遭遇
并州を出発してから、約二日と少し
現在の時刻は早朝
終と恋の二人は、道の近くにある森の中で眠っていた。
そこは森の中にしては、
そう鬱蒼としている場所でもなく、ちょうど開けた感じになっていた。
近くには川が流れ、
そこを泳ぐ魚を食べるために
鳥が何度も川の中に入り、その度に水の跳ねる音が鳴った。
「・・・」
その音が何度か鳴ってから終は静かに目を覚ました。
辺りで鳥たちが鳴いている声を聞き、もう朝になったのだと気がついた。
彼は木々の間から覗いている空を見上げた。
とても綺麗な晴天
出発してからもう二日も経っちまったのか、
と誰に伝えるでもなく考えていた。
ふと視界の隅に深紅の髪が目に入り、彼は自分の肩に目をやった。
そこには、恋が彼の腕に抱きつく形で自分の腕を絡ませ
彼の肩を枕にして気持ち良さそうに眠っていた。
(・・・何でこうなってるし。)
それを見て終は少し困った様子になった。
(確かに一緒に寝るってことは前に約束したが、
何でこいつは抱きついているんだ?
いや、寂しいって意味じゃこうするのも当然かもしれねぇけど・・・
何だろう。なんかこの抱きつき方は違う。)
一体何が違うのか?
終は、そのことについて考えようとしたが寝ている彼女の姿を見て止めた。
(仮に答えが出たとしても、俺が恋から離れる理由にはならない)
そう結論を出し、再び空を見上げた。
彼としては、
すぐにでも立ち上がりたい気分であったが以前した約束があり
なおかつ彼女が自分の肩に頭を乗せて寝ているため
彼女との約束を履行するべきであるという考えと
彼女を起こしたくないと言う思いのもと、動きたくても動けない状態にあった。
結果、彼女が起きるまで
空を見上げることしか彼にはやることが無かった。
(・・・暇だなぁ。)
まず終が思ったことはこれだった。
まぁ、こう思うのも当然である。
彼は基本、ジッとしているのがあまり好かない男だ。
そんな彼がこの状況に於いて動けない状態でいるのだ。
暇になるのも自明の理である。
(・・・何かねぇかなぁ。暇をつぶせる方法。)
そう思って何かないか考えたが
体を全く動かさずに面白いことをするなど彼には考えつかなかった。
(やっぱし、このまま起きるまで、ぼーっとするしかねぇのか?)
半ば諦めるようにそう考えた時、一羽の鳥が彼の前に降り立った。
そこまで大きくもない、何処にでもいそうな小鳥だった。
(・・・どうせ暇だからな。)
極限まで暇になっていた彼は目の前の鳥を観察することにした。
一言で纏めるなら、
彼が時々見ていた野鳥と大して変わらない行動をその鳥は取っていた。
地面を突き、虫を食べ、
特に意味もなく羽を羽ばたかせ、二本の足で飛び跳ねるのである。
他の鳥たちと全く違いのない一連の動作
それを彼は、ジッと見続けた。
鳥は、しばらくその場で跳ね回った後に翼を広げて
木々の隙間を通り抜け、広大な青空の中へ飛び立っていった。
(・・・また暇になっちまった)
鳥がその場から去っていくのを見届けると終は退屈そうに息を吐いた。
その時、恋の体が微かに動くのを彼は感じた。
自分の肩に目をやると少し間をおいて彼女は、薄らと目を開けた。
そして少しずつ目を開くと何度か瞬きをした。
「・・起きたか?恋」
終がそう聞くと恋は彼の顔を見た。
何時も通りの笑顔を浮かべた彼の顔があった。
「・・・おはよう・・しゅう」
しばらくその顔を呆けたように見つめていたが
意識が目覚めたのか、そう挨拶をした。
「ああ、おはよう。恋」
終も同じように挨拶を返した。
それから少しすると恋は
「・・・みず・・あびる」と言って川の方へ歩いて行った。
