誘いは唐突に
~政庁内・客室~
小鳥が囀る朝の光景。
并州政庁にある一室。
「・・朝・・・か」
終は明るくなった外を見てそう呟いた。
「そろそろ起きた方がい・・・?」
終は朝になったことを確認し起き上がろうとしたが、
何やら重いものが自分の上に乗っていて起きるに起きれなかった。
不思議に思って視線を自分の腹部に移すと布が大きく膨らんでいた。
(・・・何だ、こりゃ?)
終は、これが一体何なのか確かめるため布を捲った。
その布の中に居たのは
すーすー
気持ち良さそうに寝息を立てている恋だった。
「・・・・・・・・・」
終は目を擦るともう一度自分の腹部に目をやった。
すーすー
やはり恋が気持ち良さそうに寝ていた。
「・・・・なんでここに居るし。」
終は疲れたようにそう呟くと頭を下ろし天井を見た。
(確か昨日は呂布・・・
恋と途中で別れた後すぐに部屋に戻って寝たんだよな。
その時、俺の傍、もとい俺の上に恋は乗ってなかった。
でも朝起きたら恋が俺の上に乗っている・・・・
どういうことだ?まるで訳がわからんぞ?)
額に手をやりながら何時からそこに居たのか考えたが結局答えは出なかった。
(とりあえず、この状況どうしようかな?
俺としては、さっさと起きたいんだが・・・・)
終は頭を上げて恋を見た。
(・・・・こんなに気持ち良さそうに寝てるのに
いきなり起こすのは気が引けるよなぁ。)
そしてまた考えた結果。彼女が起きるまで待つという選択を選んだ。
(はぁ、何でこんなことになってるんだろ。)
終は心中でため息を吐いた。
(別にこいつが上に乗っているのが不快というわけじゃないが
動けなくなるのは、ちょっと頂けないんだよなぁ。)
「う・・・ん」
そんなことを考えていると恋が動いた。
(おっ、起きてくれるか?)
すーすー
(・・んなわけないか。)
再び寝息を立てた彼女を見て終は、ふぅとため息を吐いた。
「・・でも、やっぱり似てるよな。星に。」
そしてまじまじとその顔を見つめるとそう呟いた。
(・・・真名も預けあったし)
終は恋の頭へと手を伸ばした。
(ちょっとぐらい、良いよな。)
ポス
終の手が恋の頭の上に置かれた。
それと同時に恋の寝息が止まった。
「・・ん」
恋は薄らと目を開けた。
すると彼女の視界に自分の頭に手を乗せたまま固まっている終がいた。
「・・・・おはよう、しゅう。」
とりあえず恋は彼にあいさつした。
「あ、ああ。おはよう、恋。」
終もとりあえずあいさつを返した。
「・・・・」
「・・・・」
「・・しゅう」
「な、なんだ?」
「・・これ・・なに?」
恋は自分の頭の上に置いてある終の手を見ながらそう言った
「あー、これは、その、なんて言うか・・・」
終は彼女から視線を逸らしながら、もごもごと口を動かした。
(ああ、くそ!俺の馬鹿!!
いくら恋の寝顔と星の寝顔とが似てるからと言って
頭を撫でて良い道理は何処にもないだろが!!)
