誓いの腕輪
終が并州に戻って数日が経ったある日
信の引き連れた軍勢が近くまで来ている事を知らせる使者が来た
それを聞いた住民達は城内を掃き清め
何時戻っても大丈夫なように準備をした
城壁に立っている兵士が
信が并州に帰って来たことを伝えると人々は一斉に城門へと駆けよった。
その中には、縁と終の仁親子と終の親友になった恋の姿があった。
遠方から土煙が見えて来た
それは段々とこちらに近づき、はっきりと姿が見える距離まで来た。
同時に人々が歓声を上げる。
兵士は、ほとんどの者が傷ついており
将の中にも怪我をしている者がいた。
だが、それを気にさせることも出来ないほどに堂々と行進していた。
だからこそ民達も大きな声で歓声を上げたのだ。
人々の間を整然と行進していき
続々と城の中へと軍が入って行った。
「・・・!!」
突如恋が駆けだした。
「あ!おい、恋!!」
終は驚いて止めようとしたがそれよりも速く
彼女は手の届かない場所へと遠ざかって行った。
(一体どうしたってんだ?)
そう思ったが彼女が駆けて行った先を見てすぐに理解した。
白に黄色が少し混じっているという
ここからでも目立つ髪をした女性が馬に乗って城門へと近づいて来ていた。
(だったら、仕方ないな)
自分の母の親友であり、彼女の親代わりとも言える女性のもとに
全速力で駆けて行く親友の背を見て終は、ふっとその顔に笑みを浮かべた。
「しん!」
恋は大きな声で彼女の名を呼んだ。
大きな声と言っても何時もの彼女よりはと言うくらいのものなので
すぐに辺りの歓声に掻き消されてしまった。
恋は兵士達の間を勢いよく駆けて行った
途中、彼女に注意しようとした者もいたが
その言葉が聞こえるよりも速く信のもとへと向っていた。
彼女の視界に兵士たちは映っていなかった
ただ一人だけを彼女は見ていた
「しん!!」
恋は、もう一度彼女の名を呼んだ。
その声に気付いたのか
それとも既に見えていたのか
信は馬から素早く降りると
恋と同じように恋の方へと駆けて行った。
「恋!」
「しん!」
信が大きく手を広げる
恋は信の胸の中に飛び込んだ
戦場から帰って来たばかりなので
当然ながら鎧は来ていた
鎧、とは言っても彼女のそれは機動性を重視した
比較的軽装なものであるため彼女達の再会を邪魔する要因にはならなかった
「おかえり、おかえり、しん」
「ああ、ただいま、恋」
お互いに抱きしめあいながら
彼女達は笑顔でそう言い合った。
それを邪魔するような無粋な輩は居らず
その抱擁は彼女達の気の済むまで続いた。
(どうしてこうなった)
現在、終は信の前で正座をしていた。
場所は彼女の部屋、時間は二人の抱擁から少し時間が経ったころである。
(どうしてこうなった)
何故彼がこのような状態になっているかと言うと
政庁に戻ってすぐに彼女に呼び出されたからである。
信は正座する彼の前で腕を組んで仁王立ちしていた。
険しい顔をしており、明らかに怒っている様子だった。
(どうしてこうなった)
信の背後には恋が居り
その恋の後ろには縁が居た
恋は心配そうな顔をし
縁は何処となく呆れたような
同情するような、そんな何とも言えない顔をしていた
(・・・どうして、こうなったんだろうなぁ)
自分でもどうしてこうなったのか理解しているが彼はそう思っていた。
と言うのも信が自分に対して怒る理由は一つしか思い当たらなかったからだ。
「さて、終君。
君に一つ聞きたいことがあるんだ。」
「・・・何でしょうか?」
「何で、恋を連れて并州を出たんだい?」
信は相変わらず顔は険しいまましかし声は如何にか平静を保った状態でそう言った。
終は、それを聞いてまた説明をしなければならない事に憂鬱な気分になった。
そして同時に何故信が自分が恋を連れ出したと知っているのか疑問に思った。
恋が聞かれて話したのかと思ったがそれならば怒る理由はないし
縁が話したのかと思ったが彼女が話すとは到底思えなかった。
実際、恋も縁もこのことを話していなかった。
勿論、二人以外に終がやったことを供述出来る人物もいなかった。
ならば何故?