終はセキトに彼女の後について行くように言うと
川に沿うように森の中を歩き、彼女達から大分離れたところで川の畔に出た。
「さて・・・」
終は足元に転がっていた石を一つ無造作に手に取った。
「・・今日の『朝飯』でも取りますか。」
そう言って川の中で泳いでいる魚の群れに狙いを定めた。
彼の手から石が勢いよく投げられる。
それは魚の群れに吸いこまれるようにして飛んで行った。
小さく水柱が立った。
魚が白い腹を見せて浮かび上がると
彼は近くの木から切り取った長い枝で引き寄せた。
それを何度か繰り返し十匹ほど魚を取ると元来た道を戻って行った。
少し時間を掛けてそこに戻ると
それほど時間が経っていないためか恋は、まだ戻ってきていなかった。
彼は手に持っている長い枝の
乾いた部分をちょうどいい長さまで切ると
足りない分を近くの木の枝を切り落とすことで補い火をつけた。
次に先ほど取った魚に手をつけた。
腹を切り、中身を取り出し、
細く尖った枝に一匹ずつ刺すと、それを火の周辺に刺した。
それからしばらく時間が経った。
「・・・遅いな。」
魚が焦げないように少し火から離しながら終は呟いた。
恋が水を浴びに行ってからそう長くは掛っていないが、
水を浴びているにしては少し遅いと彼は思っていた。
「何かあったのかな。」
心配になり恋の様子を見に行こうとした時、
彼女が去って行った方向からガサガサと音が聞こえた。
彼は剣に手を掛けたが、
チラリと深紅の髪が見えたことにより彼女が戻って来たのだと理解した。
「よう、恋。
随分と遅かったじゃねぇ・・・」
そこまで言って終は言葉を切った。
そして恋を見たまま固まった。
彼女の右手には自分たちと同じ大きさ程の猪が引き摺られていた。
息をしていないところを見ると絶命しているようだった。
眉間には凹みがあり『何かとてつもない力』で殴打されたことが一目でわかる。
「・・・みず・・あびて・・
かわ・・でたら・・おそってきた」
そう言って終の前にその猪を投げた。
終は、それには目もくれずに恋を見続けた。
そして口をパクパクと動かしながら彼女を指さした。
「・・・?なに?」
恋は何故自分を指さしているのか分からないと言った風に首を傾げた。
食べ物を取って来たからきっと喜んでくれると思っていたのだ。
だが、彼は自分を驚いたように指さしている。
何故なのか?それが彼女には分からなかった。
その時、彼女の後ろからセキトが現れた。
口に『何か』を咥えて
「・・ぁ」
そして終が動きが出した。
何故か顔を真っ赤に染めながら
「・・・?しゅう?」
恋は彼の反応を見て益々訳が分からなくなった。
何故そんなにも顔を赤くしているのか
だが、そんな彼女の疑問も
彼の次に放たれた叫び声によって吹き飛ばされた。
「服着ろやあああ!!!!
このド阿呆があああああああああ!!!!!!」
バサバサっと森の中に居た鳥たちが空に飛び去った。
「なんで服着てないんだよ!!
な ん で 服着てないんだよ!!!
阿呆か!?阿呆なのか!!?阿呆なんだなお前!!!!」
目を自分の手で隠しながら終は次々と彼女に言葉を浴びせた。
そう、彼が固まっていた理由は彼女が服を着ていなかったからである。
そして、彼女の背後から現れたセキトが咥えている物とは彼女の服である。
「・・?しゅう・・なんで・・おこる?」
恋は彼がさっきから何を叫んでいるかは理解できなかったが
彼がかなり怒っていることだけは理解できた。
「怒るわ!!行き成り自分の親友が、
それも女が裸で目の前に現れたら誰だって怒るわ、この阿呆が!!!」
自分の目を固く閉じながら手を横に大きく振った。
「そもそも何で裸なんだよ!?
