少年、王子と話す①
ヒショウにポーションを届けてからの数日は、目の回る日々だった。ラルカとクリスティーナは薬草の製造、ライラとゴンゾ、それにカレンは王都の感染者調査及び配布、使用済み薬瓶の回収と新品の買い付けを行っている。ケヒト草の採取は、ラルカとジュリアンの二人で夜間に死の大地に行くことにした。ジュリアンが自分はヴァンパイアなので夜間のほうが力が発揮できるため、夜に一人で採取を行うと言ったのだが、
「一人より、二人のほうがいいでしょ」
と言ってラルカも一緒についてきてしまった。結果ラルカは一日のうち一刻(2時間)ほどしか寝ていない。ジュリアンは自身の提案を後悔したが、作業効率は劇的に上昇した。ラルカが一番重労働のはずだが、特に疲れた様子はない。次に作業の多いのはクリスティーナだが、人々を助けられる喜びのため、周りが強制的に止めるまで作業に熱中している。
「戻ったにゃ」
「使用済みの薬瓶、ここにおいておくだ」
「ありがとう、カレン、ゴンちゃん」
「ライラも戻ってたにゃ?」
「ああ、王都の東側はもうあまり患者はいないからな」
ライラはカレンたちよりだいぶ前に戻り、今はケヒト草の葉を乳鉢ですりつぶしている。カレンとゴンゾも手伝いに加わった。ジュリアンはケヒト草から葉をちぎっていた。クリスティーナは瓶及びケヒト草の洗浄、溶解の作業に専念し、ラルカは葉の乾燥及び聖魔法を担当していた。
「ねえ、みんなは、ガクホウさんの事件のこと、知ってたの?」
作業中ふとラルカが先日ヒショウから聞いた獣人の反乱について聞いた。
「ああ、有名な事件だからな。ただ、当時わたしもまだ幼かったから、詳しいことはわからなかったが」
「オイラは試験勉強の時に知っただよ。試験には出なかったけど」
「愚生も同じく」
「ふうん」
ラルカがふとクリスティーナを見た。先ほどから何もしゃべっていない。
「クリスは?」
クリスティーナが手を止める。
「・・・一応知ってはいましたぁ。その時お母さんは王城に勤めてていましたからぁ」
「そうなんだ。ね、みんなはガクホウさんが犯人だと思う?」
「絶対違うにゃ!」
カレンがはっきり断言する。
「正直わたしやゴンゾ、それにジュリアンもそうだと思うが、事件については王城の発表以外のことは知らない。だが、ヒショウ先生の話を聞く限り、可能性は低いんじゃないか」
カレンに気を使っただろう、ライラが中立的立場からはややヒショウよりの意見を述べた。
「そうだね、僕もヒショウ先生は噓を言ってないと思う。じゃあ、だれが王子を殺したんだろう」
「うーん」
皆が黙る中、ジュリアンが「失礼ながら」と口を開いた。
「このような事件の場合、王子の死、またガクホウとやらの死によって得をした人間が犯人である場合が多いと存じます。すると、二名得をした者がいます」
「だ、だれにゃ」
「まずは、教会ですな」
「教会?なんで教会が関係あんだべ」
「当時、と言うより今もですが、教会は獣人等の亜人種を人間より下とみなしております。獣人の地位が上がることは面白くないはずですから」
「そっか、聖輪教の教えって本当はそんなんじゃないんだけどなあ」
ラルカは寂しげに自身のペンダントを見つめた。母からもらった聖輪教のシンボルである円の飾りがついている。
「も、申し訳ございません、我が君。ご母堂を愚弄しただけでなく、我が君を悲しませた罪、この愚生の命を持って償いますので、なにとぞお許しを!」
「死んじゃダメ。ね?」
「おお、なんというお優しいお言葉、このジュリアン、そのお言葉を千年に渡り語り継ぎ・・・」
「それはいいから。それにしても、僕の知ってる聖輪教と皆が言う聖輪教って、ずいぶん違うんだね。なんでだろう」
「お前のお母さんが、素晴らしい聖輪教徒だからじゃないのか」
ライラがそれこそ母のように優しいほほえみを浮かべた。ラルカがえへへとはにかむ。
「でもよ、聖書に獣人とか亜人を馬鹿にすること書いてんだべ。ラルカの母ちゃんはともかく、やっぱりオイラは聖輪教の奴らは嫌いだっぺよ」
「え?なにそれ」
ラルカが驚いた顔をした。
「なにって、そのままの意味だべ」
「そんなこと、聖書に書いてないよ」
「我が君、これを」
不思議がるラルカにジュリアンが一冊の本を差し出した。
「これは?」
「一般的に普及している聖書です。これをご覧いただければ、ゴンゾ殿の言がわかるかと」
ジュリアンは聖輪教徒ではないが、ダニエルとして生活している以上、そのふりをしている。
「ふーん」
ラルカは渡された聖書を表紙から一気にめくる。1子時(1分12秒)もかからずめくり終えると、ジュリアンに返した。
「なにこれ。でたらめばっかり」
「お、おい、もう読んだのか?」
ライラが読む速さに驚く。聖書は1500ページを超える非常に分厚い本だ。そんな速さで読めるものではない。
「僕、昔から速読得意なの。でも、僕の持っている聖書と全然違うよ。これじゃ皆が聖輪教を誤解しててもおかしくないよ」
「そうにゃの?」
「我が君が読まれた聖書は、恐らく開祖サミエの直弟子が書かれた原本に近いものと思われます。今一般的に流通している聖書ははるか以前に教会によって編集されたもののはずです」
「そうなの?」
ジュリアンが頷く。
「時の教会が自分たちの都合のいいように書き変えたのでしょう」
「そっか、みんないつか僕のお母さんに会ってほしいな。本当の聖輪教のことを教えてくれるから。あ、別に改宗しなくてもいいからね。僕のお父さんも改宗してないし」
「そうなんか。お前の母ちゃんはいい人なんだな」
ラルカがにっこりと笑う。自分より親が褒められることがうれしいようだ。
「なあ、得するもう一人っていったいだれなんだ?」
やや本題からそれた話題を、ライラが戻すため、ジュリアンにたずねた。
「フリード王子が死んで最も特をしたのは、アウグスト王子だろう」
「なに!?」
「驚くことはあるまい。何しろ自身が次期王になったのだからな」
「で、でもあいつ、オイラ達と同い年だべ?十一年前ってまだ四歳だろ。さすがに無理あんじゃあ・・・」
「左様。すなわち彼が次期王になることで、得をした人間がいるということだ」
全員、言葉を発しない。だが、みな一人の人物の名が頭に浮かんだ。
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