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恋姫竜神記  作者: DGK
16/40

旅の道中

并州を出発してから約一刻後


終達一行は并州から大分離れた場所を駆けていた。

辺りにポツポツと木が生えている平野で、

遠くに村なども見当たらないような場所だった。


ぐ~


時間がちょうど昼に差しかかり、二人の腹が同時に鳴った。


終は自分の腹に目を落とすと麒麟の足を止めた。


「腹減ったな。

ここらで飯にするか?」


「・・・(コク」


恋が頷くのを見ると終は一番近くにある木まで麒麟の足を歩かせた。


二人は木に寄りかかって肉まんを食べた。


この時、麒麟は二人から少し離れた場所で

膝を着いて休憩しセキトは、麒麟の尻尾で遊んでいた。


「うまいか?恋。」


「もぐもぐ(コク」

終の問いかけに恋は次々と肉まんを口に入れながら頷いた。


座ってからそれほど時間が掛っていないにも関わらず

三つの竹籠の内二つが空になっていた。


驚きの光景もこう頻繁に起きれば人とは自然に慣れてしまうものである。


「そうか、よかった。」

終は大して驚くこともなく竹籠の中に手を伸ばした。


慣れとは実に恐ろしいものである。


「ん?」

竹籠の中に手を入れた終は違和感を覚えた。

自分の手が白く暖かいものに触れることなく温もりの残る籠の底を触ったからである。


「あれ?あれぇ?」

終は籠の底を覗いた。

肉まんは欠片一つなく、きれいに消え去っていた。


それが信じられないのか

終は何度も手を突っ込んで探ったがやはり肉まんはなかった。


(ちょっと待て、

俺が四個目を喰っている時には確かに後三つほど残っていたはずだが・・・)


まさかと思って終は恋を見た。


「もぐもぐ」

恋はちょうど、二個目の肉まんを口の中に詰め込んでいた。


右手には、しっかりと肉まんが握られていた。


終は少し恨めしそうにそれを見ていたが

『もう十分に喰った』と考えて自分を納得させようとした。


だが、それで納得出来るほど彼は子供らしくない訳でもなく

ジーっと彼女の右手にある肉まんを見ていた。


「・・・」

恋は、その視線に気がついたのか

口の中にある肉まんを咀嚼すると右手に持っていた肉まんを彼の目の前に突き付けた。


それを見て終は、だらしなくも口の端から涎を垂らしてしまった。

彼女の手の中にある肉まん。それに向けて手を伸ばした。


「・・いやいや、俺はもう十分食ったから良いよ。」

終は、そう言って恋の手を押し返した。


(・・きっと、恋の方が俺よりも肉まんを食べたいと思っているはずだ。)

そう考えることによって、如何にか受け取らないようにした。


だが、彼女は見ていた。

手を押しのける間も彼が肉まんから目を離さなかったことを


「・・ん」

恋は再び終に肉まんを突き付けた。


それを彼は断固として受け取ろうとしなかった。


そして彼女はまた渡そうとし彼はそれをまた受け取らなかった。


そんなことを何度か繰り返した。


(まったく、意外と頑固だなぁ、こいつ。)

終は、なおも肉まんを押しつけてくる恋の姿を見てそう感じた。


この時になると彼女が執拗に肉まんを渡そうとする原因が自分にあることに気付いていた。


彼としては彼女にそれを食べてもらいたいと考えていたが

本心は、自分もそれを食べたいと考えていた。


彼女は、そんな彼の本心を見抜き

こうやって執拗に渡そうとするのだ。


(・・・何か良い方法はないかなぁ。)

終は腕を組むとじっと考えた。


その時、ふと二つに分かれた木の枝を見つけた。

きっとここに着いたときに麒麟が踏みつけたのだろう

二つのちょうど間に当たる部分が潰れていた。


(・・そうだ!)