終は、つい先ほどの自分の行動を振り返り自分で自分を殴りたい気分に襲われた。
「・・・しゅう?」
「っすまない!恋!!」
終は彼女の頭から手を離し謝罪した。
恋は、いきなり彼が大きな声で謝って来たことに驚いた。
「お前の寝顔が俺の故郷にいる妹の姿に見えてついやってしまったんだ!」
そんな彼女を無視して終はそう説明した。
「いくら真名を預けあったとしても流石にやってしまったとは思っている。
殴るなりなんなり好きにしてくれ、俺はそれを罰として受け止める。」
終は、そう言うと固く口を結んだ。
「・・・しゅう・・かんちがいしてる」
だが、恋は無表情のままこう言った。
「・・れん・・・おこってない。」
それを聞いて終は「へ?」と間抜けな声を出した。
「・・しゅう・・・いいやつ・・・だから・・まな・・おしえた。」
恋は無表情を変えず、淡々と話した。
「そうだとしてもなぁ。
やっぱ、嫌とか思わなかったのか?」
「・・・べつに」
「本当に?」
「れん、うそつかない」
「・・そうか。」
終は彼女が間髪いれずに返答したのを見て
本当に気にしてはいないのだと分かった。
(よかった~。)
取り敢えず彼女が怒っていないのに安堵した彼だった。
そして安堵すると同時にあることを思い出した。
「ところで恋。
お前何時から俺の上に?」
終は先ほどから疑問に思っていたことを聞いた。
少なくとも自分が寝ている時に来たのだろうと予測していたが
自分が寝てからどれくらい時間が経った後に入ったのかは分からなかったからだ。
それ以前に彼としては何故自分の上に乗る必要があったのかも聞きたかったが
まずは何時から自分の上に乗っていたのかを聞くことにしたようだ。
「・・・しゅうが・・ねてから・・」
「いや、それはもう分かっているから。」
恋の返答に終は自分の質問が少し悪かったのだと考えた。
「俺が聞いているのは、
俺が寝てからどのくらい経った後に俺の上に乗ったか、ってことだよ。」
終がそう言い直すと恋は少し考えてから口を開いた。
「・・すぐ」
「・・・は?」
終は自分の耳を疑った。
(今こいつなんつった?『すぐ』?
ってことは何だ?俺が寝ると同時に俺の上に乗ったってことかぁ?)
自分が寝ると同時に
それはつまり、
『すぐに自分の布団に潜り込める距離に居た』ということなのである。
終は彼女の言葉にかなり困惑したが
頭を左右に振り、深呼吸をして自分を落ちつかせた。
「・・お前の言葉を疑うつもりで悪いが、
俺はここに戻ってから寝台の中に入って寝るまで
お前の姿をまったく見かけなかったぞ?」
終は昨夜、寝る前に一度だけ扉の方に目を向けていた。
だが、姿どころか気配ひとつ感じていなかった。
「・・れん・・・しゅうと・・わかれて・・・・さびしくなった。」
「・・・」
「だから・・・れん・・・・しゅうのへや・・・きた。」
恋は、部屋に入った時のことを話した。
彼女が言うには、自分がこの部屋の前に到着したのは
ちょうど彼が寝台にもぐりこむ時だったらしい。
彼が寝台に入り寝息を立てた後に潜り込んだと説明した。
それを聞いて彼は納得した。
寝台に入った時、彼はほとんど眠っている状態だった。
こうなると彼は気配の探知をすることが出来ないのだ。
(なるほどね。確かに分からないわけだ。
・・・今度寝ながら気配探知出来る方法でも模索しようかな。)
それを聞いてそんなことを考えていたが、
まだ聞いていない疑問があるのを思い出し中断した。
「・・・もうひとつ聞きたいことがあるんだが。」
終は、そう言ってから聞きづらそうに口をもごもごと動かした。
「・・・なに?」
はっきりと聞こうとしない終を見て恋は続きを促した。
彼は、その言葉を聞くと少し困ったような表情になったが
