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書籍化:門番の俺、スキル【見送る】でいつの間にか国を救っていた件  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第二部 第五章

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剣士カインと託されし命の鎖 - 4

 西の防壁の穴は、ひとまず塞がった。

 泥と丸太を強引に積み上げ、村の男たちが雨の中で必死に補修(ほしゅう)を終えたのだ。

 だが、その代償はあまりに大きかった。


 カインは今、北の深森(しんしん)の中を走っている。

 目的は、薬草だ。

 村に備蓄されていた薬では、リアムの傷を塞ぐことができなかった。

 古老が語った、傷を塞ぐ特効薬である蒼月草(そうげつそう)を求めて、カインは単身で森へ飛び出した。

 

 雨は止まず、体温を容赦なく奪っていく。

 視界が泥のように濁り、足が(もつ)れた。


(……何をやっているんだ、俺は)


 地面に顔を伏せたまま、カインは荒い息を吐いた。

 泥の味が口の中に広がる。


 誰も死なせない。

 アイツ(オーク)から託された命を、一つも零さない。

 そのために壁を高くし、夜番を増やし、万全を期したはずだった。


 だが、その「万全」がリアムを血の海に沈めた。

 自分の慢心と、正論を拒絶した臆病さが、最も頼りにしていた男の命を削っている。


(守るための剣だったはずだろ)


 カインは震える手で地面を掴み、無理やり体を押し上げた。

 

(それなのに、俺が一番、皆を危険に晒しているじゃないか)


