いえなかった、おれい
~并州・城門前~
縁が出陣の話をしてから
あっと言う間に七日が過ぎて行った。
その七日と言う過程でも
彼の周りは大きく変化していた。
まず、城下の人口が明らかに減っていた。
今城下に残っているのは、
一部の人間を除きここで生まれ育った者達だけである。
次に母である縁と話す機会が減った。
彼女が今日の話をした翌日から政庁内だけでなく
城内までもが何処となく張り詰めた空気になり
武官や文官達が話す余裕もないほどに動き回っていた姿は彼の記憶に新しい。
その中心とも言える場所にいた縁の姿も
そして最後に大きく変わったことが
彼が近づいても呂布が逃げなくなったことである。
縁が出陣の話を自分にした日と同じ日に
彼は城壁にて夕日を見、偶然居合わせた彼女と会話した。
その翌日の朝、
終が食堂へ向かうとその入り口で彼女は立っていたのだ。
そして彼を見つけるといきなり「なまえ・・・」と聞いてきた。
その時、終は
「一度言ったはずだが」と言ったが呂布から
「・・わすれた」と言われてかなり傷ついた。
兎にも角にも呂布と友達になる切っ掛けを掴んだ彼であった。
その後、縁と共に居られる時間が減った代わりに呂布と共に居る時間が増えた。
近づいても逃げなくなったため出来るようになったのである。
そして彼女の元へ行く度に彼は彼女に話しかけるが、
そこまで心を許した訳ではないようで彼が話しかけてもほとんど無視している。
だが、その代わりに彼女の方から話しかけることは稀にあった。
彼が今、并州の城門の外に立っているのも
彼女が「みおくり・いく・・」と言ったからである。
(まあ、言われなくても行くつもりだったんだがな。)
目の前の光景を見ながら終は思った。
門の方を向き
各々の武器を手に持ち整然と並ぶ兵士たち
その兵士たちの先頭に立ち馬に跨った武官たち
そして、自分の前に立つ二人の女性。
彼の母である縁とその親友の信である。
「・・似合わないですね。母上。」
終は、戦場に向かう前の縁の姿を見て、思った通りのことを言った。
「言ってくれるな、私もそう思っているのだからな。」
それをやや苦笑い気味で縁は返した。
「でも、中々かっこいいですよ。」
終は、これもまた思った通りのことを言い、笑顔になった。
「・・ふん」
それを縁は口元に笑みを浮かべ鼻で笑って答えた。
その隣では
「・・いって・・らっしゃい・」
呂布が何時もの無表情で信に見送りの言葉を送っていた。
「ああ・・・行って来る。」
その言葉に信はそう返した。
「・・・きをつけて」
呂布が静かに信に告げた。
「分かってる、お前も元気で居ろよ。」
それに信は頭を撫でながら笑顔で答えた。
「丁原様、仁玲様、時刻でございます。」
一人の兵士が二人に報告した。
二人の雰囲気が先ほどまで出していた
優しいものと打って変わって刃物のような鋭いものになった。
そして二人に背を向けると馬に跨った。
信が何かを叫び兵士たちがそれに呼応する。
だが、終には信の声も兵士たちの声も聞こえなかった。
その光景を見ながら思ったことがあったからだ。
(・・・似合わなねぇな。
母上たちも、武官の人たちも、兵士の人達も・・・)
終は武器を掲げながら叫んでいる軍を見てそう思った。
(戦う前の人間の姿って奴なのかな?
あれ・・・見ていてあまり気持ちの良いものじゃないな。
いつも見ている人達が、突然何かに取り憑かれたみたいに変わる瞬間って奴は)
「・・本当、見てて胸糞悪ぃな。」
顔を顰め、不機嫌そうに彼は呟いた。
「全軍!出撃!!」
信が大きく叫んだ。
その声で終は意識を現実に引き戻された。
気がつけば何時の間にか演説は終了しており、軍が動いていた。
(・・・もう行っちまうのか。)
寂しくなるな、と彼は考えた。
呆けたように次々と城から離れていく兵士たちを終は見ていた。
その時、彼は白馬に跨る母の姿を見つけた。
その顔は、七日前、自分にこのことを話した時に比べると
まだ良くなったように彼には見えた。
だが、同時にまだ何処か危うい気配を持っているように彼は感じた。
「・・母上!」
終は、突然彼女の背中に声を掛けた。
縁はその声に反応してその場に立ち止り振り向いた。
そして相変わらず鋭い気を纏った目で彼を見た。
「・・・あれだけのことを母上に言った手前です。
今更泣き言は言いません。
ですが・・・」
言葉を切り、息を大きく吸った。
そして終は決意したかのように縁を見据えた。
「約束してください。
必ず帰って来ると。」
その言葉に、縁は一瞬驚いたように目を見開いたが
ふっと優しく微笑み、手を挙げると
彼に背を向け平地の向こうへと去って行った。
「・・・行っちゃったな~」
縁の姿が見えなくなると終は寂しそうに笑った。
「行ってしまいましたね」
呂布が立っているはずの位置から男の声がした。
終は「はっ?」と間の抜けた声を出すと
自分の隣に立っている人物を見た。
その場所にはつい最近仲良くなり始めた呂布・・・
ではなく并州に着いた折に会った、并州一の食事処の店主である親父が立っていた。
この親父はここに残った一部の人間の一人である。
「・・・親父さん、何時からそこに?