はぁ、と息を吐くと意を決して質問をすることにした。
「・・・何で俺の上に乗ってるんだ?」
終の質問に恋は首を傾げた。
「いや、首傾げられても困るんだが。」
終は、その様子を苦笑いしながら見た。
恋は彼の質問の意味を理解しようと考えた。
そして自分が今、彼の上に乗っていることに今更気がついた。
「・・れん・・・さむかった。
しゅう・・・あたたかかった。」
「・・・要するに、
俺が暖かかったから俺の上に乗ったってことか?」
「・・・(コク」
恋は首を縦に振った。
「・・俺って暖かいのか?」
「・・・(コク」
終の質問にもう一度首を縦に振って肯定すると彼の胸に顔を埋めた。
「・・・なぁ、恋。
その、ちょっと言い難いんだが、そろそろ退いてくれないか?」
終は、かなり困った様子でそう言った。
「・・・いや?」
それに恋は、悲しそうな顔で聞いてきた。
「いや、じゃないけどさ。
やっぱ何時までも乗られていると困るんだよね、俺が。」
「・・・・」
恋は小さく頷くと終の上から降りた。
彼は、彼女が降りたことによってようやく上半身を起こすことが出来た。
そして大きく伸びをすると寝台から降りた。
「・・しゅう」
「ん?」
終は自分の名を呼ばれて振り向いた。
恋は、まだ悲しそうな顔をしていた。
「いっしょに・・・ねる・・・いや?」
そう上目使いで聞いてきた恋に終は思わず可愛いと思ってしまった。
そして少し意地悪してみたいと考えたが、捨てられた子犬のように
潤んだ瞳で自分を見ている彼女を見て止めた。
「・・・さっきも言ったが別にいやじゃないんだよ。
一緒に寝るだけなら俺も大して気にはしないさ。
ただ、上に乗られて身動きが取れなかったから困っていたんだ。
だから、まあそのなんだ。」
終は頭を掻くと少し恥ずかしそうに笑った。
「一緒に寝るのは、別にかまわないぞ。」
「・・・ほんと?」
恋が少し疑い気味にそう聞くと
終は二ヤリと口の端を上げた。
「終、嘘付かない。」
終は先ほどの恋の真似をすると喉を鳴らして笑った。
恋は何が面白いのか分からないと言った風に首を傾げた。
それが可笑しかったのか今度は声を出して笑った。
「・・なんで・・・わらう?」
「何で笑うかって?
そりゃあ面白いからだよ。
面白くなかったら声を出して笑うなんてしねぇよ。」
恋の質問に終は彼女を指さしながら答えた。
「・・こたえ・・・なってない」
恋は不満そうにそう言った。
「まあ、要するにお前の仕草が面白かった。
だから笑った。それだけだよ。」
終は、ふぅと息を吐くと満足したような笑顔になった。
「さてと、」
そして素早く服を着替え自分の剣を腰に差し、恋の方を見た。
「一緒に飯喰いにいかねぇか?恋。」
「・・・・・(コクリ」
恋は寝台から降りると彼の後について行った。
~政庁内・食堂~
「ところでふと思った事なんだが。
お前、それだけ食ってどうして太らないんだ?」
終は自分の食事を終えるとまだ料理を食べている恋に言った。
現在、積んである皿の数は大きいのが七枚である。
「・・・・」
「・・分からない、か?」
「・・・(コク」
ガシャ
恋が頷いてからそう時間が経たずに皿が一枚詰まれた。
(・・・・止めよう。
これは、きっと考える考えない以前の話だ。
『恋は飯を沢山食っても平気だし太らない』
うん。これが結論で良いな。不変の真理と言っても過言じゃない。)
終は積まれた皿を見ながらにこやかな表情を浮かべてそう考えた。
ガシャ
また一枚皿が積まれた。
(・・・・んな訳ねぇだろ、ボケェ!!!)
一人でそう自分に突っ込むと頭を抱えた。
(何時見てもどう考えてもこの量はおかしいだろ!!
こいつの腹は一体全体何でできているんだ?!
腹の中に底なし沼でもあるんじゃないのか?!!)
