03. 取り巻きの夢
「いつもあの聖女の取り巻きなんて、大変ねェ」
昼休み、食堂に向かって廊下を歩いていると、甲高い声が聞こえた。
四人の貴族令嬢がニヤニヤしながら立っている。
いつも嫌みったらしいこの四人を、私は心の中で「四天王」と呼んでいた。
貴族令嬢たちは私を壁に追い詰めるように取り囲む。
廊下を歩いていた生徒たちは、気まずそうに見ないふりをする。
上背の低い私は、相手が女性でも威圧するように立たれると恐ろしい。
令嬢たちは楽しそうにこちらを見下ろす。
「ほら、成金って大変なのよ。あの馬鹿聖女のご機嫌まで取らなくちゃいけなくて」
「惨めね、私なら死んでしまった方がマシだわ」
いやはや、その通りだ。
成金は大変だし、聖女のおもりは最悪だし、アニが衆目の面前で馬鹿をやって惨めだし、時々死にたくなるほど恥ずかしい。
内心で相槌を打つことで、苛立ちを腹の底へ押し込める。
顔には卑屈な笑みを浮かべた。
卑屈な笑みというのは、勉強と違って練習時間さえ費やせばどんどんうまくなっていく。
私が卑屈に笑えば、みんな気持ちよさそうになるので、社会で生きていくうえで必携スキルだ。
実際、私の顔を見て貴族令嬢たちは嬉しそうに顔を緩めた。
天井に吊るされた魔導ランプの逆光で、貴族令嬢たちは黒い影に見える。
「ちょっと成績がいいからって、調子に乗っているんじゃない?」
「平民が勉強なんてできるはずないじゃない。大方、先生方に賄賂でも送ったんでしょう」
一人の貴族令嬢が、私が腕に抱えていた二冊の教科書をひったくると、床に撒いて、靴のかかとで踏みつけた。
紙がぐしゃぐしゃと皺になる音が廊下に響いた。
教科書は買い直しだろうか、節約中なのに。
今貯めているお金で、新しく仕入れてみたい商品があるんだ。
お前らなんて、私たちが売ったアクセサリーを買うくらいしか、金のあてなんてないくせに。
「なぜ金があるというだけで、平民が王族の方々まで登校される、この由緒正しい学校に入れるのかしら」
「身の程をわきまえなさいよ」
身の程だって?
結局頭に血が登ってしまった。
身の程ならわかっている。お前たちの誰よりわかっている。
「んなこと言うんなら、あんたたちこそ――」
私が一歩踏み出して怒鳴ると、貴族令嬢たちはぎょっとしたように後ずさった。
「あんたたちこそ閉じこもって勉強しろよ! なんでそんな偉い人たちが、わざわざ学校に通うのよ! 教育係と部屋に籠った方が安全だし効率的でしょうが!」
「ちょ、ちょっとあなた、メタいわよ」
「何が貴族よ。平民から見れば、あんたたちの世界の方がちゃんちゃらおかしいわよ」
私は貴族令嬢たちを睨みつけた。
そろそろやめた方がいい、引っ込めと理性が騒いでいるが、沸騰するような血がうまく引いてくれない。
「平民が身の程を知れと言うのなら、せめて不当に見下すのをやめろ。自分たちだけが恩恵を享受していることには目をつむるくせに、言いがかりをつけるな」
私は右手を大きく払うと、怒鳴りつけた。
「そういう外の人間を下に見る奴のことを、カスって言うのよ!」
「――まあまあ、カルラ」
場にそぐわない呑気な声が響いたと思ったら、輪の中にアニが割り込んできた。
アニは子供のように私に飛びつくと、にこにこしながら貴族令嬢たちを見る。
「ごめんね、あたしたちもやっぱり華やかなあなたたちが羨ましいってことだよ」
「やめてよ、アニ」
私の制止も聞かず、アニは目を輝かせて貴族令嬢たちに詰め寄る。
「素敵なイヤリングだね、あたしもほしいなあ。どこで買ったの?」
そしてピンクブロンドの髪を揺らしながら、アニは満面の笑みを浮かべる。
「王太子様に言えば、きっと買ってくれるよね。あたしはヒロインだもん!」
貴族令嬢たちは怒りで顔を真っ赤に染めた。
そりゃあそうだ、私は成金貴族だが、アニは金すら持たない農家の末娘だ。
こんな女が「身の程知らず」にも王太子たちに擦り寄れば、この女たちのフラストレーションは耐えられるものじゃないだろう。
貴族令嬢たちはキンキンとした罵声を上げたが、さすがに興奮しすぎたのか声が大きい。
廊下を歩く生徒たちも、我慢できずにこちらをちらちらと眺めている。
視線に気づいた貴族令嬢たちは、恥で唇をわなわなと震わせると、足音高く去っていった。
アニは私の腕をつかむと、廊下を走りだした。
***
中庭まで連れ出されたところで、私はアニの手を振り払った。
「なんで――なんでそう余計なことばかりするの」
「カルラ、もったいないよ、食いついちゃあ。嫌な思いをさせたら、もっと悪く言われるだけなんだから」
「今あんたが悪評にトドメを刺したのよ!」
「あたしは何を言ってもいいの。いつも言ってるし、事実だし。でもカルラは駄目」
アニは自慢げに頬を緩めると、人差し指を立てて見せる。
「商人はお世辞が命でしょう?」
