約束
長かった
本当に長かった
(こいつらの仲間か!)
終は剣を構え警戒した。
恋もその姿を視認すると何時でも動ける態勢に入った。
数人程の騎馬の群れは真っ直ぐにこちらに駆けていた。
しばらくその集団を睨んでいた終だが、
その影がはっきり見えてくるにつれて妙なことに気が付いた。
まず気付いたことは、動きが揃っていることである。
賊というものは、通常ならず者が集まって出来るものだ。
ゆえに動く時は、それぞれがやりたいように動くため揃うことはほとんどない。
だが、こちらに迫ってきている集団は少数ながら上手く隊列を組んでいた。
そして次に気付いたことは
彼等の着ているものが綺麗なことだった。
普通に考えれば、ならず者が綺麗な服を着るなどあり得ない事である。
そもそも綺麗なならず者など聞いたことが無い。
(・・・もしかして、違うのかな?)
終は、そう思いながらも警戒を解かずに彼等が来るのを待った。
彼等の姿が間近に迫ると賊の仲間ではないと彼は確信した。
それは彼等が着ている服がただ綺麗なだけではなかったからである。
彼等が着ている服は、決して派手とは言えなかったが
高級感溢れる雰囲気をさらけ出し一目で高位の人物であることを理解させた。
さらに彼は、それに似た服を何時か見たことがあった。
(運がいいのか、悪いのか・・・)
終は構えを解くと彼等が来るのを待った。
彼等は彼のすぐ目の前で馬を止めた。
「・・これは、一体・・・」
先頭の初老の男が困惑気味に呟いた。
部下の報告で、
子供が賊に襲われていると聞いて急遽ここに向かったのだ。
掛る時間を考慮し最悪の状況を予想しながら、
ここに向かった彼だったが予想の遥か斜め上を行く光景に呆然としていた。
それも当然だ
子供を襲った賊になる筈だったかもしれない者達が
子供を襲うはずだった賊に変わり果てているのだから
「・・・君達、怪我はないか。」
男は自分達がここに到着するまでに何が起こったのか知りたかったが
子供たちの安否を最優先させるべきだと考え
怪我が無いか確かめるために終達に声を掛けた。
終は取り敢えず念のために少し疑う視線を送り、恋は警戒心を露にして彼を見た。
「・・安心しなさい。
私は君達の敵ではない。」
その様子を見て男は二人を落ちつかせるように言った。
(・・・やっぱり、だな)
終は男の反応を見て自分の思った通りの人物であると判断し警戒を解いた。
「・・・」
だが、恋は彼の言葉が信じられないのか睨むのを止めなかった。
男は警戒を解いてくれない彼女に困り果てた表情になった。
「・・そこまでだ、恋。」
終は恋の頭に手を乗せるとそう言った。
彼女は男から視線を外すと不満そうに彼を見つめた。
その目は、どうして止めるのかと言外に訴えていた。
「・・・ちょっと耳貸しな。」
「・・・?」
やや疑問に覚えながらも恋は彼に耳を傾けた。
そして彼等に聞こえないような声で彼女に話しかけた。
「お前が疑う気持ちは分かるけどよ。
ここは一つ、俺を信じて大人しくしてくれないか?」
「・・どうして?」
恋がその理由を問いただすと
彼は彼女にも分かるように非常に分かりやすく説明した。
「だってどう見ても賊に見えないし良い人そうだから。」
その言葉は、とても自信の籠ったものだった。
そして彼女にも理解出来るような内容だった。
「・・・」
だが、理解はできても納得がいってないようだった。
かなり不審げな表情で彼を見ている。
「・・まぁ、いい人かどうかはともかく。
あんな綺麗な格好をして賊ってことはねぇだろ。」
ちらりと男達に目をやってから彼女に視線を戻した。
恋は改めて男達を見た。
確かに彼の言うとおり綺麗な見た目をしている。
賊にしては綺麗すぎることが理解できるほど綺麗な服だ。
「それにあの服、お前絶対に見たことがあるぞ。」
「・・・(カクン」
恋は、その言葉に首を傾げた。
彼の言っている意味がよく分からなかったのだ。
「良く見れば分かる。」
「・・・」
そう言われて恋は、もう一度彼等の服を良く見てみた。