と言うか呂布は何処に?」
「呂布ちゃんなら、軍が去って行ったと同時に城の中に入りましたよ。」
終がやや困惑気味に問いかけると親父は城の方を指さしながら答えた。
終は城の方を向くとはぁ、とため息を吐いた。
「・・距離が縮まってるのか、いないのか・・・
なんか不安になってきたな~。」
「心配しなくても縮まってますよ。」
終の心配そうな呟きに親父はそう答えた。
「前の呂布ちゃんなら
あなたの隣に立つこと自体がなかったでしょうから。」
「まあ、そうですね。」
親父の言葉に終は頷いた。
まさに彼の言う通りだからである。
「じゃあ、諦めずに頑張ってみますか。」
終は大きく伸びをすると城の方へ歩いて行った。
その後に親父がクックと喉を鳴らして笑いながらついて行った。
それから二人は何も話さずに親父の店に着くまで黙って歩いていた。
「では、私は仕事がありますからな。
また会いましょう。」
親父は、店の前に着くと終にそう言って中に入ろうとした。
「・・行く前に一つ聞いていいですか、親父さん」
終の言葉がその親父の足を止めた。
「・・・何ですかな?」
親父は振り向かずに彼に聞いた。
終は一呼吸すると、質問をした。
「親父さんはどうして
ここに残ったんですか?」
「・・・」
「・・俺が見た限りここに残っている人達は大きく分けて二つ。
ここで生まれ育った人達と、丁原さんに恩がある、
もしく丁原さんを慕っている人達です。」
終は、この七日間。
政庁内に居る文官達の話、城下に住む人々の様子から
この二つが今城下に残っている主な人々であると考えていたのだ。
「親父さんは別にここで生まれた訳でもなければ、
丁原さんにそこまで深い恩もあるとは思えません。」
だからこそ彼は疑問に思ったのだ。
その二つのどちらでもなく、ここに残った親父に
「何よりあなたは商人です。
別に偏見するわけではありませんが
商人とは利を重要視するものだと母から聞いたことがあります。」
商人とは、己の利益を考えて動く者である。
そんな縁の言葉を彼は思い出していた。
「・・はっきり言って、この戦は勝ち目が無いと
ここに残っている皆が思っているはずです。
速く家財を纏めてここから出ていけば
ここが襲われて店が無くなったとしても
次の場所でまた店を開き利益を得ることができる。
子供の俺ですら考えられることです。
大人の貴方が考えられないわけがない。
なのにそれをせずにここに残った。何故ですか?」
終は親父の答えを待った。
「・・・私がここに残っている理由は
あなたと同じですよ。」
親父の予想外の返答に終は困惑した。
「俺と・・同じ?」
「ええ、そうです。同じです。」
終の言葉にはっきりとそう答えた。
「あなたは、あの二人が率いられる軍が負けると思っているのですか?」
親父は終にそう問いかけた。
それに終は答えることが出来なかった。
「思っていないのでしょう?