ここに来るまでになんか肌寒いな、とか思わなかったのか!!?」
とにかく終は恋が服を着ていない事に文句を言った。
いくら子供だといっても
十に近い年になれば少しは羞恥心というものがついてくるものである。
しかも彼は普通の子供と比べると精神的な成長が速い部類に入る。
なので裸の彼女を見た時の反応は普通の子供よりも激しい。
つまり、今彼は羞恥の極致に至っているのである。
「・・?・・しゅう・・なんで・・め・・とじる?」
恋は、ひたすらに首を傾げてそう聞いた。
その言葉を聞いて終は彼女が本当に何も分かっていないのだと理解した。
(こいつ本当に俺と同い年か?
何か三つのころの星を相手にしてる気分だぞ?)
「・・とにかく、セキトが咥えているそれを着ろ。
そうすりゃ俺も安心して目を開けられる。」
終は恋に背を向けるとそう言った。
「・・わかった」
恋はセキトの咥えている服を着始めた。
ここに来るまでに体に付いていた水は
全て乾いていたため服が濡れると言うことはなかった。
「・・着たか?」
「・・・きた」
その返事を聞くと終は後ろを振り返った。
今度は、ちゃんと服を着た恋の姿が映った。
「・・・恋」
「・・なに?」
「とりあえずそこに正座しろ。」
「・・なんで?」
「俺が話したいことを話せないから。」
「・・・わかった」
恋は首を傾げたが言われた通りその場で正座した。
「・・恋。
何で俺が怒ったのか、全然分かってないだろ?」
「・・・(コク」
恋は終の問いかけに頷く。
それを見て彼は呆れ気味に溜息を吐いた。
「・・恋」
「・・・なに?」
「お前一体いくつだ?」
少し考える仕草をした後、恋は両手を広げた。
「・・・それは十歳って意味か?」
「・・・(コク」
「・・・そうか。
だったら尚更教えなきゃならねぇな。」
終は右手を上げて人差し指を立てると彼女に話し始めた。
「いいか、恋。
俺たちぐらいの年になると
裸を見られた時、普通は恥ずかしくなるもんなんだ。」
「・・なんで?」
「なんでって・・・
口じゃ説明しずらいんだが、なんか恥ずかしいんだよ。」
いまいち説得力のない言い方でそう言った。
もちろん恋がそれで理解出来る訳がなく、ただ首を傾げていた。
「あー、とにかくだ。
人前で裸を見せるのは止めておけ。
いろいろ面倒なことになるからさ。」
「・・・・」
終の言っていることが理解できていない恋だったが
とりあえず彼が困るのだと言うことは理解できたため少し間をおいて頷いた。
それを見て彼は深く頷いた。
「・・さて、言いたいことは言ったからな。」
終は恋に立つように促した。
彼女は若干暗い表情になりながら立ちあがった。
「・・・ああ、それと」
何かを思い出したようにそう言うとふっと笑顔になった。
「あれ、取るのに苦労したんだろ。」
そう言って彼女の後ろにある猪を指さした。
「・・しゅう・・よろこぶ・・・おもった・・だから・・」
恋は伏し目がちにそう答えた。
「・・・そうか。」
終は、そう呟くと恋の頭に手を乗せた。
恋は顔を上げると彼の顔を見た。
「ありがとな、恋。」
終は笑顔でそう言うと恋の頭を優しく撫でた。
それをされて彼女は気持ち良さそうに目を細めた。
それから猪は綺麗に切られて魚と同じく焼かれることになった。
動物の解体に関しては并州に向う際に
縁が恋と同じように森から猪を取って来たことがあったため覚えていた。
ちなみに両者が動物の死に抵抗を覚えないのは
恋の場合は両親が生きている時に何度も見て慣れたため、
終の場合は「命を粗末に出来ない」という考えがあったためである。
それから、その肉が焼けるまで
二人は既に焼けていた魚を食べながらのんびりと待った。
そして焼けた猪の肉のほとんどは彼女の腹の中に入ることとなるのだが