終は、うんうん唸りながら考えたが、本人ですら分からない事を
他人である自分が分かる筈もなく、結局思考を停止せざるを得なくなった。
(この問題は記憶の箱の中に厳重に戸締りして
思考の海の中に投げ捨てるとしよう。
でなきゃ考えすぎで俺の頭が爆発する。)
終は深く息を吐くとそう結論付けた。
(さて、下らない疑問の結論も出たし。
「・・・もういいかな。」
ガシャ
皿の数が十数枚になった時、ようやく彼女の手が止まった。
「・・・ごちそうさま」
恋は手を合わせると小さくそう言った。
「・・・なぁ、恋。」
それを見計らって終は彼女に話しかけた。
「・・・なに?」
恋は十数枚ある皿を二つに分けて持ちあげると首を傾げて彼を見た。
「・・・・いや、それ片付けてから話そう。半分持つよ。」
終は、それを見て落としてしまうかもしれないと心配になり
彼女の手から皿を奪い取ると一緒に戻しに行った。
そして皿を戻し終えると二人は廊下に出た。
「・・・」
恋は終のことをじっと見つめた。
「分かってるよ。
俺が話したかったことだろう?」
終が確認をとると彼女は頷くのも億劫なのか彼を見つめ続けた。
「・・・言う前に一つ確認したいことがある。」
「・・・?」
「お前、体の方はもういいのか?」
昨日、恋は城内を我武者羅に走り倒れた。
終が聞いているのは、そのことだった。
「・・・・・(コクリ」
「そうか、それはよかった。」
彼女が頷くのを見て彼は嬉しそうに笑った。
(うん、なら・・・
『始めても大丈夫だな』)
「・・・お前、今から数日の間に何か用事あるか?」
「・・・・・(フルフル」
恋は少し考えると首を横に振った。
と言うのも彼女は、これと言ってやりたいと思っていることがないからである。
「そっか。じゃあ・・・」
終は彼女に向かって悪戯っぽい笑顔になった。
「ちょっと俺と付き合わねぇか?」
~并州・城下町~
終は自分の後についてくるように言い
まず自分の部屋に戻り大きな袋を取りだした。
恋は、それを何に使うか聞いたが
「すぐに分かるよ」と言って教えなかった。
終は、それを背に担ぐと部屋から出た。
途中、庭園でセキトを見つけた恋はセキトを一緒に連れていくことにした。
終は彼女がセキトを連れてくると
少し思案して、「まあ、大丈夫かな」と言った。
そして再び歩きだすと昨日の肉まん屋の前で止まった。
「すいません」
終は肉まん屋の店主に声をかけた。
「あ、君は昨日の・・・」
店主は終の顔を見るとそう言った。
「どうも、昨日ぶりです」
終は挨拶をすると軽く頭を下げた。
「いや~、昨日はありがとう。本当に助かったよ。」
「いえいえ、友人の愚行を戒めるのも友の役割ですから。」
終は店主の礼の言葉に笑ってそう返した。
「ところで何でここに来たんだい?
まさか話をするために来たのかい?」
店主は何故自分に声を掛けたのか聞いた。
すると終は、二ヤリと笑って懐から財布を出した。
「買いに来たんですよ。」
そして財布をジャラジャラと鳴らすとそう言った。
店長は嬉々とした表情で商売を始めた。
しばらくして終の手には大きな竹籠が三段に積まれていた。
たくさん買ってくれたお礼に少しおまけをくれたらしい。
だが、そのおまけが彼としては少し辛かった。
竹籠の塔によって前が見えなくなったのだ。
終は若干ふらつきながら恋の前まで歩いて行った。
「よう、待ったか?」
終は竹籠の向こう側から顔を出して言った。
「・・・(フルフル」
「そうか、なら行こうか。」
そう言って歩きだした彼だがやはり足元が少し覚束無かった。
「・・・・・」
それを見かねたのか恋は彼から竹籠を二つ奪い取った。
「あ~、恋?」
終は前が見えるようになって少し困惑した。
「・・もつ」
恋は無表情でそう言った。
終は迷った。
流石に前が見えない状態で
全て自分一人で持つことは出来ないことぐらいは分かっていた。
それぐらいのことは彼には理解できていた。
だから彼女が少し持ってくれることに異論はなかった。
だが、彼女が自分より一つ多く持っていることが
彼としては、あまり気分が良くなかった。
これは、遊びの合間を縫って
