剣士カインと託されし命の鎖 - 3
冷たい雨が、夜の闇をより一層濃くしていた。
マルコは防壁の上に立ち、重い槍を杖代わりにして、なんとか体を支えていた。
ずぶ濡れの革鎧が、氷のように冷たい。
本来なら三交代の夜番だが、度重なる補強工事で人手が足りず、マルコの班は昨晩から一睡もしていなかった。
(隊長は、少し焦りすぎている)
マルコは、雨の向こうの暗闇を見つめながらぼんやりと考えた。
隊長であるカイン。
数年前、雪山で魔物に追われていたマルコたちを、オークと共に命懸けで守り抜いてくれた恩人だ。
マルコにとって、カインは誰よりも強くて、信頼できる兄のような存在だった。
だからこそ、最近のカインの強張った横顔を見るのが辛かった。
マルコたちを守ろうとするあまり、カイン自身が少しずつ削り取られていくのが分かった。
(俺たちがもっと強ければ、隊長を……)
ふと、視界がぐらりと揺れた。
足の感覚が消え、頭に重い鉛が入ったように首が垂れ下がる。
限界だった。
メキィッ!
凄まじい木材の破砕音が、雨音を切り裂いた。
マルコが弾かれたように顔を上げる。
「て、敵襲! 防壁が――っ」
足元の防壁が、下から爆発したように吹き飛んだ。
*
(今のは、マルコの声か?!)
詰め所にいたカインは、図面を弾き飛ばして立ち上がった。
音の方向は西。
昨日、雨の中で土嚢を積ませた防壁だ。
外へ飛び出すと、冷たい雨が顔を打った。
西の防壁が、無残に崩落している。
過剰な土嚢の重みと雨水が地盤を砕き、自重で壁を破壊したのだ。
(くそ! 俺のせいだ!)
崩落した泥の山から、巨大な影が這い上がってきた。
四本の太い腕を持つ、上位の魔獣。
「迎え撃て! 中に入れるな!」
カインは剣を抜き、泥を蹴って走った。
「おい! 立ち止まるな! 防御態勢を取れ!」
だが、周囲の団員たちの反応が遅い。
無理な徹夜作業で体力を奪われ、足が動いていないのだ。
崩落のすぐそばで、マルコが泥に足を取られて転倒していた。
魔獣が、丸太のような腕を振り上げる。
「マルコ! 避けろ!」
カインは叫んだ。
が、マルコは動けない。
カイン自身も、疲労と寒さで足がひどく縺れた。
万全を期したはずの警戒が、すべての動きを致命的に鈍らせていた。
魔獣の腕が振り下ろされる直前。
白銀の閃光が、雨を切り裂いてカインの横を通り抜けた。
ガァンッ!
重い金属音が響く。
リアムだった。
マルコとカインを背後で庇うように立ち、剣の腹で魔獣の凶腕を受け止めている。
だが、二人を庇うための不完全な体勢。
魔獣の規格外の質量がリアムの剣を押し込み、剛腕の爪がリアムの左肩から胸にかけてを深く抉った。
鮮血が、雨に混じって飛び散る。
リアムは表情を変えなかった。
血を流したまま剣を滑らせ、魔獣の腕を斬り飛ばす。
返す刀で巨体を駆け上がり、太い首を深々と薙ぎ払った。
言葉なき絶叫を上げ、巨大な魔獣が泥の中に沈む。
その直後、リアムが片膝を突いた。
「リアム!」
カインは泥を這うようにして駆け寄った。
リアムの体を支える。
傷口からは、雨で薄められないほどの血が流れ出ていた。
リアムは荒い息を吐きながら、血に染まった手でカインの腕を掴んだ。
「……私のことはいい、皆を」
声は、ひどく掠れていた。
「穴を、塞いで下さい……被害が広がる前に、早く……」
そう言い残し、リアムは静かに目を閉じた。




