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悪人専門の令嬢弁護士と嘘を嗅ぐ犬 〜冤罪で泣く弱者を拾い、法で悪党を追い詰めます〜  作者: 月神世一


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EP 3

算盤と飴玉、そして暗闇の剣

シュッ……。

深夜の六本木。地下のVIP専用駐車場の静寂を、ブックマッチを擦る乾いた音が切り裂いた。

揺らめく炎が、暗がりに立つ男の端正な顔を照らし出す。力武義正りきたけ よしまさは、セブンスターにゆっくりと火を点け、紫煙を深く吸い込んだ。

「……割に合わねえ仕事だ。本当に」

義正は煙を吐き出しながら、自嘲気味に呟いた。

最難関国立大学を卒業後、5大商社の鉄鋼部門で若手エースとして何百億という金を動かしてきた彼にとって、世の中のすべては「算盤そろばん」で計算できるものだった。

アダム・スミスの『国富論』が説くように、人間は本質的に利己的であり、己の利益のために動く。だからこそ、損得勘定さえ見極めれば、どんな人間でも、どんな組織でもコントロールできる。それが義正の哲学だった。

だが、たった一人だけ。その完璧な計算式を狂わせる女がいる。

日野輝夜。

『大丈夫。必ず助けます』

先ほどの電話越しの、静かで、しかし決して折れることのない彼女の声が耳に残っている。

彼女は自分の出世や利益など一切考えず、ただ純粋に、暗闇で迷う誰かの「月」になろうとする。その損得抜きの無償の愛を前にすると、義正の胸の奥底にある冷たい資本主義的合理性は、あっけなく崩壊してしまうのだ。

「あの尊い光を守るためには、誰かが泥を被って『帳尻』を合わせなきゃならねえ」

義正がセブンスターを携帯灰皿に揉み消した、その時だった。

駐車場に、けたたましい足音と談笑の声が響いた。

現れたのは、高級クラブでたらふく酒を飲んでご機嫌な様子の、恰幅の良い中年男。大帝国建設の経理担当常務、鮫島さめじまだ。その後ろには、屈強なボディガードが二名張り付いている。

「よう、鮫島常務。随分とご機嫌だな」

「ん? 誰だ、お前は」

車の前に立ち塞がった義正を見て、鮫島が不快そうに眉をひそめた。

「大貫農園の土壌偽装と買収の件。赤山天人先生の威光を笠に着て、随分と甘い汁を吸ってるらしいじゃねえか。……その裏帳簿へのアクセストークン、俺に渡してもらおうか」

「なっ……!」

鮫島の顔色が一瞬で青ざめ、すぐに激しい怒りへと変わった。

「どこでその話を嗅ぎつけたかは知らんが、馬鹿なガキだ。ここをどこだと思っている? ……やれ」

鮫島が顎をしゃくると、二人のボディガードが上着の懐に手を入れた。おそらく、特殊警棒かナイフ。裏社会の息がかかったプロの動きだ。

だが、義正は全く慌てなかった。

彼はスーツのポケットから、透明なフィルムに包まれた「飴玉」を一つ取り出し、口の中に放り込んだ。

コロコロと舌の上で転がし――ガリッ。

硬い飴玉を噛み砕く、鋭い音が駐車場に響いた。

それが、元・商社マンの義正から、「武闘派」の義正へとスイッチが切り替わる合図だった。

「資本主義の基本は『効率化』だ。……俺の武術も、それと同じだよ」

次の瞬間、義正の姿がブレた。

「なっ――!?」

ボディガードの一人が警棒を振り下ろそうとした時には、すでに義正はその懐に深く入り込んでいた。

柳生無双流。

相手の動きと心理を完全に読み切る『新陰流』の心法と、最短距離で骨格を破壊する『心眼流』の当身を融合させた、超実戦的ハイブリッド武術。

義正の掌底が、男の顎の先端(急所)を下から正確に打ち抜いた。

ドゴッ、という鈍い音と共に、脳を激しく揺らされた大男が、白目を剥いて崩れ落ちる。

「てめえっ!」

もう一人のボディガードがナイフを突き出してくるが、義正は表情一つ変えずに半歩だけ身を躱した。刃がスーツの布地を掠めるより早く、義正の手刀が男の肘の関節に、あり得ない角度で叩き込まれた。

バキィッ!

「ぎゃあああああっ!」

腕を完全にへし折られ、男が床に這いつくばる。

戦闘開始から、わずか三秒。一切の無駄な動き(コスト)を削ぎ落とした、完璧な制圧だった。

「ヒッ……! ば、化物……っ!」

腰を抜かして後ずさる鮫島を見下ろし、義正は静かに歩み寄った。

「『権力48の法則』によれば、敵を完全に支配するには、相手が一番恐れているものを握るのが定石だ」

義正は鮫島の胸ぐらを掴み上げ、その顔面に冷酷な視線を突き刺した。

「鮫島常務。あんた、大貫農園の偽装工作のために会社から下りた裏金から、こっそり三千万ほど自分の愛人の口座に『中抜き』してるだろ? ……もしこのデータが、赤山先生の耳に入ったら、あんたどうなるかな?」

「あ……ぁ……っ」

鮫島の歯の根がガチガチと鳴った。

赤山天人の金に手を付けたとなれば、社会的な破滅どころか、文字通り東京湾の底に沈められる。

「分かったら、さっさと裏帳簿のパスワードを吐け。俺の『算盤』が狂う前に」

義正の氷のような脅迫に、鮫島は震える手でスマートフォンを取り出し、生体認証を解除して裏のクラウドサーバーのアクセス権限を義正に譲渡した。

「……賢明な判断ディールだ」

義正は鮫島を床に投げ捨てると、自分の端末でデータを素早く確認した。

大帝国建設の裏帳簿。環境局の役人への賄賂、土壌検査会社への偽装依頼の記録、そして……大貫農夫を拉致して同意書にサインさせた「場所(高級ホテル)」の決済履歴。

「なるほど、大貫の爺さんを脅したのは、品川の『ホテル・グランシャリオ』のスイートルームか。……ん?」

義正は画面をスクロールする手を止めた。

裏帳簿のデータの中に、別の不自然なアクセスの痕跡(クラッキングの防御ログ)があった。

義正のようなハッカーとは違う。物理的に情報を探り、このホテルに目をつけている別の「誰か」の気配。

「……銀座の、桜田法律事務所……? あの『悪人専門』の令嬢弁護士が、どうしてこの件に噛んでるんだ?」

義正は不敵に笑い、もう一つの飴玉を口に放り込んだ。

同じターゲットを追う者同士、必ず現場で鉢合わせる。

霞が関の月を守るための「影の剣」と、理不尽を許さない「法廷の修羅」。二つの強大な力が、交差しようとしていた。

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