何処かで見たことがある、と彼は言っていたが
彼女は一体どこで見たことがあるのか分からなかった。
「・・・分かってねぇみたいだから教えるけどな。」
終は彼女の様子を見て本当に知らないのだと分かり
あの服が何なのか言うことにした。
「あれは漢の役人の服。
丁原さんと同じ立場にいる人間の服だ。」
恋は、それを聞いて
彼が絶対に見たことがある服だと自分に言った理由を理解した。
確かに彼女、信とは、ほぼ毎日行動を共にしていた。
そうなると必然的に彼女の服を見ることになる。
「・・・まぁ、その様子じゃ丁原さんがあの服を着たところを
あんまり見たことがないようだな。」
終は恋の様子から多分そうなのだろうと考えた。
同時に信が彼等と同じ服を着ているところが想像出来ない事に苦笑いした。
「・・・(カクン」
そんな彼に対して首を傾げる恋だった。
「とにかくだ、
あの人たちは賊じゃないし俺達を襲う訳がない。
だから、安心してくれて大丈夫だ。」
「・・・・(コクリ」
恋は頷くと警戒は解かなかったが敵意を向けるのは止めた。
(・・・まぁ、そう言っても
見た目と反応だけで決めるのは、ちょっと早計だったかもな。)
彼女の様子を見て、もしかすると違う可能性があるかも知れないと
終は少し疑いの心を持ってしまった。
彼は一旦疑ってしまうと確実にそうだと分かるまで追求する癖があった。
(取り敢えず、本当にそうなのか一応確認するか・・・
可能性は潰すに越したことはないからな。)
だから、必要無いだろうとは思っても
絶対とも言える答えを得るために思考を巡らした。
「・・・貴方達は漢の役人の人、ですか?」
自分達が話している間、ずっと一定の距離を保ったまま見ていた男達に問いかけた。
相手が本当にそうであるかどうかを改めて確認するために
探る気配を感じさせないように若干不安そうな表情で言葉を放った。
突然自分達に質問が投げかけられるとは思っていなかったのか男達は動揺した。
「・・ああ、そうだ。」
だが先頭の男がその質問に答えたことによってその空気は治まった。
先ほど彼等に安否の確認をした男である。
(・・・存外あっさりと答えるな。
まぁ、下手に渋られたら疑わざるを得なくなっていた訳だけど)
「・・・一つお尋ねしますけど
何で漢の偉い人がこんな所に居るんですか?」
純粋な疑問と深く探りを入れる目的でそう問いかけた。
漢の役人、それも恐らく彼の母の親友である信と
同程度の身分の人物であろうと予測出来る人物がなぜこのような場所に来たのか
そして、本当に自分の考えている通り、本物の漢の役人なのか
それを確かめるために
「・・・領地に戻る道中だったのだが、
部下から子供が賊に襲われていると報告を受けてね。
こうして急いで駆け付けた訳なのだ。」
先頭の男は、終が警戒していると思い彼等を安心させるように説明した。
倒れ伏した賊達と、警戒心をむき出しにした少女
そして全身を赤に染めた少年。
それを見て男は、彼等が何かとてつもなく恐ろしい事に会い
人を信じられないような状態になっているのではと考え、
少しでも彼等を安心させようと理由を話したのだ。
(・・・なるほど、渋い顔のわりに存外優しい人なんだな。)
男の表情と話し方から、自分達を本気で気遣ってくれているのだと思った。
(だけど、これが演技の可能性もある。
・・・確認すらからには、徹底的にするべきだな。)
「・・・信じられませんね。」
そう考えると同時に終は男に対して否定的な言葉を告げた。
その言葉に周りの男達がざわめき
先頭の男は、何処か分かり切っていたような目で彼を見た。
「そんな都合よく漢の御役人様が来てくれる訳がないでしょ。
普通に考えてありえませんよ。ただの餓鬼と役人様がこんな道端で出会うなんて。」
天下広しといえども、漢の役人に会えることなどそうそうあることではない。
彼の説明を聞いて男達は言い返す言葉がなかった。
「確かに役人さんらしい綺麗な服は着ています。
だけど綺麗な服ってだけなら商人さんでも着ることができます。」
次々と放たれる彼の言葉に男達は怒る暇もなく納得してしまう。
