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第22帳 南蛮芋、飯になる

 南蛮芋は、伸び悩んだ。

 最初はよかった。

 石焼き南蛮芋の甘い匂いに人が集まった。

 蒸かし南蛮芋も売れた。

 子供は欲しがり、女房衆は足を止め、長可は味見と称して何本も食った。

 だが、珍しさはいつまでも続かない。

 石焼きは火と手間がかかる。

 蒸かし芋は腹にはたまるが、飯ではない。

 大きい芋は高く売れるが、小さい芋、割れた芋、形の悪い芋が残る。

 しかも、生では売れない。

 生芋を市へ流すな。

 種を売るな。味を売れ。

 それが、御屋形様の仰せである。

 多米殿は、火元町の売上帳を見て、珍しく長く黙った。

「多米殿」

 森蘭丸が声をかける。

「何でしょう」

「南蛮芋は、売れていないのでございますか」

「売れてはおります」

「では」

「伸びておりませぬ」

「伸びる?」

「最初の勢いほど、日々の売れ行きが増えませぬ」

 蘭丸は、売れ残った小さな南蛮芋を見た。

「では、生で売れば」

「禁制にございます」

「ですよね」

「焼けば売れます。蒸せば売れます。ですが、それだけでは弱い」

「甘いのに」

「甘いだけでは、毎日の飯になりませぬ」

 多米殿は、そこで義信へ文を出した。

 南蛮芋、初日はよく売れ候。

 されど、石焼き、蒸かしのみにては伸び悩み候。

 小芋、割れ芋、形悪きものの使い道、御知恵を賜りたく候。

     ◇

 返書は、すぐに来た。

 義信の文は、相変わらず短かった。

 蒸した南蛮芋に麦粉を加え、混ぜ合わせ、もう一度ふかせ。

 角に切った南蛮芋を、米と混ぜて炊け。

 鳥ジャガに葱を入れよというのを忘れていた。

 丸芋と那須白粉を、吉田城用にも送れ。

 蘭丸は、三行目で止まった。

「多米殿」

「何でしょう」

「御屋形様は、鳥ジャガの葱を忘れておられたのでございますか」

「そのようです」

「戦や政の文に混ざっていてよいのでしょうか」

「味に関わります」

「それはそうですが」

 長可が横から言った。

「葱は要る」

「兄上まで」

「鳥の脂には葱だ」

「なぜ分かるのですか」

「食えば分かる」

 多米殿は筆を取った。

「長可様、葱に同意」

「書かなくてよろしい!」

     ◇

 まず試したのは、蒸した南蛮芋だった。

 小さい芋、割れた芋、形の悪い芋を集める。

 蒸かす。

 皮をむく。

 潰す。

 麦粉を加える。

 よく混ぜる。

 黄色い芋が、少し重い生地になった。

「これを、もう一度ふかすのでございますか」

 蘭丸が聞く。

「御屋形様の文には、そうございます」

 蒸し直すと、芋はまとまった。

 餅ほど粘らない。

 芋ほど崩れない。

 麦の香りが少し立ち、甘さは穏やかになる。

 長可が食べた。

「芋より腹にたまる」

「はい」

「餅より甘い」

「兄上、珍しく的確でございます」

 多米殿の筆が走った。

 南蛮芋蒸し餅。

 長可様評。芋より腹にたまる。餅より甘い。

「また兄上の評が札に」

「売れます」

「否定できないのが悔しゅうございます」

 火元町の屋台親父も、一口食べて頷いた。

「これは切り分けて売れますな」

 宿の女将も言った。

「奥向きの菓子にも、少し形を整えれば使えます」

 多米殿は頷いた。

「小芋、割れ芋の使い道ができました」

     ◇

 次は、南蛮芋飯だった。

 南蛮芋を角に切る。

 米と混ぜる。

 水加減を少し改める。

 釜で炊く。

 炊き上がると、白い米の中に黄色い芋が混ざった。

 甘い匂いがする。

 だが、石焼きほど強くはない。

 宿の女将が、まず椀によそった。

「これは、宿飯になります」

「甘すぎませぬか」

 蘭丸が聞く。

「少し塩を添えればよろしゅうございます。江戸だれを少し垂らしてもよい」

 長可も食べた。

「飯だ」

「それは見れば分かります」

「芋だけではない。飯だ」

 多米殿が頷いた。

「南蛮芋が、飯に入りました」

 蘭丸は、そこで気づいた。

「生芋を売らずに済みますね」

「はい」

「角に切り、米と炊けば、植えられませぬ」

「はい」

「味だけが出る」

「御屋形様の仰せ通りにございます」

 多米殿は札を書いた。

 南蛮芋飯。

 小芋、割れ芋使用可。

 生芋持ち出し禁制。

 宿飯、火元町飯に向く。

「多米殿」

「何でしょう」

「これは、安く出せるのでございますか」

「米を少し助けます」