彼が数日間考えて編み出した彼女のための『計画』なのだ。
だから彼女の負担をなるべく軽くしたいと考えていた。
「持ってくれるのは嬉しいけど。
俺より一つ多いぞ、それ。」
「・・だいじょうぶ」
恋は、それを証明するために二つの竹籠を右手に乗せた。
それは崩れることなく軽々と持ちあげられていた。
終は深くため息をついた。
「お前が大丈夫でも俺が大丈夫じゃねぇの。」
終は自分の持っている竹籠を右手に持つと
左手で器用に彼女の持っている竹籠の一つを奪い取った。
恋は文句ありげな表情で彼を睨んだ。
「・・・そう睨まないでくれよ。
べつにこの肉まんを俺が独占するわけじゃないんだからさ。」
「・・・(フルフル」
「え?・・・そういうことじゃないってか?」
終がそう聞くと恋は彼の背を指さした。
「・・・しゅう・・にもつ・・たくさん・・
れん・・にもつ・・・・これだけ」
恋は自分の持っている竹籠を彼の目の前に突き付けた。
「・・・しゅう・・れんのともだち・・・
ともだち・・・こまってる・・・だから・・たすける・・ちがう?」
恋は、そういって首を傾げた。
終は、それを聞くと納得した。
つまり、彼女は自分の手助けをしたいのだ。
『友達』として
「・・・違わないさ。
恋の言うとおり、友達って言うのはそういうもんさ。」
けどな、と付け加えると終は竹籠を両方とも右手に移し、ふっと笑顔になった。
「・・・その言葉だけで十分な時もある。」
そして彼女の頭に手を乗せると優しく撫でた。
何故彼女の頭を撫でたか、彼自身理解できなかった。
だが、何故か彼は何の抵抗もなく彼女の頭を撫でることが出来た。
恋は、少しムッとした表情をしたが
満更でもないのか大人しく撫でられていた。
それからしばらく歩いて二人は城の外に出ると歩みを止めた。
「・・・しゅう」
「何だ?恋。」
「・・なに・・・するの?」
恋がそう質問すると終はニヤリと笑った。
「約束の履行と
ちょっとした贈り物だ。」
そう言うと終は大きく息を吸った。
「麒麟!!!!!」
そして大きな声でその名を呼んだ。
終の声は、とても大きく
隣に立っていた恋が思わず耳を塞ぐほどだった。
ちなみにセキトは目を白黒とさせていた。
「しゅ・・・!」
恋は行き成り大声で叫んだ彼に文句を言おうとした。
だが、それは終の手によって口を塞がれることで止められた。
「まあ、待てよ。
すぐに来るからさ。」
終は先ほどと変わらない表情でそう言うと彼女から手を離した。
「・・・」
恋は何処か納得いかないような顔をしたが彼の言うとおり待つことにした。
それから少し時間が経った。
「・・・来た!」
終は遠くから此方に近づく影を見ると笑顔になった。
その影は始め小さな点であったが、
近づくにつれてはっきりとその形を現し始めた。
「紹介するよ、恋。」
終は自分の前に止まったそれの頭を撫でた。
それは蒼い毛並みをした大きな馬だった。
馬は彼に撫でられる度に気持ち良さそうに目を細めた。
「こいつの名前は麒麟。
俺を故郷の常山からここまで連れてきてくれた、俺の大切な相棒さ。」
終が馬、麒麟の紹介をすると恋は呆けたように麒麟を見ていた。
彼は、それを見て悪戯が見事成功した時の用にカラカラと笑った。
麒麟は彼が笑っているのを不思議に思ったのか首を傾げた。
そして彼の視線の先を見てようやく恋に気がついた。
「・・・そう言えば、恋の紹介をしていなかったな。」
終は、そう呟くと麒麟に彼女の事を説明した。
「こいつの名前は呂布、字を奉先っていってな。
お前がいない間に出来た。俺の友達さ。」
終が麒麟にそう説明すると麒麟は彼の横にいる恋の前に立った。
そしてジーっと彼女のことを見つめた。
「・・・・(ジー」
恋も同じように麒麟を見つめた。
終はそれを見て何となく自分が麒麟と初めて合った時に似ていると思った。
だが、それは長くは続かず麒麟が若干頭を下げたことによって終わった。
「よかったな、恋。
どうもお前のことを認めたみたいだぞ。」
終は麒麟が頭を下げたのを見るとそう言った。
「・・・みとめる?」
恋は彼の言っている意味が分からないのかそう聞き返した。
「こうやって頭を少し下げているだろ?