「黙れド素人が!」
この生き馬の目を抜く貴族社会で、アニの子供のような幼稚さと、自分が絶対に嫌われないという傲慢さ、素直を通り越して底抜けの阿呆さには呆れてしまう。
だが正直に言うと、ごくたまに見ていて痛快だし、何故だか居心地がよい――こともある。こともあるだけだが。
中庭には白い校舎に沿うように裸の太い木々が立っている。
快晴だが、なかなか気温が上がらないので肌がきしきしするほど寒い。
なぜアニはわざわざこんな寒空の下に引きずり出したのか。
農民の考えることは本当に分からん。
アニは木の下のベンチに座ると、ポケットから赤色のリボンを取り出した。
「カルラのリボン、買っちゃったぁ」
私は目を見開くと、アニの前まで歩み寄り、まじまじとリボンを見つめた。
確かにそれは、うちの商店で私が仕入れや展示を担当している装飾品だ。
「なんで、あんたがそれを」
「なんでって……そりゃあ、カルラのお父さんの商店に入って、お金を払ったんだよ。大盛況だったね」
そういうことじゃない。私は溜息をついた。
「聖女サマがそんな庶民向けのリボンをつけていたら、笑われるわよ。おまけに、うちの店はただでさえ成金貴族で、この通りプライドの高い高位貴族からは心証よくないし」
「成金貴族って……何を言ってるの?」
アニは目をぱちくりさせて、首を傾げた。
「カルラのお父さん、あたしの地元じゃ有名だよ。丁稚奉公から成り上がって、二十年で一財産築いて、今じゃお貴族サマだよ? あたしたちからすれば夢のような話だよ」
「……あんたは知らないでしょうけれど、それでも成金は馬鹿にされるの。実際下品な人種だし」
「下品?」
アニはまた首を傾げる。
「カルラは所作が綺麗で、着てる服も素敵で、一年前のあたしだったら王女様との違いもわからなかったよ」
「それはあんたがヤバいだけでしょ!」
「貧乏な庶民としては、お姫様も大商店の娘も大差ないよ」
アニがあっけらかんと言う、おそらく何も考えずに発した言葉は、劣等感と人目につかない努力にまみれた私には、ほとんど殺し文句である。
「黙ってよ、あんたに褒められても仕方ないのよ。貴族の男性に言われるんなら別だけど」
「へえ、カルラも嫁入りするんだ」
私は溜息をついて、腰に手を当てた。
「お父様に、なるべく条件のいい貴族の嫁として、なんとか潜り込めって言われているの」
言っているうちに気持ちが沈んできて、私はアニから目をそらして虚空を眺めた。
冷えた風が吹いて来て、思わず二の腕をこする。
「本当は、お父様の商売を継ぎたいけどね。私にはお父様みたいな才能がないから」
「カルラは頑張ってるよ?」
「あんたは知らないかもしれないけれど、一般的に頑張るのは当たり前なの」
アニはしばらく考え込むと、迷いがちに口をひらいた。
「あのね。あたしの村で、そんなに若いのに自分で商売して成功する子なんて、いなかったよ」
「そりゃあ、あんたの村が貧乏人ばかりだからでしょう。ゆとりのある人間の方が夢を追いやすいものよ」
「でもさ、貧乏人にしか見えないこともあるよ、カルラ」
アニの目が私を映した。
青い瞳が鏡のように輝いている。
「カルラは必ず出世する。今から少しずつ業績を上げて、お父さんを説得しなよ。お父さんの後は継げなくても、嫁に入っても、カルラは商売を諦めないほうがいいと思うな」
アニの口調はやたらと冷静で、私は思わず口をつぐんだ。
「『夢を諦めるな』みたいな、綺麗事を言ってるんじゃないよ、カルラ。武器は失わないほうがいいって言ってるの」
私はしばらく俯いて黙っていたが、やがて地面に膝をついた。
「クソが時々聖女っぽい――!」
「時々って何? あたしは正真正銘の聖女だよ」
「馬鹿なら馬鹿らしく馬鹿なことばっかり言ってくれない? 調子が狂うのよ」
「え? 今、頭良さそうだった? どうしよう、この路線で行こうかな」
「行けるもんなら今すぐ方向転換してよ、頼むから」
私は深く深くため息をつくと、腰に手を当ててアニを憎々しげに睨みつけた。
「言われなくても、私はのし上がってやるわよ。貴族連中に馬鹿にされるなんて、これ以上耐えられないもの」
「カルラらしいね」
「あんたも呑気にしているんじゃないわよ。これからは貴族の時代じゃないわ、商人の時代よ」
この機会にアドバイスしてやろう。
私は腕を組んで静かに諭す。
「あんたはさ、玉の輿なんて諦めた方がいいわよ。聖女として出世して、そこそこの家に嫁ぎなさい。あんたの場合、多分豪農とか商家の方が生きやすいわね」
アニはあっけらかんと言った。
「無理だよぉ、あたし乙女ゲーム以外だとやる気が全然おこらないもん」
それは本当にその通りである。
この女は男に擦り寄る以外はすぐに諦める。
私は貴族社会でのし上がるつもりだが、アニはいつまでも同じところにとどまりたいようだった。




