剣士カインと託されし命の鎖 - 5
扉の外で、魔獣たちの咆哮が夜の森を揺らした。
ボルグが、迷いなく廃屋の扉を蹴り破った。
冷たい雨が吹き込む。
外には、闇に紛れて十数体の魔獣が目を光らせていた。
「陣形は三! 遊撃は俺がやる、他は防衛線を維持しろ!」
ボルグの号令とともに、白銀の騎士たちが一斉に散開した。
大盾を持つ者が前に出て魔獣の突進を受け止め、その隙間から長槍を持つ者が急所を突く。
誰一人として無理な突撃をしない。
一人の超人が全てを薙ぎ払うのではなく、全員の力で確実に敵をすり潰していく戦い方だった。
カインは、その光景を呆然と見つめた。
ここ最近のカインは、常に最前線に立ち、全ての攻撃を自分一人で受け止めようとしていた。
部下に怪我をさせたくないという強迫観念が、かつて彼が持っていたはずの連携という概念を奪っていたのだ。
だが、ボルグたちは違う。
背中を預け合い、互いの死角を完全に補い合っている。
「おい、突っ立ってんじゃねえ!」
ボルグの怒号が飛ぶ。
魔獣の一体が、陣形の端からカインに向かって跳躍していた。
カインは弾かれたように剣を構え、魔獣の爪を弾き飛ばす。
そのまま斬り伏せようと前に出かけた足を、カインは止めた。
「一人で全てを背負うな」というボルグの言葉が蘇る。
カインは一歩下がり、隣で槍を構える若手騎士の死角をカバーする位置についた。
「右から来るぞ」
「了解!」
カインが敵の軌道を逸らし、若手騎士の槍が魔獣の喉元を貫く。
(……そうだった)
カインは、冷たい雨の中で息を吐き出した。
かつて雪山で、オークと共に子供たちを守り抜いたこと。
つい先日、リアムと共に魔族を退けたこと。
自分はこれまで、誰かに背中を預け、助けられて生きてきたはずだった。
だが、守るべき村と命の重さが、いつの間にか「自分が全ての傷を引き受けなければならない」という思い上がりにすり替わっていたのだ。
自分が全てを庇わなくても、組織として連携すれば守ることはできる。
その当たり前の事実を思い出したことで、カインの呼吸が少しだけ軽くなった。
戦闘は、わずか数分で終わった。
白銀の騎士団に死傷者はゼロ。
泥の地面には、魔獣の死骸だけが転がっていた。
「……終わったか」
ボルグが剣の血を払い、鞘に収める。
カインは荒い息を吐きながら、周囲を見回した。
(俺一人で囮になっていたら、ただ犬死にして終わっていたな)
もしあのまま一人で突っ込んでいれば、自分は間違いなく殺され、魔獣たちは血の匂いを追って再びボルグたちや他の誰かを襲っていただろう。
一人で命を捨てることは、責任を取ることにはならない。
その残酷な事実を、カインは泥だらけの戦場から教わった。
ふと、魔獣の死骸の奥、崖の岩肌に微かな青い光が群生しているのが見えた。
冷たい雨を弾く、三日月のような形の葉。
『蒼月草』だった。
カインは泥を跳ね上げて走り、その薬草を震える手で摘み取った。
これで、リアムを救える。
「見つけたようだな」
背後からボルグが歩み寄ってきた。
「……ああ。あんたたちのおかげだ。助かった」
カインは深く頭を下げた。
「礼なら、お前がその薬草を持ち帰った後に、そのリアムって奴に言え」
ボルグは懐から何かを取り出し、カインの胸に投げつけた。
カインが反射的に受け取ると、それは白銀の糸で『グリフォン』が刺繍された腕章だった。
「これは……?」
「うちの部隊の予備の腕章だ」
ボルグは、夜の昏い森を見据えながら言った。
「この辺境は今、魔獣の数が増え続けてる。それに加えて、王都のヴァレリウス伯爵とかいうタヌキが、良からぬ企みで裏から手を引いてやがる」
「……」
「俺たち騎士団の力だけじゃ、これだけの脅威から全てを守り切ることはできねえ。……お前たちの力が必要だ」
ボルグは、カインを真っ直ぐに見据えた。
「防壁の中に引きこもるんじゃなく、うちの傘下に入って『遊撃隊』になれ。俺たちに背中を預けて、一緒に戦え。そうすれば、俺たちもお前らの村を、壁の外から守ってやる」
カインは、手の中の腕章を見た。
遊撃隊。壁の中を守るのではなく、外に出て脅威を狩る役割。
以前の彼なら、自分たちの村以外を守るために防壁を空けることを恐れて、絶対に拒否していただろう。
「……俺なんかに、務まるだろうか」
「さあな。だが、お前は今日、失敗して、血を吐いて、それでも他人に背中を預けることを思い出した。……俺は、そういう奴を信用する」
カインは腕章を強く握りしめた。
リアムが目を覚ましたら、きっと呆れられるだろう。
だが、それでも。
「……持ち帰る」
カインは顔を上げ、ボルグを見返した。
「あいつが目を覚ましたら、相談してみる」
雨は、まだ降り続いていた。
だが、カインの胸の奥で、小さな火が確かな熱を持って燃え続けていた。




