この先も二人で
「でも俺は、1回じゃ満足できない」
その言葉は、私が産みだした都合のいい幻聴だと思った。
けれど思わず先生を仰ぎ見れば、彼はひどく真剣な顔で私の口づけを落とす。
「お前を、もう二度と手放したくない」
先生の言葉は、涙がこぼれるほど嬉しかった。
でも、望んでもいいのかと日和ってしまったのは、やはり彼が一度諦めことを地味に引きずっていたからだ。
絶対、今度こそ幸せになるのだと信じ続けてきた。何があっても夫婦になるのだと決めていた。
でもそう思う度、私は心の奥でこっそり謝っていたのだ。
我が儘は今回で終わりにするから、もう先生には迷惑をかけないからと、胸の内で繰り返し続けてきたのだ。
「望んでも、いいんですか?」
「俺は、そのつもりだったぞ」
「もちろん叶うことならそうしたいです! でもこれからがどう転ぶかなんてわからないし、それに来世の先生が私を好きになってくれるかもわからないし」
「でもきっと、お前はまた俺を好きになる」
あまりに堂々と言われ、私は珍しく気恥ずかしくなってくる。
「そ、その根拠は何なんですか!」
「だってお前、その性格で350回以上生きてきたんだろう? どうせ次また生まれ変わってもお前はそのまんまだろうし、きっと男の好みもかわらんだろ」
別に自分の性格に難があると思っているわけではないが、そうしみじみ言われるとあまり褒められた気がしない。
「だからたとえ記憶が無くても、また俺をめざとく見つけて迷惑をかけに来ると思う」
きっぱりと断言されて、さすがにちょっとだけムッとする。
でも同時に、穏やかな口調に私は期待を抱いてしまう。
無様にすがりついて、迷惑をかけて、暑苦しく愛を連呼しても、彼ならばまた受け入れてくれるのではないかと。
「そんな事言われたら、私このさきずーっと先生に張り付いちゃうかもしれませんよ」
「お前を嫁に貰うって決めたときから、それは織り込み済みだ。何百回何千回とつきまとわれる覚悟で、俺はそれを渡した」
今更のように、私は指輪の重さに胸が詰まった。
「これ、一回限りの物だと思ってました」
「もちろん、次は別のをやるよ」
何気ない言葉が凄く嬉しくて、私は思わず先生に抱きついていた。
あと、私はまた嗚咽をこぼしていた。今度は、吐くためじゃなく泣くために。
「これからもずっと……ずっと、一緒にいたかったんです」
「わかってる」
「これが最後だなんて思いたくなかったんです……」
「思わなくていい」
最後には、きっとならない。
耳元で囁かれた言葉に、私はもうそれ以上しゃべることができなかった。
やっぱり、私はこの人じゃないとダメなのだ。
「チカ」
先生が呼んだのは私の今の名前なのに、これまで彼に恋をしてきたすべての私に、彼は語りかけてくれている気がした。
「俺には過去の記憶もないし、そのせいでお前を傷つけたり、不安にさせたことも沢山あると思う」
でも……と一呼吸置いて、先生は愛おしげに私の髪を指ですいた。
「俺にはそれを理由に身を引ける強さもない。だからきっとこの先も、俺はお前をずっと手放せないと思う」
「いいんです、だって私もあなたに……」
挟んだ言葉は、甘い口づけによって遮られた。
「お前の優しさに、俺は今までずっとつけ込んできた。だから最後はちゃんと言わせろ」
そして彼は、初めて出会ったときのように私の手を取り、指先に甘い口づけを落とした。
「俺と結婚してほしい。今も、この先も、俺にはお前が必要だ」
向けられた言葉と微笑みに、私は涙をこらえて、何度も何度も頷いた。
「この先も、末永くよろしくお願いします」
まだ結婚式の前だけど、健やかなときもやめるときもよろしくお願いしますと、私は先生にすがりつく。
「気が早いぞ」
「気が早い話題を出したのは先生ですよ」
言いつつ、私は先生の胸に涙と笑顔をこすりつけた。
「これからもずっと一緒にいてくださいね」
「ああ」
「あとそうだ、来世ではもうちょっとロマンチックなプロポーズをお願いします」
結局まだトイレの中だし付け加えれば、先生はばつが悪そうな顔で頷く。
「下駄箱の件も、考えておく」
「あと、ハワイにもつれてってくださいね」
「だからそれは、別の俺に頼め」
「じゃあ今回は我慢します。その代わり、今すぐ私が好きだって100回言ってください」
「嫌だ」
「何でですか! ここは素直にお願いを聞いてくれるところでしょう!」
思わず拗ねかけると、先生が困ったように眉根を寄せた。
「軽い言葉は好きじゃない」
「でも聞きたいです……」
「じゃあ、こっちだ」
唇を耳元に寄せて、先生は息をのむほど素敵な愛の告白をくれた。
「……先生、私死にそうです」
「満足したか?」
「いえ、もう1回お願いします」
「調子に乗るな」
軽いげんこつを落とされたけど、結局先生はもう一度。
今度は先ほどより更に甘いプロポーズの言葉を私にくれた。
その甘さに酔いしれながら、私は今更のようにこれがすべての始まりなのだと気づく。
きっと、先生は生まれ変わってもまた素敵な旦那様になってくれるに違いない。
そのたびに私の手に優しく指輪をはめて、今夜のように甘い言葉をかけてくれるのだ。
何百回、何千回ともらえる未来のプロポーズを想像して、私はいつものようにぐへへと笑う。
「でもその笑顔は、来世までに捨てておけよ」
つれない言葉を口にしながらも、私を見つめる先生の瞳は甘くて優しかった。
そして彼の瞳に見つめられる度、きっと私は何度も何度も彼と恋に落ちるのだ。
【END】
 




