EP 13
三段構えの処刑と、底なしの地獄
「――以上により、被告人を無罪とする」
裁判長の重々しい声が響き、木槌の音が法廷に落ちた。
「無、罪……」
健太は証言台の前で、その言葉を反芻した。
膝から力が抜け、その場にへたり込みそうになるのを、リベラがそっと腕を支えてくれた。
「終わったわ、高橋さん。あなたの勝ちよ」
リベラの微笑みを見て、健太の目からせき止められていた涙が滝のように溢れ出した。
警察に追われ、世間から犯罪者としてネットでリンチを受け、親にすら疑われたあの日々。自分が世界中からゴミとして扱われた絶望の底から、この令嬢弁護士と一匹の犬が、見事に引き上げてくれたのだ。
西園寺検事は敗北に顔を歪め、足早に法廷を立ち去った。
そして、傍聴席にいた郷田社長もまた、顔面を土気色にして逃げるように扉へ向かっていた。
「あら、どこへ行くの? 郷田社長」
法廷の廊下に出た瞬間、冷ややかな声が郷田の背中に突き刺さった。
振り返ると、リベラがハンドバッグを腕にかけ、ゆっくりと歩み寄ってくるところだった。後ろには、まだ涙を拭っている健太が立っている。
「ひっ……! さ、桜田弁護士……」
「まさか、これで『終わった』なんて思っていないわよね?」
リベラは郷田の目の前まで来ると、スッと目を細めた。その瞳は、絶対零度の氷のように冷酷だった。
「法廷での無罪判決は、高橋さんに被せられた泥を払っただけの『序章』よ。……ここからは、あなたへの『精算』の時間よ」
「せ、精算だと……? ふざけるな! 確かに俺は横領の罪に問われるかもしれないが、俺には金も、優秀な弁護士もいる! 刑務所に入るにしても、数年で出てきて……」
「いいえ。あなたは二度と、日の当たる場所には戻れないわ」
リベラはバッグから、分厚い三つのファイルを取り出し、郷田の胸元にドンッと突きつけた。
「一つ目。東京地検特捜部への『刑事告発』。
会社の裏金作りと横領はもちろんのこと、木下部長への偽証教唆。さらに、高橋さんを口封じするために半グレを雇った脅迫および強要未遂罪。これら全てを併合罪として徹底的に追及するわ。初犯だろうと、実刑は免れない」
「っ……!」
「二つ目。労働基準監督署への『申告』および『労働審判』。
高橋さんに強いていた月200時間を超える違法なサービス残業。さらに、木下部長を含めた社員への常軌を逸したパワーハラスメント。未払い残業代と付加金の請求額だけでも、あなたの会社の息の根を止めるには十分よ」
「ま、待て……! 会社を潰す気か!?」
「潰す? 自壊したのよ、あなたが」
リベラは冷酷に言い放つ。
「そして三つ目。高橋健太個人からの『民事訴訟』。
不当解雇による逸失利益、不法行為に基づく損害賠償。……さらに、あなたが裏の業者を使ってネット上に拡散させた『凄まじい名誉毀損』に対する慰謝料よ」
「なっ……! ネットの書き込みなんて、俺がやった証拠が……!」
「あるわよ。内調が親切に置いていってくれた、あなたの依頼ログと暗号資産の決済記録がね」
郷田の喉から、ヒュッと空気が漏れた。
世論操作の業者への依頼まで筒抜けになっている。自分が張り巡らせたはずの完璧な罠が、すべて自分を絡め取る鋼鉄の鎖に変わっていた。
「あなたの横領した金は、会社の負債と賠償金で完全に消し飛ぶ。もちろん、社長個人の資産もすべて差し押さえるわ。隠し口座のマンションも、高級外車も、会員制クラブの会員権も、すべて競売にかけて毟り取ってあげる」
リベラは郷田の耳元に顔を寄せ、悪魔のように甘く、恐ろしい声で囁いた。
「他人をゴミ箱として使い捨ててきたあなたの人生は、今日、この瞬間から『社会のゴミ』として処理されるのよ。……せいぜい、地獄の底で自分の犯した罪の重さを数えなさい」
「あ、あああ……っ、やめろ、やめてくれぇっ……!!」
郷田は頭を抱え、絶叫した。
資産も、地位も、自由も、そして人間としての尊厳すらもすべて奪われる。完全なる「合法的な社会的抹殺」。
恐怖と絶望のあまり、郷田の目は白く濁り、口から泡を吹いて廊下の床にドサリと崩れ落ちた。失神したのだ。
「……お粗末ね」
リベラは床に倒れた郷田を冷たく一瞥すると、興味を失ったように背を向けた。
「さあ、帰るわよ、高橋さん。アモンが事務所で首を長くして待っているわ」
「はい……っ!」
健太は、床に転がるかつての絶対権力者を見下ろした。
もう、何の恐怖も感じなかった。ただ、自業自得という言葉の重さだけがそこにあった。
外に出ると、数日続いた冷たい雨は嘘のように上がり、東京の空には眩しい太陽の光が差し込んでいた。
「すごいな……」
健太は太陽を見上げ、大きく深呼吸をした。
空気が、信じられないほど美味しかった。
リベラが法という剣を振るい、完全に悪党を討ち果たした瞬間だった。
しかし、彼女たちの戦いはこれで終わりではなかった。真の救済と、さらに深い闇への入り口が、すぐそこに口を開けて待っていたのだ。