それを見て閃いた。

この状況を打開する方法を


「なぁ、恋。

それ、半分にするってことにしたらどうだ?」


終が思いついた打開策とは

肉まんを半分に分けることであった。


(まったく、本当に俺は馬鹿だなぁ。

無理に一個押しつけようと思わなければよかったじゃないか。)


「このままじゃ、何時まで経っても埒が明かないし

いっそのこと半分に分けようぜ。」

心中でため息を吐きながら終は笑顔で彼女に聞いた。


恋は少し考えるとコクリと頷き、肉まんを半分に割った。


彼女は半分になった肉まんをすぐにあっという間に食べ終え

終は逆にゆっくりと味わうように時間を掛けて食べた。


涼しげな風が吹いてきた。


それは目の前の草原を揺らし

そのまま地平線の彼方へと消えて行った。


「・・・もう秋か。」

終は風を肌で感じてそう考えた。


終が恋と出会ったのが

今から約20日前のことである。


その時の季節は晩夏、今は立秋である。


「早いもんだなぁ。」

終は并州に着いてから、今に至るまでのことを思い出した。


星達に見送られ、恋と出会い、縁が戦場に行き・・・


まだ、二十日ほどしか経っていないと言うのに

随分といろいろなことが起こったものだと彼は思った。


(・・・ああ、そうか。)

その時、終は何かがピッタリと自分の中で嵌る感覚を覚えた。


(なんで俺が恋と星をよく重ねてしまうのか、今分かった。)

終は手を頭の後ろで組み、木に寄り掛った。


澄み切った青空が彼の視界に入った。


それを星の髪の色と似ている、と彼は思っていた。


(・・・こりゃ確定だな。

俺は今、間違いなく


「・・郷愁にかられている。」

そう呟くと彼の脳裏に、故郷常山での記憶が流れた。


それに対して彼は無意識の内に溜息を吐いていた。


(まだ、二十日くらいしか離れていないってのに・・・

この調子じゃあ大陸を旅するなんて夢のまた夢かぁ?)

空を流れる雲を眺めながら、彼はまた溜息を吐いた。


(・・・『あの場所』から村までそう離れていない。

どうせなら、ついでに星達に会いにいこうかな?)

そんな考えが彼の頭を過った。


しかしその考えは、

えらくイイ笑顔で自分に話しかける縁の姿を思い出すことによって止められた。


(そんなことしたら間違いなく母上にバレる!!)


終は基本、一度見たこと、もしくは体験したことは絶対に忘れない男である。


それは、『忘れたいと思うことも覚えてしまう』という意味でもある。


今彼は、とてもイイ笑顔で自分に近寄って来る縁の姿を思い出していた。


「・・・しゅう」


「うわぁ!!」

終は突然横から聞こえてきた恋の声と

現在進行で思い出していた自分の名を呼ぶ

縁の声とが重なったため思わず驚いてしまった。


彼は横に飛ぶように倒れた。

それを見て恋は不思議そうに首を傾げた。


「・・どう・・したの?」


「・・・いや、なんでもない。気にすんな。」

終は体を起こすと何とか声に出して言った。


「ところで、どうして呼んだんだ?」

そう聞くと、恋は終を指さした。


「・・しゅう・・・かおいろ・・・わるい・・・

あせも・・・でてる・・」


恋にそう言われて終は自分の顔に手をやった。

手が冷たいものに触れたことにより確かに汗が流れていたことを自覚した。


恋が彼に声を掛けた理由は至極単純であり

彼が心配になったからである。


彼は先ほど何やらぶつぶつと独り言を呟いた後

次の瞬間、顔を真っ青にし挙句の果てには震えだしたのだ。


それを見て恋は不思議に思うと共に心配になったのだ。


「・・・ちょっと怖いことを思い出しただけさ。

そんなに心配することはねぇよ。」

終は手をひらひらと左右に振った。


恋は釈然としない表情をしていたが

こういうとき、彼はどうしても話そうとしない事を

この十数日間で理解した彼女は、それ以上は何も聞かなかった。


わん!