ただし、先頭の男だけは彼に対して何処となく違和感を感じていた。
確かに、この状況にあって人を信じられなくなるのは当然ともいえる。
実際、まだ年端も行かない子供たちが
賊に襲われてしばらくの間、人を信じられなくなる光景を男は何度も見て来た。
だから、目の前の子供たちも
きっとその状態になっているのだと初めのうちは考えていた。
だが、彼の今の様子を見て男は何かが違うと思った。
「そもそも武器を持った大人相手に
行き成り『安心しろ』だとか『大丈夫だ』だとか言われて
『ハイ、そうですか』と言える訳がないでしょう?」
そして彼の態度が段々と変わっていくのを見て
男は目の前の少年が自分が今まで見て来た子供たちと違うと確信した。
恐怖など微塵も感じさせない彼の態度は
明らかに子供の見せるそれではないのだ。
「如何しても安心させたいと思うんだったら、
確実にそうと言える証拠をくださいよね。」
そう言ってから終は改めて彼等を見た。
男達は、自分達が本物であることを
如何証明したらいいのか考えているのか一様に唸っていた。
だが、先頭の男、彼等の主人だけは終をじっと見つめていた。
(・・・流石にちょっと不自然すぎたかな。
どう見ても『疑心暗鬼になった子供』を見る目じゃないね。)
自分の言った言葉を思い出しそう考えた終だった。
彼の当初の目的は疑心暗鬼の子供を演じ、
彼等が自分達に対して見せる反応を見て
確実にそうであると言う証拠が揃ってから決断を下そうと考えていた。
最後の言葉も『もし偽物なら
面倒臭くなるか下手な嘘をつこうとするかでボロが出るかもしれない』
と考えた結果出した言葉だった。
だが、これはどう見ても駄目だった。
彼としては、あれでも一応演技したつもりなのだが
途中明らかに素が出てしまっていたのでどう考えても失敗であった。
ただし、彼の言葉は大体的を射たものがあったので
先頭の男以外は皆困ったように顔を俯かせ押し黙ってしまっていた。
(・・・でも、ある意味では良かったかもしれない。
もしあの人も周りの人と同じになられたら、もっと疑わなくちゃならなかったからな。)
終は彼の様子を見て少し安心したような気持ちになった。
そんな彼とは対照的に
男は彼に対して疑いの感情を持ち始めていた。
少年にしては落ちつき過ぎていると言っても過言ではない今の彼の態度
子供にしては妙に的を射すぎている発言
そして何より疑う要因となっているのは
全身を真っ赤に染めながらも正常に話すことができていること
普通の子供ならまず喋ることすらできない状態になってもおかしくないと言うのに
彼は自分達に向けて質問をしてきた
それも自分達が何者なのかを聞いたのではなく役人か如何かを聞いたのだ
この質問は相手、彼等から見れば自分達が何者かある程度理解していないと出来ない
つまり、彼は自分達が何者なのか
ある程度目星を付けられる程度には冷静だったということになる
そう、初めから疑う余地はあった
疑えなかったのは、疑うには余りにも彼等が幼いから
(・・・さて、どうしたものか)
男は一旦頭に浮かんだ数々の疑問を頭の隅に押しやると思考を走らせる。
どの道、目の前の少年が
自分達を疑っていることは先ほどの発言から良く理解できた。
その疑いの感情を如何解けばいいのか、
その事だけに考えを向けることにした。
お互いに沈黙が続く
「・・・君を納得させることが出来ればいいのだな?」
そしてその沈黙を破ったのは男の方だった。
部下達は自分達の主が何か名案を思いついたのかと期待を寄せ
終は、男がどんな答えを出すのか期待した。
「確実に俺達が信じることが出来る証拠を提示できれば、
ていう条件が付きますけどね。」
もはや演技とは何だったのか、
思いっきり自分を曝け出してしまっている終は挑発するようにそう言った。
それに対して流石に部下達は怒りを露わにしたが
男が落ちつくように指示を出したことにより静まった。
(へぇ、丁原さんと違って随分と冷静なんだな。いや、むしろこれが当然なのかな?)