これは、こいつが相手のことを認めた時にやる動作なんだよ。」
そう言って終は麒麟の説明を始めた。
「前も話したと思うけど、
麒麟はちょっと癖のあるやつでな。
自分が認めた、もとい自分が好きになった人間じゃないと
背に乗せてくれないどころか近づいただけで威嚇したりするんだよ。」
終は麒麟に興味を持って近づき、触れようとした旅人が
危うく麒麟に蹴り飛ばされそうになったところを
必死になって止めた時のことを思い出し苦笑いした。
「だから、これは俺としても嬉しい事なんだよね。
俺の友達を俺の相棒が認めてくれたってことだからな。」
終はニカリと笑った。
「・・・そう」
恋は、まだ少しだけ頭を下げている麒麟を見つめた。
それを見て終は彼女から視線を逸らし空を見上げると、
この結果が当然であることだと思っていた。
自分に似た性格の麒麟が、彼女のことを好きになっても
嫌いになることはないだろうと考えていたからだ。
「・・・しゅう」
終がそんなことを考えていると恋の声が彼の耳に届いた。
その声が何故か少し困っているように聞こえたので彼は彼女の方を見た。
そこでは麒麟が彼女に対してグイグイと頭を寄せており
恋は少し困った顔で彼を見ていた。
「・・・それは、きっと撫でてほしいんだよ。」
終にそう言われて恋は麒麟の頭に手をやり、優しく撫でた。
麒麟は終に撫でられた時と同様に目を細めた。
恋は、それを見て少し微笑んだ。
「どうだ、恋。
俺が言った通り、一緒に居て楽しいやつだろ?」
「・・・(コク」
恋は終の言葉に小さく頷いた。
まだ少ししか触れ合っていないが
麒麟が彼と同様に悪い存在ではないと分かったからだ。
終は、その反応を見ると嬉しそうに頷いた。
「・・・さて、恋。
俺が何で城の外にお前を連れて来たのか、分かるか?」
「・・・きりん・・あわせる・・ため?」
「半分正解、半分不正解。
当たっているが、当たっていない。」
「・・・?」
終の言った言葉に恋は首を傾げた。
「まぁ、これは約束の履行って意味じゃ合ってるんだけどな。
ちょっとした贈り物って意味じゃ合ってないんだよね。」
「・・・??」
恋は意味が分からないのかしきりに首を傾げている。
「そうだねぇ・・・
お前にも分かるように説明するとするか・・・」
終は竹籠を彼女に渡すと麒麟に跨った。
恋は突然竹籠を渡されて戸惑ったが何とか落とさずに持った。
「しゅう・・・・」
少し不機嫌そうな顔で恋は彼の名前を言った。
「いや~、やっぱ渡す前に声掛けた方が良かったか?」
「・・・・」
終の反省の色がまったくない返答に恋は睨みつけることで答えた。
「ははは・・・・
そんな顔しないでくれよ。本気で怖いから。」
終は頬をひくつかせながら無理に笑みを作った。
だが、彼女は睨むのを止めなかった。
「・・・すいませんでした。」
終は完全に笑顔を無くすと馬上にありながら
まるで地面に頭を擦りつけていると錯覚しそうなほど頭を深々と下げた。
「・・・(コク」
恋は、『分かればよろしい』とでも言うように頷いた。
そしてどうして行き成り自分に竹籠を渡したのか聞いた。
「う~ん、どう説明すればいいのかなぁ。
・・・まぁ、一言で纏めてしまえば、」
終は腕を組んで唸った後、組んだ腕をほどき頭を掻いた。
「かっこつけようとした結果だな。」
「・・・・・?」
恋は終がまた訳のわからないことを言ったため首を傾げた。
彼は「やっぱり俺には時期を読む能力が・・・」っと呟いていた。
「・・・しゅう」
「ん?ああ、そうだったな。」
終は名前を呼ばれると呟きを止めた。
そしてコホンっと態とらしく咳払いをした。
「・・・説明する前に聞きたいことがあるんだが、
本当に今から数日間、何もすることはないんだな?」
「・・・(コク」
「よし。じゃあ、次の質問。