答えは簡単である
信が自ら答えを見つけ出したのだ
彼女は恋があまり城内から出なかったことを知っていた。
だから誰かに連れ出されたのだとすぐに考えることが出来た。
初めは誰かに誘拐でもされたかと考えたが
恋が他人に対して異常なまでに警戒することと
若年でありながら尋常ではない膂力を持っている事を知っていたので
絶対にありえないと断定した。
ならば、親しい人物と共に出たと考えるのが自然である。
そしてその親しい人物と言うのは、かなり活動的な人物であると信は考えていた。
少なくとも彼女が知る中にそのような人物はいなかったため
結果的に思い浮かぶのは一人だけになる。
これによって終が恋を連れだしたのだと結論を出したが
信は何故彼がこのようなことをしたのか分からなかった。
しかし恋を連れ出したであろうと言う事実は変わらない
なので危険な目にあうかもしれない可能性のある行動をした終に
信は怒りを覚えられずにはいられなかった。
これでもし終が自己中心的な理由で恋を連れ出したのならば
その怒りは頂点に達し彼は数日前と同じようなことになっただろう
しかし終が言った理由は
「恋を元気付けたかったから」
信は彼がその言葉の後に話した説明を聞いて何故恋を連れ出したのかを理解した。
そして理解すると同時に嬉しく思っていた。
恋が自分以外に真名を預ける人物に出会えたこと
その人物が恋を大切に思ってくれている人物であったことに。
「・・・そう言う理由があるのだったら、私が怒る道理はないな。」
信は怒りを解くと表情を柔らかくした。
そしてもう正座しなくても良いことを伝えると
終は、やっと面倒なことが終わったと心の中で安堵ながら立ち上がった。
「しかし、君は随分と無茶なことをするな。
それ以外にも恋を元気付ける方法などあっただろうに」
若干呆れている様子で信は終にそう言った。
いくら元気がなくなった恋をどうにかしたいと思ったとは言え
子供二人で10何日も城外に出たのは無茶と評する以外にないからである。
「あー、それですけど・・・
やっぱり一番良いのがこれかなっと思いまして」
それに終は信と目を合わせないように視線を横に流しながら頭を掻いた。
その言葉は少なくとも本心であった
しかし全く嘘が無い訳でもなかった
「ほう、ならば何故目を合わせないのだ?」
その全くない訳ではない嘘を見抜いた縁は信の前に出ると
意地の悪そうな笑顔を浮かべて問い詰めた。
「そ、それは恥ずかしいからですよ。」
終は若干どもりながらそう言った。
この時点で彼は彼女の予想を確信へと導いてしまったのだった
「嘘を言うでないわこのたわけぇ!!」
そう言うや否や縁は終の両頬を抓りだした。
当然ながら終は涙目になりながら悲鳴を上げた。
「貴様がこの程度のことで恥ずかしがるような男な訳がなかろうがぁ!
今までしてきた行動の数々を思い出してから口を開けぃ!!」
終は必死になって縁の手を掴むが力は一向に弱まらない。
「どうせ他の方法なぞ端から考えていなかったのだろうがぁ!!
