少年、恩師を泣かす
カレンに連れられ、二階にやってきたラルカたちは、一番奥の部屋の前にいた。
「ヒショウさん、入っていいにゃ?」
「ああ、カレンか、どうぞ」
ドアを開ける。ヒショウがベッドのそばの椅子に腰かけている。ベッドには誰かが寝ているようだ。
「ああ、来てくれたのか。皆ありがとう」
「ヒショウ先生、これが僕たちの作ったポーションだよ。先生も飲んでね」
ラルカがポーションの入った箱を手渡す。
「ありがとう。君たちには、本当に助けられてばかりだ。情けない教師ですまない」
ヒショウがポーションを受け取とった。
「先生、そちらの方も患者ですか?」
ライラがベッドを見た。が、その顔がこわばる。ベッドに寝ていたのは兎耳の付いた中年女性の獣人だった。感情が消失したように表情が動かない。眼は見開いているが焦点が合わず、どこを見つめているのかわからない。また、布団に隠されていない顔、腕、右足には無数の傷がある。切り傷だけでなく、鞭でつけられたような傷や火傷など、明らかに魔物ではなく人に付けられた傷だ。そして、一本しかない足には足かせがつけられていた。
「・・・奴隷?」
「ち、ちがうにゃ、ハクレイさんは!」
カレンを手で制したのはヒショウだった。
「ラルカ君、君はなぜこの国で獣人が奴隷扱いをされているか知っているかい?」
「たしか、以前にこの国と獣人の国哿韻で戦争があって、その時に捕えられた捕虜が奴隷にされたって聞きましたけど」
「その通りだ。その戦争が起こったのは私が生まれる前、四十年以上も前のことだ。私は哿韻に産まれたが、この国の奴隷となった獣人を助けるため、ギルドに入り、この国に来た」
カレンを除く全員が初耳だったのだろう、皆黙って話を聞いていた。
「そこで、私は彼女と、彼女の夫である鹿の獣人のガクホウと出会った」
「ガクホウって・・・あの!?」
「知ってるの、ライラ」
「あ、ああ」
ライラはラルカから視線をそらした。何か知っているようだが、口を閉ざしている。クリスティーナやゴンゾも心当たりがあるようだが、気まずそうに下を向いている。
「彼らは二人とも元奴隷の子で、抜け出してスラムの顔役になっていた」
ヒショウが懐かしげに笑った。
「歳が近かった私とガクホウはすぐに打ち解け、何とかこの国で獣人の地位を上げようと奮闘していた。そんな時、666日の冬が訪れた。我々はこれを好機ととらえ、魔物退治で功績を上げて、その褒賞として奴隷を解放しようとした。そしてそれはうまくいきつつあった。そんな時だった」
そこでヒショウは歯を食いしばった。
「今から十一年前、世界が666日の冬から立ち直りつつあるとき、死の大地から大量の魔物が侵攻してくるとの報告があり、その討伐に王国の王子が出陣することになった」
「王子?アウ君じゃないよね?」
「フリード王子だ。アウグストの母違いの兄にあたる」
ライラの補足に、ヒショウが傾く。
「そうだ。フリード王子は聡明かつ温厚で知られ、我々獣人にも平等に接してくださっていた。ここで王子の面前で功績を上げれば、奴隷解放も現実的になると思った。私とガクホウ、それに幼いガクホウの子、オウウンもつれていった。ハクレイは反対したのだが、形だけでも参加すれば、王子の覚えもいいと思った。そしてその戦いで我々は必死に戦った。激しい戦いだった。私は片腕と片目を失ったが、何とか戦いには勝利した」
ヒショウが左手で無くなった右手の肩をさする。
「だが」
その左手が、右肩を強く握る。爪が皮膚に食い込む。
「その戦いで、フリード王子は亡くなってしまった」
「魔物に、殺されたの?」
ヒショウは答えない。すると代わりにライラが重い口を開いた。
「暗殺されたんだ。犯人は、鹿の獣人、ガクホウ」
「え!?」
「違う!!」
ヒショウが叫んだ。顔が怒りと苦痛に歪む。カレンは視線をそらした。
「そんなはずがあるか!ガクホウは私と約束したんだ!手柄を上げて、王子に奴隷解放をしてもらおうと。その王子を、なぜ殺す必要がある!だが、王城の連中はろくに調査もせず、ガクホウだけじゃなく、まだ十歳にも満たぬ子のオウウンまで投獄された!即座に私はハクレイと一緒に、王城に抗議へ行った。だが」