彼女たちが引き連れた軍が負けるなどと」
親父はクックと笑った。
「理由もなく、確信もない。
しかし何故か負けることが考えられない。
・・・そう思われている人物が戦場では必ず勝つのですよ。」
親父はそう言うと店の奥に入って行った。
(・・なるほどね。)
終は店を眺めながら考えた。
(確かに勝つことが確定しているのならば態々焦って逃げる必要はないな。
そんなことするぐらいなら終わった後の準備をするのが建設的だ。
・・・まあ、親父さんのことだからどうせ負けた場合のことも考えて
準備をしてあるだろうけどね。)
そう結論を出すと顔に笑みを浮かべた。
「・・・商人は、利を重視する者である。
・・母上の話も、ある意味では間違っていないな。」
終は口でそう言いながら、何処か納得したような表情をして店を後にした。
それから五日後
特にこれと言った異変もなく、
終は呂布と積極的に関わりながら
書物を読むか剣を振るかして毎日を過ごしていた。
終は、今政庁の庭園にある東屋で本を読んでいた。
特に順番も何も考えずに選んだものではあるが
彼にとって、それは些細な問題である。なぜなら、一度読んだら忘れないのだから。
そんな彼が読んでいる本には『史記』と名が書かれていた。
(・・・圧倒的な武勇を持ち、匈奴から『飛将軍』と恐れられるも
晩年にはそれに陰りが見え始め、最後には憤慨して己の首を切り自害する・・・か)
椅子に座りながら終はその人物の記録を読んでいた。
(李広・・・下の者を思う心を持つ清廉の士。
老いのために己の命を己自身の手で狩ることになった悲運の将・・・)
終は一旦本から目を離した。
「・・武勇はまさに天下一と呼ばれるものだった。
初めのころはその武勇を持ってその名を轟かせた。
だが、晩年にはそれもただの過去の話となり、不運にも自害する結果に陥った。」
そう改めて李広という人物を口に出して言うと動物たちと戯れている呂布に目を向けた。
(・・あいつも、他と一線を画する力を持っている。
必ず天下に名を轟かす人物になる。だが、その後は?
天下に名を轟かせた後、あいつはどうなるんだ?
この人のように、悲運な人生を送ってしまうのか?)
終は呂布の笑顔を何処か不安そうな顔をして見ていた。
「・・?なに?」
呂布はそんな終の様子に気がつくと怪訝そうな顔をして聞いた。
「・・いや、何でもないよ。気にすんな。」
終は頭を左右に振ると何時もの笑みを浮かべてそう言った。
「・・・そう」
呂布は何処か疑う素振りを見せながらも
自分にはどうでもいい事だろうと判断し、再び動物たちと戯れ始めた。
「・・分からんものを考えても
どうしようもない、な」
終はそう呟くと読書を再開した。
(次は匈奴のことか・・・)
それからまたしばらく時が経った。
「・・・もうこれくらいで良いかな。」
終は空を見上げ太陽の位置を確認した。
呂布は既に動物たちと戯れ終えており庭園にいるのは彼だけだった。
終は本を閉じ食堂へ向おうとした。
だが、彼はそこから動かなかった。
本が完全に閉じる前に
一瞬だけはっきりと見えた名があったからである。
(・・何だ?)
終は何故かその場所から動けなかった。
その名前が自分の脳裏に焼き付いて離れなかった。
彼の脳が彼に『読め』と命じる。
(・・・飯食ってからでも読めるって言うのに)
そう思いながらも終はそこに座っていた。
自分が何故その名に興味を持ったのか気になるのと
速く読んでこの脳の命令を止めて昼を食べに行きたいのとの半々であった。
彼は閉じてしまった本を捲り始めた。
(魏其武安侯列伝、韓長孺列伝、李将軍列伝、匈奴列伝・・
これの次・・・あった!)
終は、そこで捲るのを止めた。
(衛将軍驃騎列伝・・)
終はそこに書いてある一つの名に目を止めた。
一瞬見えただけで自分の脳内に深く入りこんだ名前。
多くの文字で埋め尽くされた書物の中で
はっきりと見えたその人物の名前。
その名は
「霍去病」
終は小さくその名を呟いた。
(・・・この人が、どうかしたのか?)
終は、その部分を読もうと目を動かした。
その時、誰かに肩を掴まれた。
「・・何故ここに居るんだ、呂布。」
終は自分の肩を掴んだ、本来ここに居る筈のない人物、呂布に問いかけた。
「おまえ・・いつまでたっても・・こなかった。」
呂布は若干睨みつけながらそう言った。
「まってたら・・・もっとおなかすいた。」
そして自分の腹に手を当てた。
「・・・だったら先に食べてれば良かったろ?