下らぬところで誤魔化しをするでないわぁ!!」
「ふぇえええ、もうひわへあひまへぬぅ」
それからしばらくの間、終の悲鳴が響いていたという。
信が軍勢を率いて帰還してから幾日か経った。
信は、この戦の後始末をする作業に取り掛かり
縁も信一人では荷が重いだろうと判断しそれを手伝った。
そのためか作業は水が流れるように進んでいるらしく
縁は今朝「この調子なら速くて明後日には帰れる」と終に話していた。
それを聞いた時、彼は嬉しくなると同時に寂しさを感じた。
嬉しくなったのは、ようやく故郷に帰ることが出来るから
そして寂しくなったのは、二度と恋と会えなくなるかもしれないから
(母上は速くて明後日って言ったけど
あの人のことだ、きっと今日中にその作業を終わらせて
明日帰りの準備をして、きっちり明後日に帰れるようにするだろうな。)
現在、終は政庁内の書庫の中に居た。
縁から話を聞いた後、初めは恋が居るであろう庭園に行こうと思ったが
その途中であることを思い出してここに来たのだった。
「・・・これじゃないな。」
手に持っていた本を閉じると元の場所に戻した。
そして次の本を手に取ると流すように読んで
「これも違う」と言って閉じる。
それを先ほどから何度か繰り返している。
彼が今探しているのは、何時か恋によって読むのを中断された
『霍去病』の文字が書かれていた本であった。
ならばその内容が書いてあった書物の題から見つければいいと思うのは必然だが
終は本を読む時、ほとんど題名など気にせずに中身だけ読んでいたため
題などほとんど覚えていない。
彼が出来るのは『完全記憶』であって『瞬間記憶』ではない
だからこうして地道に中身を読んで探すしかないのだ
(・・何やってんだろうな、俺。)
パタンと本を閉じると終は本を持ったまま思考を働かせる。
(いくら興味を持ったからってここまで労力を使うか?
こんなの時間の無駄だと、そこらへんの阿呆にだって分かるだろうに)
よくよく冷静になって考えてみれば
その人物のことを知るためだけにここまでするのは無駄だと思える行為である。
(たかが昔の偉人様の名前が目に入ったからってここまでする必要はねぇよな)
「・・・止めだ、止め。」
首を左右に振り、そう言葉に出して言うと
適当な本を選びそれらを持って書庫を出た。
当然だが、ちゃんと中身を見て自分が読んでいないものを選んだ。
そして書庫から出て庭園へと向かおうとした時
「・・・・」
「あっ」
その書庫の入り口のすぐ横で恋に遭遇した。
まさかここで恋と出会うとは思わなかった終は少し驚いていた。
「・・・あー、よう恋。」
取り敢えず気を取り直すと何時もの挨拶をした。
それに恋はコクリと頷いて返す。
そしてお互いに沈黙
「「・・・・・」」
(何だこれ?)
終は良く分からない
微妙な空気に思わず笑い出してしまいそうな奇妙な感覚に見舞われた。
しかし何となく笑う気にはなれず、黙って恋を見ていた。
「・・・なぁ、恋」
だが、いつまでも黙っている訳にはいかないので自分から話すことにした。
恋は若干首を傾げて反応を示す。
それを確認してから終は
「その、何でここにいるんだ?」
かなり直線的な質問をした
「・・しゅう・・・さがしてた」
こちらもかなり直線的に答えた
「ああ、そうか」
その直線的な答えにあっさりと納得
質問終了 会話終了 再び沈黙
「・・・取り敢えず、庭に行こうか」
「・・・(コクリ」
終の提案に恋は頷くと彼の後ろについて行った。
それから何の会話もなく庭園に到着した。
そこにはセキトを始め多数の動物達が彼等を待っていたかのように集まっていた。
もうすでに終にとって見慣れた光景だったので大して驚くことなく
東屋へと歩いて行き供えられてある席に座り本を読み始めた。
それを見て恋は少しだけ不満げな顔をしたが