もはや彼にとって見慣れた光景となったので特に問題は起こらなかった。
朝食を食べた二人は麒麟に跨ると目的地に向って駆けて行った。
麒麟の足は出発した当初と変わらず速かった。
周りの景色があっという間に通り過ぎて行き、強い風が彼女の髪を靡かせる。
(・・・このままの速度で行くと、ちょっと早く着いちまうかな。)
終は自分の記憶の中にある景色と
辺りの景色を重ねながら到着するであろう時間を弾き出していた。
彼は自分が出した答えに対して若干顔を顰めた。
通常なら目的の場所に早く着くと言うのは
良いか悪いかで言えば、どちらかと言うと良い方である。
彼は大概の事は早く済ませる男である。
母の手伝いであれ他人から頼まれたことであれ
半ば行方不明状態になった妹分の星を探すことであれ
からかい過ぎて怒らせてしまった星の機嫌を直すことであれ
転んで泣きそうになった星を慰めることであれ・・・
後半は、ほとんど星に関する厄介事であったが
とにかく彼は大概の事を早く済ませたがるのである。
事実この二日間、彼は麒麟に無理をさせず
尚且つ最も早く目的の場所に着くように駆けていた。
だが、今日の彼は違った。
(やっぱり、時間ちょうどじゃないと
待たなきゃならなくなるし何より格好がつかないよな。)
終は、そう考えると麒麟の足を遅くした。
恋は急に麒麟の足が遅くなったのに疑問を覚え後ろを振り返った。
「心配すんなよ、恋。
こいつは、ちょっと時間を合わせるために態と遅くしてんだ。」
「・・・じかん?」
「ま、そのうち分かる。」
首を傾げる恋に対して終はニカリと笑いながらそう言った。
だが、その笑顔は麒麟が数歩進んで
その場で立ち止まったことによってすぐに消えた。
彼は一瞬驚いた表情になったが
すぐに何かを察したのか周りを見ながら不快そうに顔を歪めた。
「・・しゅう?」
恋は彼の突然の変わりように心配して声を掛けた。
だが、その声が聞こえていないのか
彼は、ただ辺りを見渡していた。
「・・ついてねぇな。」
「・・・?」
恋は彼の呟きの意味が分からず、首を傾げていると
数人の柄の悪い男たちが前方に現れた。
まるで獰猛な狼が獲物を見つけて悦に浸っているような笑顔をしていた。
「よぅ、坊ちゃん達。
なかなか良い馬に乗ってんじゃねぇか。」
その集団の頭領らしき男が下卑た笑みを浮かべながらそう言って来た。
その男の手には手入れのされていない刃毀れのある剣が握られていた。
周りの男たちもそれぞれ武器を握っている。
山賊か
一目でその男たちが何者なのか理解した。
同時に内心で毒づいた。
(めんどくせぇなぁ。
ここまで来て会っちまうのかよ。)
彼は并州を出発した時から
目的地に着くまでに賊に合わないだろうかと心配していた。
だが、常山から并州へ向かうときも出会わなかったのだから
もしかするとうまく行くかもしれないと考えてこの旅を実行した。
しかしあくまでも『もしかすると』と考えていただけであって
『きっと合わないだろうと』と考えた訳ではない。
もし賊に会ったらどうするか
それは、二人旅を始めた時から考えていたことである。
(・・・まずは適当に時間稼ぎながらどうするかを考えるか。)
「・・・何なんです、おじさんたち。」
終は一旦目を閉じると何時もの表情を作ってそう問いかけた。
男たちは大声で笑うとさらに笑みを深めた。
「こいつを見ても分からねぇか?」
そう言って頭領らしき男は手に持っている剣の切っ先を終達に向けた。
「それが剣だってことは分かりますけど?」
それに終は表情を変えず、極々真面目にそう答えた。
「いや、これのこと聞いてんじゃねぇよ。
俺達が何なのか分かったかって聞いてんだ。」
男は、やや呆れ気味に言った。