その時、遠くからセキトの鳴き声が聞こえた。

二人が声をした方を見るとセキトがこちらに向かって吠えながら駆けて来るのが見えた。


「・・・しゅう」

恋は自分達に向かって駆けてくるセキトを見ながら終に声を掛けた。


「分かってるよ、恋。」

終は恋に返事をすると彼女の隣で立ち上がった。

恋もそれに釣られて立ち上がる。


そして一緒にセキトの方へ歩いて行った。



それからしばらくその場に留まった後

終は出発した時と同じように恋を前に乗せると

麒麟を立たせ、今度は少し遅めに駆けさせた。

恋は、セキトを抱きながら静かに揺られていた。


「・・・しゅう」

日が少し傾き始めたころ

恋は唐突に彼の名を呼んだ。


「なんだ?」

終は前をしっかりと見据えながら返事をした。


「・・いつ・・・つくの?」


「そうだな~・・・・

早くて三日、遅くても五日まで、

無理して最速だと、二日掛るか掛らないかぐらいで着くな。」

終は自信満々にそう言いきった。


「・・・そう」

その返事を聞いて恋は少し強い風に当たりながら目を細めた。


(・・・なんか、いやだな。この状況。)

風の音しか聞こえないこの状況の中

終は何故かそう思ってしまった。


(恋があまり喋らないのは、

この十数日で分かっていたが・・・

これじゃ、楽しんでるのかどうかさっぱりわからんな。)

悩んだ末、終は道中彼女と話をしようと決めた。


「・・・なぁ、恋。」


「・・なに?」

恋は終の方を振り向いた。


終は彼女の顔を見た時、一つ問題があることに気がついた。


それは、話題がなかったことである。


呼んだは良かったが一体何を話すのかを決めていなかった彼は

一瞬考えた後、良い考えを思いつき言葉を続けた。


「目的地に着くまで時間が大分あることだしさ。

その・・・お前のことを聞いても良いか?」

終は少し恥ずかしげにそう聞いた。


彼がこう言った理由は、

彼女のことを聞けば今よりも彼女を知ることができると同時に

少なくとも今日を無言のまま旅することはないだろうと考えたためである。


「・・・なんで?」

恋は訳が分からないと言ったように終に聞いた。


そもそも自分のことを聞くと言うこと自体、

彼女にとっては首を傾げるようなことである。


「強いて言うなら着く間俺が暇だからだ。」


「・・それ・・だけ?」

恋は終にそう問いただした。


「それだけだ。」

終は、やけにキリッとした表情ではっきりと答えた。


「いや~、やっぱりさ。

折角二人旅に出たって言うのに

何の会話もなく道中を過ごすってキツイと思うんだよね、精神的に」


「・・・・」


「やっぱり旅って楽しくあるべきだと思うんだよ。

そりゃ、道中いろんな危険がある可能性はあると思うけどさ。

それに怖気づいて楽しむことを忘れちゃ旅なんかやっていけねぇと思うんだよ。」

終は麒麟の駆ける速さを少し遅くした。


恋の長い二本の髪を靡かせていた風は止み

代わりに麒麟の蹄の音だけが辺りに響いた。


「まぁ、そんな訳だからだ。

少し話でもしようじゃねぇか。」

そう言って終は恋に向かってニカリと笑った。


「・・・」

しばし沈黙した後、恋は小さく頷いた。


「よし、それじゃあ聞くぞ。」

そして終のこの一言で

彼と恋の奇妙で和やかな問答が始まる。


(さて、何から聞こうかな。)