その様子を見てそう考えた終は、ふと自分の母とその親友の二人を思い出し
思考の海に沈みかけたが今はその時ではないと考え再び目の前の男に意識を向けた。
そして、同時に彼は驚くことになる。
なんと男は馬を降り、剣を腰から外し自分達に向かって歩いてきたからだ。
(マジかよ、これは想定外だぞ。)
若干焦り気味に思考を巡らし剣に手を添えた。
彼のその反応に恋も何時でも攻撃できる体制になる。
「・・・」
男は彼等の様子を見ても止まらずに歩き続けた。
そして後数歩といった位置で止まると
その場で座った
「?!」
それに終は驚いた表情をする。
一体この男が何をしたいのか理解できなかったからだ。
「これが『証拠』だ。少年よ。」
男は終の瞳を真っ直ぐ見詰めそう言葉を発した。
「・・・言っていることとやっていることの繋がりが見えませんよ?」
終は手を剣の柄に添えたまま男に問いかける。
彼は行き成り近づいたと思ったら
これが証拠だと言った男の考えがまったく読めないのでいた。
「・・・君は私達が漢の役人か否かを聞いた。
そして、その証拠を出せと言った。」
「・・・ええ、確かに言いました。」
男の言葉に終は肯定の意を示す。
だが、自分の言った言葉と今のこの行動と一体何の繋がりがあるのか、
彼はそれを必死になって考えていた。
「・・・正直に言えば
私は自分が漢の役人であることを君に証明することは出来ない。
だが、君達に危害を加えない事の証明は出来る。」
男は淡々とした口調で終に話しかけた。
それを聞いて彼は一瞬思考が停止したが
何となく男が言おうとしていることが理解出来てきた。
「私は、あやつらの主だ。
その主が馬を降り、剣を捨て、君の前に座っている。」
そう言って男は口を閉じた。
終は頭の中を整理するために一旦目を閉じた。
「・・・つまり、『自分の行動が証拠』だと言いたい訳ですか?」
そしてある程度整理をつけるとそう問いかけた。
男は、それに無言で頷く。
「・・・それで、それだけで、
あなた達を信じることが出来ると思っているんですか?」
若干の怒気を含めた言葉で終は男に問い詰める。
不必要に自分の警戒心を煽られた気がしたからだ。
だが、男の次の言葉で
終は怒りを忘れることになる。
「・・・信用できない、と言うならば・・・
その剣で私を切れば良いだろう。」
「ッ?!」 「殿?!」
その言葉に終は絶句し彼の部下達は驚いて声を上げた。
「ただ一人の子供にすら信用されないのならば
私もその程度の人間だったということだ。」
驚く部下達に男はそう告げる。
そして終の目をじっと見据えた。
その目には恐怖も迷いも一切なかった。
「・・・」
終は、それを黙って見ていた。
彼から決して視線を外さず真っ直ぐにその目を見た。
重い空気が空間を包む
子供と大人の対峙だと言うのに
まるで虎同士が睨みあっているような
そんな刺々しさを感じるようであった
だが、その空気は長くは続かなかった。
「・・・はぁ」
終は手を剣からゆっくりと離した。
そして頭を深く下げた。
それを男は黙って見ていた。
「疑ってしまい、本当に申し訳ありませんでした。
あなたを信じます。」
ここまで来ると終は、もはや疑う要素事態がなくなったことを悟っていた。
男の目は何処までも真っ直ぐ自分を見ており
しかも本気で自分に切られても良いという覚悟が見てとれたからである。
もっとも、彼の場合『切る』ではなく
『殴る』という手段をとっていただろうが
どの道にせよ男が行動不能の状態になると言う意味ではどちらも一緒であろう。
死ぬか生き残れるかという点を除けばだが
(まぁ、偽物がこんな手の込んだ演技をするわけないし
後ろの人達を見てもそれは一目瞭然だからなぁ。
これ以上疑うこと自体不可能の領域だ。)
そう考えながらゆっくりと頭を上げる。
終が自分を信じてくれたことに安心したのか
男は、ふっと笑顔になった。
「ありがとう」
男は立ち上がるとそう言って頭を下げた。
「それを言うのは俺達の方です。
危機を救って頂いたと言っても良いですから。」
「とは言われても、私は何もしていないのだがね。」
「でも助けようと行動してくれたことに
変わりはないですよね。」
「・・・まぁ、君の言うとおりだな。」
そんな遣り取りをしている間に
男の部下達は安心したように息を吐き、恋は警戒を解いていた。
「ところで君に聞きたいことがあるのだが・・・」
「何でしょうか?」
男の言葉に終は、どんな質問をするのか予想し
表情には出さなかったが不安を覚えずにはいられなかった。
(・・・十中八九この賊達について聞いてくるだろうな)
普通に考えてみれば、
この賊達が何故自分達が到着する前に倒されているのか気になる筈だ。
だから彼の予想も普通に考えれば誰でも考えることが出来るものだった。
「そこに転がっている男たちなのだが、」
ここまでは彼が予想していた通りになった。
だが、次の言葉は彼が想像していたことと少し違っていた。
「・・・まだ生きているようだから、
君達の代わりに私達が付近の役人に引き渡そうと思うのだよ。」
どうかね?
