04. 断罪劇
「聖女アニ! お前は私を誘惑しようとし、私の婚約者の公爵令嬢を貶めた。彼らが証人だ!」
春の大規模な夜会は完全にコメディーショーだった。
輝く魔導シャンデリアの下で、高級な衣類に身を包んだ紳士淑女の方々が、遠巻きに一点を見つめている。
私もその集団に交じり、冷めた目で同じ方向を眺めていた。
会場の中心で、王太子殿下は理路整然とアニをやっつける。
王太子殿下の隣には、公爵令嬢が悲しそうに寄り添っている。
アニは青ざめて、ひたすらあわあわしていた。
「貶めたんじゃなくて……そ、そう。公爵令嬢は、あたしにいつも意地悪な嫌味ばっかり」
公爵令嬢は眉を下げると、毅然とした態度で言った。
「わたくしは、あなたの不敬な振る舞いを注意したまでです。あなたが真面目に聞かず、意地悪をされたと騒ぎ立てたのよ」
私には取り巻きをしていた聖女が今まさに失墜しようとしている現状より、なあなあ主義だった王太子の豹変の方が面白い。
このまえ教室で会ってから、いったい何があったのだろう。
周囲の人だかりは楽しそうにアニの陰口をたたいている。
欲を言えば私もあちら側に交ざりたかったところだが、今回はアニの仲間として指摘されなかっただけ僥倖。
こういう時は気配を消すに限る。
私は公爵令嬢のドレスの方を眺めてみた。
今回はどの店が担当したんだろう。
素材のランクを下げれば、うちの店でもああいうのが売れないか……
王太子殿下は一歩踏み出すと、堂々と声を張り上げた。
「しかも、貴様は私の婚約者に足を引っかけられただの、教科書を汚されただの、嘘八百を広めようとした。私の気高い婚約者がそんなことをするわけがあるか。恥を知れ!」
私は目を見開いた。
それはさすがに王太子の嘘だろう。
公爵令嬢がそんなこすっからい悪事に走るわけがないなんて、幼児にでもわかる。
アニは目を泳がせた。
「えっと、その、それは、その……」
やったんかい!
王太子殿下はゆっくりとアニに歩み寄ると、顔を覗き込み、よく通る声で問いかける。
最後のパフォーマンスのようだ。
「最後に確認しておく。お前がよく言う『乙女ゲーム』とはなんだ?」
「えっと、それは……」
アニは涙目で王太子を見上げる。
「あたしがヒロイン、で、あたしのための世界のことで……えっと……」
「世界まで都合のいいゲーム扱いか。狂人だな」
王太子は吐き捨てるように言った。
全く同感である。
私は据わった目で広間の中心を見物した。
青ざめたアニと目が合った。
アニは助けを求めるように涙目でこちらを見てくる。
私はにっこり笑うと、中指を立てて見せた。
もはやアニには愛想が尽きた。
本人なりにいいところがあるとか、努力していないわけではないとか、知った事じゃない。
もうあの聖女に取り入ったところで、商店に何らリターンはないだろう。
取り巻きなんて、やめだやめ。
アニは衝撃を受けたような顔をしたが、しばらく立ちすくんだ後、肩を落とした。
やがてアニは衆目の面前で罪を認め始めた。
***
アニは何ヶ月くらい自室謹慎なんだろう。
これからも貴族として生きていく気なら、少しは反省していて欲しい。
賑やかな食堂で昼食を食べていると、向かいの席に女子生徒がトレーを置いた。
誰かと思えば、同じ成金商人の娘のリンナである。
うちより規模は小さいが、一流の職人たちとつながっていて、よく交流がある家だ。
アニの取り巻きをし始めてから距離が開いていたが、それも終わったことでようやく成金同士の横のつながりを深められる。
ありがたいことである。
リンナは席につくと、身を乗り出して小声で問いかけた。
「アニ、処刑されるんだってね。聞いた?」
一瞬意味が分からなかったが、すぐに合点して頷いた。
「ああ、社会的には処刑でしょうね。死んだほうがマシだわ」
「……あなた、何も知らないのね」
リンナは呆れたように声を上げた。
私は鶏肉の香草焼きを頬張りながら、眉を寄せる。
「裁判官が死刑なんて判決、下すわけがないでしょう。聖女は法律でアホらしいほど手厚く守られているんだもの。聖女サマに、大した危機なんて起こらないだろうに」