終は自分の頭の中でいくつか選択肢を作るとそのうちの一つを聞いた。


「・・俺、お前が動物たちと話し掛けているところをよく見かけるんだが

その時、お前が動物の言葉が解るみたいに話しているところを時々見るんだよ。

・・あれってさ、本当に動物の声が解っているのか?」


「・・・(コク」


「へぇ・・・

ってことは、麒麟の『声』も解るのか?」


「・・なんとなく」

少し間を置いて恋は返事をした。

すると終は何か閃いたように二ヤリと笑った。


「じゃあさ、こいつが俺のことをどう思っているのか

一つ聞いてみてくれないか?」


終が面白半分で頼むと恋は予想外の返答をした。


「・・もう・・した」


「・・・は?」

恋のその一言に終の思考は一瞬停止した。


「・・いつ?」

思考が再始動すると彼女にそう問いかけた。


「・・・さっき」


「さっき、って

休憩していた時か?」


「・・・(コク」

恋は静かに頷いた。


終は、あの場所での記憶を辿った。


すると、確かに彼女が麒麟と話していた瞬間があったのを思い出した。


(なるほどね。あの時に聞いた訳だ。

「それで、こいつは何て言ったんだ?」

改めてそう聞くと恋は麒麟が彼のことをどう言ったか話し始めた。


とりあえず、彼女の話を纏めるとこのような内容だった。


とても強く、頭も良いのだが、様々な面で損をしているとのこと。


一体どのような面で損をしているかと言うと


時と場を弁えない事が度々あること

よく言わなくても良いことを言ってしまうこと

一つの場所に長時間何もせずにいることが苦手なこと

よく馬鹿な発言で自爆してしまうこと

たまに何もない場所で扱けること

よく人を心配させるようなことをすること

たまに頑固なこと

よく馬鹿な発言で自爆すること

時々無茶なことをすること・・・


などなどの多くの面で損をしている、と言っていたと恋は言った。


途中で実は彼女の作り話ではないかと思ったが

彼女が嘘を着けない性質の人間であることを彼は理解していた。


「・・・・・・・」

終は眉間にしわを寄せながら自分達を乗せている麒麟を睨みつけた。


どれもこれも彼自身自覚している事ばかりだったが

ここまで言われると流石に彼としては腹が立った。


しかも『馬鹿な発言で自爆』を二度も言ったことでなおさら腹が立っていた。


終は麒麟の腹を蹴ろうとした。


しかし下手に行動すれば

何をされるかわかったものではないため彼は必死に自分を抑えつけた。


「・・・それから」

そんな彼に気付いていないのか恋は言葉を続けた。


終は、『まだあるのかよ』と心中でぼやいた。

どうせ自分の悪口の続きだろうと空を見上げた。


「・・・よわすぎる・・いってた。」


その言葉を聞いた瞬間、終は麒麟の足を止めた。


「・・しゅう?」

恋は急に麒麟の足を止めたことを疑問に思い終を見るために後ろを振り返った。


終は何かを思いつめているような表情で俯いていた。

あまり暗い表情をしない彼がこのような顔をしているのを見て

恋は珍しく思うと共に心配になった。


「・・・しゅう」

恋は、もう一度彼の名を呼んだ。


「・・ん、何だ?恋。」

一瞬の間をおいて、終は何時もの表情で恋を見た。


「・・だいじょうぶ?」


「大丈夫って、何がだ?」

心配そうに聞く恋に対して、終は首を傾げてそう言った。


彼女は先ほど彼が自分に見せていた表情のことを言うと

「そんな顔してたのか?俺」っと少し驚いたように言った。


「ん~、自分じゃそんな顔した覚えはないんだがなぁ。」

腕を組んで唸りながら、麒麟に進むように指示を出した。


麒麟は再びゆっくりと歩を進めた。


「まぁ、たまにはそういうこともある。

そう気にすることでもないだろ。」

終はニカリと笑って恋の頭に手を乗せた。


「さて、もう他のことを聞いても良いか?」


「・・・・(コク」

まだ、気になることがあった恋だが

多分彼は答えてくれないと思い、話を続けることにした。


終は少し考えた後、次の質問をした。