ヒショウの口から血が流れる。唇をかみしめているらしい。
「すでに、二人とも、処刑された後だった」
「!!!」
「やつらは、ガクホウだけでなく、まだ十にも満たぬオウウンまで、処刑したんだ!それが人間の所業か!・・・呆然とする私とハクレイの前に、騎士がやってきて、ハクレイも取り調べをすると連れて行った。私は何度も何度も抗議をし、数日後釈放されたが」
ヒショウの顔から怒りが消え、悲しみだけが残った。
「彼女は、この姿になっていた」
「・・・・」
全員、言葉が出ない。なんて声をかければいいのかわからなかった。
「私は彼女を引き取ったが、それ以来彼女は心を失った。あれ以来一言もしゃべっていない」
「・・・」
「それ以降、王国の獣人に対する当たりは厳しくなった。解放される奴隷はほとんどなくなり、解放された者も再び奴隷にされたりもした」
「・・・」
「すべて私のせいだ。王国なぞを信じた私の」
ヒショウは疲れたように椅子の背もたれによりかかった。
「ラルカ、この人の傷・・・」
「ごめん、年月が経ちすぎてる。ヒショウ先生の傷もそうだけど、僕じゃ治せない」
「・・・っ」
ライラは後悔した。心の中で自身を馬鹿だと罵った。もしラルカが治療可能だったら、とっくにヒショウを治していたはずだから。そんなことも気づかずラルカを傷つけてしまって、自分に罰が欲しいと思った。
「でも」
ラルカが臥龍を抜く。
「お、おい、何する気だ?」
「ら、ラルカ君、だめだ、この足かせを無理に壊そうとすれば、仕掛けられた魔法でハクレイも死んでしまう。解除魔法をかけようとしても、マナを感知しただけで発動してしまうんだ」
「信じて」
そう言ったラルカの目には光があった。それは希望、慈悲、そしてわずかな憐憫が混じっていたが、決意の光だった。ライラたちは黙った。ラルカは闘気を臥龍に込める。目をつぶり、精神を集中させている。その緊張感に皆、つばを飲み込む音さえたてぬように見守っていた。
「玖翼妙見流奥義・八咫」
剣を一閃袈裟切りに振りぬいた。その瞬間、足かせに三本の線が入り、音をたてずに崩れた。間違いなく一回しか切っていないはずだが、足かせには三回分の斬撃の跡があった。足かせに込められた魔法は発動しなかった。
「おお!」
ヒショウが思わず声を上げる。ラルカが臥龍を納刀する。その瞬間、膝から崩れた。
「ラルカ!」
「我が君!」
「だ、大丈夫、ちょっと疲れちゃっただけ」
ラルカがライラの手を借りて立ち上がった。
「う、うおお・・・」
ヒショウがハクレイの足を見る。今まで足かせが付いていた部分を思わずなでる。途端、十年以上心に刺さっていた大きなとげが抜けた気がした。
「う、うお、うおおおおおお~~~っ!!」
ヒショウは大声を上げ泣いた。ヒショウの泣いた姿を、カレンでさえ初めて見た。カレンも泣きだした。ライラも、ゴンゾも、クリスティーナも泣いた。ドアを隔てて聞いていたポールはそのまま一階へと降りて行ったため、彼の涙は誰にも見つからなかった。
「恥ずかしいところを見せたね、みんな」
玄関でヒショウが照れ笑いをみせた。ラルカたちも笑った。みな、ヒショウの涙を恥ずかしいとは思っていなかった。
「ありがとう。ハクレイのこと。それに患者のことも」
「気にしないで、先生。あと、明日からも薬作ったら持ってくるから、スラムの配布はよろしくね」
「ああ、任せてくれ」
「じゃあ、おやすみなさい」
ラルカたちが寮へ帰って行った。ポールも先ほど帰らせた。ヒショウは一人ハクレイの部屋へやってくると、足かせが消えたハクレイの足首を見つめた。
「ハクレイ、見たかい。あれが、未来の希望だよ」
ハクレイは何も答えない。
「ハクレイ、私が犯した罪は、いずれ必ず償う」
ヒショウはハクレイの体で、唯一以前の美しさを失っていない前髪をたくし上げた。
「私ができなかったことは、あの子たちがきっとやってくれる、だから、その時まで見ていてくれ」
ハクレイは何も答えず、ヒショウもそれ以上は何も言わず、部屋を後にした。
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