。彼女のような人を増やしたくないと、子供ながらに成したいと思った願い。


「―――多くの人の助けになるために、俺は旅に出たい。」

それを彼は、初めて他人に言った。堂々と、これが自身が成したいことだと。


「こんな答えで、満足してくれるか?」

少し恥ずかしそうに笑いながら、終は諸葛誕に聞いた。先ほどまでの自身の語りを思い返し、後悔をすることはなかったが、赤裸々に自身の望みを語ったことに気恥ずかしさを覚えたからだ。


「―――――ええ、その答えを聞いて安心しました。」

彼女は、それに満足そうに笑いながら答えた。終がどんな人間かは、この村で世話になることになったあの日から分かっているつもりだった。そして、その認識は間違っていなかった。


自分本位な人間で、自分基準に物事を決める暴君で、しかし、他人を思う心を持つ仁君であると


「竜殿。あなたを試すような質問をして悪かった。許してくれ。」

「気にするこたねぇよ。俺だってお前の立場なら同じことをしている。」

頭を下げて謝る諸葛誕に、手をヒラヒラとしながらそう言った。それから、一旦会話が途切れ、二人で空に登っている月を眺めていた。


「竜殿。」

「なんだ?」

終は呼ばれて再び諸葛誕の方を向く。呼んだ本人は、先ほどまでの真面目な顔ではなく、年相応と言うべき笑顔を浮かべていた。何時も張りつめていたものを緩めたような、そんな笑顔だ。


「あなたは、見ず知らずの人間である私を救ってくれた。それだけでなく、どこの誰とも知れない私に非常に良くしてくれました。」

いきなりどうしたんだよ?っと終は言いかけた。だが、諸葛誕の笑顔ながら先ほど以上に真剣な気配に押されて口を閉ざした。


「これほどの大恩にあいながら、私には返せるものが何もございません。此度の同行の件に関しても、恩返しと呼ぶにはあまりにも微々たるものです。」

何処までも笑顔で、しかし何処までも真剣な声色で諸葛誕は語る。終は、当たり前のことを当たり前のようにしただけと否定しようとしたが、諸葛誕の気迫に負けて口が開けない。


(犬も3日飼えば恩を忘れぬと言う。人である私が、6日の恩を忘れるものか。)

どれだけ本人たちが気にしていないと言っても、今回の旅の同行で恩を返してもらったと言っても、彼女はそれで納得ができる人物ではなかった。この恩は一生を掛けてでも返すと言う決意を、彼らに出会った時からずっと抱いていたのだ。彼女の旅の中で、彼女のことを助けてくれたものは少なからずいた。しかし、終達ほど献身的に、良心的に助けてくれた人は彼女にとっては初めてだった。


「あなたに受けた恩、必ず返して見せます。その証として、貴方に私の真名を受け取ってもらいたい。」

だから、彼に真名を預けると決めたのだ。自身の恩人であり、自身の友であると言える男に。


諸葛誕は、先ほどまで座っていた寝台から立ち上がると、彼の前で跪き頭を下げる。


「私の真名は『藍里あいり』。この名に賭けて、如何なる時、如何なる場所、如何なる状況にあろうとも、あなたに恩を返すことを誓います。」

その口上は、一聞すれば主従の契りを結んでいるようにも聞こえる。事実として、諸葛誕は、藍里は、彼が望むのであれば、彼の臣下となる覚悟もあった。ただ、恩を返す。それだけのことだが、彼女はそれだけのことに全てを捧げられる女だった。


「・・・・やれやれ、お前本当に生真面目だなぁ。」

自分が考えていた以上に、彼女が生真面目だったことを知った終は、呆れながらも内心で彼女のことを称賛していた。恩を返すためだけに自身の真名を賭け、その真名を預ける人間が、この天下に二人といるとは思えなかったからだ。


「お前の真名、ちゃんと受け取らせてもらう。ただし・・・」

彼は、その顔に笑みを浮かべる。新たな友を得た、喜びの笑みだ。


「俺のことも、これから終って呼んでくれ。一方的なのは好きじゃないんだ。」

それを聞いて藍里は、驚いた様子で顔を上げた。それを終は、ただ笑って見つめる。しばしの間、彼女は時間が止まったように驚きの表情を浮かべていたが、時間が経つにつれて、終と同じ笑顔に変わっていった。


「・・・承知いたしました。―――――終殿。」

「これからよろしく頼むぜ―――――藍里。」


藍里が答える。恩を返す側として


終が手を差し伸べる。これから共に道を歩む友として



こうして、竜は一歩を踏んだ。多くの出会いを得る旅が、ようやく始まろうとしていた。

取り敢えず終わるまで書こうと今は思ってます。

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