「・・恋、お前は武術とかそういうのを習っていたりするのか?」


「・・・(フルフル」


「じゃあ、得意な武器とかそういうのはないのか?」


「・・・・」

恋は少し考えるように沈黙した。


彼がこのようなことを聞くのにも、ちゃんとした理由があった。


それは彼女がどのような武器を持ち

どのような戦い方をするのかを知るためである。


ちなみに彼の戦い方は誰に教えられたものでもなく一から十まで我流である。


その訳は、彼の母である縁が

『実戦で学べ』な教え方をしたためである。


「・・・(フルフル」


「・・それもないってことか?」


「・・・(コク」

終の言葉に恋は頷いた。


それを見て終は少し残念に思った。


終は彼女に得意な武器があれば、并州に戻った後

彼女の実力を見るために勝負をしようと考えていた。


だが、彼女にそれがないと知ってその考えを諦めた。


得意な武器が無いということは、

まだ自分に合った得物が分かっていないということである。


そんな状態で勝負を申し込めば

彼女が彼女自身に合わない武器を選んで勝負をする事になるかもしれない。


彼としては、そんな確率は少しでも潰したいと考えていた。


万全の状態の彼女と戦わなくては、力量を見ることなど出来ないのだから


「・・・そうか。」

終は、それだけ呟くと別の質問をした。


「じゃあ、次いこうか。」


そう言って終は、また別の質問をした。


そんな感じで恋と終の会話は進んで行った。



しばらく時間が経ち、空は夕焼け色に染まった。


「・・・今日は、ここらへんで野宿になるかな。」

段々と落ちていく夕日を眺めながら終は呟いた。


辺りは既に薄暗くなっていた。


「・・うん、ここがいいな。」

終は道の脇に生えていた一本の木の前で止まった。


そして麒麟から降りると腰にある剣を抜き

その木から何本か枝を切り落とした。

さらにその枝をちょうどいい長さになるまで切ると

その場に屈み何かを準備し始めた。


恋は麒麟から降りると何をしているのか気になり近づいた。


「恋、危ないから離れてろ。」

そう言われて恋は少し下がった。


終は袋から火打石を取り出すと

何度か打ち合わせて火をつけた。


彼がこのように準備できるのは、

并州へ向かう道中、縁が野宿をする際に行っていた

一連の動作をしっかり記憶していたためである。


いくら彼でも、何の知識も準備もなく、友達を旅に誘ったりはしない。


ちゃんと出来るだけの知識を持ったうえで誘っていたのだ。


「とりあえず、これで良しかな。」

ある程度火が大きくなると

終は火から少し離れている位置に座っている恋の隣に座った。


そして袋から、干し肉を取りだすと恋に渡した。


「そいつが晩飯だ。

まぁ、食えないものじゃねぇよ。」

そう言って同じ程の大きさの肉と少し小さめの肉を取りだした。


「ほら、こいつはセキトの分だ。」

小さいほうの肉を恋の隣に座っていたセキトの前に出すと

セキトは嬉しそうに肉を食べた。


それを見て恋も食べ始め、最後に終が口をつけた。


恋は例のごとくすぐに食べ終え

セキトが食事をする姿を微笑みながらじっと見ていた。


「・・・なぁ、恋。」

終は自分の肉を食べ終えると彼女に声を掛けた。

その声を聞いて恋は彼の方へ振り返った。


「味の方は聞かないが

腹の方は満たされたか?」


「・・・・」

その問いかけに恋は若干俯いた。


「・・・んな訳ねぇよな。」

終は口の端を上げて笑うと彼女から視線を外した。


「『ある場所』に行ってから并州に戻るまで、ずっとこの調子だと思うからな。

腹のことは・・・我慢してくれとしか言いようがねぇな。」

そう言って彼は自分のつけた火を見つめた。


「・・れん・・だいじょうぶ」

恋はセキトの頭をそっと撫でながら呟いた。


「・・・おなか・・すく・・・がまん・・できる」

彼と同じように火を見つめながらそう言った。


ぐ~


言いきったと同時に彼女の腹が鳴った。


「・・・・・・」