何で態々俺を待つことにしたんだ?」
終は疑問に思ったことを聞いた。
呂布に逃げられないようになって此の方
自分が彼女が来るのを予測しその場に待っていることは多くあったが
彼女が自分を待つことは殆どなかった。
終はそこに疑問を抱いたのだ。
呂布は少し難しそうな顔をすると
一旦目を瞑り、何時もの無表情に戻すと彼の問いに答えた。
「・・・・・ひとりじゃ・・・・さびしいから。」
呂布は素直にそう言った。
この数日間、食事をするときには何時も彼が隣にいたため
彼がいないと何処となく違和感を感じるようになったのだ。
「・・・」
呂布の以外過ぎる返答に終は驚きを通り越して呆然とした。
「・・・いく。」
呂布は彼が意識を取り戻すのを待たずに彼を引きずるように食堂へと向かった。
終は、右手に読みかけの本を持ちながら
呂布の引き摺る力に抵抗することなく引き摺られて行った。
(・・・何故こうなった。)
終は呂布の隣を歩きながらそう思った。
食事を終えた後、彼は『霍去病』について読もうとしたが
いきなり彼女に襟首を掴まれ「・・・さんぽ」という彼女の呟きとともに
本を読む間もなく連行されたのだ。
(全く訳が解らない。
確かに近づいて逃げなくなるほど
仲が良くなったのは自覚していたが、ここまで良くなった覚えはないぞ?
いや、別に嫌な訳ではない。寧ろ嬉しいと思っているぐらいだ。
だが、何故急に・・・)
終は自分の隣を歩く呂布を見た。
街に出た時と変わらず、無表情で歩いていた。
「・・なあ、呂布。」
「・・・」
「・・・何で散歩するのに俺も連れて行くんだ?」
終は何故自分を連れていくのか呂布に聞いた。
「・・なんとなく」
呂布はちらりと彼を見ると
視線を正面に戻し、そう答えた。
そう、彼女の行動に他意はなかった。
単純になんとなく彼を連れて行こうとそう思っただけなのである。
(ははは、はぁ。
なんとなく、かぁ。
そんな気がしないでもなかったんだよね~)
終は若干涙目になりながら空を仰いだ。
「・・・」
そんな終を横目に呂布はまっすぐ歩いた。
終も彼女を見失わないように彼女の後について行った。
「ところで呂布。
散歩ってどこまで行くつもりなんだ?」
「・・・」
「・・・(やれやれ、珍しく答えてくれたと思ったらこれかよ・・・)
・・そう言えば、あの犬とか猫とかほっといても大丈夫だったのか?
お前がいなくなって政庁の中をうろついたりしてるんじゃないか?」
その質問を終がすると呂布はその場に立ち止まった。
「?どうし・・・」
終は突然呂布が止まったことに疑問を持ち彼女に声を掛けようとした。
だが、それも彼女の視線の先にある光景を見て沈黙した。
そこにはここに残ったのであろう数人の男たちが居た。
その男たちは明らかに柄の悪い恰好をしており
誰が見ても『良い人』とは言えない風貌をしていた。
(・・・まさか、こんなときに『大半以外の一部の人間』に会うとはね)
終はそう思いながら、縁が出陣する前夜に自分に話したことを思い出した。
『良いか、終。
私たちが出陣した後、外出はなるべく控えろ。』
『?何故ですか?』
『・・一言で言うなれば危険だからだ。』
『危険?』
『お前は私や信、常山の村の人達や
この并州の良い人達を見ているから、人間の黒いところにはかなり疎い。
・・・まあ、それが良いことではあるのだが、お前も大人になる以上
人の『暗部』というものをしっかり知っておいた方が良い。
・・人はお前が思っているよりも弱い生き物なんだよ、終。』
『・・・』
『・・・今、城下にはほとんど人が居なくなっている。
そんな状況で出陣すれば、空き巣や盗人と言った類の人間が出てくる。
多分、少数の警備の兵程度は置いていくと思うが
それでもそう言った連中は必ず出てくるだろう。
だから、それにお前が襲われないか心配なんだよ。』
『俺が襲われるほど弱いと思ってるんですか?』
『いや、全く思ってない。
寧ろ返り討ちにするだろうな。』
『じゃあ、何で俺がそいつらに襲われるのが心配なんですか?』
『・・・お前がそいつらを倒した場合
間違いなく私に面倒事が回って来るからだ。』
『・・・結局、自分の仕事を減らしたいだけじゃないですか。』
『ふん、何とでも言うが良いさ』
終は、その時腕を組んで堂々と言った
縁の姿を思いだしふっと口元に笑みを浮かべた。
(本当、あの人は・・・)
だが、終の思考はすぐに現実に戻された。
呂布があの集団に向かって歩きだしたからだ。
「ちょ?!呂布!待てよ!」
終は呂布が突然男たちに向って
歩きだした事に驚きつつも彼女の後について行った。