それを聞いて終は自分の予想が外れたことに
若干の安心とまだまだ自分が未熟であることの実感をしたのだった。
この言葉は、状況が状況なら
自分の手柄を他人に横取りされてしまうかもしれないと考えるところなのだが
終は子供であるためほとんどこの枠には当てはまらず
しかも終本人が賊の対処に困っていたときだったので
渡りに船と言ったところなのである。
そして男の方は、
なんとなく彼がこの状況を作り出したのであろうことを察知し
同時に彼が困っていることを見てとることが出来たため
このように話を持ちかけたのであった。
「はい、そうしてくれると嬉しいです。」
終がそう言うと男は頷き部下達に指示を出した。
虫の息の賊達をまるで荷物か何かを乗せるように
馬に乗せる光景を見た終は、ふと空を見上げた。
(・・・少し、急がないといけないかな。)
「役人さん」
「何かな?」
部下達の方を見ていた男は終の声に振り返った。
「俺たちは、これから急いで行かなければいけない場所があるんです。
突然で申し訳ありませんが、ここから立ち去らせていただきます。」
言うと同時に終は恋の腕を掴み共に麒麟の背に跨った。
その時、恋は少し驚いた表情をしたが
すぐにセキトを片手で捕まえ抱き上げていた。
男達は彼等の突然の行動に驚いた表情をしたが
そんなことに構わず彼は麒麟に駆けるように指示を出そうとした。
「待て!!少年よ!!」
麒麟が彼等に背を向け駆け出そうとした瞬間、男は終を呼びとめた。
それに彼は目線だけ男に向けた。
「行く前に、名前を教えてくれないか!」
それに終は笑顔でこう名乗った。
「仁竜、神王です!!」
名乗り終わると終は前を見据え、麒麟を駆けさせた。
「・・・良かったのですか、殿。
あの子供達をこのまま放っておくようなことをして。」
彼等を見送った主に対して部下の一人がそう聞いた。
ここで起きたことを詳しく聞かなかったことと
二人を引き止めなかったことに対して
若干の不満と不安を感じていたからであった。
「良い、あの子供たちならば大丈夫だろう。」
「・・何故そのように思われるのか聞いてもよろしいでしょうか?」
その部下の問いに男は笑顔で答えた。
「大した理由ではない。
ただ、あの少年がいるから大丈夫だと思っただけだ。」
部下は、いまいち釈然としない顔をした。
だが、主がそう言うのであれば大丈夫なのだろうと考え
頭を一度下げると自分の馬に向けて歩みを進めた。
(・・・仁竜神王、か。)
男は馬に跨るともう一度先ほどの少年の事を思い出した。
(・・・白蓮に良い土産話が出来そうだ。)
竜の名を持ち
竜を彫った鞘の剣を持ち
尋常ならざる才を持った一人の少年の話を
自分の一人娘に話すことを楽しみにしながら
男は部下達と供に帰路へと着いて行った。
「ああ、もう畜生が!!