「助ける」

「芋で飯を増やせます」

 蘭丸は、南蛮芋飯を見た。

 甘い珍品だった南蛮芋が、少しだけ日々の飯に近づいた。

     ◇

 最後は、鳥ジャガである。

 以前の鳥ジャガは、鳥と丸芋を蕎麦つゆで煮て、那須白粉で汁を少し抱かせたものだった。

 そこへ、葱を入れる。

 斜めに切った葱を、終わり際に加える。

 湯気とともに、香りが変わった。

 鳥の脂。

 蕎麦つゆ。

 丸芋。

 那須白粉のとろみ。

 そこに、葱の香りが立つ。

 長可が一口食べた。

 黙った。

 もう一口食べた。

「これだ」

 蘭丸は、少し身構えた。

「何がでございますか」

「前の鳥ジャガは、うまかった」

「はい」

「だが、少しぼんやりしていた」

「兄上、料理評が上達しておりませぬか」

「葱で締まった」

 多米殿の筆が、恐ろしい速さで動いた。

 鳥ジャガ、葱入り。

 長可様評。葱で締まる。

「多米殿、それは本当に売り文句になりますか」

「なります」

「なってしまうのですね」

 宿の女将も頷いた。

「奥向きにも、こちらの方がよろしゅうございます」

 菱屋の商人も言った。

「予約膳に入れましょう」

 蘭丸はため息をついた。

「鳥ジャガが、また出世しました」

     ◇

 その日の夕刻、吉田城へ送る荷が整えられた。

 丸芋。

 那須白粉。

 南蛮芋蒸し餅の覚書。

 南蛮芋飯の覚書。

 葱入り鳥ジャガの覚書。

 多米殿は、那須白粉の袋を特に厳重に包ませた。

「多米殿」

「何でしょう」

「那須白粉は、吉田城へ送ってよいのでございますか」

「御屋形様の仰せにございます」

「製法は」

「送りませぬ」

「粉だけ」

「粉だけです」

 蘭丸は頷いた。

 丸芋は広げる。

 白粉の取り方は、那須に留める。

 その筋は崩さない。

「吉田城では、何に使うのでございましょう」

「御屋形様が試されるのでしょう」

「また何か増えますね」

「はい」

 多米殿は即答した。

「増える前に帳面を作ります」

「早すぎます!」

     ◇

 翌朝、火元町と宿町に新しい札が立った。

 南蛮芋蒸し餅。

 小芋、割れ芋使用。

 芋より腹にたまる。餅より甘い。

 南蛮芋飯。

 角切り南蛮芋を米と炊く。

 宿飯に向く。

 生芋持ち出し禁制。

 鳥ジャガ、葱入り。

 蕎麦つゆ、鳥、丸芋、那須白粉、葱。

 葱で締まる。

 要予約。

 吉田城御台所送り。

 丸芋、那須白粉、覚書一式。

 製法問うべからず。

 蘭丸は、最後の札を見て首をかしげた。

「多米殿」

「何でしょう」

「製法問うべからず、は誰に向けた札でございますか」

「全員にございます」

「聞く者がいるのですね」

「います」

 風魔が、どこからともなく言った。

「聞く者は、もういる」

「風魔殿!」

「那須白粉は、匂わぬ。だから余計に探る」

 多米殿は頷いた。

「黒菱衆町番にも伝えます」

 長可は、葱入り鳥ジャガを食べながら言った。

「探る者は、俺が」

「斬りませぬ!」

「まだ何も言っておらぬ」

「顔が言っております!」

 風魔が静かに言った。

「南蛮芋飯と蒸し餅、どちらが先に売り切れるか」

「風魔殿、もうよろしいです!」

「予測だ」

 多米殿の筆が動いた。

「南蛮芋飯、蒸し餅、売切れ予測札。厳重調査」

 蘭丸は、南蛮芋飯の湯気を見た。

 南蛮芋は、石で焼かれて人を集めた。

 蒸かされて子供を喜ばせた。

 麦粉と混ざって餅になった。

 米と混ざって飯になった。

 鳥ジャガには葱が入り、那須白粉は吉田城へ向かう。

 江戸自由市では、伸び悩む荷は、捨てられない。

 混ぜられ、蒸され、炊かれ、煮られ、また新しい飯へと化ける。

 そしてその日から、南蛮芋は珍しい甘味であるだけでなく、江戸の飯にもなり始めたのであった。



――――――――――


『森蘭丸江戸帳』は、石田源志による戦国歴史改変小説『武田義信転記』の外伝作品です。


武田義信が築く江戸自由市を舞台に、森蘭丸、森長可、森可隆、森可成、風魔小太郎、多米らが、商い、物流、治安、食、町づくりに関わる日々を描いています。


【本編・関連作品】


『武田義信転記』シリーズ・既刊一覧

https://genjiishida.blogspot.com/2026/07/blog-post.html


『森蘭丸江戸帳』はTalesでも連載しています。


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