「ぁあ?んだてめぇら?」
一人の男が二人に気付き威嚇するように睨みつけた。
「・・・」
呂布はそれを意にも止めずその中心にあるものを見た。
それに釣られて終もそれを見た。
それは犬だった。
赤茶色の毛並みをした、小さな犬。
所々に蹴られた跡があり、痛ましい姿をしていた。
終はそれを見て何故呂布が態々こんな集団に近づいたのか理解した。
同時に彼はこれから呂布が男たちにするであろうことを予測し
いつでも動けるような体制を取った。
「聞いてんだよ!コラァ!!」
男が呂布に掴みかかろうと手を伸ばした。
だが、次の瞬間、男の体が宙を舞った。
その光景に他の男たちは唖然としていた。
視線の先にはピクピクと痙攣している男がいた。
そして男たちの視線が今度は呂布たちに向けられた。
呂布は右手を突き出す形で静止しており
彼女が仲間を殴ったのだということが男たちには容易に理解できた。
「・・ゆるさない」
呂布は抑揚のない声で、しかし怒りを露わにしながら男たちを睨みつけた。
「この餓鬼!!」
男たちが一斉に呂布に襲いかかった。
「餓鬼共、でしょ?」
終はそう言うと呂布の隣に立った。
そしてちょうど自分の真正面にいた男の顔面に拳を減り込ませた。
男は後ろにいた男たち諸共後ろに吹き飛ばされた。
すぐに別の男が左から殴りかかって来たが
それを軽く躱すと男の腕を蹴り上げた。
男の腕はボキッという音と共に圧し折れた。
男が自分の腕を掴みながら体を前に屈めると
終は容赦なく男の後頭部を殴りつけた。
男は顔面を地面に叩きつけられ
先ほどの男と同じように気絶した。
ドゴッ
隣から何かが地面に叩きつけられる音が聞こえた。
終がその方に目を向けると
呂布が一人の男の頭を掴み、思いっきり地面に減り込ませている光景があった。
後ろから別の男が掴みかかるが呂布はその男の腕を掴むと
頭を地面に減り込ませている男の上に勢いよく叩きつけた。
下になった男は頭以外の個所も地面に減り込ませる羽目になり
その上になった男は背中に強烈な衝撃を受けて地面を転がっていた。
その男に対してさらにおまけとでも言うように頭を踏みつけた。
「はは~、やっぱやるね~」
その光景を見て終は顔に何時もの笑みを浮かべながら呟いた。
「余裕かましてんじゃねぇぞ!!」
終が呂布の様子を見ていると
彼が最初に殴った男と供に吹き飛ばされた男たちが
気絶した男を除け、彼に襲いかかった。
終は呂布から男たちへと視線を移すと
足元にある石を男たち目掛けて蹴り飛ばした。
その石は先頭の男の側面を横切りその後ろの男に当たった。
自分の後ろにいる男が倒れるのを見て先頭の男は思わず後ろを振り返ってしまった。
その隙を彼が見逃すはずが無く男に向かって走ると
剣を鞘から抜かない状態で腰から引き抜き。
大きく飛び上がるとその男の頭に勢いよく振り下ろした。
ゴッ
鈍い音と共に頭に強い衝撃を受けた男はそのまま前のめりに倒れた。
終は念のために残心したが、男が動くことはなかった。
終は自分の周囲を確認し、
もう男たちが襲いかかって来る心配もないことを確認した。
そして、改めて呂布の方を見た。
「・・・」
呂布は疲れた様子もなく、
襲いかかった男たちを全て撃退し終えていた。
彼女の周りに倒れている男たちは全員地面に減り込む形で倒れていた。
光景だけで言うなら、終よりも呂布の方が悲惨である。
(・・自業自得とは思っても
流石にこれには同情するね。)
終は痙攣すら起こさず地面に減り込む男たちを見て
本当に生きているのか心配したが取り合えず呼吸をしているのを見て安心した。
呂布はもう自分に襲いかかるものがないと感じたのか
それを一瞥することもなく犬に近づいた。
「だいじょうぶ?」
呂布は犬を抱き上げるとそう犬に問いかけた。
犬はそれに答えることが出来ないほど弱っているのか
泣くこともなく小さく震えている。
「・・ひどい」
呂布はその様子を見ると小さく呟いた。
顔を俯かせてしまっているため終から彼女の表情を覗うことは出来なかった。
だが、彼女が悲しんでいることだけは理解できた。
「・・呂布」
終は、呂布に近づくために歩を進めた。
その時、彼は気がついた。
建物の間の小さな通路
その通路からこちらの様子を影から見ている男が居ることに
そしてその男が手に武器を持って呂布に襲いかかろうとしていることに
「っ!呂布!!」
終は犬を抱きながら未だ事態に気付いていない呂布に大声で呼びかけた。
同時に男が動いた。
「チィ!」
終はそれに舌打ちすると全速力で駆けだした。
(間違いねぇ、あいつは呂布に何かする気だ!