無駄な所で時間食っちまった!!」
男達が見えなくなってから終は大声で悪態を着いた。
賊との遭遇、最悪の場面での役人の到着
それによる時間の消費
そして自分が望んだ時間に間に合わないかもしれないと言う可能性の考慮
それが彼の苛立ちを加速させ、不機嫌な気持ちにさせていくのだった。
「・・しゅう・・・おちつく・・
おこる・・・よくない・・・」
そんな終に恋は静かに言った。
「・・・まぁ、そうだな。」
まだまだ怒鳴り足りない終だったが
彼女の言うことに理があったので思考を切り替えることにした。
(・・・俺の記憶とこの場所を合わせると
『入口』まで結構な距離があるな。
これだと本当に間に合わなくなるかもしれない。)
自分で出した結論に彼は焦りを感じると同時に、もしもの時の対応策を模索した。
(取り敢えず一番良いと思える手段が今日を逃して何時か連れていく・・・
だが、何時か何て本当にいつ来るかわかんねぇからなぁ。
だけどやっぱり・・・)
そんなことを考えていると
突然、麒麟が脇道へ逸れ森の中へと突っ込んで行った。
「?!麒麟!!一体何を・・・」
あまりに急なことだったので終は驚いて声を上げた。
だが終の驚く声も聞かずに麒麟は森の中を駆けて行った。
そのため言葉を続けることも出来ず
ただ、麒麟の背中にしがみつくことしか出来なかった。
(一体、どうしたってんだ?)
彼は目を何かが入らないように瞑り麒麟が止まるのを待った。
どれだけの時間が経っただろうか
長かったかもしれないし逆に短かったかもしれない。
麒麟が足を止めた
「・・・まったく、ようやく止まりやがったかこのヤロウ。」
やっと止まった麒麟に対して終は、かなりの怒気を込めて静かに言葉を放った。
ただでさえ時間の問題で最悪だった彼の機嫌は怒りの最高点へと達していた。
「時間がねぇことを知っていながら如何して
森の中に突っ込んだんだ、この・・・」
阿呆が、と言う前に彼の怒りは
目の前の景色を見たことにより一気に静まることになった。
14丈程の高さの大きな木
それを中心に広がる草原
そして涼しくも何処か温かみのある風
そこは彼が恋を連れてこようとした場所だった。
「・・・嘘だろ?」
終は、その光景が信じられなかった。
だが、自分の頬を撫でる風が
確かに自分が何時も感じていた風だったため彼は本当に到着したのだと理解した。
「・・・(スタ」
恋は、しばらくその光景を眺めると
セキトを右腕に抱きかかえながら麒麟から降りた。
セキトは彼女が二、三歩ほど進んだところで彼女の腕から飛び出した。
そして木に向って駆けて行った。
「・・・」
恋は何処か呆けたような表情をしながら
ゆっくりと木に向かって歩いていた。
どうやら彼女達は、この場所が気に入ったようだった。
「・・・麒麟。
俺は改めてお前の凄さを知ったような気がするよ。」
終は驚きとも呆れとも取れない微妙な表情をしながら
相棒の背を擦り思ったことをそのまま口にした。
それから彼は自分の服が血で汚れていたことを思い出し
時間も予想していたより速く着いたため近くにある水場まで歩いて行った。
文字通り近くにある場所だったのですぐに着くことが出来た。
自分が着ていた服を脱ぎ
それを持って小さな池の中に入った。
「にしても、見事に染まったもんだなぁ。」
吐き気を催すような感情を心の奥に仕舞ながら自分の服をまじまじと見つめた。
故郷の人々も着ている麻で出来た服
その元の色であった茶色に今は見事に禍々しい赤が着け加わっていた
「・・・洗うか」
そう呟くと終は服を洗い始めた。
血が洗われることによって池に薄い赤が広がり
水と一体化したことによってその色を無くす。
趣味の悪い塗料で染めたような服は、
彼が懸命に洗ったこともあり血の赤がとれ元の茶色に戻っていた。
「これでよし。」
綺麗になった服を水辺の近くにあった
日当たりの良さそうな岩に置くと今度は自分の体を洗いだした。
特に血が付いた頭は念入りに洗った
髪を洗っている時に流れ落ちて行く
