表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪人専門の令嬢弁護士と嘘を嗅ぐ犬 〜冤罪で泣く弱者を拾い、法で悪党を追い詰めます〜  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/25

EP 2

不夜城の月と、泥だらけの真実

深夜零時を回った東京・霞が関。

「不夜城」と呼ばれる官庁街の窓には、未だ無数の明かりが煌々と灯っている。

内閣府・政策統括官付の広大なオフィス。

疲れ果ててデスクに突っ伏す官僚たちの中で、一人、背筋をピンと伸ばしてモニターを見つめる女性がいた。

日野輝夜ひの かぐや、25歳。

アースカラーの上質なブラウスに、休日の古着屋で見つけたというアンティークのフクロウのブローチをさりげなく胸元に飾っている。

「……日野補佐官。まだ残ってたの?」

コーヒーカップを持った中年の局長が、怪訝な顔で近づいてきた。

「ええ。長野県指定の『特別リゾート開発特区』に関する資料を少し精査しておりまして」

輝夜はふわりと微笑み、局長にも自ら持参した水筒から、温かいカモミールティーを紙コップに注いで差し出した。

「お疲れ様です、局長。少し冷えてきましたから、どうぞ」

「あ、ああ……ありがとう。君が淹れてくれる茶は、いつも本当に美味いな」

毒気を抜かれたように局長は目を細めた。

過酷な激務と派閥争いでギスギスした霞が関において、誰に対しても温かく接し、決して荒立たない彼女は、密かに『霞が関の月』と呼ばれ、多くの職員から慕われている。

だが、局長が輝夜のモニターを覗き込んだ瞬間、その顔色が一変した。

「……日野くん。君、大貫農園の土壌調査レポートを洗っているのか?」

「はい。長年、完全無農薬でやってきた土地から、突然基準値の数十倍ものカドミウムと鉛が検出された件です。……あまりにも不自然すぎます」

輝夜の澄んだ瞳が、モニターの数値を冷徹に捉えていた。

「周囲の農地のデータ、水脈の流れ、過去数十年の地質調査。すべてを照らし合わせましたが、この大貫農園の区画『だけ』に、これほどの有害物質が自然発生することは科学的にあり得ません。意図的に汚染土砂が撒かれたか、あるいは……」

「あるいは、検査データそのものが『でっち上げ』だと言いたいのかね?」

局長の声が、急に低く、威圧的なものに変わった。

カモミールティーの紙コップを乱暴にデスクに置く。

「……いいか、日野くん。このリゾート開発は、単なる地方の公共事業じゃない。国交省の幹部や、大手ゼネコンの『大帝国建設』……そして何より、あの赤山天人あかやま てんじん先生の息がかかった『国策』なんだ」

赤山天人。

その名前が出た瞬間、オフィスの空気が凍りついたように重くなった。

「大貫という農夫一人の犠牲で、何百億という金が動き、地方が潤う。それが政治というものだ。君のような優秀なブレーンが、こんな些末な『泥仕事』に首を突っ込んでキャリアを棒に振ることはない。……この件からは手を引きなさい。これは命令だ」

局長は足早に去っていった。

残された輝夜は、モニターに映る大貫源三の顔写真――太陽の下で、野菜を抱えて笑っている泥だらけの顔――を、静かに見つめていた。

(地方が潤う……? 土を殺し、人を騙して奪った土地に建つリゾートで、誰が笑うというのですか)

輝夜はパソコンの電源を落とすと、静かにオフィスを後にした。

深夜1時。

殺風景な官舎の自室に戻った輝夜は、部屋の電気を点けず、そのままベランダへと出た。

無機質なコンクリートのベランダには、彼女が手塩にかけて育てている無数のプランターが並んでいる。青々と茂るハーブやミニトマトの葉に触れると、微かに湿った土の生命力が、冷え切った指先に伝わってきた。

「……ごめんね。今日は少し、帰りが遅くなっちゃった」

輝夜は植物たちに小さく語りかけながら、部屋の窓を開け放ち、白檀のお香に火を灯した。

そして、趣味の陶芸で自ら焼き上げた『備前焼』のぐい呑みセットを取り出す。

冷蔵庫で冷やしておいた長野の地酒をトクトクと注ぎ、夜空を見上げた。

雲の切れ間から、白く輝く満月が顔を出していた。

『月は迷わない』

輝夜はぐい呑みを両手で包み込むように持ち、幼い頃に長野の美しい星空の下で紡いだ、自分の魂のポエムを心の中で反芻した。

『暗闇の中で天高く昇り輝く。

 人は自分では輝けない。前に進む事が出来ない。暗闇の中で迷い怯え泣く』

霞が関のシステムは強大だ。

数字と権力で塗り固められた巨大な機械の中で、大貫のような名もなき人々は、理不尽に押しつぶされ、自分を責め、本当の姿を見失っていく。

『だから月は変わらず、人が暗闇に道に迷わないように、本当の自分で有る為に、優しく人を照らし続ける』

輝夜は、冷たい日本酒をスッと喉に流し込んだ。

備前焼の土の感触が、唇に力強く残る。

「……大丈夫。必ず助けます」

輝夜は月に向かって、静かに、しかし鋼のように固い決意を込めて呟いた。

「あの美しい土と、あなたの誇りを……必ず取り戻してみせる。だから、どうか絶望しないで」

数字やデータで世界を動かすのが霞が関の仕事なら。

その数字に隠された『血の通った人間の痛み』を拾い上げ、システムのバグを正すのが、自分の仕事だ。

それがどんなに巨大な権力を敵に回すことになろうとも。

「……とはいえ、私一人の力では、ゼネコンの強固な裏帳簿はこじ開けられませんね」

輝夜が小さく息を吐いた、その時だった。

テーブルの上に置いていたスマートフォンが、ブルッと震えた。

画面に表示されたのは、『力武義正りきたけ よしまさ』の名前。

「……もしもし、義正さん? こんな夜更けにどうしましたか」

輝夜が電話に出ると、電話の向こうから、ガリッ、と硬い飴玉を噛み砕く音が響いた。

『よう、輝夜。……お前、また自分の管轄外の、とびきり重てぇモンを背負い込もうとしてるだろ?』

「ふふ、お見通しですか」

『霞が関の連中は数字しか見ねえが、俺はお前の声のトーンで全部分かるんだよ。……大帝国建設の土地買収の件だな』

電話越しの義正の声は、いつもの飄々とした飲み仲間のそれではなく、冷徹な算盤を弾く『武闘派の商社マン』の響きを帯びていた。

『その綺麗事、俺が現実の盤面ビジネスに乗せてやる。……赤山の爺さんの利権だろうが関係ねえ。お前が月として輝くための”汚れ仕事”、俺が全部弾き出してやるよ』

暗闇に立ち向かうための、最強の「剣」と「算盤」が動き出した。

二つの異なる場所で、同じ悪意ゼネコンを標的に定めた光と修羅の軌道が、交差する時は近い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