単純に襲うのか、それとも攫うのか分からねぇが
どっち道にしろ碌なことにならねぇのは確かだ!!)
彼は駆けた。
あの男が呂布にする何かを阻止するために
だが、先に動いた男と後に動いた終とでは
男の方が先に呂布の場所にたどり着くことは目に見えていた。
(何か手段は・・・)
そう考えた時、終は右手に握っている自分の剣に目が入った。
(これしかねぇ!!)
終は腕に力を入れ、その場で足を踏ん張り
剣の鞘の部分を掴むと投げる体制に入った。
「間に会えぇぇぇぇ!!」
そして剣を男に向かって勢いよく投げた。
剣は真っ直ぐ男へと向かっていき
呂布に触れられるほどの距離まで男が近寄ったところで
その男の頭に見事に命中した。
男は横倒れになるとそのまま気絶した。
呂布は自分のすぐ傍で何かが倒れる音に反応したのか
俯かせていた顔を上げた。
「呂布!!」
終は呂布に駆け寄った。
「大丈夫だったか?!
怪我はねぇか?!」
終はそう聞きながら呂布の前に座った。
「・・・(コク」
呂布はそれに首を縦に振ることで答えた。
「そうか、良かった。」
終はそれを確認すると安堵した。
「でも・・このこが・・・」
呂布はそう呟くと犬を見せた。
「大丈夫だ。
動いているからまだ生きている。
生きてれば如何にかなるもんだよ。」
終はそう言うと呂布の肩を叩こうとして止めた。
「まあ、だからと言ってほっといてもいいもんじゃないし
とりあえず政庁に連れて帰ろう。ここじゃ何もできないからな。」
「・・(コク」
呂布はそれに頷くと終と供に政庁へと駆けた。
~政庁内・客室~
「これで良いかな。」
終は最後の包帯を結び終えるとそう言った。
呂布は彼の後ろから犬を見た。
犬は体中に包帯を巻かれ布の上に寝かされていた。
まだ、小さく震えているが呼吸をしっかりとしている分
先ほどよりも良くなったようである。
「いや~、それにしてもまだ医者がここに残っていて助かったよ。
すぐに打撲とかに効く薬をくれたしね。」
(って言っても『犬用』じゃなくて『人間用』だけどな)
「・・・(コク」
呂布はそれに同意するように首を縦に振った。
そして犬に近寄るとその頭を優しく撫でた。
その顔は、他の動物たちに向ける時のような優しげな表情だった。
(・・・こんな顔も出来るのになぁ。
いや、むしろこの顔を間近で見られること自体が幸せなのかな。)
終は、そう考えるとふっと笑顔になった。
呂布に撫でられて安心してきたのか
犬の震えはだんだんと治まって行った。
(・・もう大丈夫そうだな。)
終は部屋から出ようとした。
「・・まって」
それを呂布が呼び止めた。
終は入り口で止まると呂布の方に振りかえった。
呂布は彼が振りかえったのを見ると終の顔をじっと見つめた。
「どうした?何か言いたいことがあるのか?」
終は呂布にそう質問した。
それに呂布は頷いた。
「じゃあ、言いなよ。」
終はそう促した。
呂布はコクリと頷くと言葉を放とうとした。
だが、それが声として出ることはなくもごもごと彼女の口が動くだけとなった。
終はもう少し聞こえるように言うよう促したが
結局、言葉は口の中で留まるだけとなった。
沈黙が部屋を包み込む。
「・・・まあ、今言えないなら
言えるようになった時に言ってくれればいいよ。」
終はそう言うと部屋から去って行った。
呂布は黙って彼が部屋から出ていくのを見つめていた。
「・・・おれい・・いえなかった」
終が去って行った部屋の中で
そんな呂布の呟きだけが残った。
犬だから見た目だけで性別判断できないorz
まあ、大して問題はないと思いますけどね・・・多分