赤の混じった水滴は嫌でも彼の目についていた。
その滴が水面に落ちる度に小さな波が出来た
それで歪んで見えた顔が
まるで罪を背負った自分自身であるように見えて彼は顔を顰めた
だが、それから目を離そうとはしなかった
目を背けてしまったら
何かに負ける気がしたから
憎しみとも悲しみとも言えない感情をその瞳に込めながら
終は、その歪んだ己の顔を見続けた。
バシャ
「ブファ?!」
その終に勢いよく水が掛けられた。
突然の出来事に彼は足を踏み外し
結果池の中に沈むことになった。
幸いなことに彼の居た位置は彼の腰ぐらいの深さであったため
底にある石に頭をぶつけることはなかった。
やった本人は、それを知った上で彼に水を掛けた訳だが
「い き な り
何すんだこのクソ阿呆があああああ!!!」
水面から顔を出し立ち上がった終は、自分に水を掛けた馬
麒麟に怒鳴り掛った。
「人が色々考えている時に
水掛ける阿呆が何処にあrブルエァ?!」
さらに言葉を続けようとしたところを
再び水を掛けられることによって無理矢理止めさせられる。
今度は踏みとどまり麒麟を睨みつけた。
それを麒麟はどこ吹く風と顔を横に向けた。
そして蹄で彼の入っている水面を器用に差す
若干イラつきながらも
麒麟が何の意味もなくこんなことをしないのは
先のことでも理解できていたため彼は黙って水面を見た。
そこは綺麗に赤に染まっていた
一瞬驚いたが
それが自分が洗い流した血ではなく
夕日が反射しているのだと気付き安心した。
「・・・って安心してる場合じゃねええええええ!!!!」
すぐにそれが如何言う意味かを理解し
勝手に安心した自分に勝手に突っ込んだ
麒麟の表情は何処か呆れているように見える
それに無性に腹に立った終は、その顔に思いっきり水を掛けようとした。
バシャ
その前に麒麟が彼に水を掛けた
本日三度目である
「・・・」
流石に三度目になると妙な声を出すことはなかった。
そして怒りも文字通り冷やされた
(・・・なんか母上の時と同じ感じがするな。)
そう思いながら終は池の中から出ると体をぶるぶると振って水を弾いた。
ある程度水が体から取れてから彼は服に手を掛けた。
まだ湿っているが着れない事はなかった。
そして剣に手を掛けた時
彼は剣にまだ血が付いていたことを思い出した。
時間が無い
だが、このままは嫌だ
彼は地面に生えていた草を毟り取ると
それを池の水につけ、剣の鞘をごしごしと洗いだした。
鞘の血はすぐに取れた
綺麗な竜の鱗が表に出る。
「・・・よし、行くか」
それに満足すると草を捨て恋達の居る場所へ戻る。
時刻は夕方
彼が望んだ時になっていた。
「さぁて、恋は何処かな?」
視線を首と一緒に右に、そして左にやって彼女達を捜す。
だが、何処を見渡してもそれらしい影は見えなかった。
彼女は何処に行ったのか?
并州に向かう前
ほぼ毎日ここに来ていた彼はすぐに気付いた。
彼は歩きだした
向う先は夕日で大きな影を作った
この草原の中心にある大木
(・・・やっぱり居た。)
影の反対側に出ると彼の予想通り恋達が居た。
ここで人を見失うことがあるとすれば
森の中に入るか、この木の陰に隠れているかしかない。
それを彼は分かっていたのだ
恋は終に背を向けて
真っ赤に染まった綺麗な夕日を見ていた。
何処までも続くかと思われるほど広い草原
彼方に浮かぶ茜色の夕日
その夕日の光によって綺麗な赤に染まった空
それらを邪魔する物は一切無い
この景色を汚す物は一切無いのだ
「・・・きれい」
それは恋が今まで見て来た夕日の中でとても美しいものだった
そして、そのあまりの美しさに彼女は感動していた
いや、これを見たら
彼女でなくとも感動することだろう
それほどまでに美しい夕日だったのだ
・・・・・間に合わなかったかぁ
その言葉が漏れていたのか
彼女は後ろを振り返った
「よう、恋。」
終は木に寄りかかりながら右手をひらひらと振った。
「・・しゅう」
「どうやら気に入ってくれたみたいだな。」