それを聞いて終は、はぁっとため息を吐いた。
「分かってたらおじさんたちが何なのか聞く訳ないじゃないですか。」
「だからこうして剣を・・・
あぁ、めんどくせぇなぁ。」
男は、ぼりぼりと頭を掻くと再び剣を向けた。
その顔に先ほどの獰猛な笑顔はなく、
本格的に狩りを始めた獣のように相手を威圧するように目をギラギラと輝かせていた。
「死にたくなかったら、金目のもの全部置いて行きな。」
男がその言葉を発すると同時に他の男たちは一斉に襲いかかる準備をした。
辺りに張りつめた空気が流れる。
「・・・唐突に物騒なこと言いますね。」
終は、その光景を見て憂鬱そうな表情になった。
それも当然である。
このような事態に会って平然と出来る方がおかしいというものである。
良くて身ぐるみを剥がされるだけで済み
悪くて怪我をするか誘拐されるか
最悪、死ぬ可能性もある状況
普通に考えて平静でいられることなど出来る訳がない。
もし出来る人間がいるとしたら
それは余程の狂人か
途轍もない実力の持ち主であろう。
「・・・金目のものって言われても、こいつ以外何も持ってませんよ。」
そう言って自分の相棒の背をポンポンと叩いた。
その声には焦りも恐怖もなく、ただそれしかないと事実を込めていた。
「餓鬼のくせに一丁前に嘘ついてんじゃねぇよ。」
男は、その言葉に対してフンっと鼻を鳴らすと彼の持っている荷物を指さした。
「金目のもの、っつったら
てめぇの持ってるもん全部に決まってんだろうが」
屑が
その言葉を聞いて彼の頭の中にその言葉が浮かんだ。
賊は全てを奪っていく
まるで袋に入った鼠が全ての食物を食い荒らすように
その人から全てを奪い去っていく
并州に向う道中、自分の母が言っていた言葉を思い出していた。
「あぁ、それからその女も置いて行けよ。」
男は終の前に座っている恋を見て言った。
瞬間、彼は顔から完全に表情をなくした。
そして男をジッと見据えるとただ一言こう聞いた。
「・・・なぜですか?」
その言葉が放たれると同時に彼の周囲に居る全ての生き物
恋、セキト、麒麟の二匹と一人は自分の周囲から
温度がなくなったような錯覚を覚えた。
「女は良い金になるからだよ、坊ちゃん。」
それに男たちは気付いていないのか
もしくは男たちに気付かれないように彼がそうしているのか
男たちの内の一人が嫌らしい笑みを浮かべながらその理由を言った。
「ついでにちょっとした『遊び相手』にも出来るからな。」
ある一人がそう言ったことによって男たちは声を出さずに下卑た笑みを浮かべた。
ああ、駄目だな
こいつらは『屑』じゃない
こいつらを屑なんていったら
屑がかわいそうになってくる
終がこう考えている時、
男たちの内の一人が彼にこう言った。
「良く見たら、お前の持っているその剣。
随分と高そうじゃねぇか。そいつも置いてけよ。」
この言葉が完全に男達の命運を決めた。
既に大まかな道として出来た未来を確実なものとしてしまったのだ。
この剣は、彼が物心ついた時から持っていたものである。
何時からその手にあったのか
どうやって自分の手に渡ったのか
一度そのことを母に聞いていたが
知らぬ存ぜぬと言ってどうあっても教えようとしなかった。
これが彼のものであると言った以外は何も教えなかった。
彼は当初その返答に不満を露にしていたが
どうあっても教えてくれないだろうと今では諦めていた。
だから彼は、この剣が何なのかを知らなかった。
だが、それでも一つだけ理解していたことがあった。
この剣が自分にとって半身とも言えるものであることだということである。
それを彼から奪おうとすることは
つまりそういうことなのである。
・・・もういいや
かんがえるのはあとにしよう
いまは