そこに居た動物達と戯れ始めるとすぐに楽しそうな顔になった。
それから少し時間が経った
恋は動物達と変わらずに戯れていた。
終も着いた時と変わらず本を読んでいたが
恋達から離れ自分のほうにやって来たセキトによって集中出来ないでいた。
セキトは潤んだ瞳で終を見つめる。
終は、それを時々横目で見るだけにとどめていた。
しかし何時までも自分を見ている視線に耐えきれず
読書を中断するとセキトの頭を撫でまわした。
それからセキトがまるで誘うように恋の所に駆けたため
なし崩し的に恋と一緒に遊ぶことになった。
(何でだろう、何かセキトに謀られた気がする)
遊んでいる最中に何となくそう考えたが楽しかったので気にしない事にした。
さらに昼を挟んでしばらく経った
恋と終は二人で東屋に居た。
終は本を読み
恋は本を読んでいる終と向き合う形で座っていた。
「・・・しゅう」
「ん?」
恋の呼びかけに終は本から目を離した。
恋は膝の上にセキトを乗せてその頭を撫でている。
「それ・・よむ・・・たのしい?」
「そうだなぁ・・・・
楽しいか如何かで聞かれれば楽しいと答えるかな。」
恋の問いかけに少し考えた後そう答えた。
終は読書と言う動作を
めったに経験することが出来ないことであり
新しい知識を学ぶ事も出来るという理由でそれなりに楽しんでいた。
故郷では偶にやって来る旅の学者や
街に住んでいる人々の経験談などから知識を得てはいたが
本を読んで知識を得ると言うことは文字通り数えるほどしかなかったので
大量の本を自由に読むことが出来る今のこの状況が
彼にとっては二度と経験できないことになるかもしれないことなので
本を読むと言うこと自体が彼にとっては并州に来てからの楽しみの一つなっていたのだ。
「・・そう」
恋は、その返答を聞くと何となく疑問に思っていただけで
大して興味がなかったのかそれだけ言って後は何も聞かなかった。
終も恋があまり本に興味を持っていない事を知っていたので
特に何も言わずに読書を再開した。
「・・しゅう」
少し経ってから恋は、また彼の名前を呼んだ。
「なんだ、恋。」
今度は本から目を離さずに返事をした。
「・・・・れんに・・はなすこと・・ある?」
終の本を読む動きがピタリと止まった。
そして本を開いたまま視線だけ恋に向けた。
恋は何時もと変わらない無表情で終をじっと見つめていた。
「・・・・『ある』か『ない』かで聞かれれば」
パタンと手に持っていた本を閉じ
「ある、と答えるな。」
静かに机の上に置いた。
お互いに向き合う形で座っているため
終は話しやすい状況で良かったと思っていた。
「・・・実はな、今朝母上から話があって
ここにいられるのも、そう長くないんだ。」
恋は無表情から打って変わって驚いたように目を見開いた。
セキトが恋の膝の上から飛び降りた
「なんで?」
椅子から立ち上がり
机に手を置き、身を乗り出すように終に強く問いかけた。
恋のその行動に終は驚いていたがすぐに気持ちを切り替えた。
「俺が并州に来たのは母上が丁原さんに呼ばれたからだ。
そして丁原さんが母上を呼んだ理由は匈奴の人達を追い払うのを手伝ってもらうため」
「・・・・」
「お前も知っている通り、匈奴の軍は并州からいなくなった。
つまり母上がここに居る意味はなくなったんだ。」
「・・・・」
「何時までもここに居るつもりのない母上は常山に帰る。
母上についてくる形で并州に来た俺も必然的に常山に帰ることになる。」
「・・・・」
「だから、もうお前と一緒にいられるのも三日ぐらいしかないんだ。」
終は伏せていた視線を上げ恋を見た。
表情にあまり変化が無かったが何処か暗い雰囲気があった。
「・・・これが俺の話したかったことだ。」
最後にそう言って話を括った。
恋は終の顔を見つめていたが
しばらく経つと顔を俯かせ椅子に座った。