そう言うとゆっくりとした足取りで恋の隣まで歩いた。
「この場所を見つけたのは今から半年ぐらい前なんだ。
母上の手伝いが終わって暇になったから、
麒麟と一緒に少し遠くに行ってみようと考えたのがきっかけだった。」
この場所の説明をしながら恋の隣に立ち段々と沈みゆく夕日を眺めた
「何処までも続いている
何にもない野原をずっと真っ直ぐに進み続けていたんだ。
・・・風が当たって本当に気持ち良かった。」
終は、その時のことを思い出しながら楽しそうに笑った
「でも、真っ直ぐ進んでたら必ずなんかにはぶつかるんだよ。
どのくらい時間が経ったか分からないくらい進んだ時、遠くに大きな森が見えたんだ。
このまま進んでもどうせ止まらなきゃならないし、時間もちょっとヤバかったから
俺は村に戻ろうとしたんだ。」
木の反対側からセキトの楽しそうな鳴き声が聞こえた
その鳴き声は、この広い草原に良く響く
「その時にチラッと森に穴が開いたみたいに出来た道が見えたんだよ。
何時もだったら気にもならないんだけどその時は無性にそれが気になったんだ。」
夕日を背景に鳥が飛んでいる
きっと巣に帰っているところなのだろうと彼は思った
「で、俺は麒麟に頼んでその中に入ったんだ。
その道は真っ直ぐじゃなかったけど、
ちゃんと道になってたから迷うことはなかった。」
少しずつ夕日が落ちて行く
それに合わせて空も暗くなっていく
「・・・そして、その道を進んで行ったらここに着いたんだ。」
西の空を赤く染めていた大きな丸い夕日は
今、地平線に隠れて半分になった
「初めてここに来た時は本当に言葉が出なかったよ。
時間を忘れてこの場所に居続けた。」
その残った半分も時間と供に沈んで行った
「そしてそれは無駄じゃなかった。
この綺麗な夕焼けも、これから空に輝く星達も
全部独り占めにすることが出来たからな。」
夕日は最後に一筋の煌きを残し彼方へと消えた
「・・・まぁ、結局帰りが次の日になって
腹ペコで村に戻ったら母上にすげぇ叱られたって言うオチがあるんだけどな。」
終は沈んだ夕日から恋に向き直ると笑いながらそう言った。
それに彼女は首を傾げるだけだった。
それから二人は野宿の準備をした
ここまで来ると最早慣れたもので
ほとんど時間を掛けずにそれらを完了させた。
「さて、今日で『恋を元気づけようの旅』は終了する訳だが、
どうだ?楽しかったか?」
この旅の内容を一言で纏めたような
決して良い感性をしているとは言えない名前を言うと
自分の隣に座る恋にこの旅の感想を聞いた。
「・・たのしかった」
恋は一度小さく頷くとそう答えた。
「そうか、なら良かった。」
それに満足して終は笑みを溢すと空を見上げた。
釣られて恋も空を見上げる
空には星が広がっていた
「・・・しゅう」
「ん?」
「・・また・・・これる?」
「来れるさ。」
「・・ぜったい?」
「それは分からん。」
「・・・・」
「だが・・・」
「?」
「何時かは必ず来れる。」
「・・・なんで?」
「お前が俺の親友だから」
「・・・・」
「だから、またここには来れる。」
しばし沈黙が辺りを包んだ
「・・・(クイクイ」
唐突に恋が終の服を引っ張った。
「ん?」
それに反応して彼は視線を彼女に向けた。
深紅の瞳が彼を捉える
「・・・・やくそく・・する?」
「・・・・・
ああ、約束する。」
終は恋の手を握った
恋はその手を握り返した。
「・・・また、ここの夕日を見に来よう。」
「・・・うん」
二人は、また空に目を向けた。
その約束は、とても小さなものだった
言葉に裏など無い、そのままの意味を持った子供同士の約束だった
それでもこの二人にとっては、とても大きな意味を持った約束だった
それは本人達ですら気付くことの出来ない
外史と言う名の大きな絡繰が動いた瞬間
その絡繰の中でも最も深い位置を占める
大きな歯車が動きだした瞬間
二人の約束が
後に最強と呼ばれる二人の約束が
壮大な物語の始まりを告げた