「・・・とりあえず、

我慢しようと努力していることは分かった。」

終は苦笑いしながら慰めた。


「・・・ごめん」

それに恋は申し訳なさそうに謝った。


「謝らなくても良いさ。

誰だって腹が鳴るのは抑えられん。」


「・・でも」


「でも、じゃねぇよ。

仕方がねぇことは仕方がねぇ。」


「・・・・」


恋が黙ったのを見ると

終は、何時か故郷で聞いた話を語った。


「俺の故郷に立ち寄った学者さんが言ってた事なんだがな。

『そもそも、人間の身体と精神の関係は

精神が身体を支配しているように見えて

実際は、どっちも独立したものなんだ』ってさ。

『身体が疲れていたら精神がどんなに起きようと努力しても

身体の方が勝手に寝てしまうものなんだ』って分かりやすく言ってたよ。」

終は一旦間を置くと恋の方を向いた。


「腹だってそれと同じだ。

どんなに鳴らないように努力しても結局は鳴ってしまう。

それはどうしようもないことなんだよ。」


「・・・・」


「自分がやろうと思えば出来ることをやらないって言うんだったら

俺も文句の一つぐらいは言ったかもしれないさ。

でもな、文句のつけようがねぇような

『どうしようもないこと』に一々怒るほど俺は狭量じゃねぇ。

だから・・・」

終は恋の頭に手を乗せ、少し強めに撫でた。


「・・謝らなくてもいいんだよ。

少なくとも、今のことはな。」

彼女の頭から手を離すと終は再び火を見つめた。


恋は話が始まった辺りから

彼の話している内容がさっぱり理解できなかったが

今の状況で自分が謝るのを彼が嫌がっているということだけは分かった。


彼女は再びセキトの頭を撫でながら火を見つめた。


それからさらに時間が経過した。


セキトは既に眠り、恋も瞼を閉じては開き

また閉じては開くを繰り返し今にも寝そうだった。


「・・・眠いなら寝ればいいぞ。

火の番は俺がするからさ。」

終は袋から布を取り出すと彼女に掛けた。


「・・・(フルフル」

恋は首を横に振った。


そして彼の肩に自分の頭を乗せた。


「・・しゅうと・・・ねる」


「・・俺と寝るっていってもなぁ。

やっぱり誰かが火を見なきゃいけないんだが・・・」


「・・・だったら・・れんも・・おきる」

恋は、そう言ってまた寝そうになっては起きるを繰り返した。


それを見て終は困ったように苦笑いした。


「そんなことしたら

明日起きれなくなっちまうぞ。」


「・・・れんは・・しゅうと・・ねたい」


恋が頑として寝ようとしないのを見て

終は、どうして自分と一緒に寝ることに拘るのか疑問に思った。


「・・・・どうして、俺と一緒に寝たいんだ?」


終がそう問いかけると恋は自身の手を胸に当てた。


「・・れん・・・しゅうと・・ねたとき・・・

ここ・・・あたたかく・・なった」

もうほとんど眠っているような状態で恋は、その理由を語った。


「・・れん・・・ずっと・・さびしかった・・・

おとうさん・・・おかあさん・・・いなく・・なって・・・

しんも・・・とおい・・ところ・・いって・・・

だれも・・いっしょに・・・ねて・・くれなくて・・・

からだ・・あたたかく・・ても・・ここ・・・ずっと・・さむかった」


「・・・・」


「・・だから・・れん・・・しゅうと・・・ねたい・・

ねれば・・ここ・・・あたたかく・・なる・・から・・」

ほとんど閉じているような目で、それでも眠ろうとせず起きていた。


終は、それを聞いて納得し理解した。


自分と少しでも長く一緒に居たいという願望があるから

自分と共に寝たいと頼んでいるのだという納得と、

それを叶えるまで、彼女は絶対に寝ないだろうという理解である。


「・・分かったよ、恋。

お前と一緒に寝る。」

だから、終は恋に対してそう言った。


顔は見えないが、彼女が微笑んでいる姿が彼には想像できた。


「絶対にお前から離れたりしねぇよ。

・・・安心して寝な。」


終がそう言うと

すぐに彼の肩から可愛らしい寝息が聞こえた。


(・・・・やっと寝てくれたか。)