東屋の周りに居た動物達はセキトを含めて
恋が立ち上がった時点で何処かへ去っていた。
今ここには二人しかいない
「・・・れんは・・・・」
恋がポツリと呟いた。
終は黙って言葉の続きを待つ。
「・・・れんは・・・しゅうの・・・ともだち」
「・・・・」
「・・ともだち・・・いなくなる・・・れん・・・かなしい」
恋は顔を俯かせたまま消え入りそうな声でそう言った。
その様子に終は恋の今の心境が痛いほど理解できた。
だが、自分がここに留まれない事実は変わらない。
「・・・恋」
だから、終は自分が如何すればいいかを考えていた。
考えは恋と書庫で会う前
縁と別れ、書庫へと歩いている道中で既に出来あがっていた。
「お前に渡したいものがあるんだ。」
終は、そう言うと二つの赤い腕輪を机の上に置いた。
態と音が鳴るように少し叩く感じで
「・・・それ・・なに?」
恋は俯けていた顔を少し上げると終に質問した。
「・・・何って聞かれても、見たまんま腕輪だとしか言えねぇな。」
終は顔に少しだけ笑みを浮かべながらそう答える。
その答えに恋は若干の怒気を向けることで今の心情を答えた。
「そう怒るなよ。
実際、『見た目』は普通の腕輪なんだからよ。」
「・・・(カクン」
終の何か含んだような言い方に恋は怒りを納めて首を傾げた。
その反応を見てから終は二つの腕輪の内の一つを手に取った。
そして、これを自分に無償で渡してくれた
親父との会話を思い出しながらこの腕輪について語った。
「こいつはな、『誓いの腕輪』って言ってな――――――
―――――幾十年の時が経とうとも
幾千里も離れていようとも、生ある限り再会を約する
と言う効果がある腕輪なのですよ」
その日、恋はセキトと一緒に昼寝をしており
遊ぶ相手がいなかった終は暇つぶしに親父に会いに来ていた。
当初は、店のことは放っておいて大丈夫なのか
こっちで売っていた小物の類は売れたのかなどと聞いていたが
ふと腕輪の事を思い出しそのことを聞いたため親父が腕輪について説明をしたのだ。
「見た目は何処にでもありそうな腕輪なのにですか?」
その説明を聞き終えた終は疑いの眼差しで親父を見ていた。
何故そのようにしたかと言うと
終自身があまり霊験あらたかな話を信じない上に
親父が商人であるため、その話に胡散臭さを感じざるを得ないのである。
「何処にでもありそうなものほど
存外、本物であることが多いのですよ」
それに親父は諭すようにそう言った。
この親父の言うとおり、見た目が何の変哲もない茶碗でも
実はとんでもないお宝だったなどと言うことは良くある話だ。
「そんなものなんですかね」
「そんなものですよ」
胡散臭そうに腕輪を手に持ち疑問を口にした終に
親父は何時もの笑顔を浮かべてそう答えた。
それから腕輪を眺め続けていたが
終は、その腕輪を元の場所に戻した。
興味はあったが買いたいと思うほどのものではなく
そもそも無一文であるため何も買うことが出来ないからである。
「面白い話をありがとうございました。
そろそろ恋が起きているかもしれませんから、これで・・・」
終は立ち上がると政庁へと戻ろうとした。
「・・・・・仁竜殿」
親父が終の名を呼んだ。
終は、その場で立ち止まった。
親父が自分と出会ってから初めて自分の名を呼んだからだ。
驚嘆が抜けきらない表情で終は親父の方に振り返った。
そこには何時もの笑顔ではなく
真剣な表情をした親父がその手に二つの腕輪を持って立っていた。
「・・・これは貴方に差し上げます。」
親父は、そう言って腕輪を差し出してきた。
突然の親父の行動に終は思考が追いつかなかった。
「・・・・どうして、ですか?」
如何にか出た言葉がそれだった。
利を重視する人間
商人である親父が何故自分に商品を
しかも無償で渡そうとするのか全く理解できないかった。
「これを渡せるだけの価値が