「……裁判はね、行われないの」
その言葉は、しばらく咀嚼しても本当に意味が分からない。
「は?」
「王太子殿下に不敬を働いたのよ? 何より、この国の文明を高めて民衆を救った公爵令嬢様は、大切な存在だわ。彼女に汚名を着せるなんて、許されることじゃない。王太子殿下が公爵令嬢様を溺愛されているのもあって、アニに裁判は必要ないということになったの」
私はフォークを置いて、乾いた笑いを上げた。
「馬鹿ばっかりじゃない。世紀の大悪人ならまだしも、あんな頭の悪すぎる小悪党なんか、不当に罰するだけ国の恥。ありえないわ」
私が言えば言うほど、リンナは鼻白んだように目を背ける。
「え……え? 本当にそうなの?」
リンナは答えない。
なんともいえない表情で私を見つめると、パイの包み焼を口に入れた。
私はさすがに動揺した。
「そ、そりゃあアニには経費なんてほとんどかかっていないわ。でも、社交界を混乱させるという明確なコストがかかってるじゃない。ただ殺したんじゃ、リターンが確保できないわ。そんな馬鹿な話……」
「あのね、今年、王都近郊に巨大な魔物の巣が現れたじゃない。王都移転も考えなくちゃならないってやつ」
「そう、それよ。アニがいなければ誰が巣を浄化するのよ」
「アニに巣の中で浄化力を爆発させるんだって。体もはじけ飛ぶから死刑扱いになるそうよ」
急に体が石のように重くなった。
椅子にめり込んでしまいそうな気がする。
「正気?」
なるほど、アニはまだ魔法を使い慣れていないので、魔物の巣には対処しきれない。
そりゃあ、あの子が自爆特攻してくれれば、王都の恩恵は計り知れない。
しかし、それは……
「アニを生贄にするって話よね?」
「……カルラ、そんな言い方は」
「それじゃあ最初から処刑ありきなんじゃない!」
私は思わず立ち上がって怒鳴った。
周囲の何人かが私たちに気づいたように、口に食べ物を入れながら目を向けるのが見えた。
私はかまわずに叫んだ。
「アニひとり死んで王都が守られるなら、とんでもない利益だわ。アニがどんな罪を犯したかなんて、最初からどうでもいいんじゃない」
「カルラ、ちょっと、落ち着いて」
リンナは焦ったように声を上げる。
「……仕組まれていたんだ」
私の声が少しかすれた。
「魔物の巣の発見とアニが話題になったのは同時期。聖女を生贄にしたんじゃ外聞が悪すぎるから、アニが粗相をして処罰の理由ができるのを待っていたんだ。だっておかしいじゃない。なんで誰もアニにまともに注意しないの? 私たちに教育係がいるのに、何で聖女サマには教育係がいないのよ!」
「カルラ、落ち着いて。怒鳴らないで」
「何で私は気づかなかったの。色恋沙汰の醜聞なんて、宮廷連中は大喜びよ。みんな、最初からアニの失態にしか興味がないんだから」
「もしそうだとして、何が悪いの?」
リンナの言葉に、私は目を剥いた。
「……は?」
「アニが国家を脅かしたのは事実じゃない。悪い奴が死んで、王都の平和が保たれるのよ。むしろ、いい話じゃない」
リンナはゆっくりと、子供にするように言い聞かせる。
心から困惑しているようだった。
「ア、アニは頭は悪いけど、心根が悪い奴じゃない」
「カルラ、落ち着いて、頼むから」
リンナは私を座らせると、気まずげに周囲を気にした。
ぽかんとしてこちらを見ていた生徒たちは、やがて忘れたように食器の音を立て始めた。
「冷静になって考えてみて。アニは王太子たちを誘惑して、公爵令嬢を陥れようとしたのよ。悪い奴だって根拠なら、これで十分すぎるわ」
私は黙り込んだ。
そういう、ことに、なるのか。
なるほど、ここまでお膳立てされればアニは悪人で罪人だ。
聖女の力があるからといって、あくまでもお慈悲で社交界に入れてあげて、あくまでもお慈悲で社交界のルールを突きつける。
あの子は去年まで、私と王女様の区別すらつかなかったのに。
「私が無神経だったわ。カルラはアニとよく話していたものね。でもどうか、冷静になって。ただでさえあなたはアニの取り巻きだったのに、こんな話をしたのが他の人にバレたら大変よ」
リンナはひどく優しく教えてくれた。