 肺が焼け付くように痛い。

 だが、ここで立ち止まることは、リアムを見捨てることと同義だった。

 カインは再び、昏い森の奥へと走り出した。


 やがて、木々の隙間に崩れかけた廃屋(はいおく)が見えた。

 意識が遠のく中、カインは這いずるようにしてその扉を押し開けた。


「……誰だ?」


 低い声がした。

 暗い廃屋の中には、数人の男たちがいた。

 雨外套の隙間から覗くのは、王都の騎士団が纏う白銀の(よろい)だ。

 その中心で腕を組んで座る、顔に深い傷を持つ巨漢――ボルグが、カインを鋭く睨みつけていた。


 カインは剣を抜く気力も残っておらず、そのまま土間に崩れ落ちた。

 「火を……貸してくれ」


 カインは震える手で、部屋の隅にある炉跡の薪に火をつけようとした。

 「無駄だ。そんな湿った木じゃ、火はつかねえよ」

 ボルグが吐き捨てるように言った。

 「俺たちもさっきから試してるんだ」


 だが、カインが火打ち石を一度叩くと、不思議なことが起きた。


 パチリ、と。

 小さな火花が湿った薪に落ちた瞬間、それは瞬く間に赤々と燃え広がった。


「……嘘だろ」


 騎士の一人が驚きの声を上げた。


 カインはその火を、ただじっと見つめていた。

 詰め所で見つめていた、あの奇妙に消えない火と同じだ。

 雨漏りの雫が落ちても、その火は決して消えることなく、カインの凍えた指先を確かに暖めた。


「不思議な火だな」


 ボルグが、火とカインを交互に見ながら言った。


「お前、どこの自警団だ。こんな嵐の夜に、一人で泥だらけになって何をやってる?」


 カインはすぐには答えなかった。

 だが、冷え切った体を包み込む小さな火の熱が、少しずつ彼の強張りを解かしていく。


「……北の、開拓村だ」

「ここからだと、かなり距離があるぜ。まさか、村を落とされたのか」

「……違う。薬草を探しに来た」


 ボルグは怪訝そうに眉をひそめた。


「薬草? こんな嵐の森でか。よっぽど大事な仲間が死にかけてるってわけだ」


 その言葉が、カインの胸の奥の最も柔らかい部分を無遠慮に抉った。

 張り詰めていた糸が、音を立てて切れるのが分かった。


「……ああ」


 カインは火に手をかざしたまま、掠れた声を出した。


「俺のせいで、リアムが死ぬかもしれないんだ」


「……急に何の話だ?」


 その冷ややかな声に、カインはハッとして我に返った。


「……そうだな。初対面の人間に話す話題じゃなかった。すまない、忘れてくれ」


 カインは口を閉ざし、再びうつむいた。

 ボルグは少しの間、無言でカインの泥まみれの顔をじっと見下ろしていた。

 やがて、短く息を吐く。


「……話してみろ」


 その声には、拒絶とは違う、静かな重みがあった。

 カインの肩が、微かに震え始める。


「俺が壁を厚くしろと言った。俺が部下たちを休ませなかった。……リアムは止めてくれたのに、俺は耳を貸さなかったんだ。あいつ、血まみれになって俺を庇って……」


 カインは両手で顔を覆った。


「村の奴らも、きっと俺を軽蔑しているはずだ。……俺は、最低の指揮官だ。あいつに顔向けできない……っ」


 自嘲と懺悔(ざんげ)が、薄暗い廃屋に響いた。

 騎士たちは顔を見合わせ、黙り込んだ。


 ボルグは、燃え続ける火を見つめたまま、静かに口を開いた。


「……失敗しない指揮官なんていねえ」


 カインは顔を上げた。


「俺も昔、判断を誤って仲間を死なせた。……取り返しのつかねえ過去がある」


 ボルグの横顔には、泥水をすすってきた者特有の凄みと、消えない傷痕があった。


「だがな、そこで立ち止まる奴はただの臆病者だ」


 ボルグはゆっくりとカインへ視線を移し、真っ直ぐに射抜いた。


「リアムがお前を信じて、背中を預けた事実は変わっちゃいねえ。失敗を糧にして前に進め。血を流しても進み続けるその不器用な背中に、皆は付いてくるんだ」


 カインは、ボルグの言葉に息を呑んだ。

 (俺の背中に、まだ付いてきてくれる奴がいるんだろうか)

 心の底ではまだ、その疑念が拭いきれない。


 その時だった。


「……っ!」


 カインが、弾かれたように顔を上げた。

 ボルグの部下たちも一斉に剣の柄に手をかけ、立ち上がる。


 雨音に混じって、泥をこすり合わせるような無数の足音が、廃屋の周囲を取り囲み始めていた。

 グルル、と低い唸り声が木々の隙間から響く。

 魔獣の群れだ。

 カインが流した血の匂いを追って、ここまでやってきたに違いない。


「……俺のせいだ」


 カインは震える足で立ち上がった。

 腰の剣を抜く。


「俺が、あんたたちを巻き込んでしまった。……俺が囮になって引きつける。あんたたちは、その隙に逃げてくれ」


 それは、カインなりの責任の取り方だった。

 自分の過ちで他人が死ぬくらいなら、自分が命を捨ててでも守る。

 第一部の雪山でオークがそうしたように、カインもまた、一人で全てを背負って終わらせようとした。


 カインが廃屋の扉へ向かって駆け出そうとした、その瞬間。


 ドゴォッ!


 鈍い音が響き、カインの体が土間に叩きつけられた。

 視界が明滅する。

 ボルグが、カインの顔面を容赦なく殴り飛ばしたのだ。


「……何の、つもりだ」


 泥まみれになって咳き込むカインの胸倉を、ボルグが片手で掴み上げて凄んだ。


「一人で死んで、責任を取った気になるな。そういう『悲劇の英雄』気取りが、一番周りを不幸にするんだよ」


 ボルグの怒号が、冷え切った廃屋に響き渡った。


「お前は指揮官だろうが。自分が死ねば丸く収まるなんて、甘えた考えは今すぐ捨てろ」


 ボルグはカインを突き飛ばし、自らも巨大な剣を背中から引き抜いた。

 彼の背後に立つ白銀の騎士たちも、一切の動揺なく陣形を組み始めている。


「俺たちを使え。お前一人で守れないなら、組織として守り抜け。……それが上に立つ者の責任だ」


 扉の外で、魔獣たちの咆哮が夜の森を揺らした。

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