コイツラヲ・・・
「・・・そうすれば、命は助けてくれるんですか?」
終は顔を俯かせるとそう問いかけた。
男たちがニヤリと笑った。
「ああ、もちろんだ。
俺達も無駄に殺しをやりたくはねぇからな。」
嘘である、と誰の目から見ても分かるほどの嫌らしい笑顔でそう言い放った。
「だから、さっさと馬から降りな。」
そして終にそう促した。
「・・・分かりました。」
笑顔で
まるで面を着けたような笑顔でそう答えると麒麟の背から腰を浮かせた。
「じゃあ・・・
たっぷりとくれてやるよ。」
終は地面に足を着けようとした瞬間、腰にある剣を鞘ごと抜くと
地面に転がっていた大きめの石を思いっきり打った。
その石は一寸の狂いもなく頭領らしき男の額に命中した。
周りの男たちは何が起きたのか理解できなかった。
自分たちの親分とも言える人物が倒れるのを
ただ呆然と見ることしか出来なかった。
「麒麟、行け。」
その言葉が終ると同時に麒麟は最速で駆けだした。
終は麒麟が駆けるとその背中に跨った。
そして男たちの傍まで駆けよると
剣を鞘から抜かず、男たちの武器を弾き飛ばし
馬上から殴る、突くなどの動作を用いて相手を立てない状態にした。
さらに彼は追い打ちと言わんばかりに地面に降りると
倒れた男たちに対して殴る蹴るなどの攻撃を加えた。
男たちが殴られるたびに赤い血が地面を染めた。
そして彼もまた、男たちの返り血を浴びた。
彼がその手を止めた時にその場に転がっていたのは
文字通り虫の息となった男たちだった。
右手に握られている剣は真っ赤に染まっており
彼自身にも少なくない量の血がかかっていた。
「はぁ、はぁ・・・」
終は荒い息を吐きながら
自らが作ったこの光景を漠然とした気持ちで見ていた。
赤に染まった地面、鼻に通る鉄臭いにおい、地面に倒れ伏した賊達
(・・・俺が・・・やったのか?)
ようやく息が整った所で彼の思考は再び動き出した。
同時に賊を殴りつけた時の感触を思い出し吐き気を催した。
それを如何にか押さえつけたが
今度は体が震えだしまともに立てなくなりその場に膝を着いた。
こうなるのも仕方のないことである。
たった一人で大の大人の集団を全滅させたのだ。
それで平気でいられる方がおかしいというものである。
「・・!しゅう!」
恋は麒麟から降りると彼に駆け寄った。
彼の周りの賊がまるで見えていないかのように真っ直ぐと彼に向っていく。
それを見て彼は自分に対して『情けねぇなぁ』と思った。
(たかが虫の息にしたぐらいでこのざまかよ)
震える足を見降ろしながら自分自身を馬鹿にするように口元に笑みを浮かべた。
「しゅう、だいじょうぶ?」
恋が彼の傍で膝を屈め心配そうに声を掛けた。
(・・・取り敢えず、恋は守れた。
今は、それだけ分かれば良い。)
「大丈夫。
ちょっと疲れただけだよ。」
何とか立ち上がると彼女に向かって微笑んだ。
そして頭を撫でようと手を伸ばしたが
その手が血で汚れていることを思い出し止めた。
「・・しゅう・・まっか」
「全部ただの返り血さ。
心配する必要はねぇよ。」
恋が言った言葉に終は笑顔でそう答えた。
だが、無理に作ったせいか何処かぎこちない笑顔になっていた。
「・・・」
もちろん、そんな笑顔で頷いてくれるわけが無く
じとっとした目で彼を見続けた。
「・・そんな目で見るなよ。
これが俺のじゃないのは本当なんだからさ。」
恋から目を逸らしつつ手に着いた血を服の血の付いてない部分で拭いた。
それのせいで服はさらに赤くなったのだが
今の彼は彼女をどうやって言い包めるかに思考が働き、そのことに気付かなかった。
「・・・なんで・・め・・そらす?」
「エー、ソラシテマセンヨー。
ミドリノケシキヲナガメテルダケデスヨー」