今の貴方にあるからです。」
親父は終の質問に即座に答えた。
その言葉は、とても堂々としたもので
少なくとも嘘を言っているような雰囲気はなかった。
「・・言っていることが良く分かりません。」
はっきりとした口調で言い放たれ、終はますます混乱した。
言葉の内容自体は理解できていた。
分からないのは、腕輪を渡すことで親父に何の利益があるのかということだった。
(もし俺が親父さんの立場だったら
こんな小僧にタダで渡すよりは、そこらを歩いている人にでも
高値で売り付けた方が圧倒的に利があると考えるのに・・・)
終は分からなかった
自分の価値とやらがどれほどのものなのか
「仁竜殿、貴方は自分にどれだけの価値が・・・
力があるのかを理解しているのですか?」
親父は、そんな彼の様子を見てそう問いかけた。
終が『親父が根っからの商人である』と、
この期間で理解したように親父もまた
終がどのような人物であるかを理解したのだ。
長年の月日を経て数多くの人を見たからこそ
彼にどれだけの力があるのかを理解することが出来た。
長年の月日を経て数多くの利益を得た商人だからこそ
彼にどれだけの価値があるのかを理解することが出来た。
長年の月日を経て大陸を渡り歩き時勢を読む力を得た人物だからこそ
彼が何かを成すことが容易に理解することが出来た。
長年の月日を経て今を生きている男だからこそ
彼に関わることが己の利に繋がることを本能的に理解していた。
だから、終との関わりを深くするために
親父は彼に腕輪を渡そうとしたのだ。
「・・・・理解していますよ」
少し間を置いて終は親父の問いに答えた。
その言葉に親父は否定するでもなく
肯定するでもなく続きを促すように黙って終を見続けていた。
「当然じゃないですか、自分の事ですよ?
自分が一番分かっていますよ。」
終は、さも当たり前のように言葉を続けた。
この言葉は嘘ではない
実際、終は自分の力が普通ではないことを故郷の人々と自分を比べることで理解していた。
しかし、彼は自分の力の大きさがどれほどのものなのか理解していなかった。
誰よりも弱いことは自覚していた
だが、誰よりも強いことは
まだ漠然とした意識でしか理解していなかった
それを真に理解していない以上、本当に自分の力を理解しているとは言えない。
親父は、そのことを見抜いていた。
「・・そうですか。」
しかし敢えてこう答えた。
これは終が自ら理解しなければ
意味がないことだと、そう考えたから
「ならば、単純に友好の証として貰ってください。」
親父は、そう改めると腕輪を渡そうとした。
彼が終に腕輪を渡す理由は
利を得るためというのがほとんどだったが
彼のことを気に入ってというのも理由に入っていた。
何処か釈然としない表情をしながらも終は黙ってその腕輪を受け取った。
「・・・本当に良いんですか?」
若干申し訳なさそうに終は質問した。
「ええ、もちろんですとも」
親父は何時もの笑顔に戻るとそう答えた。
終は、それを聞くと口を固く結び深く礼をした。
「――――――まぁ、分かりやすく言ったら
生きていたら必ず会えるようにしてくれる、魔法の御守りみたいな物だな。」
そう言ってこの腕輪の説明を纏めた。
「・・・・」
恋は黙って話を聞いていた。
途中から明らかに内容を理解していなかっただろうが
終の最後の纏めの一言で腕輪のことを概ね理解したようだった。
「さて、説明も終わったところで・・・」
終は腕輪の一つを恋の前に置いた。
「この腕輪、受け取ってくれないか?」
「・・・・」
恋は自分の前に置かれた腕輪をじっと見つめた。
腕輪は太陽の光に照らされ綺麗な赤の色に輝いていた。
「・・・わかった」
恋は小さく頷きそう言うと
目の前に置かれた腕輪を手に取った。
終は恋のその言葉を聞いて内心ほっとした。
