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悪人専門の令嬢弁護士と嘘を嗅ぐ犬 〜冤罪で泣く弱者を拾い、法で悪党を追い詰めます〜  作者: 月神世一


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EP 6

無音の激突と、二つの光

ドンッ、という重い踏み込みの音が、地下駐車場に反響した。

龍魔呂の放った猛虎八極拳の右ストレート。まともに受ければ分厚いコンクリートの壁すら粉砕する、純粋な破壊の塊。

だが、その拳が義正の胸板を捉える直前。

義正の身体が、まるで柳の枝のようにふわりとブレた。

柳生新陰流・無刀取りの極意。相手の殺気と力のベクトルを完全に読み切り、自らの肉体を「虚」とする。

龍魔呂の拳は、義正の胸を掠めるようにして空を切り、凄まじい風圧だけが義正のネクタイを跳ね上げた。

(……躱したか。だが――!)

空を斬った龍魔呂の右腕は、そのまま流れるように鞭のごとき裏拳へと変化し、義正の側頭部へ襲いかかる。

同時に、義正も動いていた。

龍魔呂の攻撃を躱した反動を利用し、最短距離で龍魔呂の頸動脈(急所)に向けて、柳生心眼流の鋭い手刀を突き入れる。

互いの命を刈り取る、必殺の交差。

リベラが息を呑み、アモンの全身の毛が逆立った、その瞬間。

ピタリ、と。

時が止まったかのように、二人の巨体の動きが完全に停止した。

「…………」

「…………」

龍魔呂の裏拳は、義正の側頭部からわずか数ミリの距離で止まっていた。

そして、義正の手刀もまた、龍魔呂の頸動脈に触れるか触れないかの薄紙一枚の隙間を残して、完全に停止(寸止め)していた。

「……嬢ちゃんに『証拠品を壊すな』って言われてるんでな」

龍魔呂が、氷のように冷たい声で呟く。

「奇遇だな。俺も、俺の『雇い主』に、これ以上手を汚すなとキツく言われてる」

義正もまた、表情一つ変えずに応じた。

互いに一撃を交えただけで、理解したのだ。

目の前の相手が、自分と同格の「本物の怪物」であること。そして、互いが放っている殺気の奥底に、狂気ではなく「誰かを守るための強い理知」が制御機構ブレーキとして働いていることを。

龍魔呂と義正は、同時にフッと殺気を消し、静かに腕を下ろした。

「龍魔呂。怪我はない?」

リベラが歩み寄り、金煙管を手にしながら義正を鋭く睨んだ。

「その男が持っているデータは、大貫さんを救うための重要なカードよ。何としてでも……」

『――義正さん、刃を収めてください』

突如、地下駐車場の静寂を、透き通るような女の声が切り裂いた。

リベラと龍魔呂が視線を向ける。

薄暗い駐車場のスロープを降りてきたのは、一台の古いボルボ240エステートだった。車が静かに停車し、ドアが開く。

降りてきたのは、アースカラーの上質な服を身に纏った、一人の女性だった。

派手な装飾は一切ない。だが、彼女がそこに立つだけで、血と暴力の匂いが漂っていた地下駐車場が、まるで静謐な茶室に変わったかのような錯覚を覚えた。

「……遅かったじゃねえか。待ちくたびれたぜ、輝夜かぐや

義正がセブンスターの箱を取り出しながら、ふっと肩の力を抜いて笑った。

「義正さん。彼らを傷つけてはいませんね?」

「俺は算盤の合わない無駄な争いはしねえよ。ただの『ご挨拶』だ」

女性――日野輝夜は、義正の無事を確認すると、真っ直ぐにリベラの方へと歩み寄ってきた。

「あなたが、桜田法律事務所の桜田リベラ先生ですね。お噂はかねがね」

輝夜は深く、美しい所作で一礼した。

「……私の名前を知っているのね。あなたは?」

リベラが警戒の色を解かずに問う。

「内閣府・政策統括官付、日野輝夜と申します。今回は大帝国建設の不正と、大貫農園の土壌偽装の件を追ってまいりました」

「霞が関の……内閣府の人間ですって?」

リベラは目を細めた。政府の中枢にいる人間が、なぜこんな真夜中の地下駐車場に、裏社会の人間(義正)を連れて現れるのか。

その時だった。

リベラの足元で警戒していたアモンが、ススッと輝夜の足元に近づき、その匂いを深く嗅ぎ込んだ。

『…………』

アモンは目を丸くし、そして、まるで聖母に触れるかのように、ゆっくりと自らの頭を輝夜の手に擦り付けたのだ。

「アモン……?」

『リベラ。この女からは、一片の嘘も、己を飾るような悪臭も全くしない。……雨上がりの静かな夜の匂い。そして、踏み荒らされた土を愛し、慈しむ、深い「祈り」の匂いだ。……こんなにも純粋な「月明かり」のような匂いは、初めてだ』

アモンのその言葉に、リベラはハッとして金煙管を下ろした。

アモンがここまで他人に心を許すなど、かつてないことだった。

「どうやら、あなたもあのゼネコンを『お掃除』したいようね。でも、霞が関の官僚がどうして自ら泥を被りに来るの?」

リベラの問いに、輝夜は静かに、しかし燃えるような決意を込めた瞳で答えた。

「官僚の仕事は、数字やデータで国を動かすことです。でも、その数字の裏で泣いている『人の顔』を見捨てるシステムなら、私が内側から壊します。……ですが、今の霞が関は赤山天人の力でがんじがらめです。表立って告発しても、もみ消される」

輝夜は、リベラを真っ直ぐに見つめ返した。

「だから、あなたの『法廷の力』が必要なのです。私たちが集めた裏帳簿のデータと、あなたが保護している大貫さんの証言。……これを合わせれば、あの悪党どもを確実に法の下に引きずり出せる」

リベラは、輝夜の瞳の中に、自分と同じものを見た。

手段は違えど、理不尽に泣く弱者を絶対に救い出すという、狂気にも似た「覚悟」。

「……太陽のように眩しい、恐ろしい修羅ですね、あなたは」

輝夜が、リベラの纏う気迫に触れて微笑む。

「褒め言葉として受け取っておくわ。でも、あなたのその静かな月明かりがないと、悪党の足跡が見えないのも事実よ」

リベラもまた、最高に好戦的で、美しい笑みを浮かべた。

法を武器にする修羅の令嬢と、国家の闇を照らす霞が関の月。

決して交わることのなかった二つの光が、赤山天人という巨大な闇を討ち払うために、今、最強の同盟を結んだ。

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