『老冒険者バルドと泥だらけの盾』 - 4
王都の東門。
秋の深まりと共に、吹き抜ける風は一段と冷たさを増していた。
魔王軍の侵攻は続いているが、辺境の村々を束ねる『遊撃隊』の活躍により、東門へ押し寄せる避難民の波は一時的な落ち着きを見せていた。
ヨハンはいつものように門の脇に立ち、吐く息の白さに季節の移ろいを感じながら、行き交う人々を静かに見守っている。
一台の古びた荷馬車が、王都の内側から門へと近づいてきた。
御者台で手綱を握っているのは、白髪交じりの初老の男だ。
荷台には、家具や生活用品が所狭しと積まれており、その隙間に、質素な服を着た若い女性と、小さな女の子が身を寄せ合って座っている。
男が馬車を止め、通行証を差し出した。
ヨハンはそれを受け取り、男の顔を見た。
顔や腕には、ひどくえぐられたような、まだ新しい無数の傷跡がある。
だが、その表情は憑き物が落ちたように穏やかだった。
数週間前、過剰な金細工の装飾鎧を着込み、悲壮な虚勢を張ってこの門を出ていった老冒険者、バルドだった。
「……ずいぶんと、身軽になったな」
ヨハンが通行証に刻印を打ちながら言うと、バルドは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
今の彼は、分厚い綿の平服を着ているだけだ。腰に帯びていた派手な魔法剣もない。
「ああ。あの金ピカの鎧は、川の底に置いてきた。剣も、へし折れちまってな」
バルドは、荷台に乗る娘と孫娘を振り返り、優しく目を細めた。
娘のマリアもまた、かつて父親に向けていたであろう氷のような瞳ではなく、ただの不器用な父親を見る、温かい視線を彼に返していた。
「王都の家を引き払って、娘たちの村に引っ越すことにしたんだ。家が焼けちまったから、俺が新しいのを建て直さなきゃならねえ」
「そうか」
「俺はもう、『双牙のバルド』なんて大層な冒険者じゃない。ただの、娘と孫を持つ一人の爺さんだ」
バルドはヨハンに向き直り、深く頭を下げた。
「あの時、あんたがかけてくれた祈りのおかげで、俺は一番大事なもんに気づけた。……あんたには、感謝してもしきれねえよ」
「俺は、何もしていない」
ヨハンは木札を返し、微かに微笑んだ。
「いい顔になったな。……気をつけて行け」
「ああ。世話になったな、門番の旦那」
バルドは手綱を振るい、荷馬車がゆっくりと動き出す。
その瞬間だった。
《ピーン! スキル【見送る者】のレベルが64に上がりました》
《新たな能力『見送った者が誰かを庇う時、その姿勢がほんの少しだけ崩れにくくなる』を【獲得】しました》
澄んだ鈴の音のようなシステム音が、ヨハンの脳裏に響いた。
ヨハンは、小さく瞬きをした。
彼が獲得し、昇華した新たな『理』は、目の前を通り過ぎていく男が、己の醜い見栄を脱ぎ捨てて手に入れた、魂の真実そのものだった。
ヨハンは、荷馬車が土煙を上げて遠ざかっていくのを見送った。
かつての栄光も名声もない。だが、あの曲がった背中は、もう見栄や虚勢で押し潰されることはないだろう。
ただの不器用な父親としての、新しく、静かな旅立ちだった。
風が吹き抜け、ヨハンの白髪を揺らした。
今日もまた、何人もの人間がこの門を通り、それぞれの場所へ向かっていく。
いつもと変わらない、門番としての日常が続いていく。




