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おかえり、琥珀  作者: 月白ゆう


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12/13

第12話 琥珀色の夜

 こはくの家までの道は、昨日より短かく感じた。

 玄関の前まで来ると、こはくが鍵を取り出す。


「ただいま」

「……誰もいないだろ」

「秋人がいるから」

「そういうものなのか?」

「僕にとってはね」


 鍵を開けて、こはくが先に中へ入る。


「先にお風呂入る?」

「いや。飯、何か手伝う」

「秋人が?」

「何だよ」

「……なんか、いいね」

「何が」

「秋人が僕の家で料理してるの」

「手伝うだけだろ」

「それでもいい」


 鞄を置いて、キッチンへ向かう。


「何作る?」

「豚肉と野菜が残ってるから、炒めようと思ってた。あと味噌汁」

「じゃあ、俺は野菜切る」

「お願い」


 冷蔵庫からキャベツと玉ねぎ、人参を取り出す。

 玉ねぎをまな板に置いて包丁を入れると、隣から声がした。


「ずっとやってみたかったんだ」

「……何を?」

「こういうの」

「こういうの?」

「秋人と一緒に料理するの」


 包丁を持つ手が止まった。


「……そんなに?」

「うん」


 こはくが豚肉をフライパンに広げる。


「秋人」

「ん?」

「明日の夜も来る?」

「……まだ今日の夜も終わってないだろ」

「そうだけど」

「気が早い」

「だって、帰っちゃったら寂しいから」

「また会えばいいだろ」

「明日も?」

「ああ」

「じゃあ、来て」

「……分かった」

「本当に?」

「何回確認するんだよ」

「何回でも聞きたい」

「面倒くさいやつだな」

「秋人相手なら面倒くさいやつでいいよ」

「何だ、それ」

「何だろね」


 こはくがフライパンを覗き込む。


「火、強くないか?」

「大丈夫」

「焦げるぞ」

「見てて」

「はいはい」


 こはくが野菜を加える。

 俺は味噌汁の鍋にだしを入れた。


「秋人」

「ん?」

「明日も来てくれるんだよね」

「さっき約束しただろ」

「もう一回聞きたかった」

「……分かったから、今度は肉を見ろ」

「うん」


 こはくがフライパンに向き直る。


「できたよ」

「早いな」

「昨日より手際よくなったでしょ」

「昨日も十分だったよ」

「じゃあ、今日はもっと褒めて」

「調子に乗るな」

「褒めて」

「……うまい」

「それ、食べる前から言う?」

「じゃあ、食べてからな」

「約束ね」


 炒め物を皿に盛り、味噌汁をよそう。

 二人分の料理を並べて、向かい合って座った。


「いただきます」

「いただきます」


 一口食べる。


「うん。うまい」

「本当?」

「ああ」

「よかった」


 しばらく箸を動かしてから、ふと顔を上げた。


「……なあ」

「何?」

「お前って、普段ここで一人なのか?」

「うん」

「仕事は?」

「遅くなることもあるけど、基本的にはここに帰ってくるよ」

「そうか」

「どうして?」

「いや……」


 部屋を見回す。

 家具も食器も、一通り揃っている。

 けれど、誰かと暮らしている家には見えなかった。


「……寂しくないのかと思って」

「寂しいよ。でも、今日は平気」

「どうして?」

「秋人がいるから」

「……俺、まだ二日目だぞ」

「二日でもいいよ。ここで、秋人と暮らせたらいいなって思ってた」

「いつからだよ」

「言わない」

「なんで?」

「恥ずかしいから」

「今さらだろ」

「今さらでも恥ずかしいの」

「……そうかよ」



 食器を流しに運び、二人で片づける。


「そうだ、秋人」

「ん?」

「一緒にお風呂入る?」

「……は?」

「一緒に入ろうよ」

「いや、待て」

「何?」

「何でそうなるんだよ」

「昨日、一緒に寝たじゃん」

「それとこれとは違うだろ」

「そう?」

「そうだよ」

「でも――」


 振り向くと、すぐ近くにこはくの顔があった。


「秋人がどんな顔するのか、ちょっと見たかった」

「お前な……」

「顔、赤いよ」

「うるさい」

「かわいい」

「誰がだ」

「秋人」

「調子に乗るな」

「ごめん」

「全然悪いと思ってないだろ」

「うん」

「認めるなよ」

「じゃあ、先に入ってくるね」

「ああ」


 こはくが浴室へ向かう。

 扉が閉まってから、残った食器を片づけた。

 それが終わるころ、浴室から声が飛んできた。


「覗いてもいいよ?」

「覗くか!」

「残念」

「何がだよ!」


 向こうから、こはくの笑い声が聞こえた。


「……あいつ」


 布巾を置く。

 さっきの一言が耳に残っている。

 ――一緒にお風呂入る?


「……無理だろ」


 自分で呟いて、また顔が熱くなった。

 しばらくして、浴室の扉が開く。


「秋人、お風呂空いたよ」

「ああ」

「まだ赤いよ」

「うるさい」

「ふふふ」

「笑うな」

「だって」

「いいから」


 追い払うように手を振ると、こはくがリビングへ戻っていく。

 俺はそのまま浴室へ向かった。

 湯船に浸かっても、さっきの会話が頭から離れない。

 ――一緒にお風呂入る?


「……ほんと、何なんだよ」


 目を閉じる。

 あいつの声が、鮮明に残っている。

 風呂から出ると、こはくがソファに座っていた。


「おかえり」

「風呂から戻っただけだろ」

「じゃあ、お疲れさま」

「何だそれ」


 こはくが隣をぽん、と叩く。


「ここ、座って」

「……近いだろ」

「昨日はもっと近かったよ」

「何言ってんの?」

「なにが?」

「……なんでもない」


 仕方なく隣に腰を下ろした。

 テレビをつける。

 何の番組かも確認しないまま、画面を眺めた。

 肩が触れそうな距離にいる。

 少し体をずらしかけて、やめた。


「秋人」

「ん?」

「今日、来てくれてありがとう」

「……何だよ、急に」

「言いたかったから」

「別に。俺が来たいと思っただけだろ」

「うん」


 テレビの音だけが部屋に流れる。

 しばらくして、肩にこはくの肩が触れた。

 離れることもできた。

 けれど、俺は動かなかった。


「秋人」

「ん?」

「眠くなったら、先に寝ていいからね」

「……お前は?」

「僕も一緒に寝るよ」

「そうか」


 またテレビに目を戻す。

 肩が触れたまま、二人で画面を眺めていた。

 昨日とは違う。

 それでも、もう離れる理由がわからなかった。

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