終は疲れたように笑みを溢すと

空に輝く月を見上げた。


少しずつ動く月を眺め、

火が段々と小さくなっていくのを彼は視界の端に捉えていた。


「・・・麒麟。」

終は自分の肩を枕にして眠っている彼女を起こさないように

小さな声で木の裏に居る相棒を呼んだ。


向こう側からは何の応答もなかった。


「寝たふりしてんじゃねぇよ。

・・起きているんだろ?」


木の裏から観念したように鼻息が聞こえた。

同時にその場で立つ音がした。


「・・別にこっちに来なくていいぞ。

足音でこいつが起きちまったら、色々と面倒だからな。」


その言葉が聞こえたのか、再び座りなおす音が聞こえた。


「・・・麒麟。」

しばらく間を置いて、終は再び相棒の名を呼んだ。

しかしその声には何時もの明るさや親しみの色はなく、

ひたすらに威圧感が加えられていた。


「・・何でお前は、

俺が『弱い』ことをこいつに教えたんだ?」


その声が放たれた瞬間

夜になってからずっと鳴いていた虫たちが沈黙した。


同時に寒い風がその場に吹いた。


「・・俺は、こいつじゃねぇからお前の言葉は分からん。

だがな、長いこと一緒に居たから

お前が今どんなことを考えているかは大体分かってるつもりだ。」


沈黙が支配する草原の中で彼の言葉だけが小さく響いた。


「俺が『弱い』ことは、

誰よりも俺自身が一番良く分かっている。

・・そして、この『弱さ』を誰にも知られてはいけない事もな。」


先の威圧するような声色が段々と無くなっていき

代わりに哀しみの色が込められていった。


「・・母上は言っていた。

人には誰しも『強さ』と『弱さ』の両方を持っていると、

そして、『強さ』のみを残すことは不可能だと」


まるで、その言葉を自分自身に言い聞かせるように

彼は自分の相棒がいる木の裏へ語り続けた。


「お前は俺を見た瞬間から、俺の『弱さ』を分かっていた。

そしてその『弱さ』こそが、俺を自分の相棒と認めるかを悩ませた。」


あの落雷があった場所で睨みあったことを思い出しながら彼は話した。


「・・・そして、お前は悩んだ末、俺を相棒と認めた。

俺の『弱さ』を知ったうえで、お前は相棒になってくれた。」


嬉しそうに笑みを浮かべながら、何処か悲しそうな声で彼は言った。


「・・・流石に、俺の言っている

『弱さの意味』をこいつには教えていないとは分かっている。」


だけど、


それでも言わなきゃならないんだ。


「・・・こいつに、俺が『弱い』ことを二度と言うな。」


再び沈黙が辺りを覆う。


しばらくして、木の裏側から小さな鼻息が聞こえた。


「・・ありがとう、麒麟。」


この言葉が終ると共に先ほどまで沈黙していた虫たちが再び鳴きだした。


(・・・もう、火も消えたし。

寝ても大丈夫だな。)

終は、そう判断すると袋から布を取りだし、自分自身に掛けた。

そして目を閉じると今後のことを計画した。


(・・場所的には、

常山を出発して大体五日か四日ぐらいの位置だな。

そこのところを考えると、早くて明日までには間に合うかな。)

縁と供に并州へ向かう道中、

その道中にあるものさえも完璧に記憶していた彼は

辺りを見た結果そう特定し到着する時間を計算した。


(でも、やっぱり麒麟に無茶はさせられないよな。

恋も初めて馬に乗ったせいでちょっと疲れていたし・・・

いや、ここは初めてなのにちょっと疲れたで済んでいる

あいつに驚くべきなのかな?)

そうやって下らないところに思考を働かせていると睡魔が彼を襲った。


(・・考えるのは・・また明日にしよう)

終は少しだけ目を開けると、自分の肩で眠っている恋を見た。


「・・おやすみ・・恋」

ふっと微笑みながら、最後にそう言って彼は眠りに着いた。


火は既に燃え尽きて、煙だけが立ち上っていた。




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