もしかすると受け取ってもらえないという可能性も考えていたので
恋が頷いてくれるまで内心気が気ではなかったのだ。
恋は手に取った腕輪を自分の左手首に通した。
終もそれを見て腕輪を自分の右手首に通した。
しかし、少し大きかったため
どちらの腕輪もそのまま肘まで滑って行ってしまった。
「「・・・・」」
お互いにお互いの腕輪を見て沈黙
その沈黙も次には、終の笑い声によって破られた。
行き成り笑い出した終に恋は目を丸くしたが
何時までも笑い続ける彼に釣られて
その顔に小さく笑みを浮かべた。
それからは終の予想通り
縁は、その日の内に作業を終了させ
次の日には帰りの準備を始めた。
終は縁と供に帰りの支度をし
最後に恋と一緒に遊んで早く寝た。
そして、恋に腕輪を渡してから二日後の早朝
城の西門の前で縁と終、信と恋がお互い向かい合って別れの言葉を交わしていた。
「楽しい時間は短く感じるものって言うけど
本当のことだったなぁ」
終は縁達と少し離れた位置で恋と話していた。
顔には何時もの笑顔を浮かべており
別段悲しそう、という雰囲気はなかった。
「・・・・」
逆に恋は何時もの無表情だったが、悲しそうに少し顔を俯けていた。
それを見て終は小さく溜息を吐いた。
「何暗い顔してんだよ。
別に今生の別れ、って訳でもないだろう?」
終は恋の頬にそっと手を添えた。
恋が俯けた顔を上げ終を見る
「きっとまた会えるさ。
だから、そんな顔すんなよ。」
そう言って終は優しく微笑んだ。
「・・うそじゃ・・・ない?」
「俺が嘘吐いてるように見えるか?
・・大丈夫だよ、安心しな。」
不安げな表情で自分を見る恋に
終は、とても自信の籠った声ではっきりと断言する。
恋は黙って彼を見つめると
「・・・(コクリ」
顔に小さな笑みを浮かべ頷いた。
彼がどんな人間なのか分かった上で
彼は必ず約束を守ってくれるだろうと確信したから
「うん、やっぱお前は笑顔が似合ってるな。」
終は恋の頭に手を乗せるとそのまま撫でた。
そしてチラリと視線を横に向ける
縁が信との会話を終えたのか
白い馬『白龍』に跨って彼女に背を向けていた。
それを確認すると恋の頭から手を離した。
「そろそろお別れだな。
セキトや他の奴らによろしく頼んだぞ。」
終は恋に背を向け麒麟に跨った。
前方には既に待機していた縁の姿がある。
麒麟が縁の傍まで駆けた
そしてその場で立ち止まる
「―――恋!!」
離れて小さくなった恋に向って
終は振り返って大きな声で呼んだ。
彼女がまだこちらを見ている事を確認し
「またな!!」
再会を約する言葉を言った。
それから数刻後
空を灰色の雲が覆い
時刻もあって辺りは暗くなっていた。
(・・・生ある限り再会を約する腕輪、か)
終は自分の腕にある赤い腕輪を眺めていた。
左手で手綱を握り腕輪をはめている右腕を自分の視線まで持ってきている。
(かなり胡散臭い話だったけど
これのおかげで恋との繋がりを保てそうだし
見た目もそんなに悪くないし、親父さんには感謝しないとな)
顔に微笑を浮かべるとその手を降ろし手綱を握った。
ふと視界に白いものが映った
それは小さな点のようなもので空から地面へと落ちて行った
「・・・ん?」
それを見て終は顔を上に向けた。
空からたくさんの白い雪が振って来るのが見えた。
「終、少し駆けるぞ」
縁もそれに気付いたのか
背中越しに彼にそう伝えると勢いよく駆けだした。
「あ、待ってくださいよ!母上!」
終も遅れまいとその背中について行った。
雪が風に巻かれながら
花弁のようにひらひらと舞う
踊るように 唄うように
ゆらりゆらりと舞い続ける
いずれ地に落ち消えるとしても
雪は宙を舞い続ける
雪が深々と道に落ち
綺麗な白でその場は染まった
一応、これで一区切りといったところです
まだ本編開始まで長いですが
どうか完結までお付き合いください




