EP 7
法と算盤の交差点
気絶した大帝国建設のボディガードたちを地下駐車場に残し、リベラたちは銀座の『桜田法律事務所』へと場所を移した。
深夜の応接室。
アンティークのローテーブルを挟んで、二つの陣営が向かい合っている。
リベラは、最高級のダージリンにほんの少しブランデーを垂らした特製ティーを客人に振る舞った。
「……美味しい。とても深く、気品のある香りですね」
輝夜はティーカップを両手で包み込み、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
「お口に合って何よりよ。さあ、霞が関の月のお姫様。あなたたちが持ってきた『お土産』を見せてもらいましょうか」
リベラが促すと、ソファの後ろで壁に寄りかかっていた義正が、口の中の飴玉を転がしながらノートパソコンを開いた。
「俺は姫の護衛兼、しがないハッカーでね。これが、さっきの駐車場で鮫島常務から『任意』で提出してもらった大帝国建設の裏帳簿データだ」
義正がエンターキーを叩くと、事務所の大型モニターに複雑な資金の流れを示すツリー図が映し出された。
「さすがは日本のインフラを牛耳るメガゼネコンだ。ダミー会社を5つ経由して、巧妙に資金を洗浄してる。……だが、俺の『算盤』は誤魔化せねえ」
義正は画面の一部を拡大した。
「大貫農園の土壌調査を担当した環境検査会社。ここは、大帝国建設の完全なトンネル会社だ。そして、大貫の爺さんに『同意書』を書かせた日……品川のホテル・グランシャリオのスイートルームを、この裏金口座から決済している」
「見事ね」
リベラは金煙管を指先で回しながら、義正の完璧なデータハッキング能力に舌を巻いた。
「アモンの嗅覚が弾き出した『ベルガモットとバニラ、そして業務用洗浄液の匂い』と、あなたが導き出した『スイートルームの決済ログ』。……これで、大貫さんが密室で脅されて同意書を書かされたという事実が、強固な一本の線に繋がったわ」
『フン。この計算高い小僧、匂いは鼻持ちならないが、腕は確かなようだな』
アモンが義正を一瞥して鼻を鳴らす。
「問題は、土壌汚染の偽装そのものよ」
リベラが輝夜に向き直る。
「大貫さんの土地から出たという、基準値を大幅に超える有害物質。あれは、ゼネコン側が意図的に撒いたものだと証明できる?」
「ええ」
輝夜は静かに頷き、自身のタブレットから別の資料をモニターに転送した。内閣府のデータベースから抽出された、長野県の広域地質データである。
「大帝国建設が開発を予定している『リゾート特区』。実は、大貫農園の地下には、極めて水質の高い豊かな地下水脈が眠っています。リゾートの目玉である『天然温泉施設』と『ミネラルウォーターのボトリング工場』を作るためには、どうしても大貫さんの土地の権利が必要だったのです」
輝夜の瞳に、冷たい怒りの色が灯る。
「彼らは、有害物質を含んだ汚染土を外部から持ち込み、大貫さんの畑のサンプリング地点にだけピンポイントで埋めました。そして、身内の検査機関に『汚染されている』と発表させたのです」
「……土を愛し、40年も守り続けてきた農家からすれば、それこそ殺されるよりも辛い『精神的拷問』だな」
カウンターの隅で静かに腕を組んでいた龍魔呂が、低く凄みのある声で呟いた。
「ええ。彼らは大貫さんの誇りを踏みにじり、孤立させ、逃げ場を奪った。……絶対に許されることではありません」
輝夜は備前焼のように固い意志で言い切った。
リベラはスッと立ち上がり、モニターの前に立った。
その唇には、最高に好戦的な修羅の笑みが浮かんでいる。
「データは完璧。動機も立証可能。……ならば、やることは一つね」
リベラは金煙管を口元に運び、ふうっ、と息を吐き出した。
「大帝国建設を相手取り、同意書の無効確認と、土壌偽装による損害賠償請求訴訟を起こす。……あのクソゼネコンの社長を法廷に引きずり出して、完膚なきまでに叩き潰しちゃるわ」
ドスの効いた岡山弁。
その気迫に、義正は「ひゅぅ」と口笛を吹き、龍魔呂は満足そうに目を細めた。
「法廷の戦いはリベラ先生、あなたにお任せします」
輝夜が立ち上がり、リベラと真っ直ぐに視線を交えさせた。
「その代わり……裁判でゼネコンの不正が白日の下に晒された瞬間、私が霞が関の内側から『リゾート開発特区』の認可を即時凍結させます。赤山天人の利権の蛇口を、根元から完全に閉める」
「いいわね。法と算盤、それに国家権力のハッキング。……最高のチームじゃない」
リベラと輝夜。
闇を切り裂く修羅と、闇を照らす月。
二人の女性が、決して交わることのなかった互いの手をしっかりと握り合った。
だが。
国家の闇は、彼らが動くのをただ指を咥えて見ているほど、甘くはなかった。
翌朝。
大帝国建設を提訴する準備を進めていたリベラたちの元に、最悪のニュースが飛び込んできた。
『長野県の土壌汚染問題、農家が意図的に有害物質を隠蔽か!?』
『ネットで炎上!「無農薬は嘘だった」「村の恥」』
大手ニュースサイトのトップ、そしてSNSのトレンドを、大貫農夫への凄まじいバッシングが埋め尽くしていたのだ。
「……世論操作」
リベラがスマートフォンの画面を睨みつける。
その手口は、郷田社長の時よりもはるかに洗練され、そして大規模だった。
大貫を「認知症で記憶が混濁している嘘つきの老人」に仕立て上げ、社会的信用を完全に殺しにかかる、巨大な情報戦。
「内調(あの男)が、動いたわね」
官邸の地下で暗躍する情報戦の魔術師、狗飼潤。
赤山天人の意思を受け、大帝国建設の尻拭いをするために、彼がついに牙を剥いたのだった。