恋の問いかけに、カクカクとからくり人形のように片言で答えた。
その態とらし過ぎる嘘に
さらに睨みつけることで答えた彼女だったが
彼がどうあっても話さないだろうと理解し諦めたのか、
ふぅと一つため息を吐くと彼を睨むのを止めた。
その代わりにかなり不機嫌そうな顔になっていた。
(・・・はぁ、なんかめんどくさいことになったなぁ。)
如何したものかと考えたが、今の自分の心の内を話して
彼女がそれを理解出来る訳が無いと判断し結局話さない事にした。
「・・・あー、ところで恋。
お前、怪我とか無かったのか?」
だが、彼女を不機嫌なまま連れて行くのは彼としては非常に気分が悪いものである。
なので、まず適当に話をして彼女の機嫌を直そうとした。
「・・・だいじょうぶ。」
不機嫌な表情は変わらずだったが返事はしてくれた。
「そうか、なら良かった。」
返事をしてくれたことと怪我がなかったことの二重の意味で安心した彼は、
今度は先ほどの無理に作った笑顔ではなく本当に安心したような笑顔で答えた。
「・・・でも」
「・・・?」
「・・しゅうが・・たよってくれなくて・・かなしい・・」
そう言って悲しそうな表情になった。
恋は先ほどの彼の姿を見て彼が無理をしていると分かっていた。
だから彼女は彼に自分を頼ってほしいと思っていた。
だが、彼は頼らずに無理をすることを選んだ。
それが彼女にとっては、とても悲しかった。
自分が彼に頼りにされていないように思えるから
「・・れん・・しゅうの・・・ともだち・・・
ともだち・・つらい・・・れんも・・・つらい・・・」
顔を俯かせ、とても暗い声でそう告げた。
その言葉に終は、
口を真一文字に結び、深く唸り、
「・・・はぁ、分かったよ。恋。」
溜息を吐きながら頭を掻いた。
恋は顔を上げると暗い表情を少し明るくした。
「流石に何もかもお前に頼るなんてことは出来ないが、
頼るところでは頼らせてもらうよ。」
終は少し恥ずかしそうな笑顔を彼女に見せた。
それを見て彼女も少し笑った。
「だけど、今回のこれは頼る訳にはいかない。
それだけは分かってくれ。」
「・・・(コクリ」
やや不服そうな顔をしたが、恋は深く頷いた。
内心申し訳ない気持ちになった終だが、
やはり言えないものは言えないと考えた。
(・・・旅に出たら、
必ずこういう奴らにも会うことになる。
その時に一々こうなってちゃ、さっさと死んじまうのが目に見えてる。
今の内に割り切れるぐらいの根性を着けねぇとな。)
「じゃあ、行こうか。恋。」
心の内に暗いものを残しつつも
彼女にそれを悟られないように何時もの表情を作った。
「・・・(コクリ」
恋は彼の言葉に頷くとセキトを探した。
麒麟から降りた時、
抱いていたセキトを一旦地面に下ろしていたのだ。
セキトは、すぐに見つかった。
「・・・セキト」
恋はセキトの名を呼んだ。
だが、セキトは返事をせず
ある方向だけをジッと見ていた。
それは、并州の方角
つまり二人がもと来た道である。
「・・セキト?」
恋はセキトに近づき、心配気味に声を掛けた
・・・わん!
しばらく黙っていたセキトだったが
何かを見たのか行き成りその方角に向かって吠えだした。
突然の出来事に彼女は混乱した。
「行き成り吠えだしてどうしたってんだ?」
セキトの異常な吠え方に終は不思議に思いながら彼女達に近づいた。
「・・・(フルフル」
恋は分からないと言った風に首を横に振った。
セキトは頻りに彼等が来た道に向かって吠えていた。
(・・・あっちが何だってんだ?)
終はセキトと同じ方向を目を凝らして見てみた。
そして何故セキトが吠えたのか理解した。
自分達が来た道から
馬に跨った数名の男たちがこちらに迫ってきていたのだ。