お前が何時も戯れていた動物たちだが
あいつらは、お前がいなくても平気なのか?」
「・・・・・・(コク」
「なら良し。
・・・で、最後の質問だが、
お前は城の外に出ても大丈夫な女か?」
「・・・?」
恋は、その質問の意味が分からず首を傾げた。
何となくそんなことになるだろうと予測していたのか
終は、頭を掻きながら「やっぱり、分からないか」と呟いた。
「仕方がねぇな。
はっきりと言おう。」
終は笑顔で恋に手を差し伸べた。
「恋、俺と一緒に旅をしねぇか?」
「・・たび?」
恋は彼の言葉を聞き返した。
「そう、旅だ。」
それに終は大きく頷いた。
「まぁ、旅って言っても大したものじゃねぇよ。
お前をちょっとした場所に連れて行くだけだ。」
終は笑顔のまま恋に説明した。
「・・・・どうして?」
恋は何故彼がこんなことをしようとするのか理解できなかった。
いや、そもそも自分と同じ年くらいの子供に
行き成り『旅に出よう』と言われて手放しで理解できる子供が居る訳がない。
だから、彼女はその真意を問いただした。
「・・・これは本当のところを言うと、
お前との親睦を深めるために考えた計画だったんだ。」
終は、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「だけど昨日のあれで親睦を深める必要がなくなった。
つまり、この計画を実行する本来の目的が無くなった訳だ。」
「・・・・」
「なら何故今それを実行しようとしているのか?
その理由は、お前にある。」
「・・れんに?」
恋は彼にそう聞き返した。
一体自分がどうしたの言うのだろうか?
彼女の疑問は彼の次の言葉で解かれることになった。
「・・・お前、まだ丁原さんの話が頭の片隅にあって離れてないだろ?」
「・・・!」
恋は驚いた表情で彼を見た。
「図星みたいだな。」
「・・・・・・・」
恋は暗い表情になると視線を地面に落した。
終の励ましを聞いて幾分か気分は楽になったが
やはり、無事な姿を見ない事には心配なのである。
(・・・まぁ、あれ聞いて心配しない方が無理って話だよな。
事実、俺も母上が無事かどうか今すぐ知りたい気分だし。)
終は、その姿を見て『自分も人のことは言えないか』っと自重気味に笑った。
「お前は俺の友達だ。
だから友達が暗い気分になっている時は、
やっぱりそれをどうにかしたいと思うんだよ。」
恋の俯いている姿を見ながら終は言葉を続けた。
「まぁ、そんなことだからさ。
この計画をお前を元気づけるためにしようと思ってここに連れて来たんだ。」
終は、そう言って説明を締め括った。
そしてまた手を差し伸べた。
「嫌なら嫌と言っても俺は一向に構わない。
ただし、来るって言うなら飯を腹いっぱいに食べられなくなって
何回も野宿を繰り返す覚悟はしてもらうぞ。」
終は少しキツメの口調でそう言った。
恋は悩んだ。
本当に彼について行っていいのか?
本当に彼を信じて良いのか?
彼女は、ゆっくりと視線を上げた。
そこには太陽を背にして笑顔で自分に手を差し伸べている終の姿があった。
「どうするんだ?恋。」
彼がそう問いかけて来た。
その時、恋は無意識のうちに彼に手を伸ばしていた。
「・・・それが答えか?」
「・・・(コクリ」
恋は大きく頷いた。
彼女の瞳にもう迷いはなかった。
「よし!!
じゃあ、セキトを抱いて俺の前に座りな!」
終は満面の笑顔になると麒麟に膝をつかせ彼女にそう指示した。
恋は竹籠を右に持ち
セキトを左腕で抱きかかえると麒麟に跨った。
終は、すぐに麒麟を立たせた。
視界が一気に広くなる。
「行くぜ麒麟!!
『あの場所』に恋とセキトを御招待だ!!!!」
終がそう叫ぶと麒麟は、
それに答えるように大きく嘶き、
城門に背を向け広い平原へと駆